14話 一雫の金貨
通路のどこかで誰かの欠伸。
発生源はこの人、銀行勤めの若い魔導技師の男から。
ただいま彼は天井の配管を点検中。この業務に付随するのは一定周期で繰り返される足音と、代わり映えのしない風景を見上げ続けるだけの退屈。
これを予兆さえ見当たらないのに毎日やっている。
だが、これが重要なのだ。管の中には魔力を含んだ水、魔導用水と呼ばれるそれらが施設内のあらゆる設備に必要とされ供給されていくのだから。
またもや彼は大口開いて欠伸した。
いやはや、この堕落しきった勤務態度はいかがなことか。
けれど、何も今に始まった事ではないし上からしてこうだった。
「あっ、支店長。点検終わりました異常無しです。」
流石の彼でも姿勢を正して上司に敬礼。
しかし、当の本人は興味無さげ。そればかりか「邪魔だ」と仕草で追い払う。
「粗雑だな。」
がらくた騎士は通路の暗がりで思わず溢す。
「今はそれに助けられましたね。」
ララは去り行く支店長を見てそう答えた。
やがて、二人はもぬけの殻となった魔導用水制御室に滑り込む。機能面は名前通り、魔導用水の流入や魔力の濃度を制御する部屋である。
実はここまで来るのに大した苦労はしていない。
がらくた騎士が共犯者となったあの後、ララは正面玄関から出てすぐに裏口から侵入して今ここに。その裏口には鍵すら付けていなかった。
(こっちが腹立つレベルで何もなかった。)
そう思わずにはいられない泥棒ロスト。
それで魔導用水制御室に潜入した彼らは。
「しばらく入り口を見張っていてくれ。」
と、がらくた騎士は手早く作業開始。大、中、小、幾つかのバルブを調べ始めては閉めたり慌てて開けたりの大忙し。
ララの方も扉を微かに開け、この隙間に注意深く耳を澄ませた。
そうして集中に集中を重ねてようやく聞こえてきたのは水の音。
それ以外は何もない。これは順風満帆、そうだ順調そのもの。なのに、どうしようもなく彼は不安に駆られてしまう。
「こんなに思い通りだと怖いな...。」
無意味に不安を吐き出した。
「成功に慣れてないだけさ。」
そんな言葉をリックは早速と拾い上げた。
一旦、深呼吸。ララは極力意識を扉に向けながらも不思議な機械を見た。
視線の先には未知の技術。所構わず乱雑に交差する金属管と、古めかしい機器の組み合わせは、古き良き潜水艦の内部の如く。
この秩序立ってないのに動く様は人の執念のようでロマンチック。
もしも、この異世界に来て最初に見たものがあれならば、スチームパンクな世界に迷い込んだのだと勘違いした事だろう。
これを見た限りでは容易く操作しているリック・ピック。
(あの人は何でこんな物まで扱えるのかとっても不思議。)
そうした彼の好奇心に気が付いたのか。
「こういった機械はどんな人にでも扱えるように親切な設計がされているからね。法則さえ分かれば思いのほか簡単だよ。」
がらくた騎士は言った。
「それよりも巨大金庫。あれこそ面倒だ。」
「ついさっき金庫の魔法陣に対応した管を特定したが。やはり、厳重に守られているみたいでな。店全体の照明にも魔力を送っている。」
「これを無理に止めようとすれば犯行がすぐにバレてしまうだろう。よく出来た仕掛けだ。心躍るね。」
ララはちょっと考えて。
「えっ、それって大変な事じゃ!?」
そこで己の愚行に気が付き、荒らげた声に慌てて手を当て押さえ込む。
この部屋の壁は厚いので大丈夫だと信じたい。
淡い期待と共に会話は続行。
「安心してくれ。裏技があるんだ。」
そして彼は一番太い金属管を人差し指でチョイと触れた。
すると、刹那にして部屋の気温が跳ね上がる。
何事かとララが驚く合間にも温度はまたもや急変動。最初の状態に元通り、裏技とはこの事か、がらくた騎士は語り始める。
「魔法で管の中に氷を作った。これが水に流されて、いずれ魔導器に辿り着き、装置に詰まって動かなくなる。」
補足、魔導器とは携帯に向かない大きな魔導具のこと。
「消費される魔力量に比例して装置前の管の半径がそれぞれ違う。少なければ小さい。だから、氷の大きさを調整すれば特定の装置を止めることが可能だ。」
「ただ、この方法は確実性に欠けているがね。」
専門的な話になるからかだいぶ省略して。
「さて、少し喋り過ぎたかな。」
がらくた騎士は目に猛禽類の鋭さを宿して立ち上がる。
何を感じ取ったのか。彼は扉に素早く駆け付けると蹴り開けた。すると、通路の方から「ヴぉ!」と野太い悲鳴が飛んできた。
「へ?」
ララは顔を真っ青にして扉の前方を要確認。そこには気を失った小太りの男性が、確か巨大金庫前の警備員だったような。
自分の注意不足を嘆く彼の背中に声。
「行くぞ。金庫の中身をちょろまかすつもりなんだろう?」
「はっ、はい!」
自分が提案した事なのに主導権を持っていかれた感が否めない。だけど、経験豊かな傭兵の方が手際が良いのは当然で、嘆いても仕方無いのはそうなのだが。
ロスト・ララは耐え切れず小さい溜息を吐いた。
とにかく、今度はリック先導の元で巨大金庫に引き返す。
その合間もまた従業員は姿を見せず。これが本当に偶然なのだろうかとララは怪しんでみるも結局の所は分からず終い。
そうして巨大金庫のある部屋に辿り着いた。
先程、気絶させた男から奪った鍵で侵入は成功。
さて、残る問題を考えれば鬼門となるのは金庫の鍵。の筈だが、がらくた騎士は手持ちの雑貨を器用に加工すると、それを使って容易く開錠してしまう。
(すごい人だ。)
魔導工学に精通し、小手先が利き、戦闘も出来る。
この人はなんだって出来てしまうのか。
「これでようやく金庫の中身が。」
ふらつく足取りでララは金庫の取っ手を掴んで引っ張るも効果無し。
「まだだ。魔導による施錠が為されている。」
そう言うと彼は再度金庫に着手し始めた。
これを見たララは夏終盤の蝉かのようにへたり込む。脚は草臥れ肩も凝っている。なにより精神的な疲れがきていた。
何も出来なかった癖にね。役立ちたいのに、頼られたいのに、この醜態とは。
「そんなに自信が無いのか? そうだな、私は生まれてから今まで戦争に付きっ切りだったからこそ分かる。その歳では良くやってる方だ。」
そんなララにがらくた騎士は今までの様子を顧みて言ったのだ。
一方で彼は(気を遣わせた)と姿勢を正して元気を装おうとするも。
「空元気はよせ。」
と、即座に言われてしまう。
少し迷ってすごすごと床に座るとがらくた騎士は話を続けた。
無論、その間も金庫を解除する手を止めないで。
「この作業の事はいい。」
ララは目線を彼に移した。
「それよりも、あの訓練の日から思っていたのだが君はとても真面目で息抜きが下手なようだ。今日にしても誰よりも気を張っていた。どうしてだ?」
それで答えた。
「自分は半人前で他の人の二倍頑張らなければいけない。なのに、今こうやって喋っていられるのは全てリックさんのお陰。僕は邪魔してるだけ。」
「こんなの我慢出来る訳がない。僕だって何かの役に立ちたいんです。」
ララの頭は真っ白で何処から声を出してるのか自身さえ認識不可能。だけど、その言葉は今まで言えなかった何かであると断言出来る。
それを受けてがらくた騎士は答えた。
「何が君をそうさせたのかは私には分からない。ただ分かるのは強引に大人になろうとしている。だがな、今のままでも君は立派だ。」
「立派って...。こう言っては何ですが、物取りしてる僕がですが?」
「私だって君と同じぐらいの歳で戦地の死体から物を盗んでたさ。だけど、君のような向上心や心得なんて持ち合わせて無かった。それを立派だと言ってる。」
「でも、今日は何も出来なかった。」
「やったじゃないか。いま、私がここにいる理由を。」
がらくた騎士はこの会話の途中でとうとう最後の鍵を開けてしまった。
それからのララはもう何も反論をする事もせず、ただ黙って目を伏せて、自分は今後どうするべきかをもう一度考え始めた。
そんな刹那に微弱ながら床が揺れ動く。
「地面が揺れた。きっと、物質硬化魔法の効果が無くなった床の下で、皆が床を落とそうとしてるからだろう。急がねばな。」
がらくた騎士は重厚な金庫の扉に手をかけて思いっきり力を籠めた。
「う゛ごけぇっ。」
しかし、扉は動かない。最後の関門は意地を示す。
顔を赤くして全力を振り絞っても開かない扉。
そこで急遽、今こそ役立つ時だと、ララも手を貸そうとしたのだがリックは首を横に振ってこれを拒否。拒絶する。
最終的にがらくた騎士は肉体強化魔法を使ってこじ開けた。
しかし、開けたと言っても僅かな隙間、それは丁度子供一人が通れそうな狭間。更に広げていこうにも床がひび割れてきてこれは危険。
やはり、天命か。
「下を失礼します!」
「君は全くだな。行って来い。」
生き生きと突入したのを見て苦笑を呈すリック・ピック。
ロスト・ララは金庫の中にザラザラと硬貨の山を崩して入った。
何処を見ても煌めく物が存在する不思議な感覚。長い旅路だったと金貨でポケットを重くする。あぁ、この喜びを行動で示したくなる高揚とした気分。
そんな暇はもはやないが。
「音がもう近い、早く出て来てくれ!」
金庫の中でも地響きの音が反響し合って煩いくらいに聞こえてる。
「了解しました!」
ララはすぐさま脱兎の如く這い出て逃げた。
がらくた騎士はそれを確認した後、酷く疲労していたが、先程とは逆の手順で金庫を施錠していく。後々ばれない為の小細工だ。
彼の手は慎重にだが迅速に、神業と呼ばれて然るべき偉業が人知れずこんな所で発揮されているとは何たることか。
冷汗で手が濡れる中、全てを終え、ここから逃げる準備は整いつつあった。
しかし、残念。
床の下の深くから、何かの破裂音と共に崩落が始まった。
本能から湧き上がる緊張感。もはや手遅れ、ララの方は足元の揺れでまともに立つことすらままならない状況になってしまった。
そうこうしている内にも大きな揺れが大挙して、地平線に消える太陽のように、巨大金庫はゆっくりと地下に沈んでいく。
目の前で巻き起こる天変地異に目を疑うか、自分の頭を疑うか、混沌の中に置き去りにされた彼は必死に出口へ手を伸ばす。
ここで一つ、今までを凌駕する破壊音。
「うわあぁっ!」
時を同じくしてララの体を支えていた床までもが滑り落ちた。
行先は金庫があった所の暗い穴、地の底に真っ逆さま。
この瓦礫のように彼の命運も終わり。と、思いきや不幸中の幸いにも伸ばした手の先が大穴の縁を捉えていた。
そこでようやく大地は沈黙。
しかし、事態は終わっていない。
ぶら下がった状態の彼はそこから復帰する方法を持ち合わせて無かったので、それ以上はもう足をばたつかせる事しか出来なかった。
ふと、彼は空いた穴を覗いてみる。
底が見えないくらいに高い。幼い頃に木から転げ落ちて大怪我をした事があるが、ここから落ちたとなればもう明日を跨ぐことは許されないだろう。
駄目だ。次々に悪い予感が駆り立てられる。
死の予感がララの背筋を撫でた、それだけは嫌だ。
「助けてぇ!」
本当に、本当に惨めな言葉。
「そこにいたか! 掴まれ!」
でも、それでもいいんだ。助けられてもいいんだ。
そこから少しばかりの時間が経ち。
これ怠惰な銀行員と言えども異常を察して駆け付けてきた。
しかし、やること成すことは騒ぐだけの烏合の衆。
そんな彼らに混ざって一人、巨大金庫があった筈の部屋の中、刃の無い剣を携えて深い穴底を睨みつけている男がいた。
「こりゃお相手さん、こっちが怠業している日だっての知ってたか?」
彼は銀行に雇われた兵士、傭兵なのだが、給料未払いが多いこの銀行では彼みたいな人が必要なのだ。具体的に何故かは明記したくないが。
それで店長から強盗を殺せば賃金に色を付けると口約束している。
「そんじゃあ行かせてもらおうか。」
要するにお金欲しさで男は穴場に飛び込んだ。




