18話 猫
とある日の出来事だ。
朝早く、ロスト・ララは歩いていた。その振動で痛む上腕筋、あの銀行強盗の翌日から筋肉痛に苛まれては顔を歪める日々でした。
しかし、それを凌ぐ程の報酬を彼は得ていた。
「ようやく到着。」
産業地区の賑やかな市場。目の前を横切る美味しげなパンの香り、油滴る肉塊の綺麗な赤、朝一に収穫された新鮮な緑葉野菜。
そしてこれが目当ての主婦の皆様、朝早くにご苦労様。
いつ来ても誰かしら忙しくしている場所である。
では何故ここに来たのかと問われれば、きっと彼は教会での食事がそうさせたのだと答えるでしょう。
「この紅色の魚、前に来た時に目を付けていたのだ。」
魚を一匹ご購入。
「この野菜は何だろう?」
パプリカにゴーヤのブツブツを足して毛も生やしたような見た目。
栄養価は分からないが食欲不振は見込めそう。
これを手に取りララは(どデカい毛虫みたいだぁ)と思っていると、店主が身を乗り出して「かくかくしかじか」と説明を仕掛けてまいりました。
「へぇ、パリンと言うんですか。なるほど、店主さん一つこれ下さい!」
珍妙な野菜を籠に投下。
数刻が経ち、ララは努力の戦果を抱えていた。
木編みの籠に物一杯。これがたった一枚の銀貨で買えてしまったなんて、十円硬貨程度の大きさなのに何とも不思議な感覚。
そんな些細な事すらも彼にとっては捨てきれない思い出。
(日本に帰っても語れないなんて勿体ないな。)
それを大切に教会へと運ぶ。
教会周りの沼を見ながら帰り道、ヘドロの中で綺麗な花々が咲き誇る。
最近、どうしてか教会を取り巻く環境は好転してみせた。
前までは考えられなかった。日常風景を横切る蜥蜴の不意打ち全力疾走。
世間に湧き出る噂では、なんでも沼に汚水を供給していた下水道が詰まったとか、泉の女神が祝福を授けたからとか、色々と。
「真相がどうであれ嬉しいな。」
ロスト・ララは鼻歌をしながら歩いていき。
教会の台所に食材を持ち込んで一息つく。
春はもう中盤、それでも残る肌寒さ。
(こういう日には温かい料理が良いな。)
そう考えながら彼らを呼んだ。
「もうすぐご飯だよー。」
この言葉を合図にして、小さい奴らが怪しみながらも興味津々にご来場。
歳はバラバラ、背丈もバラバラ、ロストに対する感情も。
ただし、ひび割れたガラスのような瞳は共通項。
彼らは無魔人の孤児である。いやはや、そればかりかララの知らない民族もしかしたら種族の子供だっていた。
「今日は何が食べたい?」
竈に薪を焼べながら聞いてみた。
「知るかっ!」
ある子供が反抗の意思表示。たしか、昨日の夜に何処かの空き家で眠っていたのを見つけて捕まえた子だ。
そんな事を思い出しながら鍋をセット。
近頃の彼はこうした孤児を集めては教会で世話を焼いていた。
お節介が極まれり。これには銀行強盗に関与した償い、自己嫌悪から逃れる為の方便を欲したからでもあり、簡単に言えば罪滅ぼしをしたかったからで。
がらくた騎士にネコババを提案した時よりもずっと前、革命王に計画を明かされた時から決意していたことである。
銀行強盗は避けられなかった。
あの時、それを念頭に出した結論は教会を孤児院みたく運用していく事だった。
見切り発車よーいドン。そして最初の頃は現実的にデノム人の子供のみに限定していたが、いつからか分別無く助けたいと欲張りたくなり。
当初の想定を大きく超えて今や二桁台の大所帯。
本物の孤児院さながらの規模感を実現してしまった。
しかし実態は勝手に場所を借りて行っているだけの、なんちゃってシステム。中身が伴っていないのは言わずもがな、ちょっと問題が多発中。
この上で、革命王から病人の看護を頼まれている事もお忘れなく。
(あまり賢くない選択だったとは思う。)
でも、自分にはそれしかなかった。
「のかなぁ?」
机に突っ伏す彼に応える者は居ない。
あれから日光浴が出来る時間帯まで経っていた。
これ以上の時間がロストと孤児達の間では経っていた。
それでも依然として距離のある間柄。どうも彼らは食事時以外ではこちらを避けているようで、ララから話かけても大抵は逃げてしまう。
「それも仕方ないと言えば仕方ない。」
これまでを顧みれば、自分は孤児を教会に連れ去り飯を食わせる特級不審者。
一応、路上生活よりはマシな生活なので良しとするべきか否か。
「路上以上、本物未満。」
彼は似非孤児院を創設することに腐心し過ぎて先の事を考えていなかった。
非常に思慮の浅い行動だ。更に言うなれば自己満足の考え無し。
しかし、これを指摘する友達ましてや馬鹿にする輩すらいないので、何をやっても孤独なんだと思わざる得なかった。
「これはいけない。」
ララは拳を作って。
(無理矢理にでも自分を奮い立たなきゃ。)
その後、彼は気分転換のつもりで革命者共の本拠地に訪れる。
場所はライト地区の住宅街のど真ん中、木を隠すなら森の中、通りからは直接見えない所にひっそりと存在していた。
建物の外見は何処にでもありそうな納屋である。
けれど、拠点足り得る機能を備えていた。扉は内側から硬く閉ざされて侵入が難しく、軟な木材の壁には鉄板が仕込まれて非常に頑丈。
(えっと、入り方は確か...。)
上を見上げれば木窓に人影あり。
「お、ロストか!」
丁度、あの影もこちらを認識するや否や縄梯子を垂らす。
(ありゃ?)
本当は合言葉が必須。だが、梯子を下した本人は微笑みを浮かべて指摘し辛い。
あれから変わったのはララだけではなく彼らもだ。
余裕が出て来たからだろう。緊迫感や殺気が緩やかに、あの頃の彼らはどこへ行ってしまったのか、人情の溢れた顔を見せるようになっていた。
その裏には他人の金を奪った事実が存在しているが。
さてはて、一番の問題は誰もこれを気にしていない事かもしれない。
「困った事だ...。」
それを言ったのは革命王。
違法建築の概念を貯め込んでしまった拠点内部。ララは無駄に増やされた支柱を潜り、新鮮な木材が香り、声を頼りに彼の居場所を突き止めた。
建物の中二階部分。特に用事は無かったが何となく。
そこで見たのは主導者一同が机を囲んで会議を進めている様子。
オキュマスの声が響いた。
「全下水道の工事や空き家の調査に加えて、シルバー・メインの私設部隊の闊歩。何ともタイミングが悪すぎる組み合わせだ。」
革命王は考えた。金庫を襲う前にも憲兵が基地の一つに来ていたと聞くし、偶然なのか必然なのかはともかくとして対応せざる得ないと。
正式に家を買って凌ぐか、もしくは役人を買収してしまおうか。
「で、実際どうするんだ?」
ギガスは何となく聞いた。
「...下水道工事に関しては策がある。だが、他はどうするべきか。まぁ、それらは後で考えるとして。ララ、ちょっと来てくれないか。」
視線も寄こさず出された名前。いつから気付いたのか僅かに動揺。
あわあわとララが近寄るのを見て王は話された。
「これは暇があった時だけでいいが、やって欲しい事がある。」
机に置いてあった羊皮紙の巻物を両手で広げた。
そこに描かれていたのは、不思議な文字を星座のような並びで円環上に連ねて繋げた、星図の星を文字に置き換えたような規則正しく神秘的な図形。
「これと同じ紋様を持つ魔法陣の破壊だ。これが国の各所に配置されていて、後の計画の為に消していって欲しい。いいだろうか?」
ララが思うにその計画とやらが今後を左右する分岐点となりそうだ。
そんな計画に関わっていければデノム人の事をより深く知り得ることや、何よりも教会で見た黒い影の正体が判明するのでは。
「どうやって探すのでしょうか?」
そうした期待も合わさって実質YESの質問を。
直後、王はアリスに合図を送る。すると彼女はとある装置を取り出した。
SF世界から渡り歩いてきたようなゴーグルだ。
「こいつを使うんだ。アリス、取り扱い方を教えてやってくれ。」
「へいへい、この子の正式名称は可変式魔導用双眼鏡と呼ばれている魔導具で、魔力を濃度に応じて感知して、色彩として表示してくれるの。」
ここからはアリスによる解説を少々。
「下限から紫、青、緑、黄色と続いて赤色が映し出される。計測不能だったり、許容範囲を超えて低かったり高かったりする場合には黒つまり無色しか出ないから、その時はここに付いている倍率を弄れるネジを使ってね。」
「それで状況に応じた使い方を...そして...だから...ここを押すとビームが出る...いまのは嘘...。」
と、軽快に語ってくれました。
「説明ありがとうございます。ですが、本当に僕が持って行っても?」
魔導具の希少価値からララは引けを感じていると。
その躊躇に彼女は答える。
「大丈夫、君の持っていた壊れた物をこっそりと直しただけだから。もし、また壊れたり使い方が分からなかったら私に言ってね~。生きて帰さない。」
「?!」
飛び出た驚き様にアリスは素敵なニッコリ笑顔を浮かべた。
それで何を思ったのかオキュマスの戒め。
「気を付けろ。絶対にアリスとは二人きりになるな。」
案外、ララは何だかんだで仲が良いのだろうかと勝手な憶測を立てる。
とにかく革命王との話はこれで終わり。
一旦、彼は教会に帰ることにした。
地球に帰るのが最大目的。とは決まっていても手段は見つからず。
何年後になるのかなと溜め息をついても意味はなく。
だけど、絶対に地球に帰れる予感はしている。
そうでなければ困る。
「やっぱり、希望的観測過ぎるよなぁ。」
異世界転生なら諦められる。チートがあるなら自信が持てる。手掛かりあれば方針が持てる。でも自分は物知らずな動植物好きの地球人でしかない。
数奇な運命に巻きまれただけの一般人。
それを認めて行くしかない事は確かであった。
そんな様々な思いを募らせた帰り道、何かが聞こえる。
「ミーミー。」
どうもこうも悲しい鳴き声。
「お前さんか。」
カーラス地区の路地裏で子猫と遭遇。容姿は白劣勢で黒優勢のまだら模様、よく見れば尻尾が二つ、猫又なのかと思えど異世界なのでこれが普通の可能性。
それでこの子の親猫は何処に...。
(いや、何でもない。)
ロストは猫を持ち上げて顔を見合わせる。
「なんだかな。」
猫を抱っこしてぶらり旅、途中下車はない模様。猫の方は特段嫌がる様子もなく、それどころか歩く振動に心地良さを感じてウトウト眠りかけてすらいた。
ララの方はホクホク顔、良い拾い者をしたと思う。
何だか本当の仲間が出来たような気分。
「そうだな今日はいっぱい遊ぼうか。」
その提案に嬉しそうにニャーと鳴く。計画とか孤児とか一旦忘れて、猫と遊ぶ日があっても罰は当たらないだろう。
小指を口元に近づけると飴玉みたいに舐めてくる。
背中を撫でたら抜け毛がどっさり。ロストは少し慌てるもどうやら冬毛が抜けていただけらしく、胸を撫で下ろして一安心。
「暖かいところに行こうか。」
日の当たる場所を求めて放浪してみると。
ギリネス地区でピッタリな公園を発見。
しかし、この公園には先住猫族が居た。仲良くできるのか生暖かく監視、おやおや尻尾を絡ませたり鼻を突き合わせたり大丈夫そう。
一息付いて前を向く。視線の先で食屍鬼が申し訳なさそうに立っている。
「えーと、マた今度にシマシょう。」
「待って!!?」
特徴的な喋り方、不健康そうな青白い顔に非対称の眼球、それを覆い隠すかのような分厚いフード。正統派の不審者とはかくあるべし。
いつぞやに出会った食屍鬼のコワルスキン。
彼に対抗してかロストの顔は真っ赤だ。
「あっ、私ハ猫好きデス。」
(そんな変な助け舟出されても...。)
困惑する彼に食屍鬼は咳をしてから聞いてきた。
「魔石を手に入れマしたでショウか、アレば何かと交換しまスよ。猫用ノご飯も用意でキまス。」
「猫のご飯って。あぁ、あの、異世界に渡る技術とか知りませんかね?」
質問内容の唐突感を口の巧さで隠そうとしてみたが、たぶん失敗。まぁ、それはいいとして世界を旅してそうなコワルスキンさんなら何か知っているのだろうか、魔物なのに何故か城壁内にいるし、闇事情にも詳しそうではある。
そんな内心を抱えたララをじーっと見つめて彼?は言った。
「知ってるかドウかも魔石次第デスね。」
(魔石かぁ...どこかで沢山あったような気がする。)
ララに思い当たりがあると見てコワルスキンは話を続ける。
「御用あれバ鈴を鳴ラしてくだサい、ナるべく人のいなイ場所デネ。」
そう言うと何処かへ消え―—―る前に猫の頭を撫でていく。
そして消えた。ワンテンポずれたが、その瞬間だけはどうしても見届ける事は叶わず、瞬きの合間にて目の前から忽然といなくなっていた。
この様子にララは悪人ではないとしても薄黒い物を感じてしまうのだった。
(あっ、また聞くの忘れた。鈴の鳴らし方。)
思い出すがもう遅い。
(アリスさん辺りに聞けば二つ返事で協力してくれそうだな。)
その選択肢は後が怖いけれども。
そんなこんなあって彼は子猫を教会に案内した。




