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日常

 音楽堂の傍に寄ってみると、ピアノの前奏が聞こえてきた。

 

 放課後にピアノを弾く人。そしてこの曲の名前は、ベートーベン第五曲『運命』。

 

 たったそれだけの理由だけど、その伴奏者を特定するのは容易だった。


 特長的な引き方。否、楽譜を忠実に追っていくメロディ。『特徴的』なんて思っているのはきっと私だけ。だからこそ、私には分かる。


 ────姫乃白。


 私の双子の姉であり、おそらく今音楽堂でピアノを引いている張本人。そして、私が今探しているものでもある。


 ゆっくりと音楽堂のドアを開けると予想通り、私の探していたものがあった。


 「白、どうしてこんなところにいるのよ」


 ピアノの戦慄が止まる。

 その小さな体格には大きすぎるピアノに身を潜め、そのピアノを手足のように扱っていたのは予想通り、姫乃白だ。


 「ピアノを弾きたい衝動が止められなくてね」

 「麗奈先輩から『無許可で楽器を使うな』って止められているはずでしょう?」

 「まあまあそんなことよりも、ほら、そこに座って聴いててよ」


 私の話を聞かずに白はパイプ椅子を用意する。

 ……ま、別にいいか。音楽堂は防音だし、私も近寄らないと気付かなかったし、多少しぐらい弾いてても多分バレないはず。


 白に扇動されてパイプ椅子に座る。

 白は再びグランドピアノの前に座る。べダルに足をかけ、鍵盤に手を添える。静寂が音楽堂を包み込み、自分の身体にピリピリと緊張感が走っているのが分かる。

 

 …………

 

 静まった音楽堂で、白はゆっくりと、それでいて激動を描くように音を響かせ始める。

 その特徴的な始まり方は他の楽曲よりも圧倒的な迫力を感じさせる。それも白が弾けばもっと深いイメージを持てる。例えば、この特徴的な音は、ドアではない何かにノックをするイメージをさせる。加えて激しい流動を伴っている。そのドアのようなものの奥には脈打つ荒波が潜んでいる。単なる津波……と言うよりかはその津波に抗う生命を描いている。

 まるで、運命に抗うのが自分の運命なんだと言っているかのように────


 「辞めなさい」


 不意に、音楽堂の出入口から、今一番耳にしたくない声が降ってきた。その声の主を見た白は、すぐさま手を膝に収める。

 私も白に向けていた体を声があった方に向きなおして、その声の主を自覚する。


 ――――やはり、加藤麗奈(かとうれいな)先輩だったのね。


 麗奈先輩は白に身体を向けて話し出す。


 「私がいない時にピアノを弾くなと散々言いませんでした?」

 「すみません! つい、弾きたくなってしまって……」


 白は生真面目に真実を言って頭を下げる。……適当に誤魔化せばいいのに。

 そんなことを思っていると、麗奈先輩は順当に私にも質問をしてきた。


 「玄香は何をしてたのですか?」


 矛先が私に向いた瞬間、体の端々がびくついている感じがした。そんなに睨まれながら声をかけられるとその圧力につい萎縮してしまうのは当然……

 そんなことより、このままだと白がピアノを弾くこと自体を止められるかもしれない。好きなことを抑制されることは私も好きじゃない。例えそれが他人のことだろうと。

 そうなると、私には一つしか選択肢は残っていない。


 「えーと……私がお姉ちゃんのピアノを聴きたくて、我を通しちゃったんですよ」

 「バカ……」


 そんなこと言わなくても……

 せっかく白のためにやったのに。まあ、実際止めさせなかったことを踏まえると、私にも責任あるからいいんだけど。

 麗奈先輩は呆れたように一つ溜息を入れて再び喋り出す。


 「まあいいです。今度からは私のいる時だけにしてくださいよ」


 あれれ。

 意外にもあっさり済んでしまった。


 白は『すみません』と、反省の意を込めているかのように一礼する。私もそれ続いて頭を下げる。……こんなにあっさり終わってよかったのだろうか。

 しかし麗奈先輩は特に何も返答せず、時計を見ている。


 「あと、そろそろ下校時間ですので帰りますよ?」


 そういって、私達を扇動するかのように外通路に出る。

 本当にどうしちゃったんだろう。

 麗奈先輩、いつもよりも優しいすぎる……私たちが悪事を働くときにはいつも鬼のような形相で叱るのに。ある意味この優しさは怖いな。なによりも『仕方ない』といった妥協を感じさせる顔に腑に落ちない。ただ単に忌み嫌われていなければいいんだけど。

 ……そういえば、なんでピアノを単独で弾いちゃいけないんかも知らない。 『貴重品であるピアノを私達に扱わせない』といったことなのだろうか。麗奈先輩には威厳があって、厳しくて面倒見がいい分、個人的な質問はしずらいからなあ。


 「ほら、玄香。早く行くよ」


 白はいつの間にかピアノをかたずけて、荷物をまとめ、外通路に出ていた。

 私もパイプ椅子をかたし、音楽堂を跡にする。


 ……とりあえず、早く帰って途中だった本を読もう。

 

 ✱


 

 鍵盤蓋を開け、座る位置を修正し、ペダルに足をかけ、鍵盤に手を添える。手慣れた所作だ。

 楽譜通りに弾く白は、何故か楽譜をセットしない。彼女曰く、『楽譜をセットしなくても一度楽譜を見れば覚えられる』とのこと。どこまで超人なんでしょうか。

 演奏する準備が整うと、流れるように楽譜通りのメロディを奏で始めていた。


 ────やっぱり綺麗。

 何回聞いても、白が奏でる戦慄には人の安息を謳っているように思う。

 『聞いた人を幸せにできる』だなんて、私も早くあんなふうに弾けるようになりたいな。私も白と同じピアノ教室に通っているんだから、同じことができてもおかしくはないはずなんだけど。


 「玄香、どうしたの?」


 唐突にピアノの戦慄が止まる。どうやら、私が考え事をしているのが白にも伝わったらしい。聴力も超人並って、不公平すぎるでしょ神様。


 「早く私も上手くなりたいなあって」


 白みたいになれたら、きっと毎日も楽しくて、ピアノを弾く時間が恋しくて、音楽が愛おしくなるだろうな。それに、コンサートでも大活躍できる。特別になれる。そんな充実した毎日を送りたい。

 「そう……まあ、私ぐらいのレベルだったら玄香もすぐなれるわよ」

 ────まただ。

 時折見せる褒め言葉を甘受することを拒むような態度。白には、色んな人が褒め言葉を与えてきた。なんたって白は、

 

 学業優秀。

 スポーツ万能。

 料理も裁縫も出来て、音楽も高成績。

 顔もスタイルもいい。

 

 といった、小学生に言う言葉じゃないけど、完璧超人なのだ。誰でも憧れる学校の才色兼備。誰の追随も許さない、クールビューティ。……誰なの私の姉にこんな名前つけたのは。

 白を見て張り合おうとする人も褒めない人もそうそうお目にかかれないくらい、ただひたすらに完璧な存在なのだ。

 だからこそ、褒められたときに見せる白の表情は私は気に入らない。全てを持っているのにその全てを否定するような態度が気に食わない。


 「玄香? どうしたの?」

 「いや、なんでもないよ」


 こんな感情、いえるわけがない。

 これはただの私情なわけで、白に伝えても理解してもらえるわけがない。別に単に自己解釈して決めつけているわけではなく、そう考える根拠はちゃんとある。

 ――――私の感情を白が知ってしまったらきっと、それから一生、私に気遣ってしまう。そんな煩わしくて居心地の悪い日常をおくりたくはない。私はただ、本物の関係が欲しい。気を遣うことだけの自己満足に走るのではなく、その自己満足すらもお互いに許容しあえる、そんな関係が欲しい。

 ……だから、この感情は言えない。


 「なーに話してるのー、お二人さん」

 「また内緒でピアノ使う作戦でもたてているんじゃないかな」


 ……と、色々と考えている間に、同じ音楽部で4人組以上のペアに分かれるときにいつも一緒している、妙海桜那(たえみるな)佐久間由宇(さくまゆう)になにか詮索をされていたらしい。

 そういえば、由宇と桜那とはいつも仲良くしているおかげで、ピアノを勝手に使う件をつい、教えてしまったのである。部内には広げない約束は守ってくれているらしく、ある意味広げないせいでそれを独占して、ネタ扱いにされてしまっている。この状況がまさにそれなのだ。


 「でもさあ、いくら月曜が部活休みでピアノが大好きだからと言っても、ピアノ教室もあるんだし、わざわざ学校の音楽堂を選ばなくてもいいんじゃない?」


 由宇は不思議そうに言う。

 確かに由宇の言う通り、学校でやる意味はあんまりないように思える。家にもグランドピアノがあるから尚更だ。いったいなぜ白は学校を選ばなかったのか……


 「そんな深い意味はないわ。ただすぐにでも弾きたかっただけよ」


 すぐに弾きたかった……?

 それにしては、私が疲れ果てるまで学校中を探した後、前奏が流れ始めた。曲の区切りが丁度ついていただけかもしれないが、そしたら、もっと早くに麗奈先輩が気付いているはず。ゆえに、時間矛盾がおきるのだ。


 「白はほんとにピアノ大好きね」


 桜那も何にも指摘しようとしない。

 ……明らかに白の解答おかしい部分がたくさんある。


ここで自己紹介。

cloverです。宜しくお願いします(それだけ)。


そして、主人公は作中に名前を出していませんでしたが、『姫乃玄香』と言います。どうぞお見知りおきを。


さあ、2話にして「太陽」「音楽」とこの作品の二大項目が出てしまっていますが、まだまだ続きます。次話も是非。


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