第31話「野宿」
三章突入です!
空にはわたあめを千切って投げたような雲があり、風が髪を優しく撫でていく。
この世界の日差しは、照りつけるような暑さも眩しさもない。
まさに絶好のピクニック日和と言えよう。
森に入っても、さすがは魔物がまったくといって出ないことで有名なマナモシの森だ、ゴブリン一匹にも出会いやしない。
そもそもこの森は、起伏が少なく、人の顔にかかるような高さに枝葉を広げる背の低い木がほとんど無い。
見晴らしの良さからしても、非常に安全な森と言える。
その分、景色が似ているため、一度迷うとなかなか道に戻れない。
しかし俺たちは、クロネの空間把握スキルのおかげで迷うことはない。
今回は、野宿の実習も兼ねた旅でもあるから、あえて道から逸れて森の中に入っている。
以前に採取クエストで採ったことがあって、食べられることが分かっている果物などを集めているうちに、青かった空が紺色と赤色に分かれ始めた。
「そろそろ日が暮れるな」
「初めての野営ですね」
野宿が楽しみなのか、クロネの頭の上のネコミミがぴこぴこと動いていた。
二人でいる時だけに出している尻尾も、そわそわと上下している。
「気持ちは分かるが、気は引き締めてな」
俺はクロネの頭を撫でる。
毎日俺が水魔法で髪を洗っているだけあって、出会った時とは比べ物にならないくらいサラサラだ。
「ほあぁ~……分かりましたー」
それから少し開けた場所で、使い捨ての魔道具を使って火を起こす。
紋が描かれた紙に魔力を通すと紙が燃えて火種となるのだ。
肉屋に教えてもらった解体術で森うさぎをぎこちなく解体して、木を削って作った串に刺して焼く。
「うーん、やっぱり味が薄いな」
「そうですか? 美味しいですよ?」
タレはもちろんの事、塩コショウすらもかかっていないから、俺としては物足りないが、クロネはそうでもないようだ。
「このピアーも美味しいです」
「確かに、あっさりとした甘さがあって美味い」
このピアーの実はクロネが採ってきてくれたものだから余計に美味いのだろう。
さらにクロネの満足そうな顔を見るとピアーの甘さが増すから不思議だ。
ちなみにピアーの実はまんま洋梨だ。春と秋に実をつけるらしいが。
食事が終わると、いよいよ実習の肝である見張りと休眠の役割分担だ。
「ハヤトお兄ちゃんと一緒に寝たかったです」
「俺は先に寝るがちゃんと起きておけよ? 十九時には起きるからそれまでの辛抱だ」
「私ずっと起きてますよ?」
「それはダメだ。お互いのためにも良くない」
俺だってクロネを寝かしてやりたい。
今後旅を続けた時のことを考えるとそれができないから、せめてクロネにぐっすり眠ってもらうため後に寝てもらうのだ。
「何かあったら躊躇わず起こしてくれ」
俺はおはようじょのモーニングコールを十九時に設定して、就寝用のマントに身を包んだ。
◇◇◇
『朝でしゅよ、起きてくだしゃい』
頭に響く、しすてむめっせーじの声に体を起こす。
時刻は十九時。完全に夜だ。
見渡すと火の番をするクロネの姿が目に入った。
「クロネ、交代だ」
「……ふぁい……やかりまひた」
すでに呂律が回らなくなっているクロネは、俺にふらふらと抱きついてきて、あっという間に寝息を立て始めた。
「ヒール」
俺は自分の顔に回復魔法を使った。
眠気に耐える姿といい、回らなくなった呂律といい、眠気で甘えん坊の本性が現れたところといい、安心しきった寝顔といい、
クロネは、そろそろヤバイと思う。
俺は腕の中で眠るクロネの背中を撫でながら気配察知を展開し水魔法の練習をする。
そしてなんとなく空を見上げた。
「うおぉ……」
見上げた先にはたくさんの星が散らばっていた。
空の高いところでは少し欠けた月が冷たい光を放っている。
月の模様はうさぎでもカニでもなかった。当たり前といえば当たり前だが。
「そうか、空気が汚染されてない上に街灯もないから、よく見えるのか」
そして、クロネを撫でながら月見をするという、リッチな夜を楽しんでいるうちに東の空が明るくなっていった。
集中していると時間が経つのが早いな。
何に、とは、もはや言う必要はあるまい。
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