小話「ハヤトお兄ちゃん(1/3)」
クロネちゃんのお話です
不快な描写があるかもしれませんので読む際はご注意を
次回更新は明日朝7時予定です
わたしは奴隷です。
それも出来損ないの人間、亜人の奴隷です。
亜人であり、まだ幼いわたしは、せいどれいとかいうのにも労働力にも使えず、当然買ってくれる人はいませんでした。
奴隷交換でタゼウロンの街の奴隷商に移ってから、何日経ったでしょうか。
「ぎゃははは、これで少しはマシになったんじゃねえか?」
耳障りな笑い声がすぐ近くから聞こえてきました。
気がつくとわたしの髪の毛はぐちゃぐちゃにされていました。
「これなら目障りな耳が見えねえな」
「まあ、こんな見た目じゃどっちにしても買ってもらえないだろうけどな!」
目障りな耳ですか。
確かにわたしは人間の姿をしながら獣の特徴を持っています。
確かに変です。奇妙です。歪です。
(どうして人間に生まれてこなかったんだろう)
そう考えるときはいつも耳を触るのが癖でしたが、今日に限ってはベタベタしたもので髪の毛が固められていたため、触るのは諦めました。
「ヤバイ! おじさんが来た」
「っち! なんて間の悪い! おい亜人のお前! その髪のことチクんなよ。自分でやったって言えよな。じゃないとまた殴るぞ」
頷くと、わたしを虐めていた奴隷たちは足早にその場を去って行きました。
そして入れ替わりにおじさん――わたしの仮のご主人様である奴隷商の人がやってきました。
「おいその髪……はぁ、またあいつらか」
おじさんは、呆れて溜息をつきました。
わたしがチクるまでもなく、おじさんは誰がやったのか分かっています。でも何もしてくれません。
最初にイジメをチクったときは、犯人たちは怒られただけで済み、その後わたしは犯人たちに殴られました。
同じことが何度か繰り返され、おじさんは、犯人を叱ると商品に傷がつくから、と言って犯人を叱らなくなりました。
おじさんはお金が大好きで、買い手のないわたしを少しでも高く売るため、怪我や痣で値段が下がるのを恐れていました。
「まあいい、いまから隣街のファマーチストに奴隷交換に行く。すぐに準備をするように」
「分かりました」
今回の滞在は長かったな。そう思っていると、
「本当ならもっと早く手放したかったが、少しでも価値の高い奴隷と交換するためには、痣が治るのを待つしかなかったんだよ。ほんとあいつらは余計なことをしてくれたな」
おじさんが理由を教えてくれた。
今日また痣を作ったことは言わないほうがよさそうです。
◇◇◇
準備と言ってもするのは心の準備くらいで、他の奴隷だと仲の良かった奴隷に挨拶をしたりといろいろあるが亜人のわたしにはそんな人はいません。
おじさんもそれがわかっているのか。他の奴隷達にも奴隷交換の話を伝えた後、すぐにわたしを連れて馬車に行きました。
「奴隷交換ってなんのためにやるんですか」
疑問に思っていたことを聞く。
他の奴隷商人だと無視されるか余計なことを聞くなと殴られますが、おじさんは人に教えたり自慢したりするのが好きな人だから、話を遮らなければだいたいのことは教えてくれるます。
「需要やニーズに合わせるだ」
なるほどジュヨーさんとニーズさんに会わせるために、ですか。
その人達がわたしを買ってくれるからわたしをファマーチストに連れて行くんですね。
「本当お前は手のかかる奴だったよ。今回だってまず一番最初にお前を連れてきたのは、ほっといたら周りの奴がまた怪我をさせかねないから、って考えのもとだ。まだ髪の毛だけで良かったよ。しかしあいつら――ってそうそう、あいつらを迎えに行かないとな」
そして、交換に出す奴隷が揃ったところで馬車が動き出しました。
◇◇◇
馬車の旅は快適でした。
「うう……ぎも゛ぢわ゛る゛い゛……」
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「頭痛いから黙って……」
何回も奴隷交換で馬車に乗ったことのあるわたしは馬車酔いなどしません。
そして、周囲が潰れているのでわたしがいじめられることもありません。
「なんで亜人は酔ってないのよ……」
「出来損ないのくせに――うっぷ」
時々恨み言を聞かされますけど、負け惜しみにしか聞こえません。
わたしは空間把握スキルで進んでいる方向を確認しながら、ファマーチストに着くのを待っていました。
そして出発してから4時間くらい経った時、突然わたしの名前が呼ばれました。
「おいクロネ! 馬車から降りて適当に走れ! お前が一番安い奴隷だからな、全滅よりはるかにましだ。っちゴブリンなんて運の悪い」
ゴブリンですか。
見た目に反して素早く、軽業師のように動いて人を馬鹿にしては、いたぶって殺すという話を聞いたことがあります。
冒険者にとっては弱いらしいですが、一般人にとっては十分恐ろしい魔物です。
わたしはおじさんの命令に背きました。背こうとしました。
「何してんだ! 早く降りろっ――よ!」
いつもいじめてくる奴隷によってわたしは馬車から蹴落とされました。
「よくやった。今まであいつを虐めていた分チャラにしてやる」
「げえー、ばれてたのかよー」
離れていく馬車から笑い声が聞こえてきました。
わたしは急いで立ち上がって、道を逸れた森の中に逃げ込みました。
ゴブリンはわたしが馬車から落ちた瞬間から標的をわたしに変えていて、走り出した私の後を追ってきます。
(逃げ切れる!)
しかしそう思ったのも束の間、ゴブリンのスピードはどんどん早くなっていき、私の隣に並びました。
ゴブリンは、わざと遅く走っていたのです。
必死に走りながら横を見ると、ニタっと気持ち悪く笑っていました。
そして分かりました。
ゴブリンからは逃げ切れない、と。
そもそも大人がすばしっこいと言うのです、普通の子供である私が勝てるはずがありません。
亜人は身体能力が高いと言われていますが、結果はとても簡単に追いつかれています。
足がもつれました。
痛いです。膝を擦りむきました。
わたしの動きが止まって、ゴブリンが棍棒を振るい始めます。
痛い! 腕がビリビリと痺れました。
痛い! 棍棒の振りかぶりは徐々に大きくなっていきます。
痛い! もう、衝撃が小さくなることはありません。
痛い!!!!!!!! 骨が、折れました。
もう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくないもう死にたい死にたくない!
その時、男の人がこっちに走ってきているのを見ました。
「たす……けて……」
思うように声が出ません。
男の人に届いたでしょうか。
棍棒がまた大きく振りかぶられました。
そして棍棒がすごい勢いで振り下ろされ――
どん! ずざあああああああ!
ることはありませんでした。
ゴブリンは横から入ってきた男に突き飛ばされました。
そしてその人はこちらを振り向きます。
(ああ、これはきっと夢なんだ……)
(だって……)
(死にそうな時に現れて助けてくれて、その人がこんなにかっこいいなんて……)
(都合のいい夢以外に何があるんだろう)
わたしはそこで意識を手放した。
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