21話 雉も鳴かずば撃たれまい
凱旋門からの出兵
星歴1241年朝励月21日、帝国と聖国の戦争が幕を開けた。
聖ユーマ王国の分不相応な宣戦布告に対して、クレシェント帝国の賢帝ベルアゴール・ユニは外征軍総司令官ウェラザスター・ユニに出兵の命を下す。
外征軍の戦力は四万五千人以上もの職業軍人及び最先端の兵器群、中でも盛況なのが飛空艇と二足機甲(魔導ゴーレムを指す軍事用語)である。
一方の聖国軍について、傭兵団団長アルブレヒト・カルカ氏に伺ったところ、「コルリニア王国を代表とする同盟からの支援があったとしても聖国は、人に乏しく、兵糧も危うく、騎士団以外のまともな戦力は限られている」と述べた。
此度の戦争は我らの帝国がウォントレス執政官の掲げる〝恩恵の構造化〟の理念を基に〝市民を愛する団体に優しい国家〟として改革が行われて以降初めてとなる。軍に於いても新制度や計画の実施が為され、我らの勝利は揺るぎないが、その勝利が、いつにも増して政治的な意味合いを帯びているのは間違いないだろう。
執筆:羽根付き帽子のペパハ=ケテ・ランス
発行:官報製作掲載委員会
この数日前からパラ=ティクウを拠点としていた傭兵が続々と町を離れ、町の上層に当初危惧されていた食糧危機は思われていたよりも小さく収まった。
ドワーフ製の兵器が物流に乗って運ばれていった。
帝国からの特使が威風堂々とティクウス家の門を叩いた。
「キナ臭いねぇ...。」
ここはパラ=ティクウ下層の酒場一階、『踊る朽ち縄亭』なり。
「この町にくりゃ戦争とは無縁で生きられると思ったのに。」
「同業組合と友愛組織の権利を保護した所為で帝国はいずれ滅ぶ。主体である貴族を蔑ろにしたんだ。バカな庶民が力を持つ時代さ。」
「いやしかし、帝国とは皇帝、その皇帝が市民の庇護者だろうに!?」
「お願いだからサロンでやれ!!」
「帝国ばんじゃあ゛あ゛あああああああい!!!!」
雑多なる憩いの場に貧相な身なりの者が到り。
「アンタ、金はあんのかい?」
「あ、あるッ...!」
入り口にて、店主の前で財布をキラキラさせる。
「...奥の方が空いてるよ。」
それから彼はまごつきながらも空いている席に座った。それが数十年ぶりの文化的活動で、縮こまりながらも感動的で、ほんのちょっとだけ、泣く。
涙が黒くなっているのにも気付かずに汚れた袖を更に汚した。
いつもは犬とか豚との生存競争の渦中にドブを浚って生きさらばえているが、たまたま、目の前で喧嘩が起き、たまたま、意識を失った子供が、たまたま、財布を持っていて、今日だけは人。束の間の安寧。幸運な一日。神の御恵み。
だから、まだ、何もせず机に突っ伏していたかったが。
「もしや、貴方、呪われていますか?」
ドブ浚いは急いで財布を胸の内の奥の奥に隠した。
「ぁっ...?」
それから声の主を確認すれば。
「いやはや、横から失礼。実はワタシ、霊魂が見える体質でしてね。貴方の霊体が歪んで見えたものですから、そうなんじゃないかと思いまして、ね?」
そこには黄褐色の瞳をした男が立っていた。
彼は体が大きく、ヨレヨレで継ぎ接ぎな外套を着ており、内側には短剣や牛革の水筒といった小道具が犇めいている。破裂寸前の土嚢もかくやという出で立ち。
ドブ浚いは男の全体像を視界に収めようとして仰け反った。
「あん、た、は、さあ、詐欺師か?」
「ハハッ、そのつもりなら殺して奪うわ。」
男はドブ浚いと同じ机の椅子に座って言った。
「――――――まっ、平和的に行きましょう。ここにいるのは誰でもいいから会話がしたかっただけで、手透きな人に話しかけただけの、旅人。」
「...ぁ?」
「おやぁ、これは失礼、喉がカラカラのようだ。」
男は懐から出した杯にこれまた持ち物の酒を注いでいく。
「で、呪いに心当たりがあるのならお聞きしても? 曰くつきの場所に行ったとか、誰かに恨まれたとか、でなければ貴方は呪術師の練習台にされている。」
ドブ浚いは忘れてしまった味に喉を鳴らして。
「飛空艇を、造っていた。聖国で。」
それを一口で呑み干した。
飛空艇の建造は築城に並ぶ巨大産業。多くの場合、ルナトリス山脈のような山間部で行われ、横幅がある二つの塔の間に橋を渡したような施設で造られる。とりわけ重要な部品を挙げるとすれば、魚のヒレみたく船体に取り付けられた帆とこれを操る舵輪、活性魔力を産み出す魔導炉、空属性の魔力を詰める為に魔力を遮断する様に作られた気球、船体と気球を繋ぐ為の巨大な固定器具たる船体ベルト。
地面に着くと自重で崩壊するので、修理や点検は浮いたまま。
維持費は高いが現時点での戦略兵器で、国の財政は火の車。
概ね、国家の威信で飛んでいる。近年では技術革新によって費用諸々は降下中、されども個人所有なんてとんでもない、貴族でさえもほんの一握り。
「飛空艇が落ちた。」
「あぁ...。」
男も酸っぱい酒を一口飲んだ。
「乗っていた作業員と現場監督が、残骸に埋もれた。数少ない生き残りの、一人は、こんなところまで来て、なんで生きてるかも分からない老いぼれ。」
「それで、ご自身を恨んだ?」
「...したけど、どうしろと。」
「えー、同僚の家族辺りから恨まれたと感じている?」
「...かもしれない。」
老いたドブ浚いは淡々とした口調で話していた。
「なるほど、耳が痛い。」
男は一旦席を外し、数切れのサラミが盛られた皿を持ってきて。
「ワタシも現実をどうにかしたくて敵を間違えたことがある。」
これをぺろりと平らげた。
「ほら、あそこの机に、現執政官の浮かれた支持者がいるが...。あれを簡単に言ってしまえば、産まれたばかりの赤子に期待するようなものだろう?」
「かつてはあちら側に立っていた。」
「幾度の果てに気付いた。」
「ありのままの世界が一番の自由だった。世界が碌でもないのは自然の摂理で、だからこそ理想には歪みが付き物で、代償を求める、神は人を救わない。」
兎の丸焼きにかぶりつく。
「声を大にして、こう言いたい。」
「不幸ならあると!」
「それは場所の名前だ。知らない石礫が落ちる場所。偶然の出会いと必然の結果、抗えない君子危うきになんとやら、通り雨のようなもの。」
「そんなクソみてぇな世界だから信じられるものがあると!」
机に暴飲暴食が積み上がる。
「神の愛。」
怪しい男はウズラの干し肉を差し出した。
「か、神の、愛...?」
ドブ浚いは震える手で受け取った。
「最古の呪術王が目指したものが今なら分かる。」
「ちょっと、あんた。見た事あるぞ。」
慌てて駆け寄ってきた店主が男の肩を掴む。
これに合わせて、男が店主の手に触れる。
『接続操作』
瞬間、店主は体を強張らせたと思いきや数歩後退って床に倒れた。
「......そうさ、それでも尚かだ。」
「求めたるは、救世主。」
「太陽の下では、宙に舞う埃だって光り輝く!!」
「これまでは誰かに止めを刺されるだけの人生だと思っていたんだ。」
何食わぬ顔で彼はお喋り続けた。
「いまのッ...!」
ドブ浚いは声が裏返りそうなのを抑えて、ようやく言えた。が、その上から、黒く丁寧に塗り潰すように、言葉を止めることはしなかった。
お客の一人が動かない店主の頬を叩いている。
店主の奥さんが旦那を揺さぶっている。
(違う、死んでいる。)
経験者にはすぐに分かった。
「うん、救世主の敵になってあげたい。」
一人の人間が恐怖に慄いて席を外れた。
「なんでッ...!」
「頼む、見逃してくれっ...!」
男は自らの爪の間を見つめながら、呟く。
「『号霊』。」
二十数年程前、ブニスクラという都市である娼婦が子供を授かった。
ロックフィンガーと名乗る初老の傭兵に金を積まれて羽目を外した結果ではあったが、そこらの是非はともかく、育てていかなければいけない命だ。
しかし、帝国の法律では、母子共に単なる自由民であり、何らかの市民権を有する身元保証人がいない場合にはあらゆる社会保障が受けられない。また、集会する権利が認められず、将来的に子を同業組合に所属させることも出来ない。
社会から門前払いされた彼女は次第に草臥れていった。そして、子供は会ったこともない親父の愚痴を子守歌にして育てられた。
ここまでなら、まぁ、よくある話だ。
「なんで、じぶんなんだっ?」
「どうしてぇ?」
知らない場所でドブ浚いは泣いていた。
「なにもわからない...。」
両目が収まる筈の眼窩からは鼠の頭が生えていて。
もう何も見えていない。
もう何も聞こえない。
更には、息を吐くより吸うことが難しくなり。
一昔前、ブニスクラに巣くう犯罪者が勢力問わず次々に殺された。
六日遅れの噂話が虚偽に塗れて都市警備隊の捜査を撹乱する。
それは肉親に暴かれるまでの正体不明な殺人鬼。何処にも所属せず、誰も味方しない、自由奔放な凶弾、付けられた二つ名が――――――。
酒場にて、男は目を閉じて頬杖をつく。
「...そうだな、明日にしよう。」
ブニスクラの死霊術師、〝自発弾〟のドン・ロックフィンガー。
誰も触れられない所からこんにちは。




