11話 がらくた騎士
同じ日を別視点、時間を朝にまで遡ってからロスト・ララより。
城壁を境目にして光が差し込んだ。
(...血の跡が消えている。)
昨夜の出来事から何も言えずにずっといた。
あれから眠ることもせずに起きていて、ただ夜の静けさに恍惚としていたが、オキュマスの怒号によってそれも終わりを迎えつつある。
更に大声、破られた静寂が彼に朝を気付かせた。
「ここまで追いで~! 追いつける足があったらねっ! ヒャフフフ!」
騒々しくなり始めた教会内部。
「えっと、何だろう...?」
それで気になり近寄れば革命王の詰問する声が彼にも届く。
これを聞く限りでは、アリスが無断で持ち出したとかなんとか。で、戻すとかなんとか。具体的な事は言葉を濁して語らない。
「ほら、もっとハッキリと!」
そう言って当の本人はのらりくらりと教会の外へ逃げて行き。対して、彼女を追っていたオキュマスはララの目の前で急停止。
意外や意外、何の用かは聞いてみれば分かるでしょう。
「そうだ、ロスト。ライト地区の中央にラフ・ランクという店がある。今は忙しくて説明出来ないが、そこに行ってきてくれないか。」
「はい、分かりました?」
「すまない、頼んだぞ。」
急加速、オキュマスはアリス追いを再開する。
これからをどうするか、それを未だにロスト・ララは決めていなかった。
地球に帰還するまでの道筋がまるで見えなかった。
となれば急ぐ理由もまた無い訳で。なので、革命王の指示に反感はなかったが、気にしないつもりなのに、そこで昨夜のあれを思い出してしまう。
「なんでもない。」
独り言では効き目が悪い。
そして肺が腐りそうな思いで悪臭漂うカーラス地区を後にした。
ここの朝はいつだってそうだ。
「やっぱり、こういうのもいいな。」
場所は変わってライト地区、アーマレントの中で最も騒がしい区域。
以前、仕事探しの件で踏み入れた事がある。
今もなお健在、行商の購買意欲を誘う謳い文句、鍋や箒などの日用品から見たこともない奇妙な果物までもが陳列している市場の通り。
なにより、カーラス地区とは全く違う人々の生き方があった。
これもまたその一つ。
「やぁ、坊や。見て行かないかい? 魔力抜きの魔法を!」
人混みから野生の道化師が飛び出してきた。
杖を取り出して一振りすれば杖が薔薇の花束に早変わり、もう一度振れば鳩になって空を舞う。素直に凄いがやり過ぎだ。いつまで経っても終わらない。
しかし、避けようにも行く手を阻んでくる。
右行けば右、左行けば左、来た道戻ろうにも大技繰り出し回り込む。最強のアサシンでも相手しているのかと疑いたくなる異様な必死さがあった。
「おや、挨拶してくれないのかい?」
最終手段、ロストは硬貨を投げ捨て逃げてみた。
さすれば道化師はお金にじゃれつきすっ転ぶ。
しばらくして。
「はー、もう、押し売りみたいな大道芸だった。」
息を切らしながら独り言、活気が良すぎるのも問題かなと。
それぐらいライト地区は賑やかです。
それはそうと逃げた先でラフ・ランクと書かれた看板を発見する。
「ここ...なのかな?」
建物も発見。だが、今までのライト地区とは打って変わって寂しくあった。
どうにも入り辛い雰囲気が漂っている。
それで恐る恐ると店に入ってみれば、考え過ぎだったようだ。見知った顔があって、中にはギガスもいた。むしろ、ギガスのオマケで人がいた。
彼対その他、存在感で言えばそのぐらい。
巨人もまた彼を見つけると無遠慮に何かを投げつける。
「ギャッ!」
ララは痛む鼻を押さえながらその何かを見ると銃だった。
厳密には銃っぽい何かであった。構造は至極簡単、細長い筒と手持ち部分と引き金と、金属の細かい部品が数点。
全体の大きさとしては両手で持つと安定する程度。
「ドジが。それはスピットライフルって言う、頑張れば何でも撃てる魔法の弓みてぇな代物だ。」
そんな説明の後にギガスはスピットライフルを構えて撃つ。
この唐突な動作にララは身構えてしまうも、恐れていたほどの大きな発砲音は出ず。予想よりもだいぶ小さい腑抜けた音がしたのみ。
されど威力は十分、着弾点には大きめのダーツが深く突き刺さっていた。
しかし、巨人は眉を顰める。どうやら狙い通りではなかったらしい。
「あー...なんだ。お前にはこれを正確に撃てるようにして欲しい訳だ。」
「それはいいのですが、ここは一体どうなっているのでしょうか? 見たところ、最近まで商売をしていたような形跡がありますが。」
これについて彼は面倒臭がらずに答えてくれた。
「ここの店主が病死したんで俺らが勝手に使わせてもらっているだけだ。基地としてはちと目立つかもだが何とかなるだろうよ。」
「それで練習場に地下を通って行け。そこに教官がいる。後は知らん。」
そうしてギガスは指を差す。その先にはタイルの剥がされた床と土と穴、大人一人が通れそうな空間が開いていた。
親切にも穴の縁には縄梯子が備えてある。
「あっ、ギガスさん。ありがとうございます。」
「早く行けや。」
感謝を挟んで穴の中、ララは石の感触を足で確かめながら地下に来た。
すると、違和感。地面の下だと言うのに妙に明るい。
不思議に思って光源を探してみれば変なのが。光の球体がプカプカと宙に浮いて徘徊しているのを目撃したのだ。
「ひっ、人魂か!?」
少し驚いて問うてみるが返事はない。
つまり違うみたいだ。
(なんだ、いつも通りの便利な魔法か。)
もしかしなくてもここを照らしている正体はそれである。
これと同じものが通路には幾つも浮かんでいる。
(魔法って自分でも覚えられるのかな?)
通路を進み行けば気になる点はまた増える。
ここはどうやら下水道のようだが、乾燥していて腐臭が薄く、汚物や蛆のような小さな虫さえも見当たらない。下水道にしては綺麗過ぎだった。
もしくは、アーマレントの王家が作った秘密の通路だったり。
前者と後者、どちらも憶測に過ぎないが。
この好奇心に身を任せてもう一つに意識を向ける。
通路の壁際で隊列している槍や弓、穀物の入った麻袋の山脈。これが活躍の時を、戦争の時を今か今かと待ち浴びているかのように見えてきた。
無論、その為の物資であることは間違いない。
そこで彼は恐ろしい存在に加担しているような気がしてきて。
実際にどうだろうか。
(自分が知っているのは昨夜のあれだけ。)
彼ら、無魔人達は闘志に燃えてはいるが、そうなるまでの過程を何一つ知らずに協力してきた。本当に何も知らなかった。
今まで人に流されてきただけ、今日からは自分の意志で彼らをよく見て、よく知って、それからどうするのか判断を下したい。
そういう気持ちが彼の中で芽生えてきたのだ。
ほんの僅かに。
(僕にそんな観察眼なんてないけどね。)
それからのこと。
途切れない物資の山に底冷えしながら数分歩いた。
それでようやく見つけた教官の姿。黒い髪をなびかせ、飾り気のない質素な槍を片手に握り、冬山のような厳しい眼差しで教え子達を見ていた。
地下道の途中、どうやらここが練習場。
ララはその男に猛獣でさえ身を引く強者の圧を感じ取る。
「すみません、教官の方でしょうか。そうでなかったらすみません。」
「ん、あぁ、合っているぞ。...なるほど、君の事は革命王から聞いている。スピットライフルの扱い方を習いたいんだな?」
「はい、そうです!!」
と、彼が答えれば教官は練習の段取りを練り始めた。
「あの、もし、失礼でなかったら教官殿がどのような人物か伺っても?」
「うむ、それが信頼になるなら勿論だ。」
教官は一呼吸して。
「私の名はリック・ピック、革命王に雇われた傭兵だ。皆からはがらくた騎士と呼ばれている。」
「そして契約と戦いの神バンキュセートを信仰している。」
自分も信仰を持つべきかとララは考えながらもう一問。
「がらくた騎士って、嫌じゃないんですか?」
「嫌じゃないさ。実際、この二つ名はよく特徴を捉えてる。それに、がらくたの意味を書き換える程の伝説になるつもりだから気にもならんな。」
そう言って爽やかに笑って見せる。
これが夢を体現出来る人間なのか。
「さて、武功には修練あるのみ。早速だが、そこにあるスピットライフルを構えてみてくれ。」
それで構えてみると、がらくた騎士は気難しい顔をして。
「教えることが無いじゃないか。強いて言うならズボンに穴が空いてるぞ。」
そう言われて必死に穴を探し始めたロスト。
これを笑いながらリックは言った。
「いやぁ、すまない冗談さ。それと姿勢については偶然かもしれないから何度か構えてくれ。これを体に馴染ませてようやく使える手札となる訳だ。」
「―――尤も、容赦なく殺せるかが重要だが。」
がらくた騎士もスピットライフルを構えて。
「この武器ならば剣で斬るよりすぐ慣れる。集団で撃てば尚更軽い。」
遠くの案山子のど真ん中、眉間の合間に撃ち当てた。
(フランクな人だけどやっぱり怖い。)
その後、構えるだけの練習に数刻を費やしてようやく形になったと認められた。
今度は撃つ練習に入る。いよいよ殺しの練習だ。
その時にがらくた騎士はスピットライフルの弾と言って、白い綿の付いた縞模様で針状の物体を渡してきた。
こんな説明をつけて。
「これは針鼠の針と綿花から作られている。大抵の衣服ならば貫通でき、毒を塗れば驚異的。これの込め方を今からやろう。」
がらくた騎士は銃の中間にある留め金を外してから、銃身の切れ目を意識しつつ、銃口付近と銃床を握って真っ二つに折った。
そして針鼠の針と綿花の弾を、長いので次からはダーツ弾と呼称するが、ダーツ弾を銃に仕込んで先程とは逆の手順で戻して構えて。
そして撃つことなく下ろす。
「特に注意して欲しいのは綿を部品に挟まないことだ。威力が大きく減衰して刺さらない。もしくは、飛んでいかないことがある。」
「他には、雨の日に綿花が湿って威力が出辛いこと。装置に充填された魔力が切れないように管理すること。さぁて、やってみてくれ。」
弾込めから発射までを1セット、いつかの為に何回も。
既にズタズタな案山子を相手にララは撃ち続けた。
練習を終える頃には夜が来ていた。
流石のライト地区も眠る時間帯、スピットライフルは持ち帰り、ロスト・ララは静かな帰り道で視線に怯えながら教会に戻ることにした。
状況が悪いのだ。夜とは言えども武器を持って出歩くなんて。
そうして震えながら帰ると、教会の内装がすっかりと様変わりしていることに驚く。それが本来の姿であるかの如く馴染んでいた。
「祭司様は用意出来なかった。」
そこに大きな荷物を背負って革命王が現る。
「伝え遅れてすまない。同志の大部分は今日限りを以って移動した。」
ララは目をぱちくりとさせる。
「ここを敵に知られ、即急な対応が必要になったのだ。だが、君にはここにいて欲しい。そして今まで通りに怪我人の治療を行ってもらいたいのだ。」
「もちろん、その分の報酬は出すが良いだろうか?」
ララ本人としては、むしろそうしていたかった。
彼らがどんな人であれ怪我人は怪我人。
「えぇ、それは良いですが。どうして私に訓練を? 後々になって戦場に行って欲しいとかになっても力にはなれませんよ。」
その答えにオキュマスは苦笑いしながら肩を竦めて言った。
「今回は本当に申し訳ない。そして戦場に行かせることは無いから安心して欲しい。力を付けて欲しいのは患者を守る場合とかにね。」
「それと、ちょっと銀行強盗に加担して欲しいだけなんだ。」
「へぇ、銀行強盗ですか。ごめんなさい、スラングとかが分からない物でして。」
ロストは自らの言語力を嘆いた。この大陸の主要言語は日常会話レベルを習得した程度で、文化や風習などの要素が強いスラングが全く分からない。
なんだったら、日本語でさえ怪しい部分がある。
「全くもって、純粋に、銀行強盗だ。」
「本当に申し訳ないです。もう一度なんて言ったか。」
14歳で難聴とは恐ろしや。
「無理にやらせるつもりはないので断ってもらっても構わない。」
「本当ですか!?」
「...あぁ、大事な仲間を無理させて失う訳にはいけないからな。だとすると、代役を用意する必要がありそうだ。」
代わりを用意するとは、結局のところ強盗をすると言うこと。
少し考えてからララはこう言った。
「やります。」
今も視界の中でハッキリと見える昨夜の影。自分を騙すのは無理らしい。それは諦めとも、決意だとも言ってもいい。
ロスト・ララは彼らを止めてみせる。
けれども、言葉で説得するのではない。断じてそんな力はない。なので、彼は一つの目標を定めたのである。
地球帰りのちょっとした寄り道だ。
(どこまで出来るか分からないけど。)
ここで一度、犯罪を防いでも根本的な解決にはならない。ならば、もっと大きな部分。彼らが安住の地を手に入れる事を目指すのだ。
最後まで寄り添えなくても手助けになればとの思いであった。




