9話 略奪者
ぼんやりとした頭で状況を再確認。一律に並べられた細長い鉄棒、手の届く範囲しか見えない暗い空間。
やはり、何度見ても牢屋のなか。
「どうしてこうなった。」
混乱しながらもララはすぐさま脱出を試みる。牢の扉を無理矢理こじ開けようとして、扉を掴み、体重を使って押し込んだ。
すると手応えなく開いて、勢いのあまり吹っ飛んだ。
どうやら鍵なんて付いていなかったようです。
(...。)
一々めげない心は大切。
「結局、ここは一体?」
誰に問いかけているのか本人すら知らない。
ただ無意識に言っていた。
が、意外にもそれに応える物あり。
闇の中で開いた扉、そこから漏れ出た一筋の光明。
光だけではない、とても美味しそうな匂いが漂ってきた。
その正体は扉の向こう側、長ったらしいテーブルに広がっている。
スパゲッティ、ハンバーガー、クッキーにラズベリーパイ、次々に目に映る料理達にララは困惑しながらも蠱惑的な香りに唾を飲む。
どうしようもなく魅力的、かねてから夢にまで見たご馳走だ。
誘われる様に手を伸ばすも理性がその行いを停止させてしまう。
本能が「どうしてだ」と聞くと、理性は答えた。
「罠だ。」
普通ならば有り得ない、まるで夢物語。こんな好待遇が対価もなしに表れるのは何かの間違いだし、後で高額請求されたらどうするつもりだ。
そんな考えがララにはあったが、頭の片隅では大して美味しくもないあの朝食が浮かび出て来て止まらない。
「そうだ食い逃...いやいや駄目だぞ。もしかしたら幻覚で、実は馬糞かもしれないのにどうして食べる事が出来るのだろうか。」
そこで気分を変えて別の場所、この部屋にはまだ幾つか扉があったので、一先ずはそちらを調べようと足を進めることにした。
一方で教会の中、現在引っ越しの為に少々騒がしい。
蟻のように忙しなく働く人々をオキュマスは見つめながら思い耽っていた。
(まさかすぐバレるとは。)
彼は昨夜のことを思い返す。散々な夜だった。
まさか貴族に自分らの所在が知られていたとは恥ずかしさの境地であり、ここはもう拠点としての機能を損なっていると言える。
けれども完全に放棄するのではなく、今後は医療基地として、医療品を置いていき必要に応じて患者を送る事になった。
(そこはいいのだが。)
引っ越しに際して問題になったのはあの巨大な魔導ゴーレム。
人力では部品を分割して運び出すしかなく非効率。なので、自ら動いてもらうべく技師兼操縦士のアリスを呼び出しているのだが、なかなか姿を現さないので全く進んでいなかった。
暇を持て余した男共が遊びだす。
全裸になって互いの筋肉を見せつけ合う。
(何やってんだ。)
「革命王様。アリス殿が来ました。」
「あぁ、やっとか!」
報告した無魔人が背を退けると憎たらしい姿が見えた。
「お前にしか出来ないのに何処行ってた。まぁいい、さっさとやるぞ。」
アリスは肩を竦めて。
「いや~、ちょっとね。」
それだけを言うと魔導ゴーレムに向かっていった。
オキュマスはこれは可笑しいと勘付いた。アリスの言葉数が少ないのだ。
「これは何かやった後だな」と直感で分かるには分かったが、空を見て、これ以上時間を割くことが難しいので何も聞かずにそっとしておく。
気にしない事が長く付き合う秘訣だと極最近気付いたのである。
「さてと、後に残る問題と言えば食料の確保か。今のところ豆と芋を最優先して集めてみたものの...。」
その二種類のみでは流石に飽きが来てしまう。
無魔人の士気にも関係すること。しかし、市場から買うにしても足元を見られて割高、残りの資金を考えればもっと安く手に入れたいものだが。
「ギガス、残りの資金を知っているか?」
「おう、24ペタルぐらいだな。」
計画初期には1000ペタルの大金があった。
いまではこれぽっちしかない。
「革命軍の総人数は千人程度、毎日一人に配給する豆と芋は20ビーズ程度、圧倒的に当たりない。そこでだ。」
「どうするんだ?」
オキュマスは地図を取り出して机に広げた。
たった一本の樹木すら逃さず描かれた巧妙な地図。彼はこの騒がしい地図のなかの、一際大きな建物を指差して。
「貧しい皆様に分配するべきだとは思わんか?」
ギガスも地図を覗き込んで言った。
「あぁ銀行か、そいつぁ良いな。...どんな方法だ?」
オキュマスはボードゲーム用の駒を取り出して、騎士の駒を下水道入り口へ、兵の駒を銀行の上に、王の駒は銀行の通りに配置する。
ギガスはそれを不思議そうに見た。
「目立ってはいけない。銀行の床に穴開け、金庫を落として、旧下水道の入り口から縄で引っ張る簡単な作戦だ。」
「まぁ、難儀なところと言えばどれだけ静かに遂行するかだが。」
革命王の中では自らの望む情景がありありと浮かんでいた。
金庫の乗った台車が縄に繋がれ、巻上げ機によって運ばれる姿、拍手喝采を迎える未来の自分。どれも欠けてはならない大切な要素。
だが納得出来ていない巨人によって現実に引き出される。
「そうか、それでどうやって穴を空けるつもりだ?」
「前に銀行家が吹聴してたぞ。金庫の床は岩盤製、しかも硬化魔法の魔法陣で更に頑丈。並みの魔法じゃ歯が立たないってな。」
オキュマスは頷いた。
「その魔法陣をぶっ壊すにしても、いま持ってる聖石の品質じゃ直接触れる以外に効果ないだろ?」
聖石には魔力を跳ね除ける力がある。
「それはそうだが策がある。」
だが、その力は聖石の品質によって左右されている。単純な話で、不純物が少なく純度の高いもの程より効果的な力を発揮する訳だ。
そして物体ましてや岩盤の裏からでも使えるようなものは、城すら買える途方もない金額となり、金欠に困る彼らのやることではない。
理論上だけの出来ること。その疑問にオキュマスは答えた。
「それが兵士の役目、聖石をスピットライフルで魔法陣にポーンとな。その為には身なりの良い男が必要になる。」
机に手をついて。
「だが、有名人な私は顔を知られている可能性が大いにある。ギガス、君じゃ悪目立ちが過ぎる。無魔人達では酷く痩せている上に殺意を隠せない。」
「で、そんな所に適材がやって来た。」
ギガスは眉を動かす。
「ロストか?」
ララは子供であるが良いのか?
オキュマスは頷いた。よく頷く男だ。
「そうだ、彼なら垢抜けてないが不思議でもない。彼は今どこに?」
「まだ食堂にいるかも知れんな。見てくる。」
ギガスはララを探しに席を外した。
革命王はそれを見届けた後、煙草を吹かそうとして火を出したその時に、食堂の方から舞い戻る彼を見た。瞬間、嫌な予感が背を伝う。
そうして身構えると案の定。
「アリスのあんにゃろうが、下水道にロスト背負って逃げてたぞ!!」
「なッ!?」
その時に駆け巡ったのはアリスによる過去の言動。
前回の犠牲者は人身売買に、いや鼠の餌だったか、どちらにしろ平気で外道を成すので徹底的に追わねばならない。
もし失敗したら振り出しにようこそ。
(あの作戦を潰させはせぬぞ。)
今回と言う今回はもう好きにはさせまいと革命王。
走り出しながらの魔法の行使。肉体強化魔法で足を強く、一段と早く、更に腰にも施して、四足獣に勝る速度を手に入れて。
勢いをそのままに異臭漂う下水道に突入を果たした。
その様子を見て、ギガスは溜息と共に大きな笑顔を浮かべて喜ぶ有様。
「騙されてやんの、うひひ。」
ギガスの姿が揺らいで現れたのはアリス。朝食の途中に思いついたこの悪戯、上手く出来た様子に外道の女王は大喜び。
アドリブ9割で成功させるとは何たる子。
下水にまみれたオキュマスを想像して機嫌上々、だからせっかく捕まえたアレは殺さず野放しだと珍しく決意する。
「おい、アリス。オキュマスはどうした?」
その背中に疑問を投げかける本物のギガス。
「さぁーねー、ふっふっふー。」
野生の勘なのかギガスは急に不気味さを感じた。
関わりたくないので、何故か斧を持つ彼女から目を背けた。
アリスは外に出ると教会の横に回り込んで空を、いや、教会の軒先を見た。そこには簀巻きにされたララが吊り下げられていた。
時折、風に吹かれて揺れている。
この状態で眠っているのだ。
彼女はそれを支えている縄を斧でガン、重力に従って彼は落ち、壁に当たりながらも彼女の前に転がりつく。
「むにゃむにゃ、もう食べられないよ。」
ぞんざいな扱いをされたのにも関わらず起きる気配なし。
寝言を吐き出すだけに留まるのみ。
「馬鹿みたいな寝言。」
アリスは微笑を浮かべて縄を斬り解放した。
それでもララは眠ったままで、いつ起きるのか誰も知らない。運が悪ければ鼠に食われるかもだが、それについて彼女は知らぬ存ぜぬ。
「さてと。」
その一声の後に全身に魔力を漲らせる。
これは肉体強化魔法の準備動作、これから引き返しに来るであろう彼の為に。
ワクワクを胸に待ち望む。革命王はいつ騙された事に気付くのだろうか。
二人のお喋り中にコッソリと、魔導ゴーレムの移動は終えている。
なので、心置きなくいつでも逃げられるのだが、それではオキュマスが追いつけず、あまり面白くなさそうなので待っていた。
「そうでなくちゃ。」
彼女は、アリスはギリギリの境界線に悦びを覚えていた。
何なら超える事すらも悦びとしている。
今はまだ魔導技師としての仕事を楽しんでいるが、それに飽きてしまったならば次に何をするのか。それこそ誰も知らない。




