22話 バーサーカー
ある日の昼の修道院にて。
いつものようにブライアン・アッシュ先生が子供達に包囲されていた。
「先生ぇ、腹減った!」
「足疲れた!」
「シィィザ――ァァァッ!」
駆け回るチビッ子もいる中で、アッシュ先生は大声で告げる。
「はい! 取り敢えず、先生に聞きたいことがある人はこっちに並んでくれ。隠れん坊の範囲はここから、あっち。閥族派首謀暗殺事件ごっこがしたいなら、そっち。休憩するならそこの、ベンチ。お腹が空いたらお家で、ランチ。」
「先生、自分が一人でェ―す! これはぁ~? ボッチ!!」
「そこのガリ・レコン、お黙り。」
それから目の前に並ぶ質問者達に腰を曲げた。
Q:あかちゃんは、どこからくるのっ?
A:うーんとね、男性が女性へ、特定の日に正しい姿勢で儀式を行うと女性のお腹に子供が宿るんだ。なんか難しいね。大きくなったらまた聞きにおいで。
Q:どうやったら、傭兵になれますか!?
A:...まぁ、そうだな。...うーん。帝国軍に入隊して、実力を付けてから、その力で本当に傭兵をやるかどうか決めた方がいいと思う。
Q:なんでも質問していいですか?
A:いつでもかかってこい。
Q:あの、なんで、世の中に〝普通〟なんかあるんですか。
A:答えを決めるには勇気がいる。蛮勇でもいい。けれど、きっと大昔に、これは勇気を介さない当たり前の答えであれと願う人がいたんだろうね。だから、まぁ、そこから溢れてしまっても、私は間違いだとは、思わんよ。
Q:古代帝国からの規範である〝アルテクス法典〟では、自由民の集会する権利を否定していますが、行政の現場判断に多く委ねられています。これでは恣意的な運用が出来しまう。いや、それどころか、望まれてすらいる。実際、田舎の集会は見過ごされ、都市部での活動を阻むばかり。法として不甲斐ないのでは?
Q:助けて、教授。
Q:では、素人質問で恐縮ですが...。
A:許して、教授。
修道士がアッシュ先生に駆け寄り、耳打ちする。
「そう、では、そろそろ解散。先生は鐘楼の鐘を鳴らさなきゃならん。」
「「「先生、うんこ!」」」
「残念、先生は吽置派です。散りなさい。」
アッシュ先生は両手を叩き合わせて。
「さようなら。」
「「「「さようなら。」」」」
鶴の一声、群がる子供達は先生の下から吹き荒ぶ風のように走り去った。山の天気みたく変わる表情は、雷みたいなお喋りが、戯言と、遠のいていく。
そして残るは帰った皆から三歩離れて様子を窺っていた彼である。
自由都市以前のパラ=ティクウで最後の領主、その末裔の長子。今日は誰よりも早く来て、口を閉ざして立ち惚け、ようやくの機会に視線が合った。
「どうしたんだね?」
最近の彼は、恵まれた人生に意味を欲しがっているような気がする。
「あの、アッシュ先生。もしも、絶対に救われない人がいたとして、どう足掻いても報われることは無いとして、本当にそうだったら...。」
「――――――どうすればいいですか?」
レオン・ティクウスからの問題だ。
「それでも尚、前へ。」
現在、早朝、パラ=ティクウ上層の市街地にて。
(おはようございます。今日は、ラティ君を窺いに参りました。一か月前の慢性瘴気中毒の発病から、体調にお変わりはありませんでしょうか?)
アッシュ先生は欠伸を繰り返しながらラティ・ハイドの家に向かっていた。
健康診断を口実に本人の調査をしようという訳だ。町外れの各所に召喚陣を敷いて放置した例の犯人かどうかを確かめる為に、やらかす前に。
不本意でも悪いことをしたら拭い切れない物を抱えることになる。
(これだと弱いな。)
早起きで散歩好きな老婆とすれ違う。
(最近、慢性瘴気中毒の患者さんが増えています。これは霊魂が瘴気を取り込むことで罹るのですが。もしかしたら、町の何処かに瘴気が滞留しているのかもしれません。なので、今回はお子様と家族皆様の検査のお伺いを立てに来ました。)
対向側から三人組の男が歩いてくる。
(よければ、このまま霊体の検査と瘴気の滞留がご自宅に――――――。)
すれ違いざま、その内の一人が先生の胸に人差し指を突き立てて。
「『短い刺突』。」
同時刻、町の下層、トップドッグが自警団を引き連れていた。
死霊術師の目撃情報を聞き付けて来たのだが、今の所は見当たらない。不可解な死に方をした酒場の店主を見つけるも、疑わしいは証拠にならない。
それ以上に自警団の士気が問題だった。既に、団内部ではいつ解散するかが主題である。そもそも下層では自警活動に好意的な者は珍しく、捜査に協力的な訳も無く、むしろ襲われる、そういう場所として受け止められがちだ。
実際、殺人が起きても基本的に来ることはないのだ。下層の人達からしてみれば今更なのだろう。お互いに諦めている。
踏み固められた土の道を団員が通っていく。
下層の住民がそれを怪しく見ている。
泥の中に頭蓋骨が埋まっていた。
町に来たばかりの新参者が落胆の表情を浮かべている。
トップドッグが瓦礫に呑み込まれた。
『物質硬化魔法』
現在、パラ=ティクウ上層、ブライアン・アッシュは倒れなかった。
「ん~~~??」
呆けた奴が目を見開く。なんと、相手が生きている。己の放った貫通力が高い呪文が、予想以上の警戒を以って防がれた、感嘆すべき事実がある。
砕かれし実体化した魔力の断片が失敗を叫んだ。
そこから直後―――――――――。
「『加重杭』。」
発声、後攻、それでも素早く先生は質量のある魔法の粒子を奴に浴びせるも。
「なるほど、なるほど、そういうことかっ。」
しかし、魔法使いは『解体操作』で全てを魔力に戻してしまう。
「察するに、連盟の魔術師様。じゃないのなら、こちら側。今時呪文を唱えるのは、昔を懐かしむ老人か、権威主義者の懐古ばかり。」
アッシュ先生は表情を強張らせながら距離を取る。
「......もしや、連盟の躍進でお家が没落した口なのか?」
昔々、子供は親の職業を受け継ぐのが当然の時代に産まれるも、国際魔術連盟の設立に伴い、職業選択の自由がやがて、己の専門職に遅ればせながらもやってきて、割りを食う、割りと居る、魔法使い達がいましたとさ。
簡単に言えば、市場競争に負けたのです。
彼らの騎士戦争がついぞ始まることはなかったが。
「その通り!」
今日も健やかに盗賊紛い。
「だから、俺の為に死んでくれ。」
それまで着ていた外套を脱ぎ捨てて、白黒の花柄かつ黄色の下地の派手な襯衣を露わにする。乗馬用ズボンには蛇を模した金メッキのベルト。
その合間、魔法使いの手下がアッシュ先生を囲った。
「優先目標を殺せッ!!」
賊が二人、錆びついた剣が差し迫らんとする――――――。
アッシュ先生は右足に魔力を集中させて活性操作、大地を踏み締めて構築操作、然らば末広がる、自己を中心に魔法陣を展開してみせる。
効果は肉体強化魔法、対象は上に立つ者全て。
取り込まれた敵二人、魔法陣の円の内、襲い掛かろうとする彼らもまた強化されるが、思いがけない膂力への戸惑いが脚を絡め取った。
こむら返り。
つんのめり。
『魔法障壁』
突如出現した壁に速度を付けて避けれぬまま、二人は敢え無く激突する。
本能的な無条件反射により顔面を庇って肘からいった。
苦悶の呻き声を上げるがしかし、落してしまった己が得物に手を伸ばし。
戦闘開始からまだ僅か。
アッシュ先生は魔法障壁を相手の横から真上にずらして、圧し潰した。
「...フゥ――――――。」
敵の戦闘不能を見届ける間もなく残心に耽り。
パチパチパチパチと、残り一人が拍手をしながらゆったりと近付いてきた。
「ブラヴォー、ブラヴォー、流石だ、先生。近年稀に見る魔術師のお手本のような戦いぶりではありませんか。で、お前ら死んだか?」
「なに、骨が折れただ? よしよし、生きてるのなら、よくやった。」
アッシュ先生の魔力残量は七割弱。
「...やる気なのか?」
敵魔法使いが立ち塞がる。
「当然ッ!!」
即興、両者共に霊体から魔力を掻き集めて、活性操作、形成操作。
『気圧槌』
『鉄砲水』
圧縮空気と高圧水流の衝突。相殺、水煙が地に満ちる。
(敵魔法使いの属性は風属性!!)
(先生、アンタは水属性ッ! 派生先も含めて、それ自体が瞬間火力に繋がる火属性や風属性の系統とは違って、技巧を求められる、属性ッッ!!)
小手調べを済ませて、もう一度―――――――――。
『空気爆弾』
『液体操作』
敵魔法使いが放った空気の塊は先生が初撃に出したお水に包まれて爆散。まさかの防御、からの相手よりも先んじて、先生はより強く。
ブライアン・アッシュ先生の頭上にとても小さな海が浮かぶ。
『弩級水球迫撃砲』
周囲一帯の地表は影に呑み込まれた。
同時に、太陽光の乱反射でキラキラしていた。
「『魔法障壁』!! 『停止』!!! 『物質硬化魔法』!」
――――――やがて、天変地異が落ちてくる。
抗う声を掻き消した。付近の家屋は揺れ、手下二人は押し流された。石畳の隙間に挟まる昆虫の死骸も混ざって、気泡が浮かぶ、濁流と化した。
地下水や大気中の水蒸気から抽出された約40万リットル(約400トン)、雑に自動車200台分、純然たる物理学が渦巻く暴力。
しかし、そんな所に直立不動の不自然が――――――。
「まだだァァっッ!!」
そうだ、敵魔法使いは五体満足無傷活発健康体。
アッシュ先生は続け様に二連、活性操作、形成操作、魔法を行使する。
『御泥雨』
『相変位【凝固】』
湿り気を帯びた泥を相手に浴びせて、即座に土混じりの氷に変えた。
並大抵の魔法使いでは対処しようがない拘束が完了された。
「〝昇属性〟だな!?」
水属性の派生、昇属性。固体、液体、気体、あるいはもっと、物質が形取れる状態を自由自在に転位させられる魔法の属性。尚、熱量に変化なし。
華氏6000度の太陽間近な氷だって夢じゃない。
「......いやぁ、参った。」
敵魔法使いは一頻り藻掻いてみるも、動けない。
(早期決着狙いの大技かと思いきや、とどめを刺さない変な奴め。)
接続操作で魔法の操作を奪おうとしても駄目だった。
(魔法の魔力消費量は概ね時間×距離×変化量。個人の技量次第で増減するものではあるが、基本的に魔法の維持は浪費、浅慮、愚の骨頂。)
(だから、多くの魔法使いはそういった消費のない構築操作のみの、基本防御陣を敷いて戦う。その中で、霊魂を休める、魔力を蓄える、戦いを有利に進める。しかし、国際魔術連盟の者だよな? まさか、これで決着したとは思うまいな?)
(脱出するだけなら、直ぐにでも出来るが――――――。)
そして、アッシュ先生に語り掛ける。
「...なぁ、先生、アンタも連盟にムカつかないのか?」
「こんな所にいるんだ! そういう事なんだろう?」
「そりゃあ、魔術師は探求者。強さだけが指標じゃない。だが、アンタよりも弱い奴なら山程いるのに、下から数えて何番目、法外な試験料を請求され。」
「挙句の果てには、魔法の規制!! 人類に許された奇跡がだぞ!? 力は為されてこそ! ド外道共の合間じゃあ問答無用で超兵器!!!」
先生は呼吸を整えて言葉を返した。
「...理性の賜物だろう。」
敵魔法使いは静かに続ける。
「そうかい。だがね、アンタらが否定しても、魔法は人の〝夢〟と〝希望〟を叶えてくれる。なればこそ、誰よりも遠くに行くべきなんだ。」
「たかが人間が自由になれる世界じゃねぇのよ、先生ぇ...。」
彼を拘束する氷塊からは雫。
「俺は怪物なんだッッっ!!」
「っ!???」
間際に、アッシュ先生は心を包み込む妙な圧力に襲われる。
『掌握操作』
掌握操作とは、魔力操作の一種、肉体の外側に霊体を薄く膨張させることで範囲内全ての魔力と魔法を制御下に置く、魔法使いの極みなり。
これの習得は、国際魔術連盟では第二位階〝主次座〟の最低基準。
小さな世界でも支配する力。故に、ここはたった今から奴の領域、それから直ちに彼を拘束する氷は溶けた。さぁ、跪け、彼こそが王様なのだ。
風が舞う。
「純血の魔法使いは伊達じゃあないッ!!」
風属性とその派生含む、系統の特徴は―――――――――。
『加速』
―――――――――ただ、ひたすらに速い。
瞬間、負傷した仲間を遠くに動かした後に散乱する魔法陣や魔法障壁を破壊し回りながら二振りの短剣を回収して、先生の目の前に現れた。
活性操作、形成操作、既に攻撃も終わらせている。
「速属性かっ!?」
「その通り!!」
アッシュ先生は背後からの『空気爆弾』で吹き飛んだ。
無防備にも決まってしまった。路面で転がる。耳が擦れる。凝り固まった広背筋に鋭い痛みが染み渡り、ようやく呼吸を再開したとして。
そう、これは紛れ当りとは訳が違う。
(既に魔力量では負けている。魔力操作もあちらが上。掌握操作に真っ向から対抗できるのは掌握操作のみ、だが、それを私は使えない――――――。)
身体中が痛む。
「全く以って、野良の強者...!!」
敵魔法使いは『気圧槌』を放つ。
アッシュ先生は倒れた姿勢のまま『魔法障壁』で防ぐ。
そこから更に先生が行く。活性操作、構築操作、魔法陣を魔法障壁に展開し、その魔法障壁の魔力を用いて起動してみせる。幾何学模様より出で立つ、岩をも削らんばかりの高圧水流が敵に向かって一直線。
が、しかし、とても素早く回避された。
「避けた...。」
魔法障壁が形を保てずに崩れる。
ブライアン・アッシュは心臓が痛くなって横たわった。
身体の熱が失われていくばかりだった。
(掌握操作が解かれている。感覚でも分かる。しかし、相手に解く理由がない。つまり、他と並行して維持する程の技量がないのか...。)
そこへ、敵魔法使いが歩いて来る。
「どうだ、凄いだろう!?」
「努力ならしたッ!!!」
「わざわざ魔力視しないと判別できない無魔人を確認する、みみっちいカスよりもずっと。努力が生ものだと知らずに後に取って置いて腐らせる、愚か者よりももっと。ちゃんと恐れられる怪物でいられるんだ。俺は怪物なんだ。」
「称えよ、子孫!! いずれ、歴史にもなってやる!!」
無遠慮に近付いてくる。
「全く、特別な人間でなければ生きる意味なんて無かろうにッ!! それが違うと言うのなら、俺の名前を言ってみろっっッッ!!!」
『相転移【融解】』
アッシュ先生は自身の中心から少し離して周囲一帯、魔力不足故に粘性を残しつつ、石畳を水飴みたいに柔らかく変貌させる。
だがこれは、敵魔法使いが数歩後退るだけの時間稼ぎ。
「ハハッ、はぁ、もう二度と町内会に行きたないな......。」
この合間に息を整えて。
「野良の魔法使い、人間はそれでいいんだ。」
魔法を維持する。
「帝国には突き抜けた軍国主義者がいる。ウェストバハムには祈る人達がいる。コルリニアは技術者の国、ひたすらに合理的。聖国は退廃的だが、いや、控えよう。歴史には、英雄並びに呪術王。性善説とか、性悪説だとか、きっとそういう概念を超越せしめる何かが在るのだと思う。」
「ただ世界はそうであってくれた。」
「そんなものに、ちょっとだけ、救われてしまったんだ。」
「だから、私も、信じてみることにしたんだ。いつかこの世界の何処かで、どんな人間にも手を差し伸べてしまう救世主が現れることを......。」
アッシュ先生は立ち上がる。
「野良の魔法使い、人間はこれでいいんだ。」
敵魔法使いは歯軋りをして――――――。
「それでも敗者は消え去るのみだろうがァッ!!!」
彼の『掌握操作』が場を包み込む。奇跡が彼のものとなる。範囲内全て、魔法と魔力が一人の意思に統一され、制御されようとしていた。
まさしく、掌握操作は王たる者の御業なり。
ただし、雨は手から溢れる。
昇属性魔法が魔力を供給されずに効果を終えた。
先生が密かに石畳を〝融解〟した後に〝蒸発〟させていたものが、今。
「俺は怪物だァぁッッ!!」
「下を見過ぎだ。落第点。」
頭上より、突如の影、敵魔法使いに瓦礫の雨が降り注ぐ。掌握操作にのめり込み、気絶する間際までに気付くことさえも無く。
今日の天気は晴れ時々土砂降り。
同時刻、パラ=ティクウ下層にて――――――――――――。
トップドッグが起き上がった。




