第145話「美味しい野宿」
ミズク「七章が始まるの」
クロネ「ミズクちゃんどうしたんですか?」
ミズク「なんでもないの」
ククラ「へんなのー」
ハヤト「三人とも、そろそろ出発するぞ〜」
クロネ「はいっ!」
ミズク「はいなの」
ククラ「はーい!」
夏の第一月の二十日。俺たちは学園都市に向けて旅立った。
未だ他のダンジョンには行っていないが入学申請さえ済ませてしまえば、入学式がある秋の第一月まで日はあるから、また戻ってくるつもりだ。
学園都市は王都サムーラトの北にあり100ロリほど。つまり歩いて三〜四日と言ったところだ。
俺は馬を扱えないから歩いて行くことにした。
学園に向かう馬車の護衛依頼でも引き受ければ楽なのだが、少し試したいことがあったのだ。
幸いクロネたちは文句一つ言わず、むしろピクニック気分で道を歩いている。
膝当てや肘当て、脚絆といった防具をしているが、どれも王都で新しく買った可愛らしいデザインのものだ。
この世界は前世でいう中世のような街並みが多く、科学的な文明もそのあたりだが、ことオシャレに至っては現代と何一つ変わらない。
むしろ狩りの装備までいろんなデザインがあるあたり、現代よりオシャレが重視されているのかもしれない。
そんなことを考えていると、ククラが後ろから背中を叩いてきた。
「マスター、お腹すいたー」
気がつけば太陽はほぼ南中しかけていた。
「そろそろお昼にするか」
道を逸れて少し歩き、結界魔法と幻装魔法を駆使してテーブルと椅子を作り出す。
「「「おおーっ!」」」
クロネたちが目を丸くして、それらに駆け寄っていく。
「マスター、すごーい!」
「すごい、すごいですっ」
「さすがハヤトにぃ……」
障壁に幻を纏わせることはすでに何度かやっているが、アウトドアな環境ではまた違った感動がある。
物質的には幻装魔法を習得する前と何も変わらないのだけれど、はっきり見えるというだけで安定感が違うのだ。
クロネたちに野菜を切ってもらっている間に火起こしを済ませると、障壁で作った鍋に水を注ぎ沸騰するまで待つ。
その間ククラとクロネが包丁で指を切ったが、すぐにヒールで治した。
幼女に怪我はさせたくないんだが、過保護に育てて自立できない子になって欲しくないのだ。
「ミズクは包丁を使ったことがあるのか?」
「なの。よくお手伝いしてたの」
「さすがミズクだな」
褒めると口角が上がり得意げになるミズク。
「クロネとククラもゆっくり慣れていこうな〜」
「はい!」
「うんーっ!」
何度か危なっかしいこともあったが、全員がそれぞれの食材を切り終えた。
その頃には麺の方も準備できていて、鍋の水を捨てたあと、障壁で鉄板を作る。
水を切った麺をそこにぶちまけ、クロネたちが切ったキャベツ、ニンジン、タマネギ、豚肉をソースと共に加える。
やがて香ばしい匂いがあたりに満ち、焼きそばが完成した。
木皿に取り分けてテーブルに運び、みんなで食前の挨拶をして食べ始める。
「おいしい!」
「おいしいです!」
「おいしいの!」
「始めての試みだったがうまくできたな」
前世ではいつもすぐに使える麺を買っていたから、焼きそばを茹でるところから作ったのは初めてだったが、思ったよりうまくできた。
わいわいと食事をしたあとは、聖水で皿とフォークを洗い、魔法障壁を消す。
今までは結界の中に注いでいた大量の水を、水たまりができないように配慮して捨てていたが、纏わせた幻は核となる障壁がなくなると勝手に消えてくれるため少しのことだが楽になった。
片付けを終えると、俺たちは再びフィマフジスクに向けて歩き始めた。
◇◇◇
「ん?」
気配察知に奇妙な反応があり、集中するために歩みを止めた。
「どうしたんですか、お兄ちゃん?」
「いや、物凄くすばしっこいのが近くにいるみたいだ」
猛スピードで数十メートルを駆け抜け、止まったかと思うとすぐにまた数メートル進むという奇妙な移動をする何か。
どういった生き物なのか知るために、そいつが止まった瞬間を狙って結界を展開した。
やがて動き出したそいつは、猛スピードで結界に激突し、動きが止まる。
よく気配を探ると、どうやら魔物のようだった。
小さい結界を内側に張り少しずつ結界の檻を狭めながら、謎の魔物の元に向かう。
「こ、こいつは?」
「真っ黒だねー」
ラグビボールに毛と足を生やしたようなものがそこに横たわっていた。
気絶しているようで、ぴくぴくと足が痙攣している。
「あ、これスワローボアなの」
ミズクが知っていたようだから、どういった魔物なのか尋ねる。
「ツバメのように素早く動き回るイノシシなの。すごく捕まえるのが難しいの」
「へぇ、結界にぶつかって気絶なんて随分と情けないみたいだが」
「反射神経がすごくいいから普通はぶつからないの。でも結界は目に見えないから……」
「なるほどな」
ミズクによると、すごく美味しいと言うことだから、とどめを刺して血抜きをしておく。
「今日の夕ご飯は決まりだな」
「楽しみなの」
そして野草を摘んだり薪を拾ったりしながら進むうちに日が傾いてきた。
適当に場所を取り、障壁の台でスワローボアを解体し、精肉とする。
肉は1kgくらいしか取れなかった。
それを親指の幅くらいの厚さにスライスし、塩胡椒で下味をつけたあと、これまた障壁で作った鉄板で焼く。
かなり香ばしい匂いがあたりに満ち、匂いを嗅ぐだけで口の中に唾液が溢れてくる。
クロネたちも何度かつばを飲み込んでいた。
肉が焼きあがるとさっさと火を消し、ダンジョン・パズルで手に入った照明の魔法道具『ぼんやり提灯』に切り替える。
火種さえあれば消すまで燃え続けるランタンだが、リティアのパズルを解いたことでバージョンアップし、退魔の効果を持つようになった。ただ、近くの別の光源からの光を受けるとその効果は発揮されなくなるデメリットがある。
ステーキを机に運び、席に着くと早く早くと言わんばかりにみんなが俺を見てくる。
「いただきます」
「「いただきまーす」」
「ハヤトにぃを敬愛します」
各々食前の挨拶をしたあと、すぐにそれぞれのステーキにナイフを当てる。
昼の焼きそばの時もそうだが、みんなもうすっかりフォークとナイフの使い方が上手くなっている。
かく言う俺も、イロエリスに来たばかりのころは小手先で使っていたのが、今では自然に扱えるようになった。
やはり毎日使っていると違うんだなと、しみじみしながらステーキを頬張る。
昼の間食でしっかりしたものを食べたことを考え一人あたり手のひらの半分ほどのステーキしか焼かなかったが、もう少し食べたいと思えた。
しかしクロネたちは満足しているようだから全員でごちそうさまをする。
その後みんなの身体を洗い、寝巻きに着替え、寝る準備をする。
「あはー、ベットだー♪」
ククラがベッドにダイブする。
もちろんこのベッドは森の真っ只中まで運んできたものではなく、結界魔法と幻装魔法の合わせ技で作ったものだ。
ベッドで野宿とか我ながらおかしいと思う。
靴を脱いでいなかったククラをクロネが注意しているのを聞いていると不意に頭の中に声が響いた。
『スキル《障壁魔法》を習得しまちた』
(スキル習得⁉︎ まさか)
俺は慌てて気配察知を張り巡らせ、近くに危険が迫りつつある幼女がいないか探す。
しかし、そんな気配は一切無かった。
そしてステータスを見直して首を傾げた。
「障壁魔法……? 俺が今まで障壁だと呼んでいたものは何だったんだ?」
「お兄ちゃん、どうしたのですか?」
「なぜか新し——いや、何でもない」
眠そうにあくびをするククラが視界に入り、とりあえず話は明日でいいかと思い誤魔化した。
場所取りじゃんけんはすでに終わっていて、俺がベッドに入るとククラが上に乗ってきた。
「みんな、おやすみ」
「おやすみなさいです」
「おやすみなの」
「おやすみゅー……」
ベッドを包むように結界を張り山小屋に見えるように幻を纏わせると、幼女の温もりを感じながら目を閉じた。
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