第60話「隠し事」
訓練所を出た後、頼んでいたミズクの首輪を取りに行った。
「なかなかいい出来だな」
首輪本体は、色が茶色である以外ほとんどクロネの首輪と同じだったが、ぶら下がっているレリーフが違った。
レリーフは銅製で、ハートマークが五つ立体的に交差していて、その中におそらく赤色の色貨と同じ材質の赤い半透明の球体が入っている。
「私どもの技師はこのように中に物が入った複雑な装飾を作ることが出来スーラリブのウンタラカンタラ……」
奴隷商のおっさんが何か言ってるがスルーでいいだろう。
ハートがクロネのものより多いのはどうかと思ったが、見ようによっては鬼灯の実に見えないこともない。
と言うよりむしろ鬼灯にしか見えない。
首輪をつけたミズクと奴隷契約を済ませる。
クロネのうなじも産毛が可愛くて良かったが、ミズクのうなじはひな鳥のごとくふわふわで、また違う良さがあった。
「これからもよろしくなの」
「ああ、こちらこそよろしくな」
◇◇◇
その夜。
天井を見上げ、クロネの寝息を聞きながら夢路に着くのを待っているとミズクが話しかけてきた。
「ハヤトにぃ、起きてるの?」
「ああ、起きてるぞ。どうした?」
「ミズク、ハヤトにぃに謝らなくちゃならないことがあるの」
「ん? そんなことあるか?」
ミズクが何かしたような記憶はない。
「はじめて会った時、ミズクはハヤトにぃを利用しようとしたの」
「利用?」
「なの。なんとなくハヤトにぃのもとなら前の境遇よりよくなるって思って、ミズクを奴隷にするように誘導したの」
「誘導?」
思い当たる節がない。
「奴隷にしないの、って聞いたり」
それって作戦だったのか。
「神さまにお祈りしたり」
かわいいなぁ、おい。
「あと、夜には、『ミズクのことをクロネと同じように扱うようになる』って耳もとで囁いたりしたの」
かわいいけど、ヤンデレっぽいな。かわいいけど。
「他には?」
「えっと……それだけなの」
俺は沈黙した。
悲しい、悲しいよ。
何が悲しいって、ミズクが耳元で囁いているのを一度も聞いたことが無いんだ。
「どうして、話してくれたんだ?」
「分からないの。でも、ハヤトにぃに隠し事したくないなって思ったの」
「……」
言葉に詰まった。俺は二人に日本のことをまだ隠したままにしている。
だから隠し事を打ち明けてくれたミズクに何か言える立場じゃないのだ。
「やっぱり、ミズク、捨てられるの?」
「は?」
俺の沈黙を悪い意味で受け取ったのかミズクはそんなことを聞いてきた。
「ご、ごめんなさいなの! 捨てられる程度で済まされる話じゃないの。もう命を取られても文句は言えないの」
「いやいやいや、なんでそうなる?」
今まで命だけは、と言っていたミズクがそんなことを言ったことにも驚きだった。
「だってハヤトにぃを誘導したの」
「いや、そんなことで捨てないからな? 俺に何か害があった訳でもないし、むしろミズクという新しい仲間が手に入ってくれたんだぞ?」
それもふわふわの雛鳥だ。
一旦仲間になってくれただけでも嬉しい。
「と言うか、俺のもとから離れたいのか? ミズクが離れたいと言うなら俺は無理に引き止めないぞ? 人間を恨んでいても当然だろうからな」
誘導誘導というから、捨てられるように誘導しているのでは、と思ってしまう。
「そんなことないのっ! 人間も恨んでないし、ミズクはハヤトにぃと一緒にいたいの!」
必死に反論してきた。
「じゃあ一緒にいようじゃないか」
「……いいの?」
「もちろん。ミズクが嫌じゃなければ一緒にいてほしい」
ミズクはミズクで、とっても魅力のある子だからな。
いや、とっても利用価値のある子だ。
戦闘面とか、夜営とか、夜の見張りとか!
そう、利用価値があるから仲間にするのであって決して、幼女だからという理由ではない。
「嫌じゃないの! 一緒にいるの!」
「じゃあそうしたらいい」
「分かったの」
ミズクの声が、話し始めた時と違って明るくなっていた。
「そうだ、ミズクにはまだ命令していなかったな」
「な、なんの命令なの?」
肩が強張るのが分かった。
「俺たちだけの時にはしたいことを我慢するな。してほしいことがあったら言え」
もちろん奴隷紋は反応しない。
ミズクは暫く固まっていたが、やがてくすりと笑った。
「なんでも言っていいの?」
「ああ、たいていのお願いなら聞いてやるぞ」
「ミズク、かなり甘えん坊なの」
「クロネもかなりの甘えん坊だぞ。俺でよければ好きに甘えてくれて構わない」
「じゃ、じゃあ、頭撫でて欲しいの」
俺は、差し出された頭を撫でる。
「ク、クロネみたいに抱きしめてほしいの」
ミズクを抱きしめようとして、やめる。
「残念だけど、それは出来ない」
「ど、どうしてなの?」
俺はクロネを見るように言った。
ミズクは半身を起こして、俺の左腕をがっしり掴んで抱き枕にしながらすぅすぅと眠るクロネを見た。
ミズクは笑って、
「じゃあミズクもそうするのっ」
と言って、俺の右腕を抱え込んだ。
おいおい! 腕を抱き枕にするのはいいが、脚の間に挟むんじゃない!
俺はドキドキして、暫く寝付けなかった。
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