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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
プロローグ
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流れ始めた物語


 あの小さな戦争から次の朝。


 場所は少し変わって大陸の中央付近。この辺りは平原と川の多い地形であり、水の流れに沿って村や都市が点在し、発展している。

 その中の一つ、テインと呼ばれる村で事は起きた。


 村の中心地から少しずれた家の中。


 「うぅ―――!」


 と、寝起きに背伸びする少年が一人。

 彼の名前はロスト・ララ、日本生まれで日本育ちの14歳、れっきとした日本人だけれども村に馴染めるとの理由から異世界の名前を使って暮らしている。

 それから立ち上がって薬草が生い茂る庭へと向かった。

 彼が村でやっていることは色々ある。薬草を育てて薬に調合、薬の販売、怪我人の手当て、羊飼いの手伝いなど。


 「よいしょっと。」


 いつものように魔力を含んだ水を庭に撒く。

 水滴まみれの良い緑。ただし、その薬草を原料とした薬が滅多に売れないので、料理の香り付けとして消費する毎日。


 (それでも恒常的に薬が必要とされるよりは嬉しいな。)


 今日の朝食はパンとスープ、それとハーブティー。

 地産地消、どれもこれもが村の産物。


 「いただきます。」


 もちろん、異世界に来た当初はこんな生活ではなかった。

 全て村長のお陰なのだ。ララに薬学と医学を仕込んだ張本人、言葉を覚えたのも、この村に迎え入れられたのも村長がいたからこそ。

 この家だって貰い物、本当に頭が上がらない。


 それから夕暮れ時、扉を壊す勢いで店に人がやってきた。


 「あぁ、ララ! 重傷者が、負傷者がこの村に流れ着いた!! いま村長の家に寝かせてる! 早く来てくれ!」


 「わ、わかりました!」


 その人は伝えたい事を言い終えると、かなり疲れていたようで、「もう限界」と壁に背中を預けて一息ついた。

 それを尻目にララは家の奥に行く。


 この村には医者がいない。ちゃんとした医者がいない。

 なので、薬種屋のララがその大役を任されているのだが、怪我の程度によっては本業の医者がいる町まで行くしかないだろう。

 なにせ、未熟な彼に出来る事はそう多くはない。

 村長に買って貰った医学書を一冊読んだだけ、薬学があると言っても地味な効果、二つ合わせてようやく医者もどき。


 「これと...これを。」


 箱に薬品を数種類、骨の針と絹の糸、全部を詰め込んで後は急ぐ。

 村長の家にたどり着くと村長が扉を開けて待っていた。


 「あぁっ! 待っていたよララ、準備は整えておいた!」


 「えぇ、それで負傷者は...。」


 そこで言葉を止めた。既に外から患者が見えていた。

 細長い机に寝かされて荒い呼吸を繰り返している。服は血で固まり、顔面も負けず劣らず血で汚れ、今にも死にそうな有様で。

 ララは素早く駆け寄って傷口を確認。だが、不思議な事に傷はたった一か所、しかも致命傷とは考え辛い背中に小さくあるのみ。

 これは不思議、刺し傷のようだが深くもなく。


 (...取り敢えず、自分でも治せそうだ。)


 袖をまくって、傷口に異物はないかと調べ、丁寧に糸で縫い付け、その上からアルコールに浸した包帯を巻きつける。

 それでもう彼の役目は終わり。後はその男の免疫力に期待する他なし。

 これが限界、むしろこれ以上は高望みと言うものだろうか。


 「なっ、治ったのかね?」


 治療を終えたララに村長が恐る恐る聞いてきた。


 「完治するにはまだ時間が必要ですが。でも、安心しても大丈夫そうです。」


 「そうか、それはよかった。」


 ほっと胸を撫で下ろす村長。本当に人が良すぎる。

 もしも、この人が村長でなかったら怪我人をそのままにしていただろうし、僕だって見捨てられていたかもしれない。

 なんて、ララは考えた。


 「目が覚めたら教えてください、すぐ駆け付けます。」


 「頼もしい言葉だ。しかし、自分の身体にも気を付けるのだぞ。」


 「はい。...ではこれで。」


 その後、彼は道具を持って帰途に着く。

 それで少し変わった日常からいつも通りの生活へ。いやいや、地球人が異世界にいて何を言う。なんで自分はここにいるのだろうか。

 そんな思いで歩みを遅らせつつ。


 時間は過ぎ。


 晩飯を作っている時のこと、竈の鍋で穀物を煮ていると来客を知らせる鈴が鳴る。正面からではなく裏口から。

 扉を開けてみると、教会の少女様がひっそりと待っていた。

 

 「こんばんは、エルモさん。どんな御用でしょうか?」


 彼女の名前はエルモ、村の中心の教会に住んでいる。

 美少女と言うよりは可愛い人、少女と言ったがララより一つ年上のお姉さん。ララにとって逆らえない存在でもある。


 「父がパンを届けるように言いまして。」


 彼女の背丈はララより小さく、パンを掲げる姿は当然上目遣い。そして月明かりに照らされた銀髪が輝いて、御覧の通りとっても素敵な女性です。

 この村で閉じ籠っているのが勿体ないような。

 その話は一旦置いといて、彼女の住まう教会近くからこの家までは結構な距離となり、喉も乾くし体も疲れる。つまりハーブティーどうぞ。


 ララは家に彼女を招き入れてお茶を勧める。

 それは香り高いものを厳選したハーブ、甘くする為にすり潰した果物、この二つが調和した志向の一品なり。


 「今日のはどうでしょうか。」


 「ふんふん、雑味が少なくて良い感じです。間違いなくどの町でもこれ一つで生きていけますよ。」


 太鼓判を押す彼女を見て、ララは地球の幼馴染を思い出していた。


 (...なんで、自分は地球に帰る努力をしなかったのだろう。)


 「どうかしましたか?」


 「あっ、いえッ、なんでもないです!」


 気分転換にとララは外を覗いた。


 (彼女と僕の間には定番がある。)


 それは何かの用事でエルモがララの家を訪れると、神の思案でも働いたかの如く、もれなく雨が降ってくるというものだ。

 今回もまた同じことが繰り返される事となった。

 狙いすましたかのように雨が降る。それも雷を伴った豪雨、地面はすぐに泥となり、このまま彼女を帰らせるのは大変申し訳ない状況へと。

 しかし、何故かエルモは嬉しそう。雨が好きなのだろうか。


 それはそうとして。


 「夕食を食べて行きますか?」


 ララは恒例の言葉を投げかけた。


 今日の晩御飯、麦のお粥にパンとシチューでテーブルを飾り立てる。

 これをララは彼女と一緒に食べた。男にとってとても嬉しい事態ではあるのだろうが、それに気が付けないのが彼である。

 そんな食事の最中、変わった日常がまたも出た。


 「結局、あの人は何処で寝てるんだろう。」


 ララから言い出したことだ。


 「ずっとテーブルに怪我人を置いておく訳にはいかないだろうし。」


 それで彼は思い浮かべてみる。男を乗せたテーブルで村長と村長の妻が黙々と食事をする風景を。


 「その人なら宿屋に運ばれたそうです。それで宿屋のおじさんはその代金を算用していまして、怪我した上にお金を取られるのはちょっと可哀そうですね。」


 「そうだね。お金が足りるといいけど...。」


 (本当、おじさん容赦ないから。)


 「そう言えばあの男の人、近場の川で漂着してる所を私のお父さんが見つけたらしいのです。小舟でぐったりしていたそうで。」


 「となると文字通り、村に流れ着いたんだ。」


 ララは残り少ないハーブティーを飲み干した。

 その残り香は鼻孔をくすぐる。食事を終えてララはエルモのベッドを準備、彼女がよく泊まるので専用の寝台が用意してあるのだ。

 その間、お客様なのにエルモは食器を洗って待っていた。


 「あっ、食器ありがとう。」


 「当然のことです。では、おやすみなさい。」


 聖職者は寝るのが早い。


 「うん、おやすみ。」


 と言うよりかは、ララが寝るのが遅い。

 彼女が就寝した所で戸締りの確認と、ついでにランプを消し回り、それが終わってようやく自分自身も眠りにつこうとした。

 眠る瞬間の意識はどこに向かっているのだろう。


 (日本に帰りたいな。)


 思い出される故郷の姿。


 ロスト・ララは正真正銘の日本人だ、ではなぜこの世界に居るのだろうか。

 彼の地球最後の記憶は、家の布団で眠っていた程度。異世界最初の記憶ならば、森で目覚めて混乱していた所を村人に拾われたもの。

 つまり寝ていたら異世界に来ていたのだ。

 なんて、とんでもなく馬鹿馬鹿しくて訳が分からない話。


 それもそうだが、彼は地球に帰りたい癖して「どうすれば良いのか分からない」を理由にずっとこの村に留まり続けている。

 これも変ではある。仕方ないと言われればそこまでだが。


 (また夢に出るのかな。)


 この村に来る以前の転移してすぐのこと、彼は見てしまった。

 竜のような翼を持つ猛獣が、それよりも大きな化け物に食われる瞬間を。世界がああである限り村の外に出るなんて。

 正直に言って彼はここで人生を終えるのもやぶさかではない。

 そんな彼に転機が訪れる。


 次の日、ララは村から追い出されることになった。

 反対意見は少なかった。


 「なっ...なんで??」


 現村長は言う。


 「その演技もういいから、どっか行けよ。」


 昨日の晩、前村長が寿命で死んでしまった。

 あまりにも突然な出来事。村全体で悲しみは多けれど、次の村長を決める流れとなり、それで前村長の孫である彼が選ばれたのだった。

 そして彼はララをとても憎んでいたと。

 祖父が死んだ当日に自分を追放するとは、どこでそんなに恨まれたのかと、ララは驚きを隠せないでいた。どうにも分からないでいた。


 「あの、でも葬儀だけは参加させ...。」


 「やっぱり、お前は馬鹿か?」


 言葉選びはともかく声の隅々に気迫がある。


 (恩人の葬儀にも出られないなんて。)


 その後、せめては旅路の助けが欲しいと時間を貰い、家に戻って旅支度。釈然としないまま、なるべく重要な物から鞄に詰め込んだ。

 まずは食料、壊れてはいるが高く売れそうな魔導具や現金。


 「いつまでやってんだよ!!!」


 石を投げられる、痛みはなんだか分からない。

 それから彼は言った。


 「とろとろ遅ぇよ、早く消え失せろ異邦人!」


 荷物を持って村の外、元より心はずっと外、今一度全てが投げ出された。

 これからは何処に行こうが自分の勝手。だけれど、その自由が今はただただ心苦しいだけで何も与えてくれはしない。

 そんな彼に男が近づいた。昨日ララが手当てした人だ。

 名前はダンカン・ライトだったか、どうやら一部始終を見ていたらしく、恩返しなのかこんな事を言ってきた。


 「私の故郷、アーマレントに来てみないか?」


 そして右手が差し伸べられる。


 ロストの答えは言うまでもなく。


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