銀子様もう一度じゅるじゅるする
銀子様がじゅるじゅるするお話です。死ぬほどあれです。
数ある武器工房の中でもマジックアイテムを作れる工房は少ない。
先代のおかげで工房は大きく、機材も一通りそろっている武器工房『雪の華』ではマジックアイテムを作ることが可能である。もっとも作るにしてもかなりの時間をかけなければならないのと、上質な魔石などもいるためにおいそれとポンポン作れるものではないが。
雪の華の主クロは小柄な女性である。剣や防具などのごつい装備より、魔法使いや盗賊職の軽く丈夫な装備を作るのが得意だ。鋼や錫などを撃つよりは何日もかけて魔力を布に通したり、武器の刃に魔力を通したりするほうが圧倒的に得意だ。
それとは別にどっかのばかに唐突に呼ばれてしまうことや無茶振りの上で強敵や難題を丸投げされることもある。どっかのファの付く人である。今は割愛する。
クロはふよふよと右横あたりに浮かぶ銀子、霊体とは別らしい彼女を眺めながら少しため息をつく。先日現れたファの付く馬鹿に押し付けられた龍の少女。彼女の状態について説明したい。
まず黒い魔力に侵されていたこと。
黒い魔力は魔王、と呼ばれる存在の眷属やその本体によって発せられることが多い。めんどくさいので魔王が発する魔力全体のことを黒の魔力としよう。
この黒の魔力によって傷をつけられたり直接体の中にそれが残ってしまうと、時間をかけて体を乗っ取られる。力の弱い下級のものであれば浸食が進めば体が分解されて消えてしまう。魔王的には強いものだけを残して弱いものは淘汰できてしまうわけであるから一種の面接みたいなものである。ある程度能力のあるものは魔王側に、弱いものは減らす。
すると魔王軍に倒された人間側の戦力はダウンするが、落ちた分の何割はそのまま魔王軍に加わってしまう。どうも黒の魔力には魔王側につくように強制する何かがあるらしい。
「それにしても今度は龍って、いったいあのファの付く馬鹿は何をやっているんだか」
―――――銀はおいしいものがたべられればそれでいいじゃも
銀子様はくつくつと笑うと機嫌がよさそうにくるっと宙を駆ける。
この状態の銀子様はこちらからの干渉を受けない。どうも霊体とは違うらしく、除霊術や魔術の類でも干渉できないらしい。実際に何人かに除霊のようなことをされたが本人、本狐、ともかく銀子様事態は痛くもかゆくもないようだ。
銀子様は食事が好きである。クロ、つまり私をとおして物理的にものを食べる時もあるが、一番好きなのは魔力。顕現したときにだけ現れる吸牙、犬歯のように長く鋭いそれで首筋にかみつき、じゅるじゅるとすいあげるのが大好き。
噛まれた際に物理的に穴は開かないらしく、引き抜くときれいな首筋に戻るのは何回も確認している。
特に銀子様が好きなのは魔王からあふれ出す黒い魔力で、今までも何度もその眷属や堕ちかけの冒険者たちを食べてきた。
通常黒い魔力で侵された人間を含めた生物は、聖職についている者の上級術式でしか戻ることができない。全身の三割までであればまだ町にある教会や個人の力で何とかなる。五割を超え始めるとよっぽどの耐性がないと浸食は止まらず、8割を超えだすと助からないとされる。
だが銀子様は別だ。
銀子様の発する力は銀色。黒い魔力を逆に食い尽くしてやがてすべて銀にしてしまう。
「ねえ、銀子様、結局これやらないとだめ?ここまで吸い尽くしたんだったら正直跡は自己回復で何とかなると思うんだけど」
――――――いやじゃも、久々にこんなに上質な甘味がきのじゃから、ぜんぶすいだすんじゃも
「あー…、さいですか」
すでにあきらめた私はがっくりと肩を落とす。
わくわくとした感情が私の中に流れ込んでくる。そろそろ私と銀子様が変わってしまうのであろう。
数瞬目を閉じるとそこには私に変わって銀子様が顕現する。
「うむ、やはり生身の体は素晴らしいじゃ」
――――――あー、さいでっか、きょうもしごとがあるんで早めに終わらせてくださいよ?
「なんじゃ主はせっかちじゃのう、嫁の貰い手がなくなるじゃよ?」
――――――そん時は銀子様に娶ってもらうんで
「おもしろいことをいうのう、……さて、いただくとするかのう」
少女のいる部屋に入る。
3Fにある住居スペース、その一角にある客室に転がした龍の少女は銀子をみるなり、ひっ、と短い声を上げた。長い髪がふわりと柑橘系の香りを醸し、そのまま逃げようとする少女の足に絡みつく。
「やめ、はなし……っ」
ぐるぐると口元に髪をかませて少女の足を引きずるようにこちらに引き寄せると、銀子様からゾクゾクとした嗜虐的な色が流れ込んでくる。ぐつぐつと煮えるように脈打つそれはやがて背から頭に流れ着くと、何とも言えない痺れと悦びをまき散らす。
体の突起に甘い痺れが流れるところを見ると、どうも銀子様が目の前の少女をどうやって食べようかなと迷っているらしい。
―――――あいかわらずですね…
「それはこんなにおいしそうな娘がいるんじゃよ?おいしく調理するじゃも」
くふっ、と楽しくて仕方がないといわんばかりに笑みがこぼれる。動物は本来攻撃的になるときは笑顔になってしまうらしい。
それの成果はわからないが、龍の少女の顔が明らかにひきつったのを目視した。
もちろんそんな顔をすればするほど、銀子様の嗜虐心に油を注ぐだけ。がっちりと髪でロックされた彼女はんー、んーっといやいやするがそんな仕草もばっちり銀子様の好みだったりする。
「ではいただくとするかのう」
――――――お手柔らかにね…、て言ってももう遅いか
もう一度言うが銀子様の好物は魔力である。
何もそれは黒の魔力に限った話ではない。多大な量と質も素晴らしい龍の魔力であればなお好ましいのである。
銀子は好き嫌いはほとんどしない。
それが悪魔であっても天使であっても村人であっても聖女であっても喜んでかぷっとしてしまうのである。それはもうおいしそうに。
牙を突き付けられた龍の少女がびくんっ、と跳ね上がる。
首筋に伸びた吸牙からじゅるじゅると吸い上げるにつれ銀子様の満足度が上昇するのを感じる。それにつれびくっ、びくんと少女の体が跳ね上がっていく。
――――――銀子様、吸い過ぎ吸い過ぎ
語りかけるが全く聞くつもりがないのかどんどん体の中から魔力を吸い出していく。代わりに銀子様のなかから銀の力が入っていき、龍の少女の口が半開きの危ないものになる。
後から残るのは、あー、あー、と意味を成さない声の羅列。
もうここまで行ってしまえばあとは快楽に流されるだけである。銀子様に吸われたことが唯一ないので何とも言えないのだが、魔力を吸い出されるのは死ぬほど気持ちいいらしい。
絵にしたら必ずアウトになる絵図を延々と垂れ流されてはいるが、私はなれた。こんなことを気にしていたら銀子様と付き合えないし、あのファの付く馬鹿も殴れない。
「けふうー……、なかなか美味じゃったも」
――――――さいですか……
いまだにベットの上でびくんびくんなっている龍の少女を眺めながら、私の人生はいったいどうして朝からダメな色が濃いのだろうと思った。
んふっ、と銀子様がやけに色っぽい声とともに渡した魔石を手に取りながら私は深い溜息を吐く。ちなみにこの魔石はあの少女から吸い取った魔力でできているらしい。
なんだか自分までいけないことをしている気分になりながら、私は機嫌のよさげな銀子様を眺める。
ああ、でもいい魔石が手に入ったから今日はいいものがつくれそうだなぁ、と思っているところがもうすでにこの生活に慣れきったな、とひとりごちりながら。