12話 勤勉家
ダンカンは剣を研いでいた。長年連れ添った女房を介抱するかのように。
この手入れの方法は父親から教わった時から相変わらずだが、彼にとっては長い間、剣を長持ちさせる以上に復讐心の確認でもあった。
今はただ、この剣を労わっているだけである。
(チャールズは未だ健在であろう。聖国で何が起こるか。)
遠くの異国を思いつつ、剣の仕上げに油を布で拭き取れば新品のような光沢がギラリと輝く。用途はともあれ純粋に美しい。
それを静かに鞘へ収めると、時を同じくして彼の部屋に足音がやって来る。
「失礼いたします。」
現れたるはダンカンの部下だ。
「ダンカン隊長、ライト地区から巡回の許可を得ました。残るは工房地区ギリネスと宗教地区ポポネオテのみとなります。」
その報告を聞いてダンカンは頷き、昨夜の出来事を思い返す。あの出来事の後に現在いる詰所へやって来たのだ。
無論、ダットンの言葉を忘れた訳ではない。
確かに魔王の手先が潜んでいるかもしれないが、やはり一人の行動力には限界があり、むしろ大勢でいた方が手を出し辛いだろうと判断したからである。
そうして久しぶりに詰所へ来てみたら、そこにいた部下達が「亡霊が仕事をしにやって来た」と神官を呼んでの大騒動。
(...あんな思われ方をされていたとは。)
ともかく、憲兵隊長として社会的に舞い戻った。
だからと言って順調にいく訳でもなくどうするか悩んでいた。
「魔王の話を信じて貰えないならば、裏切者がいると話をすり替えて。いや、何が根拠だと言われれば同じこと。魔王の目的さえ分かればな。」
「...待てよ?」
魔王共は軍の乗っ取りに精を出しているようだが何故そんな事をする。
この国を攻め落とす戦力を持っていないからか、実質的に軍を使えなくすることで何かしらの利益があるのか、それとも昨日の魔王の様子から見てただの遊びか。
もしも、そうだとしたら質の悪い話。
(―――いや違う、これは遊びなんかではない。)
「あのー、隊長殿?」
チャールズを今は亡きダットンに捕まえさせたのはどうしてだろうか。
それを考えると魔王達は奴を捕まえる事が重要であった筈で、ダットンが言うにはチャールズは利用された存在だと。
つまりは単なる遊びでなく計画的に行動していた。
「ダンカン隊長、聞こえてますか?」
ダンカンはその呼び声にハッとした。
「すまない、考え事をしていた。報告の内容は巡回の許可だったな。それと来てもらって早々に悪いが一つ頼みごとをいいか?」
「えっ? えぇ、構いませんが。」
ダンカンの部下は緊張する。死んだと思われていた隊長が実は生きていたのは良いとして、詰所に来るや否や魔王がいると突拍子もない話をし始めた。
その上、実際に巡回の強化や兵士の偽物探しを始めるなんて。
憲兵達の間に広がる噂では、ダンカン隊長は復讐対象を失って架空の存在である魔王を作り上げ暴走していると。
だから彼は自分にどんな無茶振りが来るのかと震えていた。
そして指令は下される。
「ライト地区にあるラフ・ランクという店に行って来てもらえないだろうか。そこの店主にダットンとの関係を聞いてきて欲しい。」
「小隊長のダットン様ですか? 了解しました!」
ダンカンは明らか元気になった部下の様子を不思議に思う。
しかし、些細な事なので再び熟考。
(少なくとも、今起きている問題だけでも片付けなければな。)
入れ替わった兵士の件について。
(奴らは恐らく魔法の産物。どんな魔法か定かではないが、聖石を使えば正体を暴けるだろう。)
(大まかな作戦は気密性の高い特殊任務と偽って容疑者を連れ出し、聖石で試す。以前、ガルフ殿にお話しした内容とほぼ同じだ。)
(既に指揮権を譲り受けた以上、すぐにでも実行したいところだが。)
...その特殊任務はどうやって始めるか。
...特殊任務?
ダンカンは雷にでも撃たれたかのように思い出す。
今から27日後に開催される春の収穫祭。その日のアーマレント軍は祭りと共に活性化する空き巣の対策や、近衛兵に混じって王侯貴族の護衛に参加する。
他国と違って魔物と戦う事のない、この平和な国で最も忙しい時期。
兵の入れ替わりが致命傷になる最大の転換期。
もしかすると、魔王はそれを狙って何かをやるのか。
けれども分かったところでダンカンには収穫祭を止める術はない。そんな権力があったとしてもこれはまだ憶測に過ぎない。
「さて、そろそろ動くか。」
それでも何もせずにいる訳にはいかない。
そこで彼は買い物に出かけることにした。狙う得物は聖石製の魔導銃、あれならば昨夜の魔王の防御を崩すことが出来ただろう。
因みに、前に持っていた銃はチャールズとの戦争の時に失った。
接近戦を得意とする彼にとって割かし重要。対魔法はもちろん、見せびらかすだけでも牽制になり、中距離を補完する意味合いでも持っておきたい。
ただ、魔導銃にも欠点はある。常に所持者の魔力を不安定にさせ(これを防ぐ道具もあるが)、銃にしては殺傷能力が低いことなど。
「留守を頼んだぞ。」
夕方には帰ってくると詰所の者達に言いつけて外に出る。
魔導銃の製造はアーマレント内では行われていない。全てが輸入品、全てが貴重品、魔導具の中でも特段高価なのが魔導銃。
そんな物がそこら辺の露店に並べられている訳がなく。
あるとするならば、ライト地区にある貴族御用達の商店街。ダンカンはその中の一店舗、ブラッド・セルという店に入って行った。
鈴の音がカランコロン。
そこでは諸外国から運び込まれた希少な銃が優雅に暮らす。
武器の領分を超えた宝石みたいな取り扱い。商品だからと言えばそうなのだが、この金属の塊を保護する為に絹のレースとはナンセンス。
値段の方も巨額の提示で買い手の顔を渋らせる。
「よぉ、ダンカン。どうした? もう弾の補充か?」
そう言って聖石の弾丸をマジマジと検査しているのが、このブラッド・セルの店主。膨れた腹と縮れた髭が印象的なダンディさん。
隣の大陸よりやって来た平原の民ドレト人でもある。
その民族は世界的に乗馬と射撃の名人が多いことで知られており、傭兵として世界各地を渡り歩いている猛者も少なくはない。
「新しい魔導銃を買いにきたんだ。」
だが、まぁ、今は関係のない話。
「ほぉ、新しい魔導銃ねぇ。トム・パイプは...扱いづらいか。ファーマーとかどうだ。最近入ってきた最新式の魔導銃だ。」
「銃の名前じゃ分からない。性能を聞かせてくれ。」
店主は棚から実物を取り出すと、恋する乙女かのように語り始めた。
「ファーマー...正式名称はホルトゥス・ア・オプス。農民向けに作られたが、この銃の最初の犠牲者が農民だったことで名高い銃さ。」
ダンカンの目の前に持ってきてもっと詳しく。
「こいつは銃把に拘っていて片手でも撃ちやすい。銃身には線状を彫り込んでいるお陰で命中精度は58レル前後で―――。」
「58レ? 何だって?」
「そうか、こっちじゃ長さの単位が違うんだった。でも、知らねぇからなぁ。とにかく、結構離れた相手でもヌッ殺せる訳だ。」
ファーマーを机に置いて。
「それで買うのか? 単体で12ペタルだぞ。」
「あぁ、買うとも。使えれば何だっていい。」
「そんなこと言うなよ。まるで進歩のない物を最新技術が出たって風に騙すような売り方をしているけど、亀の歩みぐらいにはしてんだぜ?」
ダンカンは黙って金袋を差し出した。
「んがっ、もういいよ。いずれ分かる時が来る。そんで素のままで買うのかオプション付けるのかどうするんだ?」
「店主に沈黙モードを。それと弾を売ってくれないか?」
「お高くなるぞぉ?」
その後に店を出たダンカンは新しいお友達を撫でる。
冷たく無機質な感触だ。これがどのように活躍するかは使い手次第、かなりの出費だったが魔王を磨り潰せるならこれでも安い。
(それで今度は。)
まだ日は明るい。なので、このまま帰るには早いと判断して、次は宗教地区にある築三百年の図書館を目指した。
アーマレントが誇る地図要らずの巨大建造物だ。
用事はやっぱり調べもの、ちょっと魚の小骨が喉に詰まる程度の気になること。
その道中の合間、職業病とでも言うべきか犯罪を探しながら。だが、この道のりに犯罪を見い出せないまま歩いてきた。
どうやら根本的にカーラス地区とは違うらしい。
意識すれば余りの酷さに泣けてくる。
ふと足を止めてダンカンは辺りを見た。
拳の握り方すら知らないような人達が歩いていた。
「どうすればカーラスに平穏が訪れる。」
魔王がいても平和な生活、これを国民に与えるのが自分の役目なはず。
だが、あそこはもうとっくの昔に平和が滅んでいる。それも魔王とは無関係に。それでもダンカンは穏やかな日々をカーラスに与えてやりたかった。
もしも魔王が倒されたならば、この靄がかかった願いは見えてくるのだろうか。
そんな期待を寄せながらまた歩みを始めた。
「久しぶりに来たな。」
十数代前のアーマレント王が建造を始めた大図書館。日光を取り込む為なのか壁が建物の中心に向かって傾いており、建物全体が若干の台形をしている。
それと蜘蛛の巣のような網目模様の木窓。そこから吹き込む新鮮な風は館内を徘徊し、古い風を追い出していく。
ここでは神官達が本に目を落とすばかりで、図書館内の明るい内装とは対照的に重苦しい雰囲気が支配する。期待するのも変ではあるが。
唯一反応をくれたのは出入口付近にいる司書の方々。
こちらに気が付き会釈する。彼らの日々の丁寧な整理整頓により、本棚の迷宮であっても目的の物を見つけ出すのは容易いこと。
ダンカンはこの手軽さに少しばかりの感謝を添えて本を見た。
魔導具大全、見る者によれば面白げのない書物ではある。
ダンカンの左腕の籠手についても言及されていた。それはそうだ、この本を見て彼はその籠手を手に入れようとしたのだから。
そして彼は魔王の持っていたあの球体をこの本で見た事があった。
(そうか、エルフの魔導球か。だが、それだけか。)
しかし、分かったのは簡単な事柄だけ。
魔導球とは、何かによって幾つもの魔法を記録した球体状の魔導具で、所有者に応じて登録された魔法を行使する事が可能である。
エルフによって作られたとされるが真相は不明。
現在の技術では再現できない。
本当にそれだけ。
「何も変わらない。」
ダンカンは静かに本を閉じた。
魔王に辿る手掛かりは依然として少なかった。




