表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
30/106

28話 不自然の極み


 ダンカンは憲兵達を眺める。誰も彼もが頼れる同僚だ。例え、アーマレントが崩壊しようとも揺るがない信念で以って動くだろう。

 ならばもう私が心配することはなにも無いな。

 そう考えた後に彼は皆を集めて宣言することにした。


 「私は今から憲兵を辞める。」


 あっと言う間に動揺が波紋のような広がりよう。


 「...本気ですか!?」


 「いくらなんでも唐突過ぎますが。」


 「隊長、いくら提案を蹴られたからってそんな。」


 無論、辞職を引き留める声で溢れかえった。


 「別にそんな事ではないさ。」


 と言って、頬を掻きながらダンカンは。


 「この場の思い付きで辞めると言い始めた訳ではない。ずっと前から考えてはいた。それが今になってしまっただけだ。」


 自らの退職時期について実際に物思いに耽っていたことがある。

 復讐心で始めた都合のいい職務への、最後に払うべき責任の取り方にと。

 次期隊長は誰が適任なのかも深く悩んだ。人事権を握っているのは国王であるが、前任者の推薦が強く反映されてしまうのでよく考えた。

 なので、今この時に迷うことなくその言葉を出せる訳だ。


 「いまから私が次期隊長に推薦した者を伝える。」


 事実上の任命式、ダンカンはとある憲兵と向き合った。


 「忙しない時に申し訳ないが。」


 「いえいえ、そんな...。」


 「私が君を推薦したのは素晴らしい心意気や優れた観察眼を持っていること。これを世の為に使っているのは誰もが認めることだろう。」


 そこから続けて。


 「では、私からの最後の命令としてこの仕事を任せた。」


 自身の剣と鞘をベルトから外して次期隊長候補の目の前に差し出した。

 この剣を握ってからどれほどの月日が経ったのか。憲兵に貸与される特別な剣、返還すればただの人、手放してようやく職務から解放された証となるのだ。

 これを次期隊長候補は手を震わせながらも確かに受け取った。

 瞬間、ダンカンの体はフッと軽くなる。どうも落ち着かない変化であった。


 「その剣は重いか?」


 「...とてつもなく。」


 彼の名前はダンカン・ライト。元憲兵隊長で現在無職、住所は中央地区サドラの一軒家、特技は帝国式剣術、長所は殺し合いで優位に立てることです。

 これから行なうのは誘拐された児童の捜索即ち解決、気合の入った慈善活動。

 情報収集の為、懐かしい雰囲気を楽しみながらアルムの酒場に訪れた。今日が収穫祭前日ということで、他の店がそうするように、普段とは打って変わってお洒落な飾り付けがされていた。


 「アルム、落ち着いて聞いてくれ。憲兵を辞めたんだ。」


 「はぁあ?!! 憲兵辞めたってどう言う事だよッ!?」


 この声に店員が驚く、叫んだ本人も驚く、天井に吊るされた魚の模型が震える。


 「そのままの意味だよ...。」


 「あー、説教は後でお願いするとして。今日の早朝、子供が攫われたと聞いた。どんな噂でも良い。何かそれに関連している情報は無いだろうか。」


 店主のアルムは叫んだ反動で声をガラガラにしながら。


 「ぅんむ、まぁ、いいだろう。」


 とても仕方なさそうに頭を掻いた。そうやって強引に納得した後でも悩ましげ。


 「人攫いなんて滅多な事じゃ聞かない話なんだがなぁ。」


 「昨日の晩、お前が春先に捕まえた人攫いが脱獄したそうだ。事件が起きてすぐに看守のお客が酔って泣いて教えてくれたよ。」


 なんとも不思議だ。


 「まさか、ボーンズの所のか。」


 「そうだな。てか、教えてくれた客がボーンズだったわ。」


 ダンカンは可笑しく思う。今更になって順調だ。理屈で回る世の中に、良き巡り合わせ、この偶然を無駄にしない為にも最後まで徹したいところ。

 とにかく、次の目的地はボーンズが勤める監獄に決まった。


 「暇になったらまた来い。仕事の斡旋ぐらいならしてやる。」


 「あぁ、その時はよろしく頼むよ。」


 酒場を出た後は最短距離で早歩き。それまでの馴染みのある筈の風景はまるで別物、変わってしまったのは自分の方、よく見えてしまう。

 明日を楽しみにする賑やかな声や平和以外の何物でもない情景が。

 目の前の監獄にそれらの片鱗を見出せないことが。


 「おい、ボーンズ!! どこかにいるのだろう!?」


 ダンカンは看守長を呼んだ。


 「うぇッく!!」


 すると、物置部屋の方から飛び上がった野太い悲鳴。

 元憲兵は関係者以外立ち入り禁止の線を少し悩んで侵入する。

 ただならぬ事態か。部屋の前で、扉を開けて、何が起こったのか見てみると、ボーンズが腰を抜かして手と足をばたつかせているだけだった。

 どうやら、緊急事態では無いようだが。


 「足を滑らせちまってよ。」


 「大丈夫か。ほら、手に掴まれ。」


 「あぁ、ありがてぇ。」


 ボーンズはずんぐりむっくりの典型的なおっさん体型。

 体重は88kg程で、米俵換算約1.5俵の質量。

 それでもダンカンは彼を片手だけで引っ張り上げて、壁に寄りかからせて座らせた。時間が惜しいのでこのまま質問することにした。


 「早速聞きたい事がある。昨日起こった脱獄事件についてだ。」


 ボーンズは気まずそうな顔をして頷く。


 「逃げたのは私が連れてきた人攫いと聞いたが、一体何があったんだ。」


 そして視線を床に迷わせつつも細々と喋り始めた。


 「そうだな、あの日はいつもと変わらない天気で...。」


 「前置きは無しだ。すまないが、時間が無い。」


 「あぁ、分かったよ。鮮明に覚えてるとも。まだ明るい日中の事だ。俺が牢屋の前を巡回していると、黒い影が奴を連れ去ろうとしていたんだ。俺が叫んだ次の瞬間には影は石壁の小さな隙間に吸い込まれていって、牢屋が空にッッ。」


 ダンカンは眉をひそめて言った。


 「私は昨夜に起きた聞いていたのだが。」


 「そうだったかなぁ。すまねぇ、間違えちまった。」


 ダンカンは(いぶか)しみつつ、彼の真横にある木箱に開けようとした形跡を見つけた。


 「なんだ、これは。」


 「あっ、待ってくれ。」


 ボーンズの呼び止める声も空しく箱は開けられた。

 けれども、中身は穀物入りの麻袋が無造作に突っ込まれているだけであり、もっと探ってみても、小麦を日の光に晒すばかりでこれと言って特になし。

 他の木箱でも同様に野菜や芋などが保管されているだけである。

 ここに手掛かりはなさそうであった。


 (わかりやすく何か隠していそうな仕草だったが...。)


 「これは囚人の食事か? 思ったよりも豪華なんだな。」


 「えっ、あー、まぁ、そうなんだよ! いつもよりも経費が出てなッ、新しく肉の燻製を食わせられるようになったんだよ!!」


 ダンカンが新しく開けた箱には確かに燻製肉があった。


 「...それで他に情報は無いんだな?」


 「それだな、もう何もない。」


 ダンカンは気持ちを改めて考察を繰り広げていく。先ず大前提として、今回の脱獄事件が孤児誘拐事件と関係しているのかどうかを見極める必要があった。

 もし間違っていたら取り返しの付かない事になる。


 (犯罪するのにしても知識は必要。)


 脱獄した人物には、大勢の子供を売り捌くのに必要な知識を有していた。

 ロスト・ララの証言によれば革命軍の誰かが子供を攫ったと聞く。

 ボーンズの話に出て来た影は、ある夜に出会った魔王の特徴に似ている。

 魔王達と革命者達の繋がりは、ダンカン達が以前から()()として扱ってはいるが噂程度の強度でしかない。信憑性に欠けてしまう。


 ダンカンはまだまだ考え込む。


 確定しているのは、人攫いが何者かによって逃がして貰ったという事実だ。

 そこで「どうして昨日の夜なのか?」という疑問が湧いてくる。

 監獄で起きた事を聞いてみれば、いつでも助け出せた筈で、これが意味するところは今になって彼が必要になったからでは。子供を売る為に。


 (この可能性が高い。)


 こうして顔を上げたダンカンに、ボーンズは言った。


 「なぁ、もういいだろう。準備があるんだ。」


 「そうか、失礼した。」


 監獄の外、今度は歩きながら考えた。今度の疑問はどうやって子供を捕まえているのか、沢山の子供らを収容する空間をどう確保しているのかと。

 結論だけを出せば馬車だ。これなら町の中でも隠れて進める。

 そもそも犯人は捕まる時に馬車を使っていただから常套手段だろう。


 「ダンカンさん、こんにちは。何の御用でしょう。」


 都市国家アーマレントの交通の要所、通称〝四大門〟と呼ばれる門がある。


 「頼みがある。」


 その内の東の門、そこに務める門番にダンカンは語り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ