20話 誰かのいつか-3-
ここにはずっと前から来たくなかった。
まだ、引き返せる筈で。
けど、外が暑くて。
時間が解決してくれなかったことを知らせている。
季節外れの蝉の鳴き声だ。
下を見て。左を見て。
右を見て。上を見て。
思えば、俺は産まれた時から目を回しているだけだった。その上、貴方は時間通りに進んでいて、すれ違う度に逆行しているのを感じていた。
それでも子供心に気になってしまったことがある。
幼い頃、暗闇の家の中でいつも考えていた。家の外には憧れと恐怖があったことを。どんな世界に産まれて、自分は何の為に生きて、何をすることが出来るのか、どんな最後を迎えられるのだろうかと。
そして、また思い出そうとしている。
15歳の頃、賢い在り方と呼べるものを探していた。
運命が嫌いだった。才能も嫌いだ。なんなら、その概念自体を忌み嫌うし、これに託けて己の不幸を嘆いている奴らも嫌いだった。
でも、確かに、否定しきれない面があるのは分かっていた。
身の回りの動く屍共に混ざりたくなかっただけではある。
そんな運命に抗える理屈が欲しかった。故に、賢さや体格というのはあくまでも神が人に与えた『才能』の領域で、これとは別に個人が決められる『在り方』という領域があるんだと、そう信じたいから、そう信じている。
だから、俺は在り方を手に入れようとした。
あゝ我が心の友よ、君は賢い...。
取り敢えず今は、頭の中の情報を整理整頓することに注力している。
他人にどう思われようとも何かしなきゃいけなかった。
好きなものを永遠に好きでいられるか悩む。
うっかり姉に殺されかけた。
もしも、今の自分が死んだとして、転生することがあるのなら、次はどんな環境であろうとも分け隔てなくただ王者たらんとする動物でありたい。
その在り方には勇気が満ちている。
少しでもそうであれれば。
詐欺に遭った被害者が悪いってなんだ。
帝国の経済圏は人類史上類を見ない程に発展しているらしい。
ただ、その仕組みは、勝敗の付く競争が生まれ、富の集中、貧富の格差、更には効率的な生産が失業者を生み落とし、でも生産者は消費者であり、間接的に誰かのお客様を消し炭にしている。で、認識は合ってるのか...。
どうせ、何かを思ったとしても、世の中は弱肉強食な訳だ。
それよりも経済の発展には、需要と供給が必要だと思う。そして、生産者は消費者であり、良き生産者は良き消費者であるべきだろう。
正当な金持ちと、先祖が負けただけの弱く育った子孫がいる。
場の空気を読んだところでその場凌ぎ。
――――――で、やっぱり、職を低賃金で掻っ攫うデノム人は社会にとって敵でしかなくて、考慮すべき所はあっても基本的に迷惑だから消えるべき。
何回か勝手に撫でたことのある近所の犬が居なくなっていた。
あんまり嘘はつきたくない。
規制を掻い潜る系の建前は建前であって本音から逃れられている訳がなく、公式の見解次第で根絶やしされる癖に、胡坐をかく連中は総じて偉そう。
いや、でも、建前自体は大事なのかも。
憎しみの連鎖があるなら原因全部根絶やしにすればいい!
頑張らなきゃいけないのは、いつも俺だ。
嫌うことを嫌がるような同い年がいた。信じられない。世間知らずの箱入り娘か。幸せな人生だったのか。よくもまぁ、それを保ったまま今まで生きられた。
俺は息を潜めて遠巻きで見るだけに控えておいた。
自分みたいなのは近付いちゃいけない人種なんだと思う。
また親が借金の話をしている。
とてもお腹が減った。
かー様は俺が九歳の時に精神疾患があると決めつけて、どうにか病院に捻じ込もうとした時期がある。本当にどうかしている。ろくでもないにも程がある。
当然だけど、どの病院からも丁寧に断られた。
だから、俺を修道院に二年間も入れたのは自分の為の懲罰でも無くて、病院の代用品だっただけじゃないかって、心の底ではそう思い始めていた。
誕生日のプレゼントはまた現金でお願いしておいた。
周りの同年代が俺の知らない話題で盛り上がっている。
公衆の面前で局部の俗称を延々と叫ぶ男子集団がいた。
これに混ざらなかった俺は執拗に問い詰められた。
なにが「三大欲求の一つ」「生物には性欲があって当然」だよ。だったら、お前らは全裸で過ごせ。それがダメだって分かるなら、服着ろよ、服、絹仕立ての良いやつ。とっくに社会に露出してんだ。紳士たれ。この馬鹿垂れ。近場の地味系隠れ巨乳眼鏡女子を見逃した分際で、胸派がどうだの騒がないで欲しいわ。
女子を見て静かに興奮する。
俺は正しかった!!
――――――。
―――。
そうやって相手のお洒落を引き剥がしていたら嫌われた。
口だけだったから、それで本気だとは思わなかった。
なんで、俺が弁明してんだよ。
二等親の咎人から膝枕を要求された。このクソ野郎が有する娯楽品の使用権との交換ではあるけど、実の弟に対して相当気色悪過ぎる。
あと、弟の寝床に己の趣味を隠すな。
俺の私物を家の二階から捨てるな。
俺の部屋を荒らしにくるな。
あいつが大事そうに持っている物をわざとじゃないけど落としたら、発狂して、それを掴んで、思いっきり脳天に振り落としてきた。
もうこいつ死ねよ。
家が安全地帯じゃない。
いつか本当にうっかり殺されそうな気がしてならない。
だから、凄まじく迷った。
かー様が唐突に「普通が一番」「下層の人達よりも恵まれている」「何も考えてなさそうでいいね」とか言い始めた。いつも何を考えているのか分からない。
他人から見た俺もきっとそうだ。
ある日の昼下がり、ばーちゃんの部屋で寝ることにした。
俺は他人からどう思われようとも構わない。
俺は大切にしたいものが消えないように頑張るだけだ。
我を貫こうとしただけで傷付く奴らがいるなら、それはもう仕方ないだろ。
普通側の自負が強すぎて相手に自分基準で劣る点が一つでもあれば、劣等の烙印を押すカスがわんさかと生きてんだ。俺ぐらいなにさ。
でも、そんな風に生きるのは簡単なだけに思えた。
運命があるんだと思う。
俺の親は負けた。
それだけで終わる人生なんて嫌だった。
「境遇の割に綺麗に育ったね。」
断じて違う、俺は勝たなきゃいけなかったんだ。
――――――せめてもの憂慮として、なるべく人に優しくすることにした。
町のデノム人を排斥する運動に一年ぐらい参加していたけど、まるで進歩を感じられなかったから、飽きて辞めた。ただそれだけのこと。
なんたって、俺如きの主張が木霊するぐらいだ。
なんか、勘違いじゃなければ、自分の出した謎々の答えが一瞬で解かれた挙句に歌にされて町に流されているような気がする。まぁ、いいか...。
でも、もうちょっと時間が掛かって欲しかったような...。
割と凹む。
剣と槍の最強議論は論点がズレまくる所為で決着付かないけど、少なくとも帝国軍の大部分は剣を振っているんだし、武器単体での優劣ならともかく、槍の費用対効果まで持ち出してくるなら戦術ありきで語るべきじゃねーの。
横から投石最強とか言ってる奴は砂漠の戦車に轢かれてしまえ。
戦力の逐次投入は完全に愚策だけれども、大規模な戦力を分散させることについては必ずしもそうじゃなくて、むしろ補給面や戦闘効率で考えればそうした方がいいまである。策士策に溺れるが発生し易くなるだろうけど。と、思う。
母親に憤る妹に、「そうしたい日もあるさ」と窘めておいた。
俺は可哀そうな人間なんかじゃない。
あの日、先生に下手くそな手紙を送ろうとかしていた。
描きたいものを自由に描ける先生ではある。自分の世界が好きである。だからこそ、媒体とする紙面に収まらないぐらい、それは色々な意味で巨大過ぎたと思う。
人々が作風に対して『オサレ』や『スゴ味』と表わすことがあるように、これに倣ってその作品を言えば俺は『ロマン』だと思うんだ。
つまり、その、烏滸がましいけど、先生のやりたい事が現状に収まってないと申しますか。物語を広げたからこそ、多人数を登場させると構図が変わりにくい問題とか、密度が、今までの手癖が通用しなくなったのでは...。
なので、なのでェ、その為の何かを新しく創り上げていく必要が、たった一度しか許されないような演出でも、いや、いや、閃いたとして、ペンネームは先生なんだ。先生の美学に添わねば、断じて否、否なのだ。
冷静になってみると、目の前に呪物が産まれていたことに気が付いた。
事前のやらかし×5を思い出す。
捨てておこう。
他の人は「面白かったです」を書いて送っていたらしい。
友達に「難しく考えすぎなんだよ」って言われた。
ある時、「人は変えられない」って論調が町を席巻した。こういう親からは逃げよう、こういう人は避けよう、賛同者が共感して俺は一人になった。
俺でも自分がどんな顔なのか分からなかった。
骸骨も間近な老人が家の中を徘徊していた。
我が家の居候が居間に現れた。その後、ばーちゃんと口論をして、自分の部屋に戻ろうとして、扉の横の壁に向かって頭を擦り付けながら歩いていた。
リロがいなくなって以来、ずっとこんな調子だ。
昔は我ら兄弟姉妹にお菓子を振舞ったり、遊び場に連れて行ったり、当然の権利のように店員を脅していたりしていたが。尊敬に値しない人ってだけ。
老いた今となっては、ばーちゃんが甲斐甲斐しく世話をしている。
腐った臭いが漂うから閉じ籠っていて欲しかった。
宇宙関連の本を読んだ所為で頭が痛くなった。
本気で分からないけど、物質が高次元から何かしらの影響を受けているなら、存在の仕方の違いで、物質と粒子に起きる現象に差異があったりするのかな?
同年代の奴らに狭い場所に閉じ込められて洗剤の混ざった水を上からかけられた。大人には殴らなかったことを褒められて、それで話は終わった。
父親が酒で問題を起こしやがった。
ちゃんと幸せになりたいから、酒と煙草と薬物には絶対に手を出さない。
金が無くて店の前で立ち尽くしていたら、女子に小銭を恵んでもらった。
お礼に即興のギャグを披露しておいたけど多分駄目そう。
例の居候はもう誰も介護できないということで引き取ってもらった。
俺の持ち物にちょっかいを出している奴がいた。
見える位置に傷だけ付けて正体を見せない陰湿な奴だ。
時間帯を絞って出来る人間を特定してみたら、いつも真っ先に帰る洗剤をぶっかけた連中の内のアイツだけで、間違えてもいいかと、襟元を掴んでお前が犯人だと暗に示してみたら、次の日、椅子の上で膝を抱えて丸くなっていた。久しぶりに滅茶苦茶楽しかった。自分が怖いから、そこで満足しておいた。
兄が寝ている俺の腹の上に飛び乗ってきた。
俺は文字通り飛び起きた。脇腹が折れたのかと脂汗を垂らながら痛む箇所を何度も確認して、少し何か手違いがあったら死んでいたんじゃないかって、思って。
深夜、俺は兄が寝ている横で立っていた。頑張らなきゃ全部が消される。俺の心が全て嘘にされるぐらいなら、こいつを殺して証明にしてもいいんじゃないかって、きっと、もう二度と機会なんか巡ってこない。今やれば心神喪失だの何かしらの同情が得られそうな気がして。
終わりが欲しかった。
よく俺の肩に細長くて尖ったものを刺してくる奴がいた。
首を絞められるよりも辛くないから放置していたけど、あまりにもしつこいから、なにかしてやろうかと詰め寄ったら怯えた目を向けられた。
兄が大学に行くことになったから、祝ってる風を装って平手打ちしておいた。
...ちょっと疲れた。
弱音を吐くと母親が対抗して勝ちにきた。
家の一階で、妹が「大学に行きたいけど家にはお金が無いから行けない」って言っているのに、両親は「「行きたいなら行けばいい」」と話していた。
その後、妹が俺の部屋まで泣きに来たから、俺は熊の人形を肩に乗せておいた。
――――――。
―――。
18歳。
助かりたかった筈の子供はもういなかった。
俺じゃなかった。




