小話「つめ」
ふと思い至ったので
俺がこの世界にやってきて二週間ほど経ったある日のこと。
朝、宿のベットに腰掛けて靴紐を結んでいると、自分の爪が結構伸びていることに気がついた。
クロネがじゃれてくる時に誤って彼女の肌を傷つけてしまう可能性があるから、当然のごとく切らないと、という考えに至った。
そしてずっと一緒にいる彼女の爪も伸びているだろうなと思ってクロネを呼び寄せる。
「なあ、クロネ」
「はい、何ですかお兄ちゃん」
クロネが即座に靴を脱ぎ、ベットの上を這って俺の左側に来た。
そこまで急がなくてもいいのに。
「爪、見せてくれ」
「はい」
四つん這いの姿勢のまま左手を上げ、爪を見せてくれる。
その温かくて柔らかい手をとって爪を見てみるとやっぱり伸びていた。
クロネの爪も切る必要がありそうだった。
ただ、この世界に爪切りがあるのだろうか。
「クロネ、奴隷商では爪の手入れはどうしていたんだ?」
別の世界から転生してきたことは隠しているから、何で爪を切るんだ?というふうには聞かず、どうとでも言い訳ができるように聞く。
「小刀とかヤスリとかです。余っているのを使っていました。でも、これは普通と変わらないと思いますよ?」
なるほど、そういう道具を使うのか。
さすがに「パチンッ」ってやるやつは無いよな。
◇◇◇
時は移って夕方。
というわけで、冒険者業からの帰りに、日用品を売っている雑貨屋で二種類のヤスリを買ってきた。
目の粗いのと、目の細いやつだ。
小刀はちょっと怖いから買わなかった。
ハヤトはベットに腰を下ろし、たっぷり二十分ほどかけてようやく自分の手の爪を研ぎ終える。
やっぱり削るのは時間がかかるけど、仕方ないよな。
さて、削る練習も終えたし、クロネの爪を磨こうかな。もちろん本人に了解は得る。
「次はクロネだな、良かったら俺が削るけど自分でやるか?」
「え、でもご主人様にやってもらうのは……」
やってもらうのは満更でも無いようだ。
「気にすることは無い。ほら、手を」
「は、はい」
密着するように座っているクロネから差し出された手を取り、爪を磨き始める。
「何だかお姫様みたいです」
「じゃあ俺は、お姫様の従者といったところか」
俺たちは笑い合った。
幼女の身の回りのお世話をする従者か、いいな。そういう職に就きたい。
まあ、クロネの身体を(水魔法でだが)洗ったり、クロネの服を(水魔法でだが)洗ったりしている今もあまり変わらないかもしれないが。
クロネの手の爪を研ぎ終えると、次は足の爪に移ろうと床に片膝立ちになった。
「お、お兄ちゃん⁉︎ さすがに足をやってもらうのはちょっと……」
「気にするな。あ、クロネが嫌だったらやめるぞ?」
「い、嫌では、ないです」
なら問題ないな。
俺はクロネの御御足に触れる。
手とは違って少し硬さがあり、小さくてとても可愛い。
落ち着かないのか、その小さな指が閉じたり開いたりしている。
クロネの足の爪を磨く時間は、至福の時だった。
俺、幼女の従者向いてるな。
そして、爪を研ぎ終わり、少しいたずら心が芽生えたハヤトは、クロネの足の裏をくすぐった。
「ひゃあ⁉︎ お兄ちゃん、くすぐったいです!」
驚いたクロネは反射的に両足を跳ね上げ、
「ごふぁっ」
ハヤトの顔面にクリーンヒットした。
「ああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
必死になって謝ってくるクロネの頭を撫で、彼女を許した。
もとはと言えば余計なことをした俺が悪いのだからな。
しかし、俺はMではないはずなんだが、無性にありがとうございますと言いたい。
この気持ちは何だろう。
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