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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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13話 貯蓄無し


 アーマレントの天気はいつでも良好なり。

 雲一つもない青空に浮かんだ太陽、それは強盗の行われる日であっても姿を変える事なく地上を照らしていた。


 ネズミ地区のとある場所。


 教会周りの泡立つ愉快な沼と、オンボロ寄せ集め住宅が立ち並ぶ平地の合間の、緩やかな斜面に造られた地下水路の出入口。誰か曰く欠陥洞窟。

 ここには多くの無魔(デノム)人と彼らの王たるオキュマスがいた。

 やはり抵抗があるのか、そわそわと肩を震わせる者や、誤魔化し気味に体調の悪さを仕草で見せる者、何故か清々しい笑顔の者など。

 しかし、静かだ。大勢いたが静かに準備が進んでいた。


 ロスト・ララはその風景をこう表す。


 (嵐の前の静けさ。)


 今日の彼はいつもとは違う服装でこの場にいた。

 これから襲う銀行には貴族や商人、そこまでは行かずとも懐の豊かな市民の為に用意された個人用の金庫が沢山ある。これを守る備えがある。

 なので、それ相応の準備を要する訳だが。

 その一環として今朝革命王から服を頂いたばかり。滑らかな材質で着心地は最高、これから行なう犯罪の為だと思えば気分はどん底。

 袖を摘まみ、思わず申し訳ない気持ちを呟いた。


 「本当に良かったんでしょうか?」


 それをオキュマスが聞いて頷いた。


 「残念ながら我々に残された道はこれだけだ。」


 因みに、ララが心配しているのは高価な服を貰ったこと。


 「そうだな。それとロストには従者役でリック・ピックを付ける。もし何かあれば強硬手段を使ってでも戻って来てくれ。」


 革命王は皆を一瞥して叫んだ。


 「いいか? 強盗だなんだと言うが、今日の食い扶持を無理やりにでも手に入れなければ私達に明日は来ない!」


 「こんな状況にした奴らはどこだ? 恨むべき相手は誰だ?」


 その言葉に息を飲む人々、後ろめたさを感じながらも開いた眼。

 彼らは今までの恨みを忘れたことはない。しかし、この環境に慣れたのもそうだが、復讐心を高鳴らすには余りにも月日が経ってしまった。

 ずっと怒りを揮える人間はいなかった。

 そんな泥沼化した心情に吹きる付ける新たな風。


 「武器を取れ! 生き残るぞ!!」


 誰かが背中を押してやれば。


 「おおお! ...おおおおおぉぉぉ!!」


 「そうだ! そうだ!! そうだ!!!」


 彼らの心はまた燃え始める。


 そこから時間は進み。


 ライト地区の古びた通り。石畳に泥の跡、馬車が通るには耐え難いほどの凸凹道、そこをロスト・ララとリック・ピックの二人が通って行く。

 この道中でララは作戦を思い返していた。


 今回盗み出すのは銀行の奥深くで眠る巨大な金庫。

 中身には銀行の本体とも言える金貨が、額にすれば現実味の湧かない領域の財宝が、とにかく莫大な富が収められているらしい。

 あくまでも噂、実際がもっと質素であってもあり得る話。


 これを攻略するにあたって彼に与えられた役目は。


 (僕は巨大金庫のある部屋まで行って、そこにある魔法陣の破壊。この懐に潜ませた小形のスピットライフルで。)


 そして到着した。


 〝ようこそ、シルバーメインへ〟


 自らを主張する銀行の大きな看板。もちろん、顧客を導く為の物であって挑戦者を望んではいないだろうが。

 その下で、王の獲物は高級住宅街の中央に座して待ち受けていた。


 ララは強く手を握って。


 「よし!」


 さて、旧下水道の方でも動きがあった。

 台車を用意した無魔(デノム)人達が今か今かと待ち構えていた。

 そんな彼らに近づく小さな影。下水道はネズミの王国、故に不法滞在を好く思わない鼠達が彼らの事を監視し、あわよくば食い殺そうと群がっていた。

 この様子を無魔(デノム)人は憎く思いながらも笑顔で迎える。


 「もう少し、もう少しだ。」


 「そうだ、無魔(デノム)はこれで。」


 見飽きた現状があと少しで変わるからと。


 どこから話すべきか色々とあり過ぎた民族無魔(デノム)人。

 最近の歴史だけでも、アーマレントの彼らは元々月の大陸の南方に住んでいたが、迫害が起こり、死者を出しながらも逃れて来たがこの有様。

 けれど革命王に率いられて今、復讐の時を得たのだ。


 (一生に一度だけの好機。逃せばもうない。)


 今まで生きる為には仕方ない。厭わない。こんな思いを子供にさせたくなければ。と、積んできた言い逃れの分だけ息苦しく生きてきた。

 どれもこれも、未来を信じて。

 これでも彼らなりの苦渋の決断があった。


 「デノム人はデノム人の手で。」


 それを合言葉に今まで耐えてきた。


 異民族ではあるが革命王も同じ気持ちだと誰かは考える。

 心理的にも、金銭的にも、ここまで皆を支えてくれたのは、革命王の内にある義憤がそうさせたのだろうと思っていた。

 上を向けば溢れてくるその気持ち。


 ほぼ真上、そうとも知らずにララは銀行の扉に差し掛かっていた。


 「...これは凄いですね。」


 目の前に広がるは富豪の牙城。


 「そうだな。」


 がらくた騎士はララの唖然を肯定する。


 ここだけ地球で言うところの近世の建築物。よくて中世が近所なのに対して、時計塔やガラスの窓などの技術力で彩られ。

 その上、神話をモチーフとした壁画や彫像で文化の面も手厚く主張。

 内側はどうか、ここも凄い。日本の詫び寂びを静の美しさと評するならば、こちらは動の美しさ。居座るだけで物欲をジワジワと満たしてくれる素敵空間。

 価値ある物をただ整然と並べたのではなく、あえて優劣を付ける配置でそれぞれの存在感を潰し合わずに高め合っている。

 この小物を蹴散らす威厳にロストは散った。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 そこに、ただでさえ浮足立つララに受付嬢のにこやかな挨拶。


 (落ち着け、落ち着け。慌てるのはダメって言われている。)


 革命王から冷静でさえあればいいと。


 「手始めに200ペタル程の預金をしたいのだが、先に金庫を拝見してもよろしいかね? 安全性を確かめるようにと旦那様に頼まれましてな。」


 台本通り、がらくた騎士が事前に決めた台詞で頼みごと。

 それとなく空の鞄を見せつけながら。


 「分かりました。こちらです。」


 導かれて銀行の奥、鉄格子で分断された部屋へ。

 関係者以外立ち入り禁止。鉄格子の向こう側には鉄の塊、それら全て小さな金庫の集合体、壁に埋め込まれた分も含めれば余裕で千人分はあるでしょう。

 だが、ここはお目当ての場所じゃない。


 がらくた騎士は口を開いて。


 「この店で一番大きな金庫を見せてくれないか?」


 何の疑問も持たずに受付嬢は二人を案内した。


 更に場所は変わってライト地区の大きな通り。ララ達が先程通ったばかりの道の端、銀行を見ながらお茶を飲めるそんなカフェ。

 その中で、孤独な王様がお茶を楽しんでいた。


 「順調ダな。」


 日常にノイズ、人の真似をしたヒキガエルみたいな酷い声が響く。

 残念ながらオキュマス宛て。彼は振り向く事も返答もせずに、カフェの前の通行人を虚ろに眺めて次の声を待っていた。


 「草原カラお手紙ダ。老骨ノ体調が優れナイので薬の調達を頼むとな。あとアーマレントのお土産を楽シみ二してるンだとサ。」


 「それだけか?」


 オキュマスは姿勢を崩す。


 「...今のところ、こちらから連絡する事柄はない。強いて言うならば、アリスを別の班にして欲しいのだが。」


 「ほぉ、ドウして頼まないのダ? 資金提供、人材派遣、何でも出来る。」


 「出所不明の資金では信用されんと前々から言ってるだろう。それに得体のしれない付き合いは最低限で十分だ。」


 その言葉を最後に懐から煙草を取り出して火を付ける。

 安物なので煙ったいのはご愛敬。


 (雲が白い。)


 これまでに革命王が得た名声は世界中に広がりつつある。


 その途中経過で手に入れた確信。


 革命を経ても変らない物がある。道端に転がる死体も、暴行を受ける子供も、革命なんてものは大義名分を振りかざして殴る自己満足でしかなかった。

 当たり前だ。あくまでも革命は過程、そこから先が大事だったんだって。

 だが、実際は誰もが今を見ている。天望のない連中が必死になって敵を排斥しようとする。けれど、どんな国であろうと人の優しさがなければ全て同じ。

 だから、革命だけでは何も変えられなかった。


 「これもそうだ。」


 今までの事例から無魔(デノム)人だって同じ運命を辿るだろうと。


 「復讐だ。」


 「反撃だ。」


 たったその二言で容易く殺しをしてくれた。

 惑うことはあれど、結局は正当化して達成してくれた。

 こんな奴らが国を手に入れてどうなる。救いを求められた時、仁義を問われた時、それもまた仕方ないで処理する姿が思い浮かぶ。

 己の実力不足をこれが現実だと捻じ曲げて。


 煙草の煙が口から天に零れ落ちていく。


 「ロスト・ララはどうなのだろうか?」


 ぽつりと思い浮かんだその名前。


 「何も変らないか。」


 然したる証拠もなしにオキュマスはそう結論付けた。


 場面を戻して銀行の地下、ランプがあっても薄暗い通路。従業員同伴でがらくた騎士とロスト・ララがここを通る。

 実用性重視か、一階とは違って煌びやかさの欠片もない。


 そうして辿り着いた扉を前に。


 こればかりは従業員も誇らしげに目を輝かせて。


 「これがこの世で最も優れた金庫です。錠前の他にも最新の魔導技術で施錠している為、稀代の悪党でも太刀打ちできません。」


 彼の説明と共に開かれた。


 巨大金庫は、その身一つで部屋の真ん中に鎮座していた。

 鉄格子も監視も何もないが。しかし、この状態を不用心と呼ぶには時期尚早。なんと言っても、常人の背丈を超える程にとにかくデカい。

 この物理的な大きさは内包する要素を示唆している。金庫の重み、鉄板の厚み、どれもが盗みをするのに不利な物ばかり。

 その上、鍵が幾つか付いている。最新技術もあるそうな。これは確かに、どんな悪党だって攻略するのは未来永劫無理でしょう。


 もしも、これが旧下水道の真上でなかったならばの話だが。


 ここまでくればもうララは自分の仕事をこなすだけ。

 深成岩の床の上、彼はオキュマスから「この部屋の何処かに部屋全体を強化している魔法陣がある」と聞いている。


 (いや、ちょっと待って、これはッ...。)


 巻き戻せない失敗をした事はあるだろうか。

 あの氷片で背筋をなぞられるような嫌な感覚。

 それが今、ララの中で起きていた。


 それを察知したのか視線で問いかけるリック・ピック。


 「...魔法陣が見当たりません。」


 これを聞いて従業員を一目すると素早く言った。


 「金庫の背面にあるかもしれない。」


 そうやって言葉を捻り出すが気休めにもならなかった。


 「もう...見たんです。」


 その言葉に彼は目を瞑る。天井も、床も、壁も隈なく探したのに見つからない。

 この事実にとある可能性を見出した。


 「金庫の下か。」


 がらくた騎士は言った。


 「だが、まだ手はある。」


 魔法陣についてララはあまり詳しく知らないが。

 ただ一つだけ理解している事がある。魔法陣は魔導具と同じく魔力が無ければ動かない。地球の物で例えれば、電気の無い家電製品に等しいと。

 だから事前に、彼の言わんとすることが何となく分かった。


 「魔力の供給源を絶てばどうにかなる。」


 ララは安堵する。この不測の事態に対する解決方法は見えてきた。

 そこへ丁度、従業員が不審に思って声をかけてきた。


 「あの、お客様?」


 疑問符を浮かべた彼にリックは一瞥し。


 「シルバーメインの鉄壁を疑って申し訳なかった。生涯でこれほどの金庫は見たことない。後日、改めて預けるように手配しよう。」


 「失敬。では、これで。」


 クルリとターン、方向を変えると出口に向かって歩き出す。

 ロスト・ララはその行動を理解出来ずに聞いた。


 「せっかく分かったのに退却ですか?」


 金庫室から既に通路に移動済み。


 「不測があったんだ。ここは素直に退くべきだ。」


 確かに計画にズレが生じたならば皆の所に戻って相談すべきだろう。

 そこでロストは自らの浅はかさに気付き。そして真剣な面持ちになると。


 「どのくらい魔導具に詳しいでしょうか?」


 質問の意図に首を傾げて。


 「...構造を細かく説明出来る位には。」


 それを聞いて。


 「金庫の中身、少しだけネコババしませんか。」


 流石のリック・ピックも目を丸くして辺りを見回す。誰も居ない寂しい通路に暫く視線を漂わせて安全確認。

 そして口を開く前に、ララは追撃とばかりに付け加えた。


 「支払いは成功報酬。ここを出るまで僕に雇われてくれませんか。」


 「いやいや、どういう風の吹き回しなんだ?」


 やはり当然の疑問点、リックは納得出来ない様子で聞いてきた。

 それに対してララは悩む。だいぶ悩む。片手を開いたり閉じたりを何回か繰り返した後で口に出す。


 「実は、私は故郷に帰る為の旅をしていて。多くの路銀が必要なんです。」


 神妙な眼差しを受け止めながら答えたそれは首を縦に振らせる結果を得た。

 ただし、こんな条件も付いてきた。


 「七対三で山分け。七が私で三が君だ。契約を裏切る行動にはそれ相応の対価を要求させて貰う。」


 ロスト・ララは自らに苦笑しながら。


 「えぇ、大丈夫です。」


 こうして二人は結託したのだった。


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