第68話「塩と胡椒」
腕の中、ミズクがすやすやと寝息を立てている。
顔がすぐ横にあるから、その可愛い寝息がよく聞こえた。
それだけでなく、髪からはふんわりとしたいい香りがする。
ついつい嗅いでしまうのも仕方ないよな。
スーハースーハー、クンカク――おっと誰か来たようだ。
「あ! あそこに野アスパラが生えてますっ! 採ってきますね!」
「おー、頼んだ」
夕食の食材を(主にクロネが)集めながら、ゆっくりと北に向けて進んだ。
◇◇◇
「す、すごいの……」
夕方になり、目を覚ましたミズクは、目の前にあるある食材に驚いていた。
その食材とは、鹿である。
「クロネが仕留めたんだ。すごいぞ、クロネ」
「えへへ、お兄ちゃんが見つけてくれたおかげですよ」
「でも追いかけて仕留めたのはクロネじゃないか、遠慮せずに誇ったらいい。そうだ、何かご褒美をあげようか」
「ごほうびですか?」
「ああ、何か欲しいものや、して欲しいことあるか?」
「じゃ、じゃあ耳を撫でてもらっていいですかっ?」
「いいぞ」
「やったー!」
そして、クロネの猫耳をもふもふしていると、ミズクが、信じられないという顔をしていた。
「ほんとに獣人の耳を嫌ってないの……」
「当たり前だろ? こんなに可愛いのに嫌うわけないじゃないか。ミズクの翼も、撫でて欲しかったら撫でてやるぞ?」
「べ、別にいいのっ!」
あまそうだよな。前に背中の翼に触った時、かなり恥ずかしがっていたからな。
少し自分の欲を出し過ぎた。反省反省。
「(……それはごほうびに取っておくの)」
ミズクがまた小声で何か言っている。
俺を見る目には、睨むというほどではないが力が篭っていて、よほど嫌だったように見える。
翼の話は今後しないようにしよう。
◇◇◇
下手くそながらもなんとか鹿を解体し、水魔法で出した浄化効果のある水で肉を洗う。
何でも穢れを取り払うことで食あたりを避けることができるらしい。
前世では細菌などが原因だったがこの世界ではもっぱら穢れが原因だとされている。
食べ物が腐る原因も穢れで、こまめに浄化しておくと腐るのを遅らせることができるという。
ちなみに火魔法、水魔法、光魔法などが浄化効果を持つ。どれもゴースト系の魔物に効く魔法なのは偶然だろうか。
金属のサビも同様に穢れが原因で、浄化によってサビが落ちる。
火にかけるとますます酸化されそうなものだが、やはり科学の知識はこの世界ではあてにならないようだ。
肉を薄くスライスし、塩胡椒で薄く下味をつける。
そしてそれを野アスパラに巻きつけ、串で固定したものを作っていく。
それを今度買ったミニ鉄板で一気に焼いていく。
この鉄板は、普段はリュックサックの底板として使え、全然かさばらないから便利だ。
できた野アスパラの肉巻きを三人で一緒に頬張った。
「おいしいです!」
「すごくおいしいの!」
「やっぱり塩胡椒があると違うな」
塩と胡椒はやはり高かった。
特に胡椒は、『同じ重さの金と取引されていた』という話はよく聞くが、それほどではないにせよ、フィルムケースほどの小さな容器に入った胡椒で500エソもした。
まあ、おいしいご飯と、幼女のプライスレスな笑顔を見れるなら安いものだ。
じっとクロネを見ていると、こちらに気づいて目が合った。
そして、クロネは幸せそうに破顔した。
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