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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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34話 意気消沈


 鉄錆びの匂いが充満している。

 ロスト・ララは目を見開き、現実を見た。

 辺りに散らばった血痕、倒れた人からは小さな呼吸音、本来は家に収まっている筈の家具が外に放り出されているのが物悲しい。

 ここはライト地区、あの活気は見る影も無い。


 「...。」


 (僕が上手く立ち回ればこんな事にはならなかった。)


 ララはそんな罪悪感を抱いていた。

 でもどうすれば防げたのか今も想像が付かない。

 だが、いまさら後悔をし始めた所でどうにもならないのだろう、足取りは重くとも、彼は瓦礫の合間を縫うよう進んで行くのだ。

 ジェドを助けに、これからを変えるために。


 何となくロストは溜息を吐く、毒を吐き出すかの如く。


 (それは綺麗事が過ぎる。)


 だってそれは、せめて僕が誰かを救ったって事実が作りたいだけ。

 今までの全ての行動が間違っていたと思いたくないから、これは純粋な人助けではない、実に利己的な考え方なのだ。

 駄目だ、これ以上考えていくとたぶん動けなくなってしまう。

 頭痛を払うように頭を振って、後は目の前に集中するのみ。


 それで見つけた人の壁。

 彼らはずらっと並んでララを見つめており、何処を取っても不気味、土と血で汚れた服装が異常な雰囲気を際立たせていた。

 これに思わず足が退きそうになる。

 だが、ロストは耐え抜いた。


 「すみません。何か用ですか?」


 それどころか堂々と聞いてみた。

 けれど、返って来た言葉は一つも無く、彼らはただララの身体を見ては、仲間内にだけ言葉を交わし合う。

 そんな最中にこんな言葉を聞いたのだ。


 「...無魔(デノム)人の餓鬼か。」


 それは背筋が震えるような冷たい声色。


 「で、どうする?」


 そこですかさず、もう一人の男が反応する。

 彼は自衛用と思わしき棍棒で、自らの手の平をトンッと叩く、何気ないその行為はロストの中の嫌な予感を増長させた。

 デノム人がこの騒動を起こしたのだから子供と言えど自分も危うい。

 そうだ、この状況はとても不味い。


 今度は躊躇なく後退りを。


 「おい、逃げんな!!」


 「っぁ...!?」


 あっと言う間に気付かれた。

 心臓は止まりかけたのか、胸の奥が急激に冷やされて、それすら振り切るようにララは一心不乱に逃げ出した。

 呼吸を乱しては走り、足を振り回しては目を回し、それからどれくらい走ったのだろうか、ふと振り返ってみれば人の影が見当たらない。


 「ふぅ...。」


 溜息を一服、そこで全身の力が抜けて尻餅をつく。

 それでも激しく鼓動する心臓が何だか憎い。


 「何なんだ、僕は。」


 自分が何をしたかったのか忘れてしまった。

 可笑しいなぁ、昨日はハッキリと決まっていたような気がするのに、確か...人助けだっけか、本当に自分なんかに出来るのか。

 ロストはまたもや自虐的になっている。


 だが、そんな考えをする余暇はすぐに奪われた。

 すぐそばで声がした、今度は敵対的とは言えない、緊急性を帯びた悲痛な叫びが耳元まで届けられたのだ。


 「誰かいるのか! 俺は瓦礫の下に。お願いだ! 助けてくれ!!」


 これを断る神経をロストは持ち合わせてない。

 そうして、男の声を辿ると派手に崩れた家の近くへと行き付く。

 男は段々と近づく足音に大いに喜んでいたが、やがて子供だったと知った時は絶望をも大きくして、それからララに大人を連れて行くように言った。

 けれどロストは即答が出来ずにいる。

 迷ってしまったのだ。


 それは何故か。


 (ここまで来るまでに出会ったのが、自分を追いかけたあの人達だけ...。)


 実はそう、あの彼らがララと一番距離が近い大人達。

 ロストは他に手がないのだろうかと、一度冷静になって、その男がどう動けないかを観察することに、すると分かった。

 彼の足は家の支柱などに挟まれ、背中には本棚など家具が重く圧し掛かる。

 それは子共の力でどうこう出来る話ではない。

 ...本来ならばだが。


 「すみません、少しだけ待ってください。」


 ロストはそう断りを入れ、ある物を探した。


 「おいおい、何やってんだ。早く大人を呼べよ。」


 困惑する男を脇に置いて、ララは棒を掴み取る。

 それは何やら洗濯で使っていそうな、そこら辺に落ちていた極普通の棒。

 そしてララは棒の先端を瓦礫の合間に差し込んで、それから体重を寄りかけた、すると瓦礫はたかがロストの加えた力によって浮き上がり、どかされた。

 これは言わば「てこの原理」と呼ばれるもの。


 「これ、どうなってんだよ。」


 男の方も幾分か驚いた様子を示す。

 ララの方も、文房具以外で使う日が来るとは思ってもみなかった、なんて義務教育の賜物を身に染ませて良く感じ取っていた。

 あの男はようやくと自由を手に入れたのだ。

 それで、彼はロストに問い詰めた。


 「でもお前、何で大人を呼ばなかった。」


 どうしてか不穏だ。


 「え、でも結果的に素早く助けられたので良かったのでは。」


 「いや、おかしいだろ。俺が呼べって言ったんだから。」


 男はララの胸倉を掴む勢いで差し迫ってくる。

 ロストは若干の恐怖と、そして、ほぼ赤の他人にどうしてそこまで高慢になれるのか不思議でしょうがなかった。

 距離を詰められて、もう殴られるかと思ったその時。


 「...まさか無魔(デノム)人なのか?」


 もしそうだとしても一体何なんだ。

 それを口にする事が出来ずに終わる、何故ならば、男に情け容赦なく顔を殴られたからである。

 痛みはそれほど感じない、驚きの方が勝ったからか。


 「助けたのに何で。」


 すると男は呆れたように答えたのだ。


 「はぁ? いいか、無魔(デノム)人がこの騒動で俺が酷い目にあったんだから、無魔(デノム)人が俺を助けても感謝する訳ねぇだろ。」


 「俺、何か間違っているか?」


 なんとも堂々として喋っていた。

 ここまで来れば清々しい程に、どこからその自信が来るのだろうか。


 「それって殴る理由がないですよね...。」


 これには返事もせずに拳を振り上げた。

 一度ならず二度も三度も、殴り始めて終わらない。


 「やめてください!」


 ロストはそう必死に頭と腹を手で守って訴える。

 それでも男は諦めず殴る事をやめない、と思ったらこう言い始めた。


 「元を辿れば全部お前らの所為じゃねぇか、死んで詫びろよ。俺はあの意味の分からないゴーレムに生き埋めにされたんだぞ。」


 これに応えようとしたが、有無を言わさない拳が飛んで来た。

 弁論の余地なし、男はロストの持っていた棒を無理矢理に奪い取って、今度はそれを使って大きく振りかぶるではないか。

 天を真っすぐに指す棒、このままでは本当に殺されてしまうのかもしれない。

 そんな時、制止する声がやって来た。


 「子供相手に何やってんだ!」


 それを見れば。


 「おい、てめえも無魔(デノム)人か!?」


 ロスト・ララは唇を震わせる。

 僕は彼を知っていた。


 「私はダンカン・ライト、アーマレントの一国民だ。」


 「じゃあ止める理由がないだろ!!? それとも子供だから何やっても許せとか言っちゃう間抜けなのかね?」


 「まず話が飛躍し過ぎだ。冷静になれ。」


 そうやって、ダンカンは男を(なだ)めようとした。


 「俺が冷静じゃねぇって言うのか?」


 「そうだと言っている。」


 誰から見ても頭に血が上っている。

 しかし、これのどこに腹を立てたのか。


 「ふざけんなっ! お前も殺す!」


 そうやって攻撃し始めたのが終りの知らせ。

 たった一瞬の出来事だったが、ロストは一つ残らず状況を見ていた。

 ダンカンが男の攻撃を左腕で受け流すのと同時に、これを隠すように、下から上に握り拳が昇り詰め、男の顎を見事に撃ち抜いてみせたのだ。

 ダンカンは男の襟首を捕まえて、地面に追突しないようにする配慮付き。

 ララはすぐにダンカンへこう言った。


 「あ...あの、迷惑かけてすみません、昨日お世話になったばかりなのにッ!」


 これに対してダンカンは。


 「別に構わないさ。」


 と応えたのを聞いて、ロストは付け加えた。

 ダンカンの不意を付く言葉である。


 「なので、...もっと迷惑かけて良いですか?」


 「どう言う事か。」


 首を傾げる元憲兵を前にして、右手を握りしめ。


 「革命を唱えるデノム人の前まで、僕を連れて行ってください!!」


 「全員、説得してみせます!」


 お前が行ってどうなる、そんな言葉が出るのではないかと怖かった。

 でも、ダンカンはロストの目を見て、こう答えたのだ。


 「あぁ、分かった。」


 この革命は綺麗に終わりそうにないな。

 でも、汚くなったとしても、この不毛な争いをどうにか出来るなら構わない。


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