23話 竜頭蛇尾
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トップドッグは瓦礫から起き上がって、それから。
謎の武装勢力を見た。武具の類は不統一、中には素寒貧、しかし、黄色い頭巾だけは揃えているようで、彼らの集団意識を窺わせる。
そいつ等は自警団の隊員を一か所に集めていた。下層に来ていた隊員を軒並み拘束しており、抵抗されないよう、見張りを立てている。
「お前らの番犬は死んだ!! なにもするなよッ!? お前らがァ、なにもしなければ! 我々もォ、なにもしない!!」
彼らの頭領と思わしき人物がいた。
それと瓦礫を漁る集団の二手に別れていた。
「っ!!」
丁度、その中の一人が目の前に立ち竦んでおり。
「グぅっッ?!!」
自警団隊長は瞬時に首を鷲掴みにして持ち上げる。手の平で喉仏が潰れていくのを感じる。呻き声を漏らしている。
周囲が異変に気付き始めていたものの、続け。
「な゛ッ!? あ゛あ゛!??」
すると、片手に握った槍を必死になって振り回し始めた。柄の部分を物足りない遠心力でぶつけるだけの、無抵抗と変わりない抵抗。こんなものが己の命運がかかった間際の全力なのだと思うと、実に涙ぐましいこと。
自警団隊長はこれを地面に落として、そのまま歩いて行った。
こいつは仰向けで落ちた。まるで無辜な被害者のように、我が儘な子供のように、錯乱状態と呼吸困難で泣きじゃくりながら咳き込んだ。
それから六回程、息を吐かずに吸った頃。
彼の目先で閃光が迸り――――――――――――。
小さな爆発が一つの命を消し去った。
頬をヒリつかせる熱風は油脂に汚れていた。
暫し、塵が降り頻る。煙が晴れる。皆が見ている。そこに声は無く、状況を必死に捉えようとする視線がずっと泳いでいる。
それでも静けさに闊歩していた。
パラ=ティクウの英雄、健在。
『肉体強化魔法』
奴らは身動ぐ。しかし、精一杯の前のめりは遥か後方に殴り飛ばされた。隣の者は武器を振るった腕を掴まれて、宙へ飛び、花火になった。
寸分先では、同胞の血肉が雨あられ。
「〝蟲憑き〟以外は下がれェェぇぇぇぇぇえええ!!!!」
頭領の咆哮。隠せない焦燥。その号令、彼含む5人の賊が躍り出で。
「怯むなっ!! 突っ込めッ!! これも作戦の内だッっ!! このクソったれめがッ、死に晒せェェぇやァッ―――――――――!!!」
「数の力に潰されろォ!!!」
トップドッグは咄嗟に近くの敵を殺して投げつけ、一人を足止め。
することは叶わずに振り払われるも。
『点火』
爆発。死体は胸に火を灯して四散した。
その衝撃で、粉砕された、撃ちだされた、モース硬度4~5のリン酸カルシウムの断片が彼らを巻き込み、体中を穴まみれにした。
が、心臓の鼓動は依然止まる気配は無く。
愚直なまでに前進。
蜂の巣になった肉体各所からは赤に濡れる桃色、見えるべきではない白、抑えきれないのか涎を垂らして、殺す為にやって来た。
トップドッグは腕を構えて迎え撃つ。
「死ねェいッッ!!」
短剣での刺突。前腕で向きを後方に逸らし、手首を掴んで押し返す。
飛び蹴り。体幹で受け止めつつ、裏拳で顎を砕き。
体当たりからの噛み付き。肘打ちで頭蓋骨を陥没させ。
両手への掴み。振り解こうと腕を圧し折ってみるも離すことはなく。
ここに隙ありと、直剣による背後からの斬撃が決まった。よりも先に緋色の力を身に纏って、刃は阻まれた。効かなかった。
「ふざけんなッ!!」
攻防不成立、敵方衆は恐れ戦く。
その瞬間に拘束を外す。
トップドッグは目の前の敵を手刀で仕留めた。
これで死体だ。死体の筈だ。幾許もしない内に傷から漏れ出た筋線維、なにやら微弱に動いており、無色透明な乳濁液のようなものを分泌している。
意思を介さない蛻の殻が内側で、暴れ回る何かがいる。
だが、それを確認する暇はなく―――――――――。
只今、一対四。
蟲憑き共が体勢を整えて、再び。
「この化け物めがアアアアアァアアアアッッッ!!!!」
殺意が迎えた零距離。
『緋填攻』
トップドッグの拳は紅く輝いて振り下ろされた。
頭領の絶叫が轟く所に、一撃必殺。霊体より引き出された赤い膂力が収束して、発散して、半径2mの巻き添え、大地諸共敵を穿つ。
蟲憑き達は瞬時に跡形もなく滅ぼされた。
爆心地に存在を残すは勝者の姿。
黄色い頭巾の残存兵力、落伍者が二十名余り。
「.........かてねぇ。」
賊の一人が膝から崩れ落ちる。
「ズルだろ、あれは...。」
周囲は黄色い頭巾を脱ぎ捨てて逃走を始めている。
「かてねぇよ、これは。かてねぇんだよ。もうオレは戦わない。おりる。おります。やめてください。お願いします。やめてください。」
「随分と勝手な話だな。」
トップドッグは彼を見下ろして。
「襲撃の目的、人数、虫憑き、全てを話せ。」
同時刻、パラ=ティクウ上層の戦場跡で――――――――――――。
ブライアン・アッシュは小瓶に詰まった黒い液体を飲み込んだ。渋い酸化鉄の味、香りも悪し、それでも溢れないように口元を手で抑え。
オルタインクの推奨されない使用法でしばらく咽た。元来、魔方陣を描く用途の顔料ではあるが、原材料たる飛竜の血液は疲労回復に非常に良く効き、こういった例外的な使用が可能である。
「俺の...。」
ボヤく野良の魔法使いを余所にアッシュ先生は、活性操作、構築操作。
『縫合』
彼の気絶した二人の手下の傷口が、魔法の糸で塞がっていく。
「騒ぎになる前に、動けるようになったらこの町から出ていってくれ。身代金目当てで捕まえてもいいが、無いのだろう、金が。」
アッシュ先生は応急処置を続ける。
「.........。」
「......なんで、敵と敵で終わらせられないのかねぇ。」
魔法使いは適当な壁に背を預けて語り始めた。
「始まりは自発弾のドン・ロックフィンガーの提案だった。」
「ブニスクラで抗争に明け暮れていた無法者共に、パラ=ティクウの自警団を排除して、町の薬物から賭け事までを牛耳らないか、とね。」
「あいつらは唯一の障壁であるトップドッグを倒す為に、呪術王デュクレス・ハーと繋がった。蟲を宿した。紹介したのは自発弾本人だ。」
アッシュ先生が濡れた手巾を渡す。
「蟲を宿した?」
「呪術の力で生み出された寄生虫だそうだ。内臓に入れ替わり、神が人に設計しなかった不死性を、仮初でも宿主に与えてくれる......。」
魔法使いは話を続ける。
「元々、俺達はド外道共に外注された戦力。雇い主の意向に口を挟むつもりはないが、先方の計画にただ乗りする、事前情報の収集すらも頼り切る、死に難いだけで勝てると錯誤する、危機感がまるで無かった。」
「あの調子じゃあ、自発弾の本意も知れたもんじゃない。」
「それとも、ああいった連中に求めるのは酷なのか......?」
魔法使いは立ち上がってアッシュ先生に短剣を向けた。
「それほどまでに汚れたくないのか? それほどまでに俺達は酷くて醜くて愚かで駄目なのか!? もはや、居てもいいは助けにならない。」
「別に答えてくれなくてもいいさ、先生ぇ。」
そして、刃を下げる。手巾を投げ返す。
「守りたくなるような志向なぞ、無数にあるんだ。どれもは守れないんだ。自分のも、他人のも、そうなる姿なんか見たくないね。」
「俺達はここで手を引く。」
「死ぬなら勝手に死んでくれ。」
魔法使いは手下二人を足で叩き起こして、この場を去った。
ブライアン・アッシュは彼らを見送るだけにした。彼らが見えなくなったら、大階段を降りて、トップドッグがいる下層へと急いだ。
コツコツコツ――――――――――――。
その頃、修道院の方が騒がしく。
「こちらです。」
「どうも、ありがとう。」
ドン・ロックフィンガーが仲間に案内されて通路を進んでいる。
角を右に曲がり、突き当たり、資料室の扉が開いている。
部屋の中が見えた。机にチェスの盤が置いてあり、黒のキングが白のナイトに追い詰められて、自軍の駒が邪魔で逃げられずにチェックメイト。
それから庭園の横を通り。
再会があった。四つ目の資料室に差し掛かろうとした際、知り合いにチェス名人がいる博学で背の低い昔の友達が扉から出てきた。
そうだ、彼の知り合いにチェスでボロカスに負けたんだった。
「好きなもの買いなさい。」
母親の声が聞こえてくる。いつの間にか、手にはカードの束が。
「...あのね、遊びとか全部無駄なの。何も残らないの。分かったら、そんなんじゃなくて、食べられるものを選びなさい。」
そうして、ブニスクラの通りで歩いていると、倒れた馬車に群がる黄色い頭巾の大人達がいた。これを遠くで見ている衛兵の囁きも聞こえた。
どいつもこいつも霊魂が歪んで見える。
「まただ。あいつら、クズの癖に表を歩きやがって。」
「とっとと殺されろ。」
母親に肩を掴まれて無理やり振り向かされた。
「この子はいつも人の話を聞かない...。」
国際魔術連盟〝旅梟〟所属の魔法使いが、広場で魔術適正を測っている。活性操作した魔力の挙動で判別しており、後半の工程を自動化した装置が置かれてある。
ワタシは今にも歯車が回って人を食べそうなタンス状の機械に笑われた。
闇属性だった。闇属性ってなんだ。「おぉ、空属性とは」「ぜひ、連盟付属学校へ」と、明らかに自分の時とは態度の違う拍手喝采を背に受けた。
「都市学校の先生も困ってるんだって。授業中、ずっと集中していないって、落ち着きがないって。なんで、普通にしていられない...。」
「私が死んだら、どうやって生きてくつもりなの。」
昼夜を問わず、霊魂の見える才能が顔を出しやがった。
生前の形を留めた霊体が宙に浮いていたりする。これを目で追っていると、稀に目が合ってしまう時がある。森に隠れた木の如くといった個体もいる。
関わらない方がいい鬱陶しい連中だ。
「どうせ暇なら、もっとお金になることをやりなさい。」
「どうして、なにもかもに無頓着なの。」
「ほんと、貴方は昔から人の話を聞いていない...。」
今まで作らされてきた貯金を勝手に使われて国際魔術連盟の認定試験を受けさせられて、魔導技師の資格を手に入れさせられて、親に製材所で働かされた。
仕事場では忙しさが極まっていた。これを詳しく思い出すのは止めた方がいいのか、なんで、誰の為に、確かな事は鉱山奴隷よりかはマシな環境だということ。
一番上の感謝して欲しいみたいな態度が実に腹立たしい。
「育て方を間違えた。」
帰り道にいた野良犬と家族になろうと思ったんだ。でも、家では到底飼えないから離れた所に普段は居てもらって、会える時に会うことにした。
ある日、あの時、肉屋の捨てた骨の中から比較的食えるやつを持って行ってやると、あいつが小型犬に跨って腰を必死に振っていた。
自分はその場にへたり込み、理解よりも先に涙が止まらなくなっていた。
正義の味方。
気が付けば、ラティ・ハイドの首を絞めていた。
「それでも尚なのかァっッッッ!!!!!」
「うるさいんだよっォ!! 離してよ!! 止めてッ!!!」
「それでも尚かなのか...!!」
「なんだよぉぉぉぉぉッッ!!!!」
彼の顔面が右頬から左蟀谷にかけて、「トップドッグを嵌める罠に協力しました」と、文字の形に腫れ上がり、激痛が走り。
ラティは子供とは思えない力で抵抗するも抑え込まれて―――――――――。
「どうかされましたか?」
ドン・ロックフィンガーはその声に反応して振り返った。
そこには不思議そうな表情をした仲間。修道院の通路の途中で直立不動になっていたのが、そんなにも可笑しく見えたのだろうか。
「.....お前は手早く略奪してこい。」
「よッしゃあ!」
「ワタシの分もよろしく頼むぞ。」
自発弾はようやく目的の部屋へと辿り着いた。
部屋の中央には苔生した石碑が鎮座している。
石碑に近付き、苔を拭えば、刻まれた星暦327年と文章が露わとなる。
内容は勇者の時代の魔女関連。デメテルファンの地にて、魔女となった最後の皇后アバル・アースが勇者ユーマを生み育てたことについて。
「ワタシには夢がある。」
ドン・ロックフィンガーは石碑を抱きしめた。
「正義の味方になることだ。荒涼とした丘にある地獄の口を、悪徳と汚職に塗れた町のクズ共を、燃やし尽くすことだった。」
「だが、それは今や途絶え、下方修正を唱えている。故に、かつての救世主よ、当代の貴方の下まで、どうかお導き下さいませ。」
涙がこぼれ落ちる。
「誰か、愛してくれよ。」
『接続操作』
「進化ァァァァァァ!!!!!!!」
やがて、彼の身体が眩く輝き始め――――――――――――。




