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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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27話 救助の拒否


 アーマレントの至るところで緩やかな息遣い。

 どこの家でも祭りの準備が終わって休憩中。

 子供達が通りに集まって明日のことを話している。

 宿では異国の者が押し寄せて、行商の持ち込んだ武勇伝が話題となったり、旅芸人の披露するダーツであったりと、先走った賑わいがあった。


 中央地区サドラのとある憲兵の家にて。


 直したばかりの壁や屋根、そこからくる癖のある木材の香り。

 ダンカン・ライトが深く息を吸って言葉を吐く。


 「魔王は、何処だ...。」


 穴でも開けるつもりなのか地図を凝視し続けている。

 もう既に時間が残されてないことは理解していた。どんな努力を尽くそうとうも成果を得られず、歯痒い思いを噛み締めるぐらいしか出来ずにいた。

 これまでの意思を無駄にしているようで嫌な感じだ。

 ほら、ご覧の通りに魔王探しは困難を極まれり。


 「何処にいるんだ。」


 あまりにも遅い進捗具合に何度でも口遊(くちずさ)む。

 とは言えども彼は他の事件で大忙しだったのである。

 兵士のすり代わり事件。これを解決する為に彼の用意した計画は幾人かを偽物と断定することは出来たのだが、まぁ、本物が戻ってきた事は一度もない訳で。

 結局のところは魔王を倒さなければ終わりそうにない。


 (今はまだ、消えた兵士の親族には事故としている。)


 (これを知っているのは軍内部で一部の者のみ。)


 ダンカンは椅子から立ち上がって。


 「少し休憩するか...。」


 コンコンと直後に慌てた様子でドアが叩かれる。

 ダンカンからすると奇妙な状況。この家に訪ねて来る時は「ドアのノックを7回にしてくれ」と皆に伝えていたので、在って欲しくのない事態。

 いつでも戦えるようにと彼はそっと剣を鞘から引き抜いた。


 (さてはて、何が出るのか。)


 険しい表情で玄関の鍵を開ける。ただ、どんな人物が来ているのかと殺伐とする反面、同時に新しい情報を得られるのではないかと期待してしまう。

 そうして指に力を込めて扉を開いてみたら。


 「これは...予想外だな。」


 ロスト・ララが滝のような汗を流してそこにいた。


 「あー、ヒゅっ、フぅッ、あの、助けてくださいッ!!」


 息も絶え絶えに、つっかえつっかえに言い続けていく。


 「こ、孤児が攫われたんです。カーラス地区の教会で。えっと、自分が助けた? いや、守りたかった子供達なんです。今朝、何らかの方法で全員が連れ去られてしまいました。信じては貰えないでしょうがッっ...!!」


 ダンカンはララの肩に片手を乗せて制止させ。


 「あぁ、話は分かった。手助けしよう。」


 もうそれで憲兵にとっては十分らしかった。


 ララは驚いた表情で硬直した。まさか、あれだけで納得してくれるとは思っていなかったので出す筈だった声を上手く呑み込めずに苦労した。

 しばらくの間、まるで魚みたいに口をパクパクとするだけ。

 この様子をダンカンは面白可笑しく思いながら出掛ける用意を終えた。


 「えッ、まっ、孤児を攫っていったのは革命軍の人です!」


 ララが慌てて情報を付け加える。


 「状況もそうですが、理由と手段を限りなく持っていて。それで、もしも、僕と同じように探している人がいたら協力してくれませんか!!!」


 「...状況とは?」


 「子供と一緒に教会の遺体が消えたんです。」


 ダンカンはこれを聞いて器用にも片眉を上げた。

 どういう偶然なのか、あの日、あの時、アーマレントに連れてきた少年がこうして魔王の糸口を持って来ていたとは。狙っていた訳でなくとも事実上そうであるのが何となく気に入らないが。これを運命と呼んでも差し支えはなかろうが。

 動揺を隠しつつ剣の柄を外套の内側に押し込んで。


 「そうか、ありがとう。では行ってくる。」


 「あっ、自分も手伝います!」 


 彼の申し出にはこう返す。


 「いいや、君は皆の帰りを持っていてくれないか。戻ってきた者達が安心出来るように、教会にいるべきだと私は思う。それでどうだろうか?」


 「...ぁ、はい。」


 ダンカン・ライトは去り際に背後を振り返った。

 家の外では(ほの)かな熱気が道を行き交う人々と渦巻いていた。


 (なかなかどうして、難しいな。)


 中央地区サドラに位置する兵舎と隣接している練兵所。

 他国の同じ施設に比べると何というかコンパクト。

 ここで働く奴らはというと。純粋に鍛錬を積む者、遅い朝食を摂る者、弓を整備する者、このように様々といるが全ては一つの目的の為にある。

 だから、憲兵隊長は練兵所の中心でこう叫ぶ。


 「兵よ、憲兵達よッ!! 子供達が攫われたと市民から訴えがあった!」


 「手の空いてる者は今すぐに仕度を!!」


 彼の期待通りに、そこにいた者達は耳を傾ける。


 「そうでない者は祈ってろ!!!」


 市民を救うという目的の下で全てが動き始めた。

 元ある部隊を細かく再編成し、捜査範囲と役割を取り決めた。

 最終的には留守番差し引き百を超える兵の大流動。残念ながら、この内の誰かが人形である可能性はあるものの気する余裕がありません。


 「なぁ、このところ副隊長が見当たらないのは何でだ?」


 「知らんよ。まぁ、その内帰ってくんじゃないの。」


 ダンカンは周りを見渡し、ざわめく周囲に問う。


 「誰かジンセスを知らないか? 今日は当番の筈だが。」


 ジンセスとは精霊語で〝町人〟を意味する言葉。

 二年前に憲兵となったとある男の名前である。

 今回の事件において統制側として活躍させてみたいと考えていた。なのに、何処にも姿が見当たらない。それも単なるサボりでもなさそうで。

 この疑問に彼を良く知る同僚が答える。


 「そういえば昨日熱が出たと言っていました。」


 それでも悪い予感、凄く気掛かり。いや、やはり、単純に体調を崩しているだけかもしれないが、こればかりは神経質にでも確認せねばならない気がした。

 もしも、現在進行形の脅威に晒されているのなら今ある命が危ない。

 これで勘違いなら後で自分を笑えば済む話じゃないのか。


 「...念のため、私はジンセスの家に行って来る。こちらの方は捜査を進めておいてくれ。それで誰かついてくるか?」


 「では俺はダンカン隊長に付いてきます。」


 「じゃあ、こっちは武器を磨いて待ってますぜ。」


 そうと決まれば速いのなんの、何しろただの確認作業。

 目指す先はギリネス地区の小洒落た造りの一軒家。


 「ジンセスの家は、確かここだな?」


 「えぇ、そうです。」


 ドンドンドン、ダンカンは無造作に扉を叩くが何も起こらなかった。

 更に何度か試みてみるも依然として沈黙が続くのみ。

 これは如何なものかと兵と顔を見合わせて。


 「隊長、これ開いてませんか?」


 憲兵の一人がそう言って恐る恐るドアを開く、開いた。


 「そうみたいだな...。」


 これを吉兆と捉えた者は誰も居なかったようだ。

 こういう時の見合う訓練は実施されている。憲兵達は以前よりも引き締まった顔付きで、この内の二名が無言のまま刃を先頭に内部へ入っていった。

 まさか味方の家で実演するとは夢にも思わなかっただろう。


 「なぁ、俺らとんでもねぇ時代に産まれたもんだな。」


 「黙れ、勤務中だぞ。」


 「しッかし、よォ、お前だってそうは思わんか?」


 「それは、そうでもな...。」


 これには流石の憲兵達でも動揺が広がっているようだ。


 「ッッ!?」


 ダンカンは刹那に広がった家の中での小さな叫びを聞き逃さなかった。

 すぐさま部下にハンドサインで指示を飛ばす。

 現実離れに比例して益々震える緊張の時間。

 こくりと頷き、隊長を含む残りの憲兵達は踏み込んだ。

 そうして最初の二人が見つかった。地下の保管室で彼らがどうすればいいかも分からずに、ただただ呆然と立ち尽くしている姿を見つけたのだ。


 「ぅッ。」


 先行していた二人の内の片方が吐きそうになっている。


 「これは何が起きた?」


 もう片方は血濡れの剣を片手に息を荒くしている。


 「隊長、こいつらが襲ってきたので斬りました...。」


 ことの状況を見聞きし、ダンカン・ライトが光の魔法で辺りを照らすと。

 眩しそうにする憲兵の足元で人が倒れているのがよく分かる。

 ようやく見定めた存在が聞いた以上の異常性であることも思い知る。

 確かに倒れているのは人であったが、家主のジンセスではなかった。彼の血縁ましてや知人ですらなく、では何者かと言えばそれは――――――。


 「なんで、俺の親父がここにいるんだよ。」


 とある憲兵が解き明かす。


 「数十日前に埋葬したばかりだぞ...。」


 とても平常心を保てているとは言えない様子で言い放つ。

 この事実を告げた彼を仲間達は背中を叩いて慰める。

 これを背景にしてダンカンは倉庫の奥底に眠る他にもあった死体の山を見つけると同時に、数日前のガルフとの会話を思い出していた。


 ひと先ず、憲兵隊長として言った。


 「上に報告してくれ。」


 ロスト・ララとの約束が果たされないこと数時間。

 何時の世も問題解決に判断を下すのは上の人。

 なにがどう伝わったのやら。ジンセスの家の前には何処から集まってきたのか野次馬の群れ、が二分され、開いた道を闊歩している工房地区の大貴族。

 アンドレア・ギリネスがやって来てしまった。


 (ここはギリネス地区、すぐに話が伝わるのも納得はするが。)


 わざわざ現場に来るとは余程事態を重く見たと取るべきだろう。

 そこから彼は実際に現場である家の中にも立ち入り、戻って来た際に放った指示はこうだった。「軍関係者の各家の探索を即急にすべきだ」として「その為にも動かせる兵全てを動員するよう、王に訴える」と。


 (これは不味いな。)


 もしも実現すれば、児童誘拐の件が未解決のまま時間が過ぎることとなる。


 「すぐにでも私の権限で動かせるものは動かす。市民達は安心してくれ。」


 ダンカンはアンドレアの前に踊り出た。


 「お言葉ですが、アンドレア様。」


 この行動に憲兵達が隊長を止めに入ろうとする。野次馬がざわめき、護衛が警戒して立ち塞がり、アンドレが片手で人の動きを振り払う。

 呼びかけられた本人のみならず皆が彼を注目していた。


 「話してみろ。」


 「この場に居る憲兵達は誘拐された子供を捜索する為に集まったのです。なので、この人員だけでも動員の対象から外してくれませんでしょうか?」


 「ならん。」


 あまりもな即決だった。


 「あぁ、思い出したぞ。お前は確か憲兵隊長のダンカンだな。」


 途端に、アンドレアは厳しい表情で非難し始める。


 「ならば、収穫祭と言われれば分かるか。国内だけならず国外からも貴賎工商が揃ってやってくる重要な式典、全力で以て安全を確保するのが筋と言うもの。」


 「それとも単なる目立ちたがり屋なのかは知らんが...。」


 「たかが童子の為に揺るがす訳にもいかんのだ。分かったら仕事しろ。」


 アンドレアは颯爽と身を翻して王の下に向かい始めていった。


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