表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰還志望の受難生  作者: 白ム月比心
一章 魔王の支持者
18/107

16話 城壁の王


 この時代の、この国の体制側。


 アーマレント貴族の正装とはなんだろう。それは衣服の上下を地味な色で統一し、金糸で刺繍された絹の羽織り物を身に着けた姿である。

 お好みで服飾品をどうぞ。カツラは駄目です。


 小鳥舞い謳う心地よい朝にガルフ・スイレムは目を覚ます。

 ここから始まる彼の習慣。寝起き早々使用人をこき使い、自らは執事と一緒に身支度をし、それから食堂に行くと美味しそうな料理達の歓迎を受ける。

 はて、貧乏貴族要素は何処に行ってしまわれたのか。

 これだけでも一般庶民には羨ましい生活。

 だが、ガルフには元気がなかった。単なる体調不良ではない。あれほど大好きだった亀のスープも最後の晩餐かのように啜るのだ。

 その原因は今日、王侯貴族が一堂に会する機会があるからに他ならない。


 各地区を代表する五人の諸侯と王による会議。


 それから彼は心の準備を済ませて馬車に乗った。

 向かう先は国家の中心、政治の中枢。

 以前、ガルフが外交官を相手にしていた場所である。


 おさらいも兼ねて情景描写をもう一度。


 宗教地区辺りに(そび)え立つ巨大な城。周囲には神威を表現しようとしてか色鮮やかな神殿、それに比べれば材質由来の色味しかない謙譲なる城。

 ただ強固であればいいと無機物を積み上げて造られた。

 後に国家存亡の最後の砦として更なる魔改造が施された。

 現在の用途はそうした設計者達の思惑から全く外れてこの通り。


 「アーマレント王アトス殿下、前より増して豊かなお姿で。私、ガルフ・スレイムはお声に応じて...。」


 謁見の間には貴族が五人、各々がアーマレント王に新年の祝辞を送る。

 因みに、ガルフの言った「豊かな姿」とは嫌味ではなく、肥満こそが貴族の証拠であるとして指摘するのがこの国の貴族のマナーなんだそうな。

 日本人はおろかアーマレント市民にすら理解されそうにない文化の一端。


 そうして貴族達の挨拶が終わり。


 「それでは今年の方針の為、各領の報告を受けさせて貰おう。」


 王の一言によって右から左へと順次報告が始まった。


 最初は中央地区サドラを任されたガルフの旧友。

 親の策略で友達になった。しかし、最近では共に娯楽を興じることが少なくなっており、明日辺りにでも交友を温めておくべきかとガルフの悩める人物。


 「塩税の収入が前年より大きく減少しました。けれど、販売経路には問題ありません。恐縮ながら、密輸を取り締まる頃合いかと...。」


 次は宗教地区ポポネオテの主。本人の性格は貴族というより聖職者的で、質素倹約、一致団結、こうした言葉がよく似合う。

 ただし、彼が信仰しているのは聖国の教え。そこから政界では聖国の手先かもしれないと囁かれているのだが、真偽の程は如何に。

 ガルフとしては(ただの一人の信者だろう)と考えているが。


 「墓荒らしが現れまして遺族の悲しみが増えるばかり。この事態には神も眉を顰めましょう。」


 次は工房地区の若き貴公子アンドレア・ギリネス。

 何処から語るべきか。本人はさておき彼の一族は代々、生産者を重視した政策により、領内の工房はどれも国家にとって必要不可欠な要素となっている。

 ―――この依存状態を良しとするかは議論の余地あり。

 とにかく、頼れるハンマーの使い手とだけ言っておきましょうか。


 「我が領内は大変安定しておりまして。海魚や小麦を供給出来るようになり、市民達は非常に満足しておられます。」


 (先代のお陰であろうに。)


 次は産業地区ライトの貴族様、最近は不幸を連発中とのこと。

 地区の特徴は多くの市民、昔は国家の総人口の3割が、今では過半数が住まう場所。人口過密半端ない。流石、国内最強の暮らしやすさ。

 余談ではあるが、ライトは精霊語で‶秋の神〟を意味する言葉なので英語のライトとは全く関係ありません。


 「旧下水道が崩れ落ちて交通路には大穴、その前には空き家が倒壊する事故がありました。急いで職人を集めておりますが依然として手が足りない状態です。」


 「きっと、老朽化が進んでいたのでしょう。」


 そして最後は王の顎がガルフに向いた。それはいつもより怪訝そうな眼差しで、どんな意図かと掴みかねる顔付きで、アトス王は耳を傾けていた。

 これをガルフは不思議がりながらも自領の報告をすると。


 「いつも通り順調でありまして、私の庭では鳩が鳴いております。」


 「ハッ! 順調とはな。」


 堪えもせずに笑ったアンドレア・ギリネス。

 これがガルフは嫌だった。鼻で笑われようとも構わないとは思っていたが、やはり実際にやられると腹が立つ物で...。

 後で奴の花壇に塩をばら撒くことを固く決心。


 (そうすると植物がよく枯れてくれる。)


 ガルフの邪悪が煮え立つ最中、アトス王は彼に(たしな)めるような視線を送るも、気が付かない振りをしてアンドレアはまだ続ける。


 「いかなる事で順調と申す。まさか、デノム人を捕縛する事か。まさか、ご自身の管轄を破滅させる事か。王よ、何故に彼の者を罰せずにいるのでしょう。」


 「あれが人の上に立つ者に見えますか?」


 と、堂々と言い切った。


 「もう止せ、お前の鬱憤は分かったがこの場で言う事ではない。」


 ようやく口を閉じたアンドレア、こうもはっきりと主君に言われては黙るしかない。しかしながら彼は戦果有りと得意げな表情で物語る。

 にしても、僅かな合間で謁見の間は変な空気に包まれてしまった。

 一度咳をし、アトス王は少し考える素振りをしてから会議を続行。


 「...密輸業者の件は他の地区に害を為してる事もあるだろう。故に、対処は我が騎士団へ任せ、罪人の処罰は一番被害の大きいだろうサドラに任せる。」


 「有難きお言葉。」


 サドラの貴族は一歩引いてお辞儀する。


 「墓荒らし、か。それはどれ程酷い物であろうか?」


 今度は宗教地区の事件に対して王は慈愛のある声で問いかけた。


 「一夜にして墓場の一区画分が消えてしまうのです。それがもう数十日も...。死霊術師(ネクロマンサー)がいるに違いありません。」


 「ならば頼りになる魔導士を向かわせよう。」


 「王よ、感謝致します。」


 次々に問題が決議されて最後に残るは産業地区。

 その時に、その産業地区の貴族から更なる議題が提出される。


 「最近、空き家が盗人の活動拠点になっているとも聞きました。これを機に、所有者のいない家を調べて取り潰すべきだと進言致します。」


 こればかりは王も考え込んで。


 「なるほど、それは後の会議で取り上げようとしよう。」


 「では、旧下水道に関しましては...。」


 「旧下水道を放って置いて良い事はない。新旧まとめて改修工事としよう。この工事の監督はガルフに全て一任する。」


 全てをガルフに?


 耳を疑ったのは本人のみならず王を除いた皆がだ。

 誰しもが驚きを隠せなかった。特に反応したのがこのお方だった。


 「しかし、王よ! 彼の前科を忘れたのでしょうか!? 以前、下水道の費用配分を間違えて、今も尚池に排水を流しているのですよ?」


 忠誠心を忘れた様子でギリネス代表さんはよく吠える。

 けれど、発言自体はガルフとしても共感しなくはない。

 だからこそ、彼は王の真意が分かった。きっと、これは自分の為に用意してくれた名誉挽回の道なのだろう。ただ本当に私がその道を歩いていいのかどうか。

 しかし、これを無下にしてはもう何処にも行けなくなってしまう。


 「有難き幸せ。」


 ガルフは片膝を付いて深く深く頭を下げた。


 「待ってください、これは間違っています!!」


 再び声を荒げるアンドレア。


 「出した言葉は戻せない。それとも他に誰がいると言うのかね。」


 「私が居ります!」


 そうして彼は自身の胸に手を当てた。


 「この際に言ってしまえば、お主では足りない。」


 「経験が、人脈にしてもだ。充分な制度と豊かな領を親からそっくり受け継いだだけで、親の成功から学んだ形跡が全く見えない。それに家の全てを家令に放り投げて遊んでいるらしいな。...まだ何か聞きたいか?」


 「いっ、いえ、結構です。失礼しました。」


 よろつきながらもアンドレアは姿勢を正す。


 (アンドレアの奴め。)


 ガルフは嘆いた。家督ともあろう者が遊び呆けているとは情けない。

 私は長い間に同盟関係の聖国へ報復を考えながら、四年に一度の賄賂を受け取って、領民だろうが死んでも痛まない心を育んできたと言うのに、一体どんな風に育てられてきたのか疑問である。

 我が最愛の娘もああなって欲しくないものだな。


 笑えない冗談はここまでに。


 「一旦、御開きとしよう。」


 ここで会議は王の言葉により一度解散となった。


 余談ではありますが。実は、王は事前に配下の騎士団を通して各地区の出来事を把握しており、会議での決議も最初から決めていたのである。

 もちろん、ガルフに工事の監督を任せた件についてもだ。

 これは国政に関係する者の間では周知の事実。


 閑話休題、完全に会議が終わって貴族達が外に出た直後のこと。

 ガルフを呼び止める者が現れた。

 服装からして貴族ではない出で立ちの普通の男だ。


 「ガルフ様ですね?」


 「そうだが。」


 「失礼、私は王の下で働かせてもらっている王の使者でございます。アトス王より預かった物をお渡しに参りました。」


 こうして手渡されたのは一枚の紙、どうやら銀行の小切手のようだ。

 額面には14500(約14億5千万円)ペタルと記載されている。


 「そうか、分かった。」


 ガルフの言葉を聞いて使者は去った。


 (どうやら、これは工事費用のようだが。)


 通常、工事費用と言えば計画と見積もりを立ててから国庫から引き出されるが通例なのだが。

 これでは余った金額を懐に入れてもバレ辛いのだ。

 しかし、王は何の考えでこれを私に送られたのか。今日の所は幾ら手元に残るのか計算するとして、いつの日か我が王への忠誠心をもう一度誓いましょう。


 時刻は夕方、カーラス地区に悪徳貴族のお帰りです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ