18話 袋の鼠
これはララとコワルスキンが接触した少し後のことになる。
「クッソ、勝ち逃げしやがって。」
高原から町に向かって、ジェドが歩いていた。
(力押しが純粋に効かねぇし、火属性魔法には破壊力が無ぇし、なんか俺の放った魔法が奪われるわ。分ッかんねぇな、全く!!)
勢い良く花を踏み潰す。
「緊急事態ってなんなんだ!!」
「何が駄目なんだ!!」
そして前回の授業内容を思い返しながら勝ち筋について考えた。
「魔力切れ狙い、は...なんか違う!!」
魔法使いには弱点、魔法それ自体の弱点というのが存在する。
魔法を行使するには、不活性魔力を活性操作によって活性魔力にしてから、形成操作で意思を込める必要がある。この意思というのが魔法の形や加減を決める。
これが集中力を注ぐ作業であり、隙になりやすいことだ。
今相手が何をしている最中なのか状況把握が疎かになりやすい。
こうした形成操作の過程にある弱点を補うべく、魔法陣や魔導具を経由して、または言霊の力を借りて、成される場合もある訳だが。
......ちょっと待て、こんな授業やったか?
「そう、魔法とは実体化した意思な訳だ。だから、君の魔法が上達しないのは、物事に対する意識が普通の人よりも足りてないからでは?」
ジェドは顔を顰めた。あぁ、昔の記憶が混ざってしまったようだ。家庭教師の姿が脳裏に浮かぶ、解像度の低い顔面でも、嫌いなことだけは覚えている。
自然と作った握り拳の行き場が無かった。
そのまま、パラ=ティクウを実感出来る領域まで戻ってきた。
(殺気...?)
こちらの様子を窺う二人組を遠くに見つけた。見たところ年上のようだが、大人とかではなく、まだ子供、いや、この境界を彷徨いているような奴ら。
服装からして中層の住民らしいが、何故かここにいる。
周辺は家だった瓦礫の山が連なっており、視界が閉じている。
普段はここで吐き捨てられたガムの様に散乱している骸骨も間近な年寄りの浮浪者が、今は背景の小物を辞めて、目を見開き、白い息を吐く。
一体、何に興味を示したのか。
間も無く、ジェドの脳天に鈍い衝撃が走った。
「...あ゛ぁ?」
自らに降ってきた石ころを見つめて。
「あ?」
痛む頭を触った手が血で濡れていて。
「はァーあああ!??」
ジェドは先程の怪しい二人組をもう一度確認すると、お互い顔見合わせており、それが何か変なので、だからアイツらで、目を離した瞬間に投げ、衝撃のした方向的にもそっち、いや、もうアイツらでいいや。絶対に殺す。殺す。
妙にグラつく思考で加速していく敵愾心は無論正気の沙汰じゃない。
だが、その中にあっても彼は慌てて追い駆けることはしなかった。
むしろ、ご近所での散歩の如くゆっくりと近付いていく。
殴り合う為の体力を温存しているのだ。喧嘩を売ってきたのは向こう側、ならば慌てずともやって来るので、ここに浪費せず。彼は14歳、相手は恐らく年上×二人組、元からある体力差を広げるような真似をせず。
言わば、嵐の前の静けさ。
些か小走り、か。
急かす様に胸が早鐘を打つ。
それから距離を半分以上詰めた時になってようやく。
二人組の片割れがこう告げた。
「...ワタシに恨みはありませんが、アナタはやり過ぎてしまった。」
「はッ? そりゃどういう...。」
その直後、ジェドが真意を聞き終えるよりも先に、微かにでも背後の方から複数人の足音が聞こえてしまって振り返る。
瓦礫の裏から、一人、二人、誰かが固唾を呑む頃に、四人目が現れた。
「あ゛ぁ、なんで俺相手に挟み撃ちだァ??」
「マジでふざけやがってッ!!」
「本当にやんのかよ...!?」
一匹狼は引き攣った頬を懸命に動かす。
「――――――全員纏めてヤッてやらぁぁッ!!!!」
ジェドは取り敢えず目の前の二人を倒しに向かった。
この様子を先程の浮浪者が笑おうとしたが、喉から声が出せない。
風邪の日に見る悪い夢みたいだ。
パラ=ティクウには粉挽きを代々生業とする一族がいる。
町の郊外にいる農民やティクウス家の小作人などから穀物を預かり、手数料としてその一部を徴収して、風車を動かして製粉している。副産物の糠は家畜のエサ。暇な冬季はお酒の醸造。偶に大きな都市まで行って商売も行う。
ビルケール文化に所属し、オオド神話の太陽神ケテオネールを信仰。
保有資産に関しては、現金350ペタル相当、パラ=ティクウ上層に家一軒、風車一基、倉庫二棟、ガチョウが30羽、羊飼いに預けた羊が25頭。
この家に産まれた赤子は回る風車を死ぬまで目にするだろう。
「こいつ死んでいるのか。」
そこは蝋燭が一本だけ灯る薄暗い部屋だ。
「あっ、動くか。」
そこで粉挽き一族の次男が机の上、布で蓋がされた瓶の中を覗いていた。
「...。」
丸く肥え太った鼠がいる。神経が弱り切っていて体の所々が麻痺をしており、もはや生きる気力のような抵抗すら無く、だが稀に動く。
鼠は雑食で何でも食べてしまう。しかも、多産な上に病気まで媒介する。
次男は急いで裁縫道具の入った籠を机に置き、そこから錆びた針を摘まんで持ち上げて、瓶の蓋の上で先端を躍らせて、胸が高鳴り、突き刺した。
すると、鼠はゆっくりと藻掻き苦しみながら、口元にきた自らの尻尾を噛み締め、時間を掛けて、そのまま食い千切ってしまった。
「馬鹿だ、こいつ。」
本当に楽しかった。
誰に何と言われようとも本当に楽しかった。
だが、それは趣味というには余りにも、本気が過ぎていた。
(...あ゛ぁ゛?)
ジェドが目覚めた。頬を伝って地面に染みる汗を見た。そんなことよりも身体の節々が熱くて痛い、瞼に力を入れても狭い視界、いつの間に地面で寝たんだ。
心臓の鼓動する音が耳の中でくぐもってうるさかった。
しかし、まだ揺れている世界では動きたくない。
(そうかよ、俺は気絶したんかよ。)
(訳の分からん連中にボコられて。)
前方から足音が近付いてくる。
「......上の兄弟と剣の試合で何度かこうなったが、その後は医務室だった。やっぱり、今日のような最悪には続きがあんだろう?」
そして、頭を上げると奴がいた。
「誰だ、お前?」
「ラティ・ハイドだ!! 忘れるなっ!!」
ラティ・ハイド、19歳。粉挽き一族の次男坊。好きなことは物事が上手くいく時、好きな食べ物はエンドウ豆、将来の夢はこの町の名士なり。
少し前にジェドから受けた痛みが気に入らない。
「...この前の借りを返しに来たんだ。」
興奮で背中を震わせる。
「お前はクズだ。」
「どうせ、それも分かってないんだろ?」
「いいか、底辺のない三角形は存在していないんだ。」
「だから、恥ずかしがらなくてもいい。誰にだって向き不向きはある。お前は人間に向いてなかっただけなんだろ、なっ?」
誰も聞いてもない持論を語り出して帰結する。
「気色の悪ィ奴が。」
ラティはジェドの頭を問答無用で踏みつけた。
「――――――ッ、その汚ねェ足を。」
あとは体重を掛けるだけ。すると、泥水が周囲に飛び散った。
「...フハッ!!」
ラティは確かめるように笑いながら顎に手を添えた。
ジェドは口の中に入り込んだ異物の所為で咳き込んでいた。
それから、ジェドを襲った奴らはどうだ。六人いる内の一人はそう、如何にも怪訝な表情で、卵料理を食べて殻でも噛み締めたかのように。
やはり、問い詰めることにしたらしい。
「おい、ラティ。」
「...なんだよ。」
「お前が班長の命令って言ったから、俺らは来たのに、なんでお前が一人で気持ち良くなっているんだ。というか、ルーチェはいつ来るんだ。」
「別に今はそんなこといいだろ。」
姑息な鼠は、わざわざ家から持ち出した鞘付きのナイフで手慰みしつつ、目の前にいた哀れなはずの猛獣をどうしようかと振り返ると。
一瞬だけ、視界の端で、睨む視線は依然鋭くあり。
勘違いかもしれなくても、そう見えてしまった。
「...まぁ、もういいか。」
そう言った後、ラティは他の誰よりも我先にと去っていく。
それから時間が少し経った頃に。
地面で眠るジェドの頭を愉快に叩く白熊型の精霊がいた。




