22話 再開の声
眩しい朝日の下、場所は教会、ロスト・ララは子供の餌付けに挑戦致す。
今日も今日とて不審者の階段を駆け上がる。
で、釣り餌とするのは金平糖。ライト地区の市場で売られていた糖蜜を材料にして、古い記憶と共に数日掛けて練り上げた砂糖菓子。
なんと、彼は母親に食べさせたくて作り方を習得していました。
(子供なら甘いものは好きだろう!)
人生何が役立つのか分からないものだ。
「おひとつ、いかが?」
幼女の目前にちょこんと一皿、小盛りで。トゲトゲの粒から仄かに漂う甘い香りに魅了されてか、計画通り、彼女の手は緩やかに近付いていく。
この時、ララは成功を確信していた。
「おいっ、駄目だろうがッ!!」
が、残念無念にも邪魔者だ。
現れ出たるは孤児の中の最年長者、人生迷子の利かん坊。
奴は叫んで直ぐに皿を蹴り上げてしまう。
バラバラと音を立てて床に転がる小さな星々。既に濁った。だが、何が憎いのか更に踏み潰してベタつく汚れに早変わり。
幼女は訳が分からず目に涙を蓄える。
「泣くなよ。食えるかどうかの実験体にされてんだ。」
それを奴は強引にも手を引いて連れ去った。
この結末に他にも来ていた孤児達はそそくさと蜘蛛の子を散らすように逃げ去って、ロストは普段通りの独りぼっち。
「そうだよね。見たことのない食べ物だもんね...。」
無言になって箒を握る。
それから数分後、それとも数時間後だったのか。
時間の感覚すら壊れかけていたが。
「よし。」
前を向いた。以前から決めていた事を実行することにした。
コワルスキンの鈴を鳴らす為に、がらくた騎士ことリック・ピックから魔導具について学ぶべく、彼が今いる結構なボロ家にやって来た。
ここも革命家達が集う数少ない拠点の一つ。
そこで只今、がらくた騎士は無魔人相手に剣の指南中。絶え間ない剣戟の応酬、攻防の隙間に挟まる息遣い、素人集団と言えども圧巻なり。
訓練された者達はいずれも戦士の顔付き。
あまりにも真剣なのでララは自らの場違い感に尻込みしてしまう。
(やっぱり、言い出すのは怖いなぁ...。)
がらくた騎士の姿を見た。
拳を握って口にした。
「すみません、どうか僕に魔導具について教えてください。」
次の言葉で「特に魔力のアレコレが必要なんです」と説明する。
すると、彼は唸り声を出して考え込み始めた。返事の来ない数秒にララは(やはり断られてしまうだろうか)と、心配が頭を過ぎるも耐え忍ぶ。
やがて、がらくた騎士の口は動き出し。
「そうだな、魔導具の為に魔力を扱う技術を身に着けたいと君は言うが、無魔人にとって至難の道だ。覚悟は、聞くまでもないか...。」
ロスト・ララの顔を見ながら答えた。
暑さから零れ落ちる汗で目をパチクリとさせて。
それから、それから。
「これでヨシッ!!」
訓練の準備完了、ララの頭には疑問符が浮かぶ。
「あの、これは一体何事で?」
本来ならば、魔力操作を教えてもらえる筈なのだ。が、土入りの麻袋を背負って長距離走を命じられた時には流石に困惑した。
もうそれは、ただの筋トレだと。
話を聞いてみればこうだった。
「魔力を扱うには魔力に触れる感覚を知るところからだ。」
「通常、魔力を感じたいのならば膨大な魔力の溜まり場に行けばいいが、そういう立地はかなり希少で、そこへ行く余暇が君には無いと思う。」
孤児の件があるのでララは確かにと頷く。
「そこでだ。素晴らしい事に、人間には極限状態に追い込まれると無意識の内に魔力を感受する能力が備わっていたのさ。」
「どの程度かと言えば生命活動が危ぶまれる一歩手前、医者が黙って首を横に振るぐらいだ。どうだ、分かったかい?」
ロストは黙って首を横に振った。
とぼとぼ、なんて擬音が似合う帰り道。あの後、リック・ピックからは「気が向いたらいつでも来てくれ」と言われてここにいる。
覚悟を聞かれなかったのはこの為なのか。
「今日の僕は変だ。辛いからって逃げるな。」
そんなことを独り言ちながら歩いていた。
(もしも、こんな姿を誰かに見られたら笑われるだろうな。)
とことん気分が落ち込むロスト・ララ。いま優しい言葉をかけて幸福になれる壺を勧めれば、あっさりと買ってしまうぐらいには弱っていた。
トランプで神経衰弱したら爆散することでしょう。
この心が仕草に。彼の目線は何物も捉えず地面を泳ぐ。
それでも気が付く物があった。
「あっ。」
道半ば、擦れ違った少女に懐かしさ。
(もしかしたら...。)
そんな期待から自然と笑顔で見返した。
綺麗な銀髪を揺らして歩く彼女。朧げな夢のように見失いそうな後ろ姿、愛らしさと逞しさを併せ持ち、世界に胸を張って生きている。
間違いない、ロスト・ララは彼女の名前を知っている。
「エルモ様!」
「えっ、ララさ...いやいや、様って何ですか! 様って!」
開幕大ボケを少女はツッコミで切り返す。
アーメン、彼女こそはララが異世界で初めて訪れた村の聖職者、その娘であり、この殺伐とした世界で初めて仲良くしてくれた人物です。
だからこそ、ララは思った。何故アーマレントにいるのだろうかと。
彼の疑問は彼女の疑問でもあった。
「それにしても、ララさんはなんでアーマレントにいるのでしょう?」
「エルモさんは村で川に流されていた人を覚えてますか? あの人がアーマレント出身で連れてきてくれたんです! 命の恩人です!!」
ララは知り合いに出会えた興奮を隠しもせず喋った。
「ところで、エルモさんは何故アーマレントに?」
エルモはロストの挙動を笑いつつ。
「そうですねぇ、春の収穫祭が今から五日後にあるのですが。」
「お父様がこちらの出身なので、その繋がりで私は収穫祭のお手伝いに駆り出されていまして、まいっちゃいますね。楽しいからいいんですけども!」
この言葉を聞いてララは首を傾げてみる。
はてさて、彼は異世界に来てまだ半年とちょっと。アーマレントに来てからも慌ただしい毎日を送っていた為、こうした文化を知る機会は皆無に等しかった。
つまり収穫祭の存在を今初めて知ったのだ。
因みに、アーマレントでは収穫祭を春と秋で二回する。
それをエルモは察してか。
「女神スイレムを祀るための収穫祭。その中でもレースの試合が特に面白いのでぜひとも。魚のお面を被った人達が川の下流から上流に向かって走るんです。」
「それに加えて美味しい魚が広場で――――――。」
手振りに身振り、収穫祭の概要を伝えようとする仕草は愛らしい。
ララの心はこのまま離れて欲しくないと訴えた。だが、せっかく会えた友人に対して、これを伝えるのは流石に気恥ずかしい。
「ありゃりゃ、エルモさんの方がこっちの暮らしに慣れているんだ。」
「一年に六十日ぐらいはこちらに居ますね。色々と案内出来ますよ?」
だから、どうする事も出来ずにただ喋る事にした。
「...それでエルモさん。その、この祭りが終わったら村に戻るんですか?」
エルモは辺りを見渡すとララに。
「いえいえ、実は、本当は聖職者以外には秘密ですが、聖ユーマ王国主催の勇者お披露目会に行くんですよ。他宗教なのでちょっと怖いんですけどね。」
エルモは人差し指を唇に重ねて秘かに言った。
ロスト・ララは〝勇者〟と聞いて内心驚く。家族みたいに親しい人物から飛び出るファンタジー用語には摩訶不思議な感覚。
未だに彼が異世界慣れしていない証拠だろう。
「エルモさんは何時でも凄いですね。生きている世界が違うや。」
「えっへんです!」
彼女は胸を張った。
が、何かが違うとエルモは姿勢を崩してこちらを見る。
すると、まるで大人が小さい子供に注意するように、実際にはララの方が身長は大きいが、こう言いました。
「...なにか辛いことでもありましたか?」
ララはドキリと怯えるも不思議と嫌ではなかった。
悪意なく見透かされるのがこうも...。
だが、まぁ、それでも彼はすぐに答えられず迷いに迷う。じ~っと黙った分だけ見つめられ。顔を逸らそうにも追ってくる。
「こっちに来てから色々とありましてね。最近、両親のいない子供とどう接すれば良いのか分からないんですよこれが。」
ロストは観念して愛想笑いで告げた。
「ふむふむ、お人好しは相変わらずのご様子。」
これに対してエルモは深く感心したかのように言った。
(僕は貴方が考えるような立派な人間じゃないのにね。)
「うん、私も色々と手伝いますよ。」
「えっ! あっ! エルモさんの用事を邪魔するのは余りにもというか、それにあの子達は私が何とかしなければ意味がなフィ!!」
語末、変な声が出た。エルモがララの頬を両手で挟んだから起きたこと。
「一人で抱え込みすぎです。誰かに注意されませんでしたか?」
何の勝負かは知らぬまま、ロストは勝てない事を確信する。
なんだか心の底からようやく笑えてきた。
(この人は僕を超えるお人好しなのかも。)
と、彼は思って言った。
「やっぱり、エルモ様だ。」
「それってどう言う意味ですかぁー!」
今度は頬っぺたを引っ張られる。
それからのこと。
ララはエルモを連れて教会にやって来た。教会の入口では黒縁の猫が主人の帰りにニャーニャーと鳴いて出迎えた。
まるで犬みたいな猫だ。
エルモ様は早速猫とじゃれながら教会を見て語る。
「ここは川と泉の女神スイレムの教会ですね。海洋神ポポネオテの娘にして水の三姉妹、大地の淀みを受け入れて魂の運航を正常にするという。」
「僕、アーマレント来るまでは豊穣神以外知りませんでした。色々といるんですね。神様にも。」
「因みに、残りの二柱は波の女神と雨の女神様ですよー。」
そうして二人は雑談しながら教会へと足を運ぶ。




