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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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25話 蛇足


 俺の誕生日に、人類は新大陸に到達したらしい。

 自分は何処まで行けるだろうか。


 理不尽だと思う。無駄に背負わされた不幸を乗り越えたとて、その後はありふれた人生を、遅れながら始めることを、幼稚に思われるばかりで。

 理不尽だと思う。ジャンケンでグーしか知らずにグーで生きてきたことが、自業自得で片付けられて、親を憎むも、親にしても、同じ側で。

 それ以上に、手に入れられなかった物を考えている。

 こんな所に来てもまだ、幸せになることが諦められないでいた。その所為で、ずっと狂うことも出来ずにいた。


 早くこの町から出ていこう。


 凍えた呼吸をする為に、鼻の奥がツンと痛くなって、仕方なく口を開ければ体の芯まで震えていく。春も終わり頃というのにだ。床の冷たさが嫌になりそうだ。

 石碑が中央に()す、修道院の例の部屋。

 ロスト・ララはそこで石碑に祈りを捧げていた。


 ここであった前のことを考えている。どんな出会い方であっても、ああなるのかもしれなくても、何かを思わずにはいられなかった。

 ただ、思うばかりだ。


 足音を待ち()びる。


 「彼女なら来ないよ。」


 それに予兆は無かった。


 ララが振り返ると、黒塗りされた人がいた。

 物陰の人型がゆらゆらと揺れて落ち着き無さそうにしている。

 正体なら分かる。知っている。でもそれは、眠る直前の羊を知らないように、夢の内容が思い出せないように、これを許さなかった。


 「どういうこと、でしょうか...?」


 誰かは語る。


 「彼女は一人で遠くに行ったんだよ。」


 「きっとね、天罰が殺してくれなかったからだ。」


 そして、白い息を吐いている。


 「泣いている人間は存在すべきじゃない。」


 ララは急いで口に出した。


 「あなたは?」


 ―――――――――ゴロゴロロ。


 丁度その時、光の鞭が空を引き裂いた。

 朝から続く悪天候が最高潮に達した瞬間でもある。

 暗く閉じられた部屋の中、風に吹かれた雨が屋根を叩きつけ、四方八方から襲ってくる。石碑に添えられた熊の人形が湿気り、お耳が垂れ下がる。

 ロスト・ララの体は(かえ)って熱を帯び始めていた。


 ララは自らの腕の鳥肌を見た。


 「ご清聴下さいませ!」


 今、彼は部屋の出入口の方に振り返る。


 「ふたつ前の世代、そのぐらいの時期、それまでにあった社会的価値観はある時の〝発見〟と〝想像〟に圧倒された。以降は悪しき古さと見做(みな)された。」


 「けれど、その後に()()()()()()()は現れなかった。あらゆる立場や業種を超えて満遍なく共有される認識、代名詞は時代、基準なくして答えは出ない。」


 「つまり、社会から〝正解〟が失われたも同義な訳だ。」


 誰かは天井に頭をこすりつけていた。


 「神は全てを愛するけど、人は違う。」


 「俺も違う。嫌いさ、試されたことのない正義をかざす奴ら。それでも何の主義主張も無く叩くことはしたくないから、触れはしないが。」


 ロスト・ララは睨まれた。


 「お前に何が出来るんだ。」


 かー様に自分の貯金を家の借金に使うように(うなが)した。

 借金の利子を払うのが馬鹿らしく思ったからだ。

 居候の葬式の後に結末を聞いた。家の借金は返されず、カスの大学費に勝手に使われ、同じく支払った姉は中退、厚く許可した筈の妹には手付かず。渡した財布を返すように言えば、「信用してくれないの」と母が泣く。


 「...ムカつくんだよ。」


 小説のクライマックスを読んでいる最中、俺の背後でも、ばー様が仰向けに倒れてクライマックスを迎えようとしていた。

 容態を確認すると呼吸がない。そこで、楽な姿勢を取らせようとしたら、嘔吐して、これを受け止めて、意識回復させた後の付き添いもした。

 後に帰ってきた母と姉に責められた。


 「全部、俺の物だぞ。俺の自由だ。俺は自由だ。」


 若干の育児放棄の次は過干渉(の割には無責任)してくる母親に、今度は体良(ていよ)く生き甲斐にされるのだという確信からくる気色悪さを抱いた。

 姉が子供を産むと対象がそちらに移る、この軽薄さもだ。最終的には思い通りにいかずに嫌気でも指したのか、熱は下火、流れる雲だ。

 俺はまた、肥満が原因で早死にした狩猟犬のリロを思い出していた。

 どれもこれも弱さの所為だと抑えていたが、ある時の思い付きで差別用語を投げつけてみれば、理屈を並び立てるよりも話が通じた。

 だから、早く死んでほしい。


 「自分の弱さを肯定されたらもう二度と立ち上がれなくなる。」


 誰かの手はきっと寒さの所為で震えている。


 「耐えただけの人生は誇れない。あの日を引き換えにした、不幸が報われることはない。他人からしてみれば、()()()()()()でしかない。」


 「死ぬことは出来なかった。」


 「だけど、これを全部無かったことにしたとして、そうじゃない人間と接した時に感じる、どうしようもない差が終わらせられない。」


 「俺()、黙って消えることが出来なかった。」


 自分以外からすれば、余計なお世話、藪蛇になるのかもしれない。

 あまりにも自殺めいたこれを覚悟とは呼びたくない。

 地獄の底で助かろうだなんて滑稽だろう。

 切腹をすれば、介錯もされよう。


 「〝新秩序〟を始めようぜ。」


 意地こそ、人。


 その日、ロスト・ララは石碑のある部屋で祈りを捧げていた。

 彼の頬では妙な冷汗が伝って床に垂れている。

 そこに今までに見たことのない蝶が部屋に迷い込んだ。青々しい緑の色彩を放つ六枚の羽根をはためかせ、石碑の上に(たたず)むそれは、虫の知らせ。

 現在、町は太陽が(かす)む程の濃霧に包まれていた。


 凡庸、爛れけ、触れられぬものと知れ。


 (...何かが、起きている。)


 通路から響き渡る音がある。


 (今日は、修道院で会う約束をしていて、あの時の話をしようって。)


 背後で扉が開かれる。


 (何処にも疑問は無い筈なのに。)


 ララが瞬きをすると、目の前にあの人が立っていた。

 そうだ、既に話は終えている。銀塊窃盗の真犯人を知りながら、捏造した証拠を見つけさせ、ラティの犯行に仕立て上げたのは――――――。


 「そうかもしれないだけだね。」


 疑わしき誰かはそう言った。


 「点と点は事実でなくても繋げられる。ありもしない悪意を見出すことも出来る。君の推理には証拠がない。定かじゃない。」


 「分かるよね、賢い貴方。」


 ララは口を(つぐ)む。

 裏腹に、誰かは続ける。


 「俺の正体が何であれ、証明されなければ無いのと同じ。」


 「安寧を感じるよ。」


 「自由自在、変幻自在、印象操作だってお手の物だ。」


 「そういう時、俺は何者にもなれる。悪だと思われれば、敵になって現れる。恐怖されたのなら、忍び寄る。楽しいね。」


 黒塗りされた顔が歪んだ。


 「だから、そんなものを向けるな。」


 「あなたを僕は敵だとは思えません。」


 二匹の蝶が部屋を舞う。


 「やめてくれ。」


 三匹目の蝶は修道院の通路を歩くララの肩に止まった。

 これを気に留める余裕が彼には無かった。今すぐ向かわなければいけないような気がする。何故か、遠い過去のように感じる。

 そして、あの部屋の扉を開くに至った。


 「〝新秩序〟で世界を焼こう。」


 死にかけの蛇が巻き付いてくる。


 「理論ならある。」


 これは人間への理解であり、円卓の形をした思想だ。

 人には潜在意識がある。また、矛盾した行動をする時がある。これらは『理性』が『人格』の一部でしかないからこその事象である。

 人は『理性』で生きているつもりでも、『人格』に含まれる方々(ほうぼう)からその場限りに選んでいるだけで、後付けの整合性でしかない。

 しかし、それでも神は貴方を愛している。

 であるならば、相手を批判する時は、せめて、相手の『主義』『主張』に則った上で己を交えて推し量るのが適当であり、適切だろう。


 「誰も何処にも行けなくなってしまえ。」


 蛇は足元を見る。


 「正直、こんなもんどうだっていいんだ。」


 「死への近さに晒された、チリチリに焼き焦げた、それが全部無かったことにされた。無碍にもされた。消えるんだ。悔しかっただけさ。」


 「誰彼構わず試験の点数とかでこき下ろせれば、それで幸せだった。」


 「賢い在り方も中途半端。他人の解像度がやたら上がっただけ。いつ鏡を見ても不細工(ブサイク)しかいねぇ。これを愛と勇気で補強しても、何処にも行けない、ちょっと人をビビらせる程度にしかならない。クソみたいな能力。」


 「―――――――――ロスト・ララ、お前は何者なんだ?」


 ララの肩を掴んで顔を覗いた。


 「俺は何を手に入れられなかった。」


 「...ただ僕は思うばかりです。」


 「思う? 感情論か? そうだ、いつも感じるが、お前らは説明できないものをそのままにするのが怖かったりしないのかっ!?」


 ロスト・ララは腕を掴み返して後退る。


 「俺の賢い在り方は道具だ。幸せになる為のな。あと少しなんだ、自分はどう生きればいいのか決められる。遅すぎるとか言うなよ。」


 「ッちょっと黙っててください!!」


 ララの背中が壁についた。


 「......さんが探している〝幸せ〟は存在しません。」


 「なんで、言い切れるんだよ。」


 「虚像だからです。」


 蛇の握力が強まった。


 「幸せが不幸を帳消しにしたりしません。逆なら分かります。これから先、どんなことがあっても僕は青色と米と刺身が好き!!」


 「雑巾なんかじゃない...。」


 「僕の母は病に蝕まれながら、死ぬことは怖くないって。」


 「でも、それはッ! きっと、心の強い人だったからじゃなくて、そういうものに支えられていたからなんだったと思うんですッ!!! それで、いつも僕に『いってらっしゃい』と言ってくれました!!」


 「...マイニングホール、楽しかったです。」


 ぐすん。


 「ごめん、リロ。」


 ロスト・ララは目が覚めた。それは昼頃、曇りない空の太陽が照らす、パラ=ティクウ上層の修道院、石碑が中央に座すあの部屋で。

 寝ぼけ(まなこ)で服の皴から腕の血管を追う。身動ぎをする。すると、寄りかかっていた旅の荷物が傾いて、空いた窓から蝶が飛ぶ。

 ただ世界はそうであってくれた。


 ララは石碑に合掌する。


 直後、背後の扉が開いた。


 ガリ・レコンだ。


 「やぁやぁ、こんなところにいたんだ。トップドッグさんから、昼の鐘が鳴った後に自警団本拠地前で集合だってさ。」


 「はい、分かりました。」


 ララは立ち上がって荷物を担いだ。


 「ロスト・ララ―――――――――。」


 ガリの声に足を止める。


 「――――――さようなら!」


 これは通り過ぎる物語。



 「第三章、ありがとうございました」




 突然で申し訳ございませんが、ここで物語を完結とします。

 この作品は今まで挑戦はしても挑戦者足り得なかったことを見直し、今度は商業化を目指した上での作品作りがしたいなと作者が思ったからです。

 ただし、基本的な世界観は今作のままに多少作り直してバランス調整を、といった具合でやらせて頂こうかと考えております。

 そして今回のようなテーマはもう二度と書きません。


 改めまして、へったくそな作品を長い間もありがとうございました。


 ※この小説には暴力シーンや不快感を与える表現が含まれていました。苦手な方、心身の健康状態が不安定な方、小さいお子様は読書を控えて下さい。

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