17話 彼は...。
王侯貴族による会議の翌日。
とある兵舎の馬小屋にて、藁山で眠る男の耳元に馬の嘶きがけたたましく。
それで男は藁まみれの頭を抱えて起き上がる。
この状況に随分と慣れたご様子で。馬に対して文句なく、そのまま備蓄倉庫に行って廃棄予定の硬いパンと砕いたナッツ、これを朝食にして街に出掛けた。
の前に、部下達からの朝の挨拶が盛り沢山。
「「「おはようございます、ダンカン隊長!!」」」
これがダンカンの朝だった。
最近、こんな生活を送っている所為か疲れが全く取れていないらしい。
そんなこんなで目的地周辺、知り合いの貴族の屋敷前。
「よく来てくれた、ダンカン。」
出迎えるは屋敷の主のガルフ・スイレム。
「...ん、どうかしたのか?」
「いえ、少し考え事をしていまして。」
今日、ダンカンはガルフに護衛として付き添う為に呼び出された。
シルバーメインに行くんだそうな。
にしても、国家憲兵を私兵の如く扱うとは何ともまぁ...。
「では、行くぞ。」
移動開始、カーラス地区からライト地区の間。中距離かつ短時間。道中は何も起きなかったが、ただならぬ雰囲気は確かにあった。
貧しい市民の送る怪しい目付きが最たる例だ。
ライト地区にまで来ればそれも無くなるが後味の悪さたるや。
そうして二人はシルバーメインに到着した。しかし、何か様子が変だった。銀行の前には人だかりが出来ていた。
近寄ってみれば聞こえてくる若い男の声。
「昨日、私達は一つの困難を退けました! 企む盗賊共の返り討ち! 今頃は牢屋で後悔している事でしょう!!」
眼鏡をかけた青年が銀行のバルコニーで歌うように語っている。
「あぁ、挑むんじゃなかったなと! これが我らの強さです!!」
野次馬達は拍手喝采。
これを見たガルフは頭を傾げるばかりだ。
改めて銀行の中、あの青年との再会は思ったよりも早かった。
お貴族様の対応に彼がやって来たのだ。
「これは初めましてガルフ様。本日はどのような御用でしょうか?」
「小切手と言えば分かるか?」
そう言ってガルフは価値ある紙切れを相手に示す。
これを見た彼は手慣れた様子で各々に指示を出していく。
やはり、違和感が残る光景だ。実力主義だったとしても銀行業で若すぎる青年の大活躍、未来は明るいで片付けるにしても心の何処かに引っかかる不思議な情景。
数日も経てば忘れてしまうだろう程度の事ではあるが。
「では、準備が出来たようなので場所を変えましょう。」
その後、二人は奥の部屋を勧められて移動した。
一つの机を囲んでソファに座る。
「早速だが、君は一体誰なんだね?」
ガルフが聞き出した。
「失礼、申し遅れました私の名前はコリンと言います。僭越ながら、先日ばかりにこのシルバーメインの支店長となりました。」
「これは驚いた。では...?」
言いかけた直後、扉をコンコンと給仕が部屋に現れた。
一旦、会話は中止です。湯気沸き立つ紅茶が二人の前に並べられ、給仕が申し訳なさそうに立ち去ったのを合図にして再開される。
そこで最初に声を出したのはコリンであった。
「二年後の秋ですね。」
「...ならば問題ないが。ところで前任者はどうしたんだ?」
現支店長はこう言った。
「とても見事な生き様でした。」
「蛮勇と言われてしまうのでしょうかね。盗賊を追って、盗賊の開けた穴へ飛び込んで、今はもう鼠に食べられてしまい骨だけです。」
これを聞いてガルフ・スイレムは黙り込む。
丁度その時、大金の詰め込まれた宝箱が部屋に運ばれてきた。
しかし、宝箱と言っても見た目は木箱。木材で形作られた長方体に鉄の補強がされた単なる収納箱。だとしても、金貨がザックザクに詰め込まれた物をそれだけで終わらせるのは如何なものか。
故に、ここでは宝箱と表現する。
とにかく、だ。
銀行での用事を終えた二人は道を歩いていた。こうせずとも銀行側に馬車を用意して貰う事も出来たが、ガルフは断った。
なので、重たい宝箱は力自慢の憲兵さんが運搬中。
現在は馬車を拒否した理由に向かっている最中。
そこでの要件は至極簡単。ガルフ曰く「ある日、自慢のパイプを不注意から折ってしまった」のだと、「だから、代わりになるパイプが欲しい」からだと。
馬車を断ったのはこの件を周知されたくないからと。
帰り道を一歩外れてパイプ屋に辿り着く。
白が特徴的な店構え、朝方な所為か店内は閑散としていて静かなところ。
棚にあるのは驚きを超えて呆れが飛び出る高級品。
象牙や鯨骨などの天然素材に巧みな銀細工を併せた富豪向き。
無粋な思い付きではあるが。これを受けてダンカンはそれだけの金があれば何百人が貧困から逃れられるのか、生きていけるのかなんて事を考えてしまう。
その彼の横ではガルフが自分好みのパイプを求めて物色していた。
もちろんのこと、他人の金遣いに文句を付けるのはお門違い。
何より、ここの店の者達はそれで生計を立てている。
(自分は?)
ダンカンは腰の銃を優しく撫でた。
(こいつは殺す為だけの武器。魔王に対処する為だけに買った。)
しかし、今になって考えてみれば金持ちの特権的な所有物。
理由がどうであれ金があったから買えたのである。
自らの人生にしても最初は親の遺産ありき。そこから先もアルムの下で世話になり、今では高収入の公務員、金に困った経験はありません。
では、貧困層は一体全体どうすればいいのか。
彼らには家が無くても魔王がいてもお金がないから何も出来ない。
職に就いて稼げないのが悪いのか?
そうした身分に産まれたのが悪いのか?
それとも不幸を恨むしかないのだろうか?
(この世界には金以外の何かが必要だ。)
そんな確信が憲兵を埋め尽くす。
「ガルフ殿、貴方にとって貧困層とは何でしょうか...?」
それを聞かれたガルフは珍しいとも嬉しいとも感じる。
ついに他人の人生を気にする事が出来るようになったのかと。
「そいつらは社会のゴミだ。」
分かりやすく曇るダンカンの表情。
「貧困者は社会全体からそう見られているんだよ。」
「だがな。例えば煙突掃除人なんて給与が少ない上に命の危険性がある、だが必要だ。例えば農民の育てた作物の四割は税として国の物になる、だが必要だ。」
「そんな過酷な生活でも犯罪に走らず真面目に働いている奴がいる。」
店の外、道行く者には良い服を着た商人や風貌の悪い男もいた。
「だから、俺は彼らに顔向けが出来るように。不幸がそうさせたとしても犯罪者だけは処罰しなきゃならんのだ。」
ガルフは樫の木を削った素朴なパイプを手に取った。
そして申し訳なさそうに小っちゃく一言。
「...守るべき奴らさ。何であろうと、この国の市民だよ。」
それから全ての用事を終えた後のこと。
ガルフは途中で呼び出した従者共々帰宅する。これに伴い護衛終了、道端に残されたダンカンは彼の乗った馬車が消えるまで見つめていた。
それが終われば今度は自らの目的の為に歩き出す。
向かう先は監獄で看守をしているボーンズの下へ。
ふと、彼はカーラス地区のとある路地裏の前で足が止まる。
目の先には大胆にも人が一人、寝ころんでいた。
盗人蔓延るこの地区でその所業は、持たざる者のみに許された特権なのだが、見た限りそんな様子ではなかった。
ダンカンは近くに寄り添い調べると。
死んでいた。
しかし、だからと言って驚く事でもないのがこの地区だ。
(私は...。)
血に沈む蛆虫、群がる鼠の群れ、昔はこうではなかった。
それを覚えている人間はどれ程か。取り戻せないと諦めた者だっているだろうし、自分が憲兵としてこの地区に出来た事は数少ないと思う。
今の今まで腐り行くこの地区を見放して来た。
けれど、今日からは無理そうだ。
「私は貧困者であってもいい。」
ダンカンは覚悟を胸に今を歩む。




