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魔銀の銀子  作者: キラ
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銀子様お食事に龍をかぷっとする

 冒険者が集う町チェルネエ。

 半世紀に渡る戦争を終わらせ、その後行方を絶ったと言われる伝説の勇者。

そんな勇者の名前を冠した町の一角に工房が一つ。決して豪華とは言えない武器工房の受付、それ越しやや小柄な職人が半目で冒険者らしい男を睨んでいた。


「おい、このファズこのやろう、一体これで何人目か覚えている、んん?」


「ずばり言おう、覚えていない」


 掌で顔面を隠すように気取った仕草を取る男の名前はファルス・A・ザイン。・A・のせいで顔面が名前にある冒険者である。

 三年ほど前に現れたこいつは摩訶不思議な強さであっという間に10等級冒険者から成り上がり、なんだかよくわからないパワーで都市中央のダンジョンを攻略した。

 通常10等級の冒険者が挑むのは単体の魔物、特に能力の弱いスライム、それも融解能力のないものの駆除や、薬師が使うためにと出されている薬草採取、町城壁の整備など行政が斡旋している公共事業である。

間違っても10等級冒険者がダンジョンに挑もうものなら、そのまま亡き人になるか、ハイエナのように集ってくる盗賊まがいの冒険者にたかられて死ぬのがおちで、更にその10等級冒険者が難解なダンジョンを攻略したなど前代未聞、国から注目される程度には快挙であった。

 そんなこいつ、ファズだが昔馴染みというか、腐れ縁というか、工房の住居スペースをよく使いに来る。いや、使いに来るというよりは占領しているに近い。

 もとより先代のおかげてそれなりの店構えになっている我が工房『雪の花』は、三階部分には8部屋ほどそれなりの広さの空き部屋がある。ただし、今やそのほとんどが埋まっている。


「あのね、そのがるがる威嚇してくるのはなんよ」


「なんだって、どう見てもかわいい美少女だろう?」


「あのね、かわいければ何でもいい系なの、うちは託児所じゃないのよ?ていう稼いでるんでるんだからさ、いい加減自分で養え?な?」


 口調がすごいことになっている。怒りで。

 笑顔で凄んでみるがどこ吹く風。

 自慢げに光る歯が白くてすごくうざい。

 そんな奴の後ろでは黒髪の少女が一人、物理的に髪を逆立てながらこちらを見つめていた。いや、睨んでいた。明らかに敵意を表している眼だ。めんどくさいことを押し付けられそうな気がした。

 ああ、だめだ、絶対なんかわけありだろう。


――――――なんじゃ、ずいぶんまたおいしそうなのが来たのう


 頭の中に響く声にややうんざりしながら私は肩の力が抜けるのを感じる。

 わくわくした感情が心に直接流れてくる。ああ、これは私と彼女が変わるのも近い。


「というわけでしばらくこいつを頼む」


「いやいや、頼むとか歯を光らせて言わなくていいからね?ていうか今月の家賃速くよこしなさい、速やかに」


 笑顔で家賃とその他もろもろの代金を求めて私が吼えると、耐えかねたのかファズの後ろの少女が前に出てこちらを威嚇した。


「待って、私はこんなやつ認めないからな!絶対にファズについていく!!」


 あれか、このくそやろうはいちいちダンジョンから帰ってきたら女を増やさないと気が済まないのか。

 少女の瞳に確かな決意と恋慕の色を感じながら私は更にがっくりする。たいていこの手の手合いは次には私を倒してついていく、とか、こんな女の下についていけるか、とか、こうなったら女を殺してでもわたしを通すぞ、とかそういう感じのことを言うのだ。


―――――ふむふむ、また銀が楽しめそうなのが増えたじゃも


「こうなったらこの女を倒してついていく!大体この女の下につくなんてまっぴらごめんですし!殺してだってついて行って見せるからね!」


 そういうひな型のまんまなセリフはいらないんだけどなぁ、と思いながら私は自分の装備を整えて二人をつまみ出す。広めに用意された庭の先に転がすと、拳をぱきぱきと鳴らした。


「……おいくそ野郎」


「くそやろう?!」


 ダンジョン攻略するたびにジゴロする男はくそ野郎でいい。


「……追加料金だからね、さ、気に食わないんでしょ、かかってきなさい」


 鈍い吼える声が空気を揺らす。

 バキバキと凄まじいおとが少女の体からなると、壊れるような歪な魔力の奔流を感じた。まるで無理やり体から絞り出したような、ひどく不安定で黒い魔力の揺れ。

 その中に感じる絶対的な強さの赤。

 咆哮する赤

   絶叫する赤

    苦悶する赤


「ちょっと、あんたこの子まさか!」


 赤い魔力の奔流が地面を異質に変質する。盛り上がる土は色を失い、白く命を失う。土から吹き出す火柱が轟々と頬に熱を伝えた。

 赤の中に混じった黒色の混濁した魔力が、少女の首筋に深い痣を刻んだ。

 大分浸食されているらしい。

 黒。黒。黒。

 黒の魔食。魔王に浸食されたもの。

 このままいけば近い将来自我を失い、そのまま魔力に侵されて魔におちる。魔王の黒い力を持った者に傷をつけられ耐性を上回ると魔王側の存在として生まれ変わってしまう。

 ああ、今回もそれを何とかしろ、とかそういうあれなのだろうか。


「これくらい何とかなるだろう?」


「なるだろう、じゃない!この子『龍』じゃない!ふざけんな!」


 あっけらかんと言う馬鹿にその辺に落ちていた石を投げつける。どごぉっという音とともにのけ反った馬鹿を見てる暇はないので目の前の子に集中する。

 龍。

 飛べる、というだけでほとんどどうにもならない相手に、固い鱗と圧倒的な攻撃力、空を俊敏に飛ぶ機動力。更に魔力まで一等級数人分の容量。これを単体でどうにかできる人間なんてほとんどいない。

 かろうじて人として戦っているのはもうすでに龍として顕現する力を失っているからだろうか?

 そんなことを考えている戸凄まじい衝撃を腕に感じる。骨がきしむ音をじかに感じながら怒りを灯した少女の双眸が赤く血走る。食い込んだ爪が肉をえぐり、私は苦悶の顔を上げる。

 爪から流れる黒と赤の魔力が血管を裂き、体の組織を分解していく。自分が壊れていくのを感じながら、私の中の彼女をかんじた。


「もらっッタァ!」


「っ!堕ちかけじゃない!!どうしてこんなになるまで!!ああ、もう追加料金もらうからね!」


――――――龍とはまたなかなか豪華じゃも、ほれ、よこすのじゃ、クロ


 迫る爪を口が受け止める。

 そのまま二の腕を髪で拘束すると、磔にするのように髪が動き空中に彼女を拘束して吊り上げる。

 黒い髪が銀に変わる。短かった髪は身丈の何倍にも伸び瞳は柘榴石のように赤く澄んでいく。

 バキバキと体がきしむ音が加わると、身長や体系ごと変化が訪れる。

 きつめの目のなかに感じる確かな嗜虐の色。ふくよかに実った双房。

 しゃん、しゃん、と周りの空気が高く澄んだ音を流しながら、私、いや、銀子が顕現した。 


「のう、主よ、名はなんという?」


 透き通った声。

 吊り上る口角。

 ああ、今すぐに食べてしまいたい。そんな欲求が体を駆け巡る。


「ぐううううぁ、ぐるるるるるっ!!!」


 すでに言語を操る機能を持ち合わせていないのか、背中から黒い魔力が吹き上がる。

 ぞくぞくと背中をかける愉悦を感じながら、舌舐めずり。

 まるで蜘蛛の巣にかかった獲物を見つめる蜘蛛のように。

 咆哮。

 龍の力で乱暴に髪を引きちぎろうというのだろう。

 だがその力が破棄されると同時にかぷっと首筋に牙が食い込んだ。

 暴れる龍の少女の黒痣が銀に染まる。壊れたように逃げようとする龍の少女からじゅる、じゅるるとすいあげる湿った音だけが響く。


「んおぁ……、ひぐっ」


 逃げようとする彼女をがっしりと銀が抱き寄せると深く深く牙が食い込む。

 もう逃がさない。

 逃がさない。逃がさない。逃がさない。

 吸い上げるのは魔力。

 黒も赤も一緒くたに混ぜていて銀に変えていく。

 龍の少女は顔を真っ赤にしてなおも抵抗を続けている。しかし噛まれたら最後、銀子の牙は死ぬほど気持ちがいいのだ。逃げられない。逃がさない。

 牙から流れる確かな銀。暴れるように喰いついて壊していく。

 快楽とともに。愉悦とともに。何もかも銀に染めていきながら。

 黒と銀はやがてやがて一になる。そして消えていく。


「けふーっ、なかなか美味じゃも」


 満足げにいう銀色の彼女は私の体でそうつぶやくと、くすくすと笑いながらおなかをさすった。

 後に残ったのはげっそりと痩せ細り恍惚の顔を浮かべる龍の少女と、うむ、と満足げにうなづくたらし野郎だけ。

 とりあえず一発本気で殴ろう、そう私は銀子様の中で決意したのであった。


 





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