8話 教会の朝は早い
小鳥の鳴き声が点々と聞こえる爽やかな朝。
ロスト・ララは起き上がった。
「ここ、どこだ...。」
思い出そうにも頭の頭痛が痛いのなんの。
(いつ寝たんだっけ?)
そして朧げな視線の先、寝惚け眼にてオキュマスを捉えた。
そこで自分が教会に居たことを思い出す。
荷物を隠さずにそのまま寝てしまったようだが、荷物が盗まれた形跡はなし、慌てるような事は何もない。
(確か昨日オキュマスさんを待っていて、そのまま通路で寝ちゃったんだ。)
原因が分かって背伸びする。その最中にギガスが人を担いで教会の奥に運ぶのを見つけてしまった。何やら不穏な雰囲気だ。
これを不思議に思って近づくと病室が満員である。
横たわる者、皆手酷い怪我を負って呻いていた。
「僕が寝ている間に何が...。」
この独り言に答える声。
「ちょっとした抗争だ。そんな訳でララ頼むぞ、報酬は出す。」
通りすがったついでにといった様子で、オキュマスはララの頭に金属の箱をちょこんと乗せて教会の外に素早く退場。
箱の中身は針や包帯、医療道具の類。
つまりは手当を任されたと言う事で、取り残された彼は「まぁ、やるしかないか」と思いつつ病室に入って行った。
今のところ、彼は今後どうするか決めていない。
それを心の中に置いて怪我人の治療に移った。
病室は脚が壊死して切断しなければならない人、鋭い木片が頬に刺さった人、小指を落とした人など凄惨な有様。見てるだけで三回吐ける。
そんな多種多様な怪我をたった塗り薬と施術のみで対処しなければならない。
医者としては歳も技術も足りないララがだ。
無論、現時点ではどうしようもない者だっていた。
それならばと彼は患者の溢れだす汗を幾度も拭き取って、桶の水が黒くなったら取り換えるの繰り返し。
人間本来の治癒能力に任せる方針で。
そうしていたら、いつの間にか薬が足りなくなっていた。これを人に尋ねれば倉庫の位置を教えて貰って無事解決。
するにはしたが疑問は出る。
「いままでどうしていたんだろ?」
薬草が貯蔵されてはいたが、必要な種類を見分けられるのは僕一人。
ララは大層不思議がる。
その癖、薬は不足しているのに調合できるのも僕一人。
(なんで専門家もいないのに薬草が揃っているんだろう。)
そんな彼の背後には様子を見に来た女性陣。
時間が経つにつれて彼の作業を見て覚え、途中からは治療に交じり、ついにはロストを病室から追い出すに至る。
...はい。
ともかく、その苦労は膿や血の香りとして服に残った。
臭いを落とそうにも沼しか見当たらないのでこれには困った。
どこか近くに病人の手当に使える程の、綺麗な水がある筈なのだが、台所、濁った井戸、探し方が悪いのか見つからない。
治療の時に水を持ってきてくれた親切な人も見当たらない。
「これ...どうしよう。」
打つ手なしと服の惨状に落胆する。
その項垂れている所に野太い声。
「おい、暇ならこっち来いや。」
蛮族か何かと紛う声の持ち主、ギガスは手をこまねいてララを呼ぶ。
(ん、ちょっと待てよ。)
「あのギル、ギガスさん。水ってどうやって確保しているんでしょうか?」
「あ゛っ? あー、そんなら俺の用事と若干被るな。」
とのことで着いて行けば立派な扉に辿り着く。進む先はそこからお隣の暗い階段、壁はじっとりと水滴が浮かび、涼しい風が定期的に吹いてくる。
下に降りると渦巻く波模様の幻想的世界が広がっていた。
具体的に言えば、この部屋には貯水の為の窪みがあり、そこに張られた水に光が乱反射することで水面の模様が天井や壁に投射されているのだ。
要するに水の織りなす天然のイルミネーション。
「ここはどんな場所なんでしょう?」
興奮気味なララの質問。
「行儀の良い餓鬼だこと。教会周りの沼から吸い上げた汚水をよく分からん魔法で綺麗にして、貯める部屋だよ。後は知らん。」
そう言った次には樽を指差し。
「そんで頼みたい仕事ってのはこの空の樽に水を入れることだ。」
更に続けて。
「一杯になったら誰かに伝えてくれ。その辺の顔を知らん奴でもいい。」
「はい、いいですよ。」
「おう、そんじゃあな。...あぁーねっむい。」
欠伸をしながらギガスは階段を上って行った。
それにしても次から次へと仕事を貰っているけど、もしかして仲間扱いされているのだろうか。ララはちょっと頭を捻りながら考えた。
今の所そうするしか道がないとしても、いつしか出て行かなきゃ。
(でも、どこへ?)
それを考える上でも彼は教会で暮らす必要がありそうだ。
「んじゃ、やりますか。」
まずは目の前からと、ギガスの口調を真似して言った。
水源に服の酷い臭いが移ってしまうのはいけないと、ララは備えてあった桶に上着と水を入れて、入り口辺りに放置。それからは作業に没頭するのみ。
しかし、樽に水を入れだけの単純なお仕事。
それを長時間ともなれば当然つまらない。
そこで彼は二つ三つの口笛で心を誤魔化して、味のない時間をやり過ごし、ついには樽を水で満たし終えた。
(終わった。終わった。)
ルンルン気分でぐしょ濡れの上着を取り、報告をすべく人を見つけようとするも見つからず。その代わりに祭壇の方から声を聞く。
どうやらオキュマスのようだ。
教会に入ってすぐ手前、何かボロボロだったようなあの祭壇。
ララは歩きつつ聞いた。
「昨日の失態は尾びれを持って今日に繋がる。」
祭壇前、その場にいる誰もが静かに聞いていた。
聖職者の語りでも聴くかのように椅子に座り。
「無魔人が有魔人に劣る物とは何だ? 魔力だけか? それとも手に取る武器の弱さか?」
「私にはその全てを教示する知恵がある! 故に問う! お前らはどうしたい!! どうなりたい!!!」
それに答える各々の声。
「勝ちたい!」
「生きたい!」
「強くなりたい!!」
希望へ手を伸ばしたその先に。
「そうだ! これは革命ごっこなんかではないぞ。生きる選択をごっことは呼ばせん。生きる権利を我々は勝ち取るだけだ!!」
「「「「オ゛オ゛オォォっーーー!!!」」」」
圧倒、熱を持った声の嵐が沸き起こる。
心を震わせる者がいた。
しばらくの時が経つと、さざ波に転じてから静かになった。
その熱気は飲み込まれたくなる怖さがある。
ララとしては誰かと戦って怪我をしてほしくはないのだが、傷付かずに得られるものがどのくらいあるのかと思うときっと少ない。
「水は入れ終わったか?」
後ろを振り向けばギガスさん、オンボロな人間を担いで再登場。
「はい、ギガスさん終わりましたよ。」
「次の仕事行く前に朝食を食ってこい。あぁ、飯食うところはあっちだぞ。」
それを聞いてララの腹は減り始めた。
「朝食ですか。」
ギガスの指し示した方向は水を汲んだ入口の隣。
豪華な扉を開くと縦長な部屋。手前には机と椅子、奥には竈やまな板。
全体的に質素な装飾だが綺麗にされており、日光でちゃんと明るいだけでも、他の部屋に比べれば豪華に思えてくる。
だからこそ落差が大きかった。
「豆ばかり。」
鍋の中、煮えた豆がごった返していた。
豆は発芽の為に栄養価を多く保持し、ビタミンもさることながら保存性にも長け、食料としては最高の部類に入る。
だとしても、オンリーワンとなるとちょっと。
(今までが可笑しかったんだ。)
そう思うことにしてロストは椅子に座った。
村での生活が豪華過ぎただけ。
改めて、ご飯に感謝して手を付ける。
一口目、木のスプーンで口の中に放り込む。
これがなんとも筆舌に尽くし難い味であった。
豆々しい淡泊な味気無さが舌を突き、よく味わえば塩気がほんのりしてくるが、正直に言えば水の方が味がある。
なんだろうこれ。
(本当になんだろうこれ。)
ララが未知との遭遇をしている所に乱入者。
「前いいかな?」
「はっ、はい。」
エメラルドの瞳の綺麗な女性。
「私は魔導技師アリス。あなたの名前は?」
気のせいかどこかで聞いたことのある声だ。
そんな事を思いながらララは答えた。
「僕の名前はロスト・ララです。」
「そう! 良い名前だね。」
名前を褒められて喜ばない人間はそうそう居ないであろう。
アホ面でララが微笑んでいると彼女は言う。
「多分、貴方って昨日に来た子でしょ? だから教えてあげちゃうね。」
(何をだろう予想がつかない。)
「実は昔、この場所に祭司様がいた時代にはね。沼は透き通った湖で、綺麗な花々がこの教会の周りに咲いていたんだよ。」
「そうだったんですか!? 想像もできませんね。」
それを聞いて彼は思った。人が住まう土地、その周りの水質悪化は避けられない事態なのかもしれないなと。
それが見当違いであるのは本人のあずかり知らぬところ。
「そうだよね。」
アリスは言った。
「面白い事にね。それをやったのはアーマレントの貴族共なんだ。もっとちゃんと言えば下水を池に垂れ流しにして汚染したんだよ。わざとね。」
「えっと、一体何の為にですか。」
彼女の揺れ動く髪先に視線を奪われながら返事を待つ。
「それはカーラス地区に住んでいた無魔人を困らせるためだよ。特に池周りには沢山住んでいたから...。」
「話は変わって、教会にいた祭司はね。池の浄水をやってたんだけど、なにやっても綺麗にならない池に業を煮やして。」
「最後には自殺しちゃったんだ。ここで。」
「えっ!? 」
清聴していたララもこれには驚く。
「ほら見て。天井の支えに縄が縛ってあるでしょ?」
天井を指差しながら当時の生々しい状況を事細かに解説し始めた。
なんと現場にあった骸骨の形状から、蛆虫の群れ、夜間に動く死体のエピソードまで添えたフルコース。
あらやだ、この人怖い。
そんなララの反応を楽しみながらニヤリと笑って。
「気に入った。」
そして突如として突き出された黒い球体。ついそれを条件反射的に見てしまった瞬間、ララの視界は黒く塗りつぶされ、いつの間にか体が倒れていた。
全身の筋肉は弛緩しており動くことを拒否している。
自分の意志に沿わない恐怖に混乱を抱く。覚えのある恐怖だ。
そんな時、アリスから声がかけられる。
「地獄はお好きかな? 私は大好き、だって...。」
その先を聞くことなくロスト・ララの意識は理不尽にも吹き飛んだ。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
やがて視界に色と形が取り戻されるのを感じて、瞼を数回パチクリとさせると僅かに意識が正常化。完全な覚醒とまではいかないが。
それで辺りの状況を確認すると、どうやら牢屋の中らしかった。




