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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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19話 英雄志願者レオン


 思うが儘に生き、思うが儘に死にたかっただけ。

 己惚れていたかったのは、俺。

 貫きたかったのは、誰。


 それでも尚なのか。


 周囲で魔力が沸き上がった。


 「『縫合(ナート)』。」


 これは悪夢の筈だ。


 傷口付近で細長い虫のような何かが踊り狂っている。呪われでもしたのか、咄嗟に払い除けようとするも緩慢な腕の動き。海底に沈んだ錨のように。

 そのまま体内に侵入されて穴まみれにされてしまう。

 それからは心臓の鼓動が全身に轟いている。吐いた息もまたそうである。だがしかし、その緩やかさの中で、本当に欲しかったものが与えられている気がした。

 顔の強張りを解く頃には、胸の違和感も消えていて。


 きっと、数時間が経過した。


 思考に重く伸し掛かる眠気は、むしろ増すばかりであったが――――――。


 「『起床の呼びかけ(ハルモニアクス・サル)』。」


 ジェド・グラティアの目が覚める。


 「強引に起して悪いがね、診察の時間だ。」


 「応答は頷くだけでもいい。」


 ブライアン・アッシュ先生が起きてすぐ傍、白の修道服、手には診療録。


 「身体の何処かが痛むかね? 満遍なく全身に疲労感が? 魔力操作に支障は? それは活性操作? 貴方が思い浮かべてるのは、慢性瘴気中毒。これにて診察終了だ。よぉし、よしよしよしィ!」


 「いや、結局なんなんだッ!!」


 「端的に言えば、生命力の乱れ。学術的には、外部回生に伴う副作用。ただ、しばらくもしない内に整うもので、心配せずとも問題はないだろう。」


 「なんだよ...。」


 ジェドは疲れた顔で力強く項垂れた。


 「......それと、そうだな、君にお客さんが来ている。」


 アッシュ先生は診療録を片手にぶら下げる。


 「思う程、悪い知らせではないのかもしれないが、心の準備もあるだろう。客を拒否してもいいが、その場合、私が相手の代弁をする。必要なことだ。今回の事は凄く表現し難い事態で、私にとっても明後日の方向でな。」


 「まぁ、なんだ。『出来るからやった』なんてのは無かったんだ。どんな状況だったかは推し量るのみだが、魔法の形跡が現場に無かった。」


 「いや、私だけが、ごちゃごちゃ言うのもあれではあるんだがね。」


 「...何か質問はあるか?」


 この間、ジェドは無言を貫いていた。


 「...私が相手を呼ぶ間に準備をしてくれ。」


 そして、うるさい足音が遠ざかる。


 どうしようもないな。


 ジェドはベッドから上半身を起こして気怠そうに周囲を窺う。

 どうやら、ここは自警団本拠地の医務室のようだ。

 そのまま視界を動かしていると。見知った、天井。キツイ香りの薬品。部屋の角には椅子に座って鼻の骨を完治されてしまったロスト・ララがいた。

 ララは大粒の涙を浮かべながらジェドに訴えた。


 「僕の医療は魔法に勝てない。」


 「あぁそうか、それよりも、あの連中はどうなったんだ?」


 「あの連中って? ジェドを襲った人達? なら、アッシュ先生が特定したらしいけど、その後の事は僕も知らなくて、今から説明されると思うよ。」


 アッシュの野郎は犯人捜しをしている訳ではない?


 「じゃあ、何が起きてんだ...ッ!!」


 どうする、ジェドはおもむろに懐を探った。


 「......財布が()られてやがる。」


 ララの顔面に枕が直撃。


 「ひどいや。」


 「てか、怪我が治ったならとっとと消えろよ!!」


 「それはそうかも。」


 「そもそも、お前は! 俺と! 関係無かっただろうがっッ!!?」


 「...僕がそうしたいんだよ。」


 ロスト・ララはベッドに枕を返してから退場した。

 束の間の静寂に溜息が広がった。


 「いつもなんなんだよ、あいつは。」


 間もなくして、アッシュ先生が戻ってくる。

 

 「何かあったのか?」


 「なにもねぇよ。」


 「...それじゃあ、な。」


 先生の目配せに招かれて、件の客も現れた。

 成体でも人の膝程度の背丈、角張った骨格、皺くちゃの顔、貧者みたく痩せ細り、灰色の髪と顎鬚生やす、魔法生物、魔物、亜人、小鬼(ゴブリン)である。

 魔物の定義とは、魔法的要素を生態に含んでいること。

 魔法の力とは、それを持たない者を遥かに凌駕すること。

 だから、きっと、忘れてはいけないのだろう。


 恐るべきか、否なのか。


 「お邪魔致しまス。」


 ただ、その小鬼(ゴブリン)は礼儀正しい姿を見せ。


 「では、先ず紹介しようか。彼はジャックオーナー、彼らの王から直々に命を受け、パラ=ティクウで小鬼(ゴブリン)達に仕事の斡旋をしている役人だ。」


 「えぇ、人間さん、素敵な紹介をありがとうございマした。」


 ジェックオーナーは間違いのない足取りで前に出て。


 「今回の件、私共の不手際により、大変申し訳ございませンでした。」


 ジェドに対して深々と頭を下げていた。


 「......ハァあッ?」


 理解が追い付けない。


 一方、中庭の方ではレオン班が待機していた。ジェドの捜索から戻ってきたばかりで、その他の自警団の面々はまだ居らず、今は彼らだけがいた。

 レオンとナルドは雑談をしている。「あいつらだろ」「推定無罪、だよ」「被らなきゃいいけど」「どうだろう」、近い将来についてだ。

 ガリ・レコンはジェドに付いて来た精霊から追われている。


 「なんでです!?」


 「スマプノハムシャ。スマテクキュマー。ケテオベルアぺキュセー、ソナオル、ド、クラール? オルグ、スマヤヤキュー、エクレ!!」


 「なんです!??」


 「リマー、パルダァ!」


 白熊型の精霊さん、体長30cm、空を駆る。

 ガリも必死に逃げるが、小さくて丸っこい体の素早さには翻弄されるばかり、陽動試すも掻い潜られて脇の下、いずれにしても時間の問題でありました。


 「――――――スセコンペキュー、グ、ハムシャール?」


 「...ぎゅー?」


 結論を述べると、ガリはポピーを口に捻じ込まれて敗北した。


 「どうしてェ???」


 そんなガリ・レコンが鳴く頃に。

 中庭に近付く弱い地響き。

 ダッダッダッ、誰が震源かは言わずもがな。


 「大人は!! 馬鹿しか! 居ねぇのかッ...!!」


 ジェドが来た。


 レオンは立つ。


 「何があったのか、話してくれないか。」


 「なんでだよ??」


 「...なんでもなにも、同じ班だろう。」


 それにしても、今日は腹立たしい程の清々しい春日和。


 「――――――そうかもな。」


 こうなった経緯を整理しようか。ジェドがこの前その場の気分で張り倒した相手がラティ・ハイド、今回の暴力沙汰は彼が第三者を連れて行った。アッシュ先生とレオン達は帰りが遅いジェドを不審に思って捜索、発見、治療、現在に至り。

 そこまでであれば卑怯が過ぎる喧嘩に収まったかもしれないが。

 しかし、医務室に居た一匹にとっては訳が違う。


 「突然の話、呆気に取られてしまうのも仕方ないことです。ただ、我々ガ人間さんの喧嘩の発端となってしまったことを先ずは謝らせて頂キたく...。」


 小鬼(ゴブリン)は謝罪を放った後にこう続けていた。


 「知らずの内とは言え、全て私の責任です。『ラティくんが怖がっている』のにも関わらず、普段通りに接してしまい、繊細な心を刺激していた。これが『ジェドくんの勘違い』を引き起こしてしまった。」


 「それ故に、パラ=ティクウでの活動に於ける同胞達の管理責任者として、床下の小鬼(ゴブリン)を代表し、(かさ)(がさ)ね申し訳ございませんでした。」


 その後、ジャックオーナーは一礼して帰っていった。

 ブライアン・アッシュならまだいる。あっけらかんとした態度であろうとするも、冷蔵庫の奥で腐らせた卵に祈るような面持ちで、駄目だった。


 「......いやな、倒れている君を修道院に運んだ後、ラティ・ハイドから自白があったんだ。自分がルーチェ班を主導して君を襲ったとね。」


 「理由を聞けば、以前君に殴られた腹いせだと。」


 ジェドは床に穴が開くほど見ている。


 「だったら、一人で来やがれよ。」


 アッシュ先生は手近な椅子に腰かけて、話を続けた。


 「自白がされるまでは、私はあの廃墟の周辺で聞き込みをしていた。」


 「そして、こんな話を聞いた。ラティは以前から小鬼(ゴブリン)に小動物の死骸を運ばせたり、突き飛ばしたり、恫喝したり、迷惑が絶えなかったらしい。」


 ジェドが俯いたまま顔を顰める。


 「あいつ、クソしょうもねェな。」


  言葉にしたら失くしてしまうかもしれない恐怖の為に、疑いようのない救いを衝動的に求め続けて、助けても言えないような奴が何か言ってる。


 「それで曲がりなりにも小鬼(ゴブリン)を助けたのか?」


 「――――――んな、つもりは断じて無かったッッ!!」


 見つけてきたものを嫌う度に引き返してきた分際で。


 「......そうか、だが、今回の喧嘩は、小鬼(ゴブリン)がラティを怖がらせて日常的に虐めさせていた所を君が助けたということになってしまった。」


 「真相がどうであれ、ラティの家族とジャックオーナーがそれで良しとした。」


 「だからではないが、喧嘩の続行はお勧めしない。」


 「平等な結末でも、公平な判断でも、真実に忠実でも無いが、これが私の正義に依るところであると信じて欲しい。だが、こんなもので申し訳ない。」


 なにもしてない奴が愛されようとするな。


 「...ジェド?」


 レオンの呼び掛けにジェドの鋭い眼光が揺れる。


 「なんだよ。」


 「...なんか、大丈夫か?」


 「ご覧の通りだろうが。」


 自警団本拠地の中庭で、レオン・ティクウスは言う。


 「......まぁ、話は大体分かった。なんか想像以上に大変だったんだな。それでも文句はあるけど、これに限っては言わないでおく。」


 「大人は全員馬鹿だ。」


 地面に転がるガリが顔だけを上げた。


 「たぶん、明日が仕事だったんでしょ。」


 「意味分からねぇよ、黙れ。」


 「スセフフペナァキュー、タークマ、グ、フニィ?」


 「こっちは真面目になんなんだよ...。」


 変人の上を制圧した白熊型の精霊がポピーを嬉しそうに差し出している。

 ジェドは精霊をじっと見つめて扱いに困っていると、その花を受け取らない様子を見て精霊は「ブブブ」と呟き、何処かに飛んで行ってしまった。


 「なぁ、ジェド。」


 ジェドは眉間に皺を寄せる。


 「今度はなんだ?」


 レオンがジェドに近付いてくる。


 「ルナトリス山脈の東側には何があるか知っているか?」


 「はぁ...?」


 ジェドはその突拍子もない質問を睨みつけた。が、ただ、あまりにも彼は真剣な表情をしていたので、斜め右の雲にその矛先をずらしていった。

 そこから、ゆっくりと視線を地面に降ろしながら答えた。


 「...知らない。」


 レオン・ティクウスは語り始めた。


 「ルナトリス山脈の東側にはあらゆる豊かさの根源を埋めた大地がある。微妙な朝を愉快にする岩塩、雨露を凌ぐ屋根、人生を彩る宝石だってある。」


 きっと、喋りとしてはバケツを逆さまにするようでいて上手くない。


 「古代帝国はそうやって栄えていた。」


 「そして、魔王の時代に滅んだ。」


 だけど、これは、そういうものでは。


 「それから百年、有史時代、あらゆる一次資料が認める所に英雄が現れる。」


 「そうだ、ご存知の通り、あの勇者ユーマだ。誕生も、人種も、戦う理由も、世界から知られずに魔王の支配を覆し、大陸の殆どを解放していった!! 殆どだッ! 最後を前にっ! 英雄は何を思ったのか、世界を後にした!」


 「()()()()()()()()()()、その()()()()()()の名前は『デメテルファン』!!」


 「――――――つまりは、そう!!」


 レオンは自らを両手の向きで指し示す。


 「俺はね、〝英雄のやり残し〟を完遂したいんだよ。」


 「()()()を果たすんだ。町の連中は嘲笑うけど、計画ならある、金ならある、人脈が必要なら作れる、知識だってこれから身に付く、揃えられる。」


 「例え、歴史が相手を選ばなかったとしても、そこに居たのが俺だから!」


 「だからっ、本当に俺かもしれないっ!!」


 レオン・ティクウスは言い淀むことなく己の願いを最後まで。

 ジェド・グラティアはその強さにただ怯むばかりだ。

 それを夢と決めることに苛まれる日は無かったのか、こいつ。実現可能性が高いから運命を感じているだけじゃないのか。間違わない人間なんて存在しない。聴者の理解を置いてけぼりにしてでも、浪漫を語れるとは...。

 そうだ、彼は人の世界を呑み込んでいた。


 英雄志願者は一匹狼に手を差し伸べる。


 「......だから、もしも、これから先の人生に暇していて、この言葉に嘘偽りが無かったら、俺と一緒に来てくれないか?」


 後の時刻、修道院、修道院長の書斎にて。


 開いている窓から夕陽が覗く。


 ブライアン・アッシュ先生が診療録を机に広げて読み返している。

 その傍らには、開かれた手帳。これは彼が大学生だった頃、解呪学の勉強の為に借りた、国際魔術連盟が呪術師から没収した書物の写し。

 こんなことが記されているようだ。


 『心が囚われ、ようやく巡り始める内なる運命。この世で最も崇高で無粋な知恵。神のみぞが知る、神が歌う、神の愛、魂の筋書き。』


 突如、窓から部屋に風が通り抜けていく。


 ピュュウウゥゥゥ――――――!!!


 甲高い、笛よりも笛の音、手帳のページが幾つも捲れていき。


 『不幸に負けて死ね。』


 アッシュ先生が窓を閉じてようやく収まった紙面にそれ。


 更に後の時刻、パラ=ティクウ上層、誰も寄り付かない筈の路地裏にて。


 ルーチェ・ヴェルデの前でラティ・ハイドが(ひざまず)ている。彼らを取り囲むルーチェ班の班員がいる。壁には緑色の甲虫の死骸がくっ付いている。

 それは騎士叙任式のように進められた。もちろん、そう例えるには、騎士道精神が足りていないが、これはものの例えであって本物なんかではない。

 ルーチェはラティの肩を鞘付きのナイフで叩く。


 「私はね? 見下すことはあっても、侮ることは無いんだ。」


 「だからきっと長生きするんだよ。」


 ラティは先程からずっと小さな声で恩赦を懇願している。


 「...お前は黙って恨まれることもしないのか??」


 王様は鼠の襟首を掴み、耳元で囁く。


 「もしも、今日の件で私の大学の話が消えてしまったら、私達は会える時間が増えてしまうな? なぁ? いいか ? 何もするなよ? 分かるか? おい?」


 「――――――それにしても今日はもう暗いな?」


 ラティはくぐもった呻き声を出しながら地面に(うずくま)った。


 「じゃあね、また、明日。」


 そして夜も過ぎようとしていた。


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