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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
32/106

30話 かなり手加減してる


 あれからすぐの深夜の出来事。


 真っ暗闇な教会で、ロスト・ララはエルモ達を迎え入れた。ただ、この直後にジェドが戻っていないことを聞いて、俯き、それでも呆然としている暇がなかった。

 すぐさまに怪我をした子供をベッドに運んで治療を施す。

 止血、殺菌、包帯、処方、その後は時間に任せるだけ。

 しかし、どうにも落ち着かない彼は門の傍らで夜風に吹かれてみる。


 「医者の不養生とはいけませんね。」


 ここにエルモが訪れた。


 「...子供達から話を聞いてみましたが、何かの光を浴びせられた途端に意識を失って、馬車で運ばれている最中に気が付いたそうです。」


 「残念ながら、ジェドさんの手掛かりはありませんでした。」


 彼女は更に付け加えて。


 「ララさんは呪術というものを知っていますか?」


 「いえ、まるで知りません。すみません。」


 「別に謝らなくてもいいんですよ。」


 エルモはララの隣に座って話の続き。


 「呪術とは淀んだ感情を糧に本質を歪ませる魔法の一種ですね。」


 「今回に関しては、犯人が捕まった仲間を口封じする為に使ったようです。現場にははっきりと分かるくらいに禍々しい瘴気が漂っていましたよ。」


 「エルモさん、それってつまり?」


 「殺しにも抵抗がない相手だったということです。」


 ララは下唇を噛みしめた。次の番が自分ではないかと思えてしまえてならない。

 そうした沈黙の後に冷えた頭を持ち上げて、白い息を吐いて。


 「...こちらも全て、話してもいいでしょうか?」


 エルモは前からそれを望んでいたのか深く頷いた。なので、ララはアーマレントに訪れてから今までの経緯を嘘偽りなく語ることにした。

 格好悪い実話の喋り出しさえも悩まずに垂れ流す。

 言葉を紡いだ瞬間がもう遠い思い出になっていく。


 「ごめんなさい。」


 何の為の謝罪か。やはり、言わなくてはならない気がしてしまった。


 「貴方はよく頑張りましたよ。」


 それからも二人は会話をして。


 いつの間にか、ララは長椅子の上で毛布と新しい朝を迎えていた。

 エルモと孤児達は彼女自身の提案で昨夜の内に別の場所へ移動している。

 今この教会には彼と怪我した子供の二人だけ。ララはその子の額に溜まった汗を拭き取ってから、一息ついて、ここにきて最も落ち着いた時間のように感じた。


 「滅茶苦茶だなぁ、僕の人生。」


 今日は革命が起きる日だ。


 「どれもこれも訳が分からないのに、首を突っ込んだらそうなるよね。」


 「でも、助けたいんだ。」


 マヌケみたいなデノム人との出会いだったけど悪くなかった。


 「さてと、頑張ろう。」


 今回の彼の目的は革命を邪魔して命を守ること。

 死人が出過ぎるような結果だけは阻止したい。


 「でも具体的な手段とかは、僕には明かされてないんだよな。」


 「まぁ、曖昧な立場にいたからなんだけどさ。」


 なので、いつどこで何が始まるのかまるで分からないのだ。

 そこでロスト・ララはこう考えた。(だったら、始まる前に終わらしてしまえばいい)と、計画が実行される前段階ならば拠点に皆がいる筈で、しかし計画を(くじ)くだけでは彼らの問題が解決しないので、オキュマスさんは無理でもデノム人達には代案を提示して説得すれば、で、えー、丸く収まる提案が出来るかなぁ...。

 どうしよう、希望的観測が地面にめり込む。


 (長年の問題ではあるし、簡単にいく訳がない。)


 その時、ズボンの裾を例の黒縁猫に引っ張られる。


 「ん、にゃんだ?」


 なんだろうと思って彼は屈んでみるも、瞬間、頭上を横切る石塊(いしくれ)、ピョォッ――と鋭い風切り音を響かせて通り過ぎていき。

 石礫は教会の壁にまで飛んで爆散、壁が崩落。


 「えっ?」


 ララの頭の中で危険信号が鳴り響く。


 「なぁ、何処へ行くつもりだ。教えてくれよ。」


 石礫の飛んで来た方向では恐ろしい力が歩いていた。


 (すぐに逃げなきゃ、どこにだ?!)


 革命王オキュマスに雇われている最強の傭兵ギガス。


 「にしても、今のは惜しかった。」


 ギガスはどんどん近づいてくる。しかし、逃げ場がない、地形が不味い、教会は池に囲まれた小高い丘に建っており、その丘とカーラス地区の町並みを一本道が繋いでいる、この一本道から歩いてきているのが奴なのだ。そこで待ち構えるつもりがないのは有難いが、これは速攻で片付けるの裏返し。

 隙さえあれば、あるのか、迷えども決断を間に合わせなければ。


 「...わざわざ殺しに来るのはどうしてでしょうか。こんな簡単なことなら、革命が終わった後にでも出来るんじゃないですか。」


 せめてもの時間稼ぎにと、ララは声を震わせながらも言葉を発した。

 すると、ギガスは律儀にもこう答えてくれる。


 「知らんのか? 昨夜に呪殺されたドアホのことを。」


 「裏切者はすぐ殺す、それがオキュマスの理念だ。」


 「...あぁ、だけど、アリスの所為で昨日は会いに行けなかったがな。」


 とうとうギガスが目前に、対してロストは不器用に身構えることしか出来ない。


 (あぁ、もうッ、足が震えて動いてくれない!!)


 それどころか大気が震えていた。


 空間でさえ彼に恐怖するのか。


 「よく見てろよ、これがお前を殺す魔法。」


 すると、ギガスは右手の手の内を見せびらかした。


 「空気爆弾(エアロボム)。」


 そこに()()()()()()を今度は握り締めた。直後に、剛腕任せの剛速球、先程の石礫よろしく高気圧爆弾を殺害対象にめがけてブン投げる。

 宣言からの予備動作、窺い知る機会あり、それでも避けるまでには至れない。

 走馬灯さえも置き去りにする気概で放たれたあまりにも軽やかな脅威。

 対処不能な弱き者に向かった風の塊は、彼の薬指を触れた途端に容易く骨をへし折り、そのまま腕の内側を駆け巡ってがら空きだった胸に終着した。


 「うっグェァっ!??」


 ララは腹から呻き声を無理やり押し出された。だが、これだけで終わったのなら良かったかもしれない。これだけの存在では無いとばかりに真価を発揮し始めた。

 刹那の爆発、次段の脅威、爆心地は彼といった具合の至近距離で巻き起こる。

 ズッパァッ―――ン、物理法則の解放にある筈の悲鳴も掻き消され。


 「まだ生きてるか?」


 巨兵は聞いた、破壊の残響を聞き届けたその後で。


 「ぁ...ぁ...。」


 崩壊した教会の壁に寄りかかりながら、ロスト・ララが生きている。

 だが、当然無事では済まなかった。焦点の合わない視界をうろつかせて、胃液の混じった涎を口から垂らし、まだ死んではいないだけの正に虫の息。

 だとしても、ギガスはトドメを刺そうと虫けらに近づいた。


 ズザッ、砂を踏みにじる音。


 「なるほどなぁ。」


 大男は小さく感心した。この惨劇を目撃した上で立ち向かう存在がいたからだ。

 昨夜に怪我した孤児の少年が両手を広げて巨兵の行く手を阻む。


 「どけ。」


 「いやだ!」


 ギガスはその横を通る。が、少年は対抗して彼の足に掴まった。


 「どけよ、危ねぇぞ。」


 「絶対にいやだぁ!!」


 ギガスは説得を諦めて突き進む。少年が全力で足首を引っ張るも効果無し。


 「おおん?」


 そんなことをしていたらギガスはロストの姿を見失ってしまった。

 教会の中にでも隠れてしまったのか、探すのは面倒だ。


 (教会ごとやるか?)


 妙に静かな合間。


 これを突き破る男が一人。


 「ここだぁ!!」


 ロスト・ララの叫びにギガスは後ろを振り向いた。どうやら、丘の傾斜を利用して姿を見られずに後方へ移動していたらしい。だと言うのに、(わざわざ声を出した大馬鹿が)とギガスは思う。が、それは即座に訂正する羽目になったのだ。

 なんと彼はスピットライフルを構えて精確にギガスの眼球を狙っている。 

 パッシュ、そこで巨兵は久しぶりにヒヤリとさせられた。


 「――――――おいおい、最近のガキは真っ先に視力を奪いにくるのかよ。」


 こうも驚く割には易々と手のひらを開いて防いでしまっているが。

 それを見て、ララは口から血と笑みをこぼす。


 「残念ながら違います。防がせるのが目的です。そのダーツ弾の先には、アリスさんの保有していた毒が塗られているって言ったら分かりますか。」


 ダーツ弾の先にはアリス謹製の麻痺毒が盛られている。


 「あいつ、何処までも余計な真似を...。」


 じんわりと沁みるようにダーツの刺さった個所が痺れていく。

 着実に毒の効能で手の感覚が切り離されているようだ。

 ギガスの巨体からすれば何てことのない変化ではあるが鬱陶しさならある。

 ララも頼りない効き目の弱さをみてスピットライフルにダーツ弾を手早く込め始めた。あの時の練習を思い返して、確実に、完璧に、理想通りの再装填。

 そこから未だ太い足にしがみついている少年に向けて言い放つ。


 「ありがとう! もう逃げてくれても構わない。僕は大丈夫! ありがとう! 本当にありがとう!!」


 「うん、わかった!」


 ララの呼びかけにより少年は場を離れていく。


 「全く、戦いってなら、もっとマシな戦いがしたいんだがなぁ。」


 一方で、巨兵は「あぁ、嫌だ」と身振り手振り。


 「ギガスさん、どうしてそんなに余裕そうなんですか!?」


 「これで勝ったつもりなのか?」


 「違う!! でも、僕は武器を持っている!!!」


 「だったら答えは戦場が俺を育てた。それで充分だろ?」


 残念ながら、ここに御座すは武の化身であるぞ。


 「...せっかく反撃してくれたんだ。」


 「取って置きを見せてやる。」


 ロスト・ララとしてはもうこれ以上戦いたくはない。

 そもそも最初から戦いが成立していないのだ。

 相手は怪力無双、奇跡も泣く力量差、むしろ処刑と呼ぶべき事態である。

 今出来る努力では賄えない絶対性の証明。圧倒的に勝ち目がなかった。血の出し過ぎで意識が朦朧としてくる中、打てる手立てはどうやって逃げるかの一点のみ。

 あの少年を捨て置けば既に逃げきれていたが、それは性分で無し。


 「これでも死ななかったら褒めてやるよ。」


 刹那、ギガスの体中から神秘的な深紅のオーラが(ほとばし)る。

 破壊に満ち溢れた意思表示、戦場を統べる力が渦巻いていた。

 そこはかとなくララはこれを魔法以外の特別な技術なんだと理解し、そして絶対に受けてはならない最恐の攻撃になると本能から教えられた。 


 (当たれば確実に死ぬ。)


 「生き残ってみせろ。」


 紛れもない死の予感に問われる挑戦。


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