転生窓口業務がかなりしんどい件。
五皿目。お待ちかねのドルチェです。
比較的口当たりのさっぱりしたテンションとお話ですので、軽い気持ちで楽しんでいただけたら幸いです。デザートのくせに少し苦いソースが混じっている? ……それも味の一種ですよ。
私は死んだ魂と面接し、異世界に転生させるか天国のようなところで過ごさせるかを選り分ける仕事をしている。正直言って、大変だ。話のわからない馬鹿か、時折やばい奴が来る。
「ふざけんなこの野郎!」
大仰な怒りとともに、テーブルが強く叩かれる。もう何万回と見た光景に、私は今更驚くこともなかった。逆に、「またこのパターンか」と心底冷える。
「なんで俺が転生できないどころか天上の監獄で懲役食らうんだよ!これが役所のやることか!」
あまりにも頭の悪い客に、私はズキズキと痛む頭を抑えながら話し始めた。一応公務員。相手を傷つけるようなことは厳禁だ。
「あのですね大川さん。ご自身が生前どんなことされているかをご存知ですか?」
資料を持ち出し、目を通す。
「彼女とできちゃった結婚をしたまではいいものの確定申告すらしない『自称』パチプロで、負けた腹いせに奥さんへ暴行ふるったこともお忘れではないでしょう。パチンコに費やしたお金も自分の貯金が尽きれば奥さんからむしり取り、お腹を大きくさせた奥さんがせっせとパートする始末。奥さんは愛想をつかせて夜逃げ。情報をつかもうと市役所へ詰めかけるも情報を開示されないことへ激怒した挙句市職員2人に暴行。迷惑しかかけていないあなたがなんで天国に行けるとか転生できるとか思っているんです?」
どうでもいい話だが、私は前世大手企業の受付嬢だった。しかし同棲している彼氏と喧嘩している最中、首を絞められあっさりと死んでしまったのである。思い返せばその彼氏も、目の前の大川みたいな奴だった。基本的に自分のことしか考えないし、少しでも目論見から外れると声を荒げる。クズは似るのかもしれないなと、ぼんやり考えた。それと同時に、逃げ延びた元奥さんにはこれからも頑張っていただきたいとエールを送ろう。最近は母子家庭も多い。市町村役場にちゃんと相談すれば、いろいろなことだって教えてもらえる。頑張れ元奥さん、負けるな元奥さん。
閑話休題。
「死ぬ前に猫を助けたじゃねえか!そのせいで俺が代わりに車に轢かれたんだぞ!」
「猫を助けた『だけ』です。それで、それまでの悪行が帳消し或いはプラス方向に転がるとでも思っていたんです?」
「認めねえぞこんなこと!」
唾を撒き散らしながら叫ぶ大川を見つめる。こりゃきっと、死ぬ間際までこんな調子だったのだろう。逃げ延びた元奥さんは、逃げて正解だったようだ。
「お前みたいな平じゃ話にならねえ!上呼んでこい!」
はあと息を吐く。
どうしてこうも、理解の足らない客は言うことが同じなのだろうか。
「私が担当長です。そして誰を呼んだとしても、あなたへの扱いが変わることがありませんのでご理解ください」
「ご理解だと」
歯ぎしりしながら、大川が拳を振り上げる。その右手を、屈強な黒服がしっかり掴む。
「強引な手は嫌いですが、そいつをぶち込んでおいてください」
待てとかクソアマとか散々叫んでいたクソ客が、警備員に引きずられて署からつまみ出される。きっと猶予期間もなしに、監獄へ強制送還だ。
深く息を吐く。今日は一段とクソな客ばかりだなと首を回していたら、テーブル上に飴が落ちてきた。
見上げる。時折顔を合わせる『黒井』さんが、「お久しぶりです」と会釈してきた。
「久しぶりじゃない」
軽く答え、近況を尋ねる。今日はいくつかの世界からフィードバックを受けている途中で、ここへ寄ってきたようだ。
少し疲れ気味な黒井さんもまた、転生に関わる仕事をしている。現世で誰を転生させるかをスカウトする、『転生官』と言う仕事だ。
ちなみに、私は黒井さんの名前を知らない。黒い服を着込んで真っ黒だから勝手に黒井さんと呼んでおり、赤い服なら赤井さんだし青服なら青井さんだったはずである。以前同僚から、「じゃあその黒井さんが七色の服着てたらどう呼ぶんだよ」と言われたこともあったけど、その時は奇抜なセンスを是正させる。七色さんとは流石に呼べない。
さておこう。
「そういえば最近、妙な動きがあるのご存知です?」
勿論。
最近、不正転生者の数が急上昇している。きっとあらゆる世界の神がいたずらや暇つぶし感覚でやっていることだろうが、帳簿の数と実数が噛み合わないことはかなり困る。私たちお役所は書類や数字こそが命といっていい。今の所実害を被ったことはないが、このまま不正転生者が増え続けたら面倒になることだけは想像ついた。
「だから最近、いくつかの神様がことを重く受け止めて『対策』を立てているらしいわよ」
「なんともまた物騒な」
「このままだといつか世界同士のバランスが歪になるだろうし、対策立てるのも妥当といえば妥当よ」
具体的には、戦闘のみに超特化した存在を作り上げて、不正転生者を片っ端から排除するらしい。なんとも大雑把なやり方だが、所詮は神様の発想だ。私たちみたいに、普通な生き方をしている存在とはスケールが違う。またそうした人間が窓口に来たら案内するよう通達があるものの、今の所めぼしい人材が見つからないのも現状だ。普通に考えて、「不正転生者を殺しまくってください」と頼んでいい人材がそもそもいない。概ね普通に生きてきた人間が多い。先の大川だって多少のクソだが、人殺しを頼める器ではない。しかし死刑囚を引っ張り出すわけにもいかず、その塩梅がなんとも頭を痛めさせていた。
「有力な人材がいたらスカウトよろしく。そこそこ急ぎの案件だから、もし切羽詰まって来たら大急ぎで要請出すからそのつもりでね」
善処しますと返し、黒井さんは次なる世界に旅立った。もらった飴玉をポケットに入れ、次の客を待つ。急かせるような真似をして申し訳ないが、窓口の現場も必死なのだ。期日までにめぼしい相手がいなければ、ネチネチと文句を言われてしまう。しかも相手は神様から。反論はできるはずもない。
程なくして、その人が現れた。
書類を見る。名前は「坂本宗治」。転生先で不正転生者を策謀で殺し、『奸計にはめて勇者を殺した』と言う名目で死刑を被った青年だ。データによれば、この青年には何もない。優れた魔法や攻撃性能も、ただの成人男性クラスである。殺人を犯しておきながらこうして普通に窓へ来れると言うことは、何かしらのお目こぼしがあったのだろう。これが普通の人間を殺したのであれば、問答無用で地獄へ直送コースである。
持たざる者でありながら、反則能力フルコースの転成者を殺したのだ。一体何が彼をそこまで駆り立てたのか、私の想像では補いきれない。
本人の状況や希望を尋ねる中、坂本さんは唐突に切り出した。
「転成者を殺す仕事って、ありませんか?」
あまりに突然のことに、私は不覚にも押し黙る。
話を聞くに、先の人生で不正転生者がどれだけ現地の人間を不幸にしているのかを見て来たらしい。特別正義感が強いわけではなさそうだが、「見るに耐えない」と何度も言っている。だから殺したいのだと。伸びた前髪に隠された目からは、烱々と狂気が覗いている。
「僕は転生者を滅ぼしたい」
坂本さんは続ける。
「本来いちゃいけない人間なんだ。それがのうのうと生きて、地球から持ってきた価値観で文化を壊して、生活を捻じ曲げている。その影でどれだけの人間が苦しむのかを考えないまま、彼らは良かれと思って、時に傲慢で尊大な態度とともに世界を覆していく。そんなの可笑しいと思いませんか? 地球の技術で駆逐された技術はどうなるんです? それによって職をなくして食い詰めた家族は? 誰がそれを守ってあげるんです?」
淡々と尋ねる坂本さんに、私は呑まれかける。どす黒い瘴気が、彼の身体を包み込む。首筋の産毛が、ぞわぞわと立つ。舌で唇を濡らし、私はどうにか言葉を出した。こんな仕事を何年もやっているけど、ここまで何かに憑かれた相手は初めてだった。彼の後ろに、髑髏が立っている。カカカと笑うそれが、青年の体に溶けて消えた。
「私一人では判断つきかねますので、上に話は通しておきます。結果はまた後日」
どうもと頭を下げ、坂本さんが立ち去る。ふらふらと帰る彼の背を見ながら、「上にはどう説明したものか」と一人胃を痛める。
「とりあえず報告書作って起案立てて、彼の資料集めて方々から合意もらえるように根回しして……」
嗚呼、胃が砕けそうだ。