19話 裏の多い世界
薄暗い場所の中、蝋燭の明かりで怪しく輝く金銀財宝。
それを見向きもせずに押し退けて。手に掴んだ魔石の粒、一つ一つを選別しながら、価値の低そうな物だけを自慢の革袋に仕舞い込み。
膨れ上がった袋の口を紐を使って締めつける。
そして動悸を感じながらも出口に近付き。
ゆっくりと扉に手を伸ばした。
「やぁ、ロスト。」
勝手に扉が開いて、こんにちは。
「ぬわーーっっ!!」
ロスト・ララは驚きの余り腰を抜かして尻強打。
それに対して扉を開けた人物オキュマスは。
「どうして驚いているんだ。業火に焼かれた訳でもあるまいし。」
ここは倒壊した建物の地下、大変雰囲気がよろしくて。
(つまり幽霊が出そうで怖かった!)
実際に出たのは革命野郎Aチーム。
「いやいや、驚きますよ。」
ララは腰に引っ付く土埃を落としながら言い返す。
で、どうして彼がそんな場所で魔石なんかを取っているのか。
そもそもの経緯から始めましょう。
まぁ、なんて事はない話。ロスト・ララはコワルスキンとの交渉に支払う魔石を求めて、巨大金庫の中にあった事を思い出し、オキュマスに「屑の魔石を持って行っても良いか」と頼んでみたら許可されたので、こうして現在に至る。
因みに、こうも雑な扱いを受けている魔石だが小ぶりとは言えども金庫に詰められていた物だけあって割かし高品質で高級品。
このことについて革命王。
(最近、ララが連れ回しているあの猫は精霊で、食糧として魔石が必要なのかもしれないな。とにかく、売るにも捨てるにも困っていたから助かった。)
と、予想を立てていますが残念です。
「それにしても、どうしてこんな廃墟に隠しているんでしょうか?」
ここでララはさり気なく聞いてみた。そうやって、ちょっとずつ革命王の率いる組織全体を知ろうとしていた。
それでオキュマスは目元を抑えながらこう答える。
「元はちゃんとした屋敷だったんだが。アリスの所為でなぁ...。」
「なる、ほど。」
どんな悪事もあの名前を出されたら納得する他ない。
そんな考えを読んだのか半笑いで。
「なんであんな風に育ってしまったのやら。」
そうして彼は懐からランプを取り出して周囲を照らした。
その動作にもロストは注視してみる。
行動自体ありふれてはいるが注目すべきは手元のランプ。はて、どんな理屈か。電球でも蝋燭でも無くて透明な液体が光るタイプの不思議な装置。
(魔導具なのかな。)
オキュマスはララの顔を見て言った。
「あの双眼鏡を使って見てみると良い。きっと綺麗だから。」
可変式魔導用双眼鏡の出番。
「それでは。」
装着してみると想定外の異世界がそこにはあった。
純粋な「色鮮やか」では言い表せない。多数の色が重なり合って、されど混ざり合うことなく個として存在し、それを立体的な感覚で認識させられる。
生命、物体、大気、それらに宿る魔力の全てを。
今までの人生観を破壊していくのには必要十分な幻想的情景。
それが機械の先にあった。
機械を通してもこれだった。
(あぁ、こんな世界もあるんだ。)
普段は見えない世界、触れられないのに存在する魔力の世界。
でも手を伸ばして確かめたくなる魅力。これが村で燻っていた時ですら身近にあったと思うと物悲しい気持ちになってくる。
「思う存分、楽しむといい。」
オキュマスはララを置いて用事の為にここを去った。
それに彼は気付かず幾分かの時間が経ったあと。
「あれ、オキュマスさんは何処に?」
長い事やっていたように思えたが日はまだ高い。
ロスト・ララは眼鏡を外して元通り。とはならず、フツフツと生きる活力のようなものが湧いてきていた。
そこから本来の用事に回帰してコワルスキンの鈴と睨めっこ。
(これを鳴らせばコワルスキンさんがやってくる。)
魔石の準備OK、聞きたいことOK、後はこれ。
(どうすれば鈴が鳴るのか...。)
まず基本として、上下斜めに何度振ってみても無反応。ヘッドバンギングでバイブス上げても無駄である。これは最初から分かっていたことだ。
けれど、何かしら仕掛けがあると思って探しても見つからない。
もはや手を尽くした。と、ロストは鈴に仕込まれた美しき装飾の数々、その繊細な技巧にただただ感心させられるだけであった。
(もしかして、これも魔導具なのかな?)
川底から出で来る泡沫の様に浮かんだ疑問。
ただし、それは実践できない思い付き。仮に、これが魔導具だったとして何処をどうやって動かすのか見当がつかなかった。
歴史が長いだけに魔導具にも色々とある。
スイッチ一つで魔力が流れて起動出来る物、使用者が魔力を直接与える物、勝手に魔力を集めて起動する物、総じて魔力が必要なのはその通り。
「じゃあ魔力を伝える? 通す? どうすれば...。」
魔石や魔水で動く魔導具もあるのでややこしや。
日本へ帰るのに魔導工学は必要ないと思っていた。
その間違えを訂正させられる今日の出来事。
ロスト・ララは考え込む。今の所、オキュマスさんやアリスさんに教わるしか手立てがないけど、あの人達は僕に構っていられるほど暇じゃないだろうな。
「いや、待てよ。」
革命王に雇われし傭兵、がらくた騎士がいるではないか。
(リックさんなら僕に魔導を教えてくれる! ...かも。)
一方、その頃。
産業地区ライトにて、とあるレンガ造りの綺麗なお家。そこでは痩せ細った男と革命王オキュマスが机を中心に椅子に座って見合っていた。
重苦しい雰囲気が漂う。実は出会って早々にこの状況。
偶に外から飛び込む子供の声が無駄に反響して消えていく。
男は怒りの言葉を吐き出した。
「...なぜ、ダンカンが生きている?」
「手際が悪くて済まないな。」
こう言ってオキュマスは葉巻を口に咥えた。
次の瞬間、味わう間もなく消し飛んだ。
遅れて倒れた椅子の音。
「分かるか? あいつが死なないと落ち着かないんだよ。」
いつの間にか男の手には細剣が一振り。姿勢も変わり、机に片足を乗せたまま前屈みで革命王の喉元に剣先を突きつけていた。
男の匙加減次第ではいつでも死んでいける距離。
しかし、オキュマスは怯む様子もなく机の上で粉々になった元煙草を一目して「高級葉巻が勿体ない」と呟き、それを指先使って転がした。
「こちらの計画も考えてくれ。それに最初から関わりない事だったろう?」
革命王の言葉に返って来た答えは。
「そうじゃないんだ。そう、これは儀式なんだ。」
これを聞いてオキュマスは溜息を噛み殺した。
アリスとは趣の違う狂人、自らの決めた規則をとことん守ろうとする趣向の持ち主。例え、どんな事があろうとも妥協を許さない意固地の権化。
もしも、それが自滅する道であったとしても。
(だから面倒臭い。)
オキュマスはこの男が嫌いであった。
(ここまで美しくない信念も稀だな。)
こいつが何をしたいかは興味がない。
けれど、こちらの計画に邪魔を入れるならば話は別。
ただ、どれだけ言葉を重ねようとも暴牛に止まれと命令するようなもので。結局のところ、こちら側が譲歩しなければ進まない。
(だとしたら話は簡単。)
革命王は両手を挙げて。
「分かった負けたよ。安心してくれ、収穫祭の動乱の最中に片づけよう。」
「それでいい。」
これだけを言うと問題児は家から即退出。
取り残されたオキュマスは椅子に体重を投げ捨てた。
それから彼は本拠地に戻るとギガスを呼び出してこう告げる。
「計画に多少の変更を加えたいと思う。」
「何だと??」
ギガスは片眉を上げて不思議そうにする。
(当たり前の反応だろう。綿密に入り組む迷路のような計画にわざわざ罅を入れて行くのだからな。)
無魔人を差し置き、拠点の中でたった二人による会議が始まった。
主催者は革命王、参加者は巨人。
もはや、この組み合わせは見慣れた光景だ。
「とある輩の要望でダンカンという憲兵を消しにいくんだ。」
「その輩とやらを始末しちゃどうだ?」
オキュマスは顎をさすって。
「奴がいれば何かと都合が良くなるんだ。ほれ、市場で適正価格の食糧を買わせたり、家の所有権を代理で持たせたりとな。」
そう説明されてもギガスは曖昧な表情を保つ。
「まぁ、それは分かった。じゃあ具体的に何処を変更する? 計画当日の貴族でもない個人の動きなんざ到底分からんぞ。」
「私の情報筋によると。どうやら、あの憲兵は魔王に興味があるらしくてな。それを餌にして行動を縛ればいいのさ。」
「相変わらず俺の知らない所で何かやってんだな。」
オキュマスは「そうだな」と言って壁に飾られていた地図を机に移し、羽ペンで描き加え、出来上がりを巨人に見せつける。
ギガスはそれをマジマジ見つめて。
「あぁ、それでこの馬は...。」
「人間だ。」
「...なぁ、絵じゃなくて言葉で話さないか? 俺、馬鹿だから絵だと分かり辛くてさ。ほら、喋ろうぜ。」
革命王は返答せずに続けた。
「話が長くなるから二度も聞かないでくれよ。」
そう前置きをして。
「念頭に置いて欲しいのは、例の憲兵は魔王がいると周りにその危険性を訴えていることだ。今から暗殺なんてしてしまった場合、周りの危機感を煽ってしまい計画当日に何が起こるか分からん。」
「なので、計画実行中に消しに行く。」
革命王はギガスの頷きを見てから言った。
手元の地図でも人?の描画が増えていった。
「当日の動きとしては、あの人形で憲兵を戦地の奥地にまで誘導してくれれば良い。数はまだ十分にあるだろ。そして無魔人達には憲兵が邪魔になると伝えてくれれば後は勝手にやってくれる。」
「生憎のところ、我々に余力が無いので杜撰な話になるが。もしこれで失敗しても相手方を説得するのは私なので大丈夫だ。」
「了解した。」
こうして去りゆく巨人の背中を見届けて革命王は次なる計画の為に移動する。
騒がしいのは今日だけではなく普段から。名誉の為ならばそのぐらいの努力は容易いとも思っており、ともかく忙しい男であった。
しかし、そんな男がつい足を止める緊急事態。
何処からともなく鉄錆臭くて甘ったるい死の匂いを嗅ぎ取ったからだ。
発生現場は本拠地内部。オキュマスが通路を見ると、血の跡が点々と何処かの部屋まで通じており、それを辿っていくとアリスがいた。
こんな時はろくでもない結末が待っている。
彼女はオキュマスの存在に気が付き振り向いた。
「えっ、仕事? 今日は断るよ、せっかく玩具を手に入れて来たんだから。」
いつものように笑顔を振りまく。
「...そうみたいだな。」
首を傾げたアリスの肩には人の形。