始まりの男
そこは魔法と半端な科学が入り混じる歪な世界。銃が放たれ、竜が飛ぶ、ここの住人達は地球とは程遠い進歩を辿っていた。
そんな世界に月と比喩される大陸がある。
ある日、この大陸の中央では小さな戦いが起ころうとしていた。
森を背にした寂れた城、そこを目指すは数千の軍勢。
この最後尾にいる訳ありそうな男から話は始まる。
男の名はダンカン・ライト。子供の頃、憲兵だった父と薬種屋の娘だった母の元で育ち、何不自由のない生活を送った。
年月が経ち、賄賂を受け取らなかったことで殺された父と、巻き添えで殺害された母を見て、これが世界だと知らされて。
大人となり、亡き父の親友の伝手を頼って憲兵になると、王へ仕える仕事の合間に仇を探して彷徨った。
そうして見つけたのだ。
晴れ晴れとした天気の下で声が響く。
「散兵、突撃ィっ!!」
軍団長の合図だ。開戦を知らせようと太鼓の鼓動が大地を揺らす。
これに応じて敵を殺すべく兵は動いた。
しかし、そのある種の狂乱の籠った場を目にしても、ダンカンの中には決して暖まらない心が、胃が冷えたかのような錯覚があったのだ。
それは熟成された未練であり、殺意にもよく似た暗い感情である。
これが解消される時はもう近かった。
ドォォッーン!!
世界を揺るがすデカい音。突如として軍の前方では黒煙が延々と高く大きく広がり、油絵みたいな綺麗な青空を汚く塗り潰していった。
その爆発音があたかも本当の開戦の合図だったかのように、後方の隊へ、憲兵隊も含めて、出撃の指示が出された。
後塵をかぶって兵士達が朽ち果てた町を進む。
辺りを警戒しながら前を行く。
後方だからと言って安心する理由には足り得ない。
崩れ落ちた瓦礫から、あるいは死体の中から、敵は立ち上がり、勝ち目のない戦いだと知っていても武器を構えて挑みかかってきた。
そして彼らの蛮勇はいつもダンカンの剣によって挫かれた。
彼の剣は剃刀のように鋭く、骨ですらいとも簡単に断ち切る代物。
それもその筈、ドワーフによって鍛えられた一等級の鋼鉄に、宮廷魔術師の強力な付与魔術、それらを組み合わせた最高級の武器。
その特別さ故に王から貸与される決まりにあり。
敵陣の半ばまで来た頃、既に彼一人で十人は斬っていた。
これを危険視した敵方の魔法使いが現れる。そいつは蔦を魔法で操って、剣を奪おうと一直線、自らの手の如く動かした。
だが、願い叶わず斬られて終わり。
と、油断させた所で第二の手。地面を潜らせていた本命を、しかしダンカンに土ごと斬られて、そのまま距離を詰められてしまう。
そこで魔法使いは両手を挙げた。迫り来る刃に止むを得ず降伏したのである。
この様子に勝負は決したと大勢の敵が敗走していく。
「この程度とは物悲しい。」
その背中を見ながらダンカンは嘆いていた。
何故ならば親の仇、人生を使って追った相手が、チャールズ・アーズベルという名の男がそんな情けない彼らの主人であったからだ。
その男は昔、南の辺境で畑を耕していただけの平凡な農民だったらしい。だが今や貴族として私兵を率い、こうやって戦争の引き金になっていた。
けれど、そんな農民がどうやって貴族になれたのか誰も知らない。
噂では、チャールズは賄賂と暴力を使った処世術が上手いらしく、彼に関わった誰も彼もが恐れて口を閉ざしてしまうという。
ただ残念な事に、今回の戦いはそうした暗い事情が明るみに出たからではない。
これはチャールズが政戦に負けた闘争の果て。話は少々複雑、奴は他国の貴族であり、数日前に処刑を拒んで廃城に引き籠った愚か者。
そしてチャールズの国とダンカンの母国は同盟関係にあった。
つまり、ダンカン達は国家間の友好を示す為に派遣されただけに過ぎず。この戦争は彼の努力によって実現できた訳ではなかったのだ。
復讐の発端と全く違う要因により身を滅ぼした仇に、最後に関われた喜びと、その程度の存在であったのかと思う残念さ。
ダンカン本人もまた複雑である。
チャールズの城を取り囲む城壁の門。ここに憲兵隊が到着する頃には、先遣隊が斧を使って黙々と門の破壊に勤しんでいた。
これを邪魔しようと敵が壁の上から弓を撃つ。
「時間がかかりそうだな。」
味方の魔法で敵は落下。
「みたいですね。」
その呟きに部下が反応した。
彼ら、憲兵隊は、ダンカンがこの作戦の司令官に無理を言い、見張りの役目を貰ってここにいる。なので、基本的に軍の後方から離れる訳にはいかないのだが。
この場所以外でも戦いは行われている。もしも、ここより先に味方の軍が突破したならば、仇の最後を見るまでもなく戦争は終わるだろう。
「この場は任せたぞ。」
と、その言葉に。
「隊長、ご武運を。」
仇の件を知ってか知らずか部下達は引き止める事はせず。
それどころか応援を添えて送り出す。
そこからダンカンは苦戦続く城壁を見上げてみた。
身の丈三倍の高い石造りの壁ではあったが、壁面に存在するいくつかの窪みや突起を駆使すれば何とか登れそうではある。
試しに手足をかけ、しっかり体重を支えると分かると、そのまま急いで上に登り詰めて行こうとした。
「なんだっ、こいつは!!?」
すると、そんな彼を落とそうと弓引く者が頭上に現れた。
弦を引き絞る。これに対してダンカンはとっさに壁を蹴って体勢を変えると、直前まで頭のあった位置に矢が通過する。
敵は慌ててもう一射しようと矢を掴んだ所、憲兵隊の矢を必要以上に浴び、ハリネズミとなって壁の後ろに消えていった。
それで安堵している場合ではない。壁を登り切った後に待ち受けていたのは敵の群れ、弓の構え、それら全てがダンカンに差し向けられ。
「敵だ! 射て!」
そこで迷わず一歩前、壁の僅かな坂に身を滑らせて急下降。鎧と壁の激しい摩擦音、遅れて頭上に矢の雨が飛んでいく。
地面が足に、衝撃が足に、と同時にダンカンは腰から短銃を引き抜いて。
着地と同時に撃った。半ば無意識で放たれた弾丸は無差別に、耳障りな破裂音と共に誰かを地獄へ送り出す。
敵の一人がその不幸な誰かに目を向けた。
ダンカンは抜刀、次はそいつに目掛けて剣を一振り。小指共々武器を斬り飛ばして、返し刀で防護の薄い首元に追加の一撃。
その後、素早く剣を引き抜く為に蹴り飛ばす。
最初に取れたのは敵の首、その光景を見た敵兵達は我先にと逃げて行った。
「やはり、たわいないな。」
すると、キィンと甲高い金属音が耳元で鳴った。
焦りを覚えながらダンカンは剣を背後に差し向けてみるも無意味らしかった。
「あまり油断してくれるなよ。」
見知った顔がそう言って城壁の尖塔に短剣を投げつける。
その弾道は城壁の尖塔に伸びていき、朝日の中に人一人分の影を作った。
「そんな歳で耄碌したか? それとも仇の前だからか? どちらにせよ敵地で気を抜くのは止めた方がいいぞ。」
「いや...すまない、ダットン。」
ダンカンは守ってくれたと理解して声をかける。
男の名前はダットン・ライト、今回の作戦では先遣隊の小隊長であり、ダンカンとは数十年来の付き合いがある幼馴染でもある。
その指揮官がどうして味方も連れずに前衛にいるのだろうか?
何かを察してかダットンはこう説明した。
「新兵の為に敵の数と質を調整していたんだ。道中は屑みたいなのしかいなかっただろう。無意味になったようだがな。」
ダンカンは頷く、確かに手応えは全くなかった。
だとしても違和感が残る話だが。
「それはそうと、ダンカンこそ何をしに来たんだ。」
「無論、チャールズを絞首台に乗せるためだ。」
今までの罪を全て清算させるため、チャールズを法律の下で適正に裁く。それがダンカンの夢である。
もう既に、素直にはそうならないのが現状だとしても。
「まだ殺さずに捕まえる気なのか。...そうだ、俺はそろそろ門を開けに行かないとな。」
ダットンは言った。
「ほら、さっさとしないと新兵が城になだれ込んで、チャールズを刺し殺すかもしれないから、今の内に捕まえておけよ。」
「あぁ、分かっている。」
それで二人はそれぞれの目的地へ。
ダンカンの道中は何もなし、さしたる邪魔が現れずに進んでいく。
そして敵の本拠地、仇の目前にまでやって来た。
近目で見たらよく分かる。近年まで廃城であっただけに造形の程は急ごしらえ、壊れた箇所には板と釘、中途半端に修復されたような様相である。
それでも最低限の設備は備えてあった。
ダンカンは城内に入るため、あの重厚な鉄の城門をどう開けようか考えていると、願わずにもあちらから開かれた。
「袋叩きにされたい奴がいるみてぇだな。」
「馬鹿なやつ、数の暴力を教えてやる。」
そこから槍や斧を持ったチャールズの私兵たちが湧いて出る。
ざっと見ても十人以上、この数を倒すのは流石のダンカンでも骨が折れる。
そこで彼は腰の袋から毒の粉を一掴み、辺りへ撒くと同時に風魔法で旋風、自身を中心に粉が舞い、巻き込まれた敵兵は困惑と恐怖で逃げ惑う。
あれを喰らえば目に焼き付くような痛みあり。
それから後はこの場に踏みとどまる殊勝な者が残るだけ。
「お前らも見掛け倒しか?」
ダンカンが挑発をすると。
「はぁ? 糞野郎ぶっ殺してやんぞ!!」
一目散、大男がお似合いの棍棒を握りしめて襲い来る。
最初の攻撃は振り下ろし、そのお陰で弱点な腹はむき出しに、あんな大振りな攻撃よりもダンカンの剣の刺突の方が早い。そして貫通した。
相手の得物は空振りの末に地面を跳ねる。
これを見た敵兵達は感嘆した。
そこにダンカンは剣を掲げて叫ぶのだ。
「次は誰だ!!」
それが決定打となって敵は逃げ出す始末。
「...いくらなんでも手応えが無さ過ぎるような。」
仲間が死んだら血相を変えて襲うとは思うのだが。しかし、最後の抵抗とはこんなモノだと納得するしかないのか。
こんな事を考えながら最後の門を潜る。
「っ? どういう事だ!!」
ダンカンはつい叫んでしまった。チャールズがいた。
間違いない。間違いない。扉を開けた先のすぐそこで、彼は椅子に腰かけて、手に持ったパイプの吐き出す白い煙をつまらなさそうに見つめていた。
その痩せ細った顔付きからエメラルドの瞳を輝かせる。
あの顔を忘れたことはついぞない。これで会ったのは二度目、ダンカンは身を焼くような激しい怒りを感じた。
だが、心を噛みしめ。
「あぁ、チャールズ・アーズベル!! 聖ユーマ王国の名の下に、お前を謀反の容疑によって捕まえる。大人しく手を出せ。」
無関心を極める。チャールズは溜息と一緒に魔力を吐き出した。
彼についてよく聞く話は「農民にしては魔力量が多い」「奴は人か?」「生まれつき体は弱いが、彼の魔法は決して侮れない」など、魔法関連が多い。
ダンカンは縄を構えながら近づいた。そして噂通りの魔力を感じる。
「クリフの息子か。あぁ、その顔は賄賂を断った時と似ている。」
ようやく開いた口でそれだった。彼はまだ何か言った。
「ふむ、だがな、私としては君を殺人罪で捕まえてみたいところだ。」
「君の両親は泣くに決まっている。私の息子は合法的な殺人者、国に飼われて毎日未亡人作りだなんて。おっと、死んでいるから出来ないか。」
ダンカンは限界であった。
「黙れ! お前のくだらない野望の為に何千人が死んだ! しかし、その努力も今ここで絶たれる運命、人生の果てが牢の中だと知るが良い!!」
これに、チャールズはにやけ顔で告げたのだ。
「そこで君にお知らせがある。」
背中が熱い。その先を聞く事は出来なかったが意味を知った。
触ってみるとズキリと痛む。その原因、背中に刺さったものを抜くとそれは短剣、何よりの問題は見覚えのある物だった事に尽きる。
「ダットン、なぜだ?」
振り返るとそこにはダットンがいて、彼は質問を無視して通り過ぎると、チャールズの腕を縄で縛り上げた。
そこで訳が、意味が分からなくなった。
チャールズが少し待てとダットンに命令すると、どうしてか従うばかり。それを見た彼は下卑た笑顔を浮かべて。
「君らは治安の為に殺し、私は野心の為に殺す。何も変わらないのさ。目的が違うだけでどちらも変りないことなのさ。仕方無いんだよ。」
「だが、私は君らと違って敬意を持って覚えているんだ。今まで殺した人間の名前を全て覚えている。」
「これから殺す人間の名前も知っている。」
より一層に口角を上げて。
「なぁ? ダンカン・ライト。」
そして、か細い脚からとは思えない脚力で頭部を―――。




