26話 彼女の笑う理由
いつも通りの朝がきた。小鳥の囀り、屋根の下で聞く雨音のような心地よさ。
変わった点を上げるなら革命者達のそわそわが止まらない。
その理由は今日が収穫祭の前日であったこと。やはり、この催事に沸き立つ思いを抱える者も多いが、これらの準備の為に疲れてしまった者もいた。
「おい、どうする?」
「あそこまで機嫌が悪いのは見たことない。」
おや、そわそわする理由が他にもあった。
「アリス、あいつめ...。」
革命王オキュマス・プライド。彼こそは偉大なる大陸の革命家、クソったれな世界が故に求められた救世主、世界各地の火種に油をデリバリー。
端から見ると傭兵よりも荒んだ生活のように見られるが、革命活動以外のことも隙あらばやっているので、本人的にはもうそれでよし。
そんな人だからこそ、落ち着かない様子で頭を悩ます姿が一般庶民には新鮮に映り込むのだろう。そして、それが恐ろしく見えるのだろう。
「誰かアリスを見た奴はいないのか?」
濁りの無い沈黙が続く。呼吸、足音、微かなお喋りも何もしない。
だが、誰かが答えなければ終わらない。
そこで実に民主主義的な視線投票により。
「アリス技師なら遊びに行くと言ってました。」
やがて、声調を乱しながらも一人の若者が口にした。
「そうか、ありがとう。にしても、魔道ゴーレムを移動させなければいけない時にアイツは一体何処へ行こうというのか。」
これを聞いて革命王は建物の奥に移動する。
その後、足を止めて居残る怒りを溜息にして押し流す。
「全くだ...。」
オキュマスは額に手を当てた。頭が冷えるまでそうするつもり。
まさか怖がられるとは不覚を取った。どれもこれも名誉への布石に過ぎないのだから、素晴らしい人物であると語り継がれなければ意味がないのだ。
こんなつまらない事で躓くなんて許される訳がない。
「さて、誰か手の空いてる奴は...。ギガスには準備がある。がらくた騎士は、もう居なかったな。あいつ、あいつは、まるで駄目だ...。」
次の目標、人探し。
「私が直々に探すしかないか。」
ある場所の床の大穴の前に来た。下水道に繋がる出入り口だ。下水道は地下工事につき以前ほどの自由度は無いものの、曰く付きが外を出歩くよりかは安心安全、毒ガスが充満している時もあるが対策済み。
これほど都合の良いものを利用しない手はないでしょう。
「フフッ、本当に全くだな。」
笑ってしまいたいぐらいに事態が無事には進んでくれない。
(しかし、尊敬とは困難の後に付いて回るもの。例え面倒であれ、最後にはこう伝わればいい、彼は偉大なる人であったと。)
(とても楽しみじゃあないか。)
オキュマスはそんな未来を念じて穴に降りた。
それからすぐだ。
アリスは予想外にも早く見つかった。オキュマスが暗闇の奥底から探しにいこうとした直後、あれやこれやと見当をつけていた途中、始末が悪い終わり方。
それも不思議なことに彼女は鼻歌をしながら歩いていただけ。
どういうわけなのか特別可笑しな様子が見受けられない。
これが最も彼を混乱させた。今までの通例を否定する行い。これを良い方向に進んだと捉えられるが、同時に更なる狂気の発端とも考えられる訳で。
(本当に彼女なのか? 比較的大人しい時でさえ死体を弄んでいるあの。)
アリスは晴れやかな笑顔を引き出した。ここらの文化圏で伝承となっている赤き月の女神のような、下手っぴなアルカイックスマイル。
オキュマスはこの状況を重く見て悩むことにした。
すると、彼女は何かを言い始めた。
「へへへ、違う、違うんだよ。今日のこれはただの遊びじゃないよ。」
「みんなが知っている隠れん坊、すごく簡単なルールだよ。見つからないように頑張れるかな。もっとも発見されないなら売っちゃうけどね。」
革命王は難しい顔をする。何を言っている、何処の誰に向かって。
「アリス、何の話だ?」
意味を為さない質問だとしても聞かずにはいられなかった。
「いつか分かるよ。でも迷惑はさせない。」
やはり、アリスには変化が訪れているようであった。
これが今後どう転ぶのだろうか。人を知る彼とて、捻くれた知性を理解するまでには遠く及ばないが、今なら彼女の心情を汲み取れる気がした。
「...全くだな。」
オキュマスは天を仰ぐ。
彼女は誰かの存在を否定したがっていた。
(どこの不幸者なんだ?)
同時刻、ネズミ地区のあの教会にて。
ロスト・ララが買い物から帰って来た。そこから板についた一連の動作。市場で揃えた食材を厨房に運び込んで、切る、煮る、朝食の準備を始めていく。
そこで今日の教会はとても静かなことに気が付いた。
最初は偶然だと割り切る。が、次第に手を止める。出掛ける前には確かにいた筈の孤児たちが今や音沙汰もない、拭いきれない違和感がそこにある。
「...本当に誰も居ないの?」
あれからネズミ地区全域を探し回ってみるも誰も見つからなかった。
嫌な事実がゆっくりと差し迫ってきている。
(他に探していない場所はッ...。)
焦る彼の足元に例の黒縁猫が撫でて欲しそうに忍び寄ってきた。
「あそこはまだだッ!」
――――――扉は開かれていた。
封鎖した筈の隠し扉の目の前でロストは立ち尽くした。孤児の姿どころか、ここにあった遺体すらも消えていたのだから唖然とする他なかった。
いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、もう何も考えられなかった。
少なくとも疑うべき存在がいることだけを知っている。
「何かが起きている。」
ロスト・ララは頭を守るように抱えた。
「僕は...。」
いつから間違えたんだろう。
(いいやッ!)
これは今まで無視して来ただけだ。既に分かっていた筈なんだ。あの革命には表と裏、二つの顔、不純な意思を抱えて遂行されようとしているのを。
輪郭に触れただけで実態としてはまるで分からないけれども。
そんなものに孤児たちが巻き込まれしまったのは間違いなく僕の所為だ。高を括って楽観視が過ぎた。ここまで来たのなら中途半端には終われない。
自分の立場を断言しなければならない時がきたんだ。
「ただ、僕は皆を助けたいだけなんだッ!!」
ようやく覚悟が決まった。
「革命よりも命を優先する。」
しばらくするとエルモさんがやって来た。教会に入ってすぐに彼女は異変を感じてオロオロとするが、ララを見た途端に冷静さを取り戻した。
呼吸を一拍置いてから、ロスト・ララは声を捻り出す。
「エルモさん、孤児達が連れ去られました。助けてください。」
これを聞いた後でも、エルモは恐ろしく落ち着いた様子で答える。
もしかしたら、怒っていたのかもしれない。
「無論です。それで私はどうすれば良いでしょうか。」
エルモがララを鋭い眼光で覗き込む。視線が合う。ただの一瞬すら悩む素振りを見せなかった。彼女の瞳の奥で決意が色濃くなっていくのを見つけた。
聖職者の使命感、産まれ持った強さ、もっと別の力なのか。
どうして、そこまで強くあろうと出来るのか。
(それに比べると自分は。)
ロストは頭を振った。そんな場合じゃない。
「そうですね、先ずは――――――。」
「自分達だけではみんなを見つけられそうにありませんから、エルモさんは頼れそうな人にこの話を広めてください。お願いします。」
「はいッ!!!」
エルモは素早く頷いて教会の扉を開け放つ。
「僕も助けてくれそうな人に声をかけてきますね!!」
ロスト・ララも意を決して教会を後にした。




