第135話「一緒にお食事」
春の第三月のある日。簡単にあしらえるとはいえ冒険者に絡まれることに嫌気が差した俺は、そこらの冒険者が使わないような料理屋を探していた。
「あれ、ハヤトさんじゃないですか!」
聞き覚えのあるような気がする女性に声をかけられて振り向くと、そこにはカカリがいた。
ラフな格好をしているところを見ると今日はギルドの仕事は休みなのだろうか。
ギルドで窓口をしているところしか見たことがなかったが、私服姿は一段と可愛らしいじゃないか。
え? お前は誰だって?
言っておくが俺は幼女以外は不必要だなんて言う極端なロリコンではない。
幼女の方が百倍魅力的に感じているだけだ。
「今日は非番なんですよ! ハヤトさんはどこかお出かけなんですか?」
「ああ、外で食べようと思ってな。料理屋を探しているところだ」
「へぇ、奇遇ですね私もです! ……あの、ご一緒してもいいですか?」
ふむ、もうクロネたちも一緒に食べられるからこれと言って断る理由はないな。
来るもの拒まずの精神で、彼女の要望を受け入れることにした。
「まあいいぞ」
「本当ですか、やった!」
「あまり冒険者が行かないような料理屋を探していたんだが、どこかいい店知らないか?」
女性ならそういう店には詳しいんじゃないかと聞いてみる。
ぶっちゃけこっちが受け入れた最大の理由だ。
「知ってますよー。こっちです」
彼女に案内されてやってきたのは外観から高そうと分かる、そんな店だった。
「卑しい冒険者ほどこういう高めの料理屋には近寄らないんですよ。そういう人達は安けりゃいいって感じですから」
「なるほど、参考になる。じゃあこの店にしようか」
そういうと彼女はにっこり笑って、
「はい、じゃあ入りましょう!」
入店すると、すぐに店員によって一つのボックス席に案内された。
ククラが真っ先に奥に座ると、「ここに座って」と言わんばかりに座っている右側を叩いた。
「マスター、ここに座ってー」
あ、実際に言ったな。
促された通り隣に座るとククラがすぐにもたれてきた。
そして俺のあとにクロネが席に入ってくる。
「お兄ちゃん、お膝の上に座ってもいいですか?」
「おう、いいぞ」
するとクロネは「えへへ」と笑って俺の膝の上にちょこんと座った。
「あ、ククラもー」
「今日はクロネが先だったからククラはまた今度なー」
「むぅー」
ククラがほおを膨らませて拗ねる。
拗ねたククラの顔はかわいい。
だからってクロネと交代させてやることはしない。
そんなことしたらクロネが可哀想だからな。
クロネのあとに続いてミズクが遠慮がちに俺の右側に座った。
遠慮がちではあるが……太ももが触れ合うほどに近い。
ミズクは恥ずかしがり屋なだけで、割と甘えんぼさんなのだという事が最近分かってきた。
「あれ、奴隷から解放したんですか?」
カカリはハヤトたちの向かいに座りながらそんな事を聞いてくる。
クロネとミズクの首輪が無いことに今更気づいたようだ。
遅い、遅すぎる。幼女をよく見ていればすぐに気づくはずなのに。
「まあそんなとこだ」
はっきりとした返答は避け、都合よく解釈してもらう気満々で適当に返事をした。
そこへ店員がお冷を持ってきて、メニューを置いて戻っていった。
クロネたちと一緒になってメニューを覗き込む。
写真はないが、字と値段だけの味気ないお品書きではなくおすすめ商品などは手描きのイラストが描いてあった。
料金は、言われたとおり屋台や宿のものよりは高かったが、日本円にして1000円くらいの物ばかりでとりわけ高いという程でもなかった。
好奇心旺盛なククラは、見慣れない物に興味津々なようで前のめりになってメニューを覗き込んだ。クロネとミズクはどうしていいか分からず俺の方を振り向く。
「お兄ちゃんこんな高いもの食べていいんですか?」
「ミズクたち何もしてないのに……」
クロネとミズクはいつもより贅沢をすることに気が引けているようだ。
ククラはお金の感覚がまだわからないようで、遠慮する様子はない。
「遠慮せず、好きなものを選んでいいぞ」
「……でもハヤトにぃ、どれがどんな料理か分からないの」
ミズクがそういうのも無理はなく、メニューにある料理名は具体性に欠けるものばかりだった。
とは言っても、普段屋台などで目にする「○○の串焼き」とか「○○の燻製」などと比べた時の話だ。
「カルボナーラ」や「ペペロンチーノ」という名前ではクロネたちには分からないようだ。
「メニューを見る限り、ここはパスタの店みたいだな」
「パスタって何ですか?」
クロネたちはパスタを知らないようだった。
そういえば、この世界に来てから未だに麺を食べたことがないな。
米も見た事がなく、主食といえばパンしかなかった。
「パスタっていうのは……説明するより実際に見た方がいいよな。俺が勝手に決めていいか?」
「うん、お兄ちゃんにお任せするです!」
「ハヤトにぃなら間違いはないの」
「マスターは美味しいからマスターの選んだものはきっと美味しいよ!」
「おい、そういうのはプレッシャーになるからやめろ」
信頼があるのは嬉しいが根拠なんてないだろう。
あと、ククラの理論は謎すぎだ。
「カカリ、何かオススメはあるか?」
「うーん、カルボナーラが美味しいですよ」
「じゃあそれにしようかな」
料理が決まり、ウェイターを呼んで注文をする。
その後料理が運ばれてくると、クロネたちの目は初めて見るパスタ料理に釘付けになった。
「マスター、これがパスタなのー?」
「こんなごはんがあるのですか……」
「ハヤトにぃ、でもこれどうやって食べるの?」
うん、やっぱり食べ方も分からないよな。
フォークの先端を回しパスタを巻きつけて見せる。
「「「おおー!」」」
「へぇ、ハヤトさん上手いですね」
ただ、普通に巻いただけなのにみんな大袈裟じゃないか?
なんだかむず痒いから、早々に空気を変えさせてもらおう。
「一番に食べたい人〜」
「はいっ!」
「あ、はい!」
「ククラが一番だったな。よし、じゃあ『あーん』」
「あーむ、んん! ほいひぃ!」
ククラは目をぱっちり開いてもぐもぐと口を動かす。
「お兄ちゃん、わたしも『あーん』してほしいです」
「ハヤトにぃ、ミズクも……」
クロネは頭を後ろに倒して俺を見上げてくるし、ミズクは控えめにアピールしてくる。
「わかったわかった、順番な?」
俺の使命は、甘えてくるマイプリンセスたちの望みを叶えることだ。
「甘くておいひぃのれふ!」
「もぐもぐ……美味しいの」
向かいをみると、カカリも自分の頼んだパスタを美味しそうに食べていた。
その表情はとてもいいのだが、幼女のそれには見劣りする。
(やっぱりクロネたちの方が百倍可愛いな)
そして、ハヤトの目線はクロネたちの方に戻ってくるのだった。
「マスター、うまく巻けない〜」
「どれどれ……ってククラは巻きすぎだ! もっと少しでいいんだよ」
たくさん取りすぎてうまく巻けないというのはパスタあるあるだ。
そしてなんとかフォークに巻きつけるのだが、今のククラのがそうなっているように何本かパスタの端がはみ出てしまうんだよな。
「はむっ、もぐもぐもぐもぐ」
「フォークで巻き取るのは二、三本でいい。ほら、一気に食べようとするから口の周りにホワイトソースが付いているぞ」
こんなこともあろうかと買っておいたハンカチでククラの口元を拭って綺麗にする。
「はいはほー、まうはー」
「おう、どういたしまして」
「ふふふ、偶人とその操者というよりかは、兄妹みたいですね」
カカリは優しい目でククラを眺めている。
その後何度か口の周りをベトベトにしたククラだったが、半分ほど食べたところで「ごちそうさまー」と手を合わせた。
カカリが不思議そうに首を傾げた。
「ククラちゃん、『ごちそうさま』て何?」
「えっとねー、マスターがいつもやってるのー」
「俺の故郷では食前と食後に挨拶をする風習があるんだ。今日は食前のは忘れていたが」
「へぇ、そうなんですか」
「マスター、魔力ちょうだいー」
「あーはいはいわかったわかった」
促されるまま、俺は人差し指を差し出す。
ククラはそこにかぷっと吸い付く。
「魔力ってそうやって吸うものなんですか?」
「いや、体が触れ合っていさえすればどこからでも吸えるらしい。ただ、どこで吸うかによって感じ方が変わるんだと」
「ちゅぱっ……舌で吸うとね、甘いの! ククラだけに許されたデザートなんだ〜」
ちなみに肌で吸った時はその部分が気持ちよく感じるとか。
「ククラが羨ましいの」
「わたしも味わってみたいです」
「んふふー」
ククラは自慢げに鼻息を漏らすと、再び俺の指に吸いついた。
「ククラ、ハヤトにぃが食べられないから後にするの」
「ありがとうなミズク。でもククラもご飯中だから大目に見てやってくれ」
「じゃあ、わたしがお兄ちゃんに食べさせてあげるのです!」
クロネはカルボナーラを取り、膝の上に座ったまま体を捻って俺の顔の前にフォークを突き出してくる。
「お兄ちゃん、『あ〜〜ん』」
「あーん。……んんっ! 美味しいな! クロネが食べさせてくれると美味しさが増すみたいだ」
「えへへ、もう一回するのです♪」
クロネは嬉しそうにまたカルボナーラを差し出してくる。
「(あ、しまったの、出遅れたの。うぅ……他に何かハヤトにぃやってあげられることを探すの)」
ミズクが呪詛でもつぶやくように小声で何かを呟きながら俯いていたかと思うと、いきなり顔を上げて嬉しそうな顔を俺に見せた。
「ハヤトにぃ、肩を揉んであげるの」
「急にどうした⁉︎ ちょっと遠慮しとく」
何を思ってその提案をするに至ったのか謎で正直言ってミズクが怖い。
「遠慮は要らないの。ミズクの肩揉みは上手いって故郷のおじさんたちにも評判だったの」
「何それ初耳だぞ。まぁ、今は止めておこうか、食事中だからな?」
「むぅ、分かったの……」
ミズクは渋々と引き下がった。
「くすくす、本当に仲がいいんですね。みんなハヤトさんのことが好きだっていうのが伝わってきます」
カカリはそう言って熱の籠った目で俺を見る。
「子供に好かれるっていうのは大事なことだと思います」
ん? 突然何を言い出すんだ?
まあ幼女に好かれることが大事なことだというのは同意できる。
全員が食べ終え、しばらくゆっくりした後、ウェイターを呼んでお勘定を頼んだ。
「全部で600エソになります」
「えっと、カルボナーラは120エソでしたよね」
カカリは財布を取り出す。
しかし俺は、彼女が自分の分を出そうとするのを制した。
「カカリは出さなくていい」
「え、でもそんなわけには」
「店を教えてくれたお礼だ。それで納得できないならまたいい店を教えてくれればいい」
他にもいろんな店を知りたいからな。そのために彼女を利用したい。
だが他人に貸しを作るのは、後の面倒事に繋がるからな。むしろこっちが恩を売っておいたほうが利用しやすくなるというもんだ。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えます……」
彼女は申し訳なさそうに俯いた。
そして店の前で彼女と別れ、宿に戻った。
◇◇◇
翌日、ギルド内にて。
「昨日ハヤトさんとご飯食べにいったんですよー」
カカリがそんなことを言うものだから、ハヤトのことが気になる女性たちは一気に彼女に詰め寄った。
「な、あんた、本当かい⁉︎」
「一体どんな手を使ったのさ⁉︎」
「いや、通りで偶然会ったから誘ったら快く受け入れてくれたんですよ」
周りから「羨ましい」とか「ずるい」といった声が上がる。
「紹介したのは普通冒険者が行かないようなちょっと高めの店だったんですけど、嫌な顔するどころか紹介してくれたお礼って言って夕ご飯を奢ってくれたんです!」
「お、男前だね」
「かっこいい……」
「そして『お礼が多いと思うならまたいい店を紹介してくれ(キラ)』ってさり気なく、また一緒に食事しようって誘ってくれたんですよ!」
「上手いなぁ、奢られる側が感じる引け目を上手く取り払ってる」
「それだけじゃない、帳尻合わせが次またこちらから食事に誘う理由にもなっているのさ」
「はあ……さすがハヤトさんだね」
ハヤトの意思しないところで他人からの株が上がっていた。
「ふふふ、子供にも優しそうだからいいお父さんになるだろうなぁ」
「あんた、さすがにそれは気が早すぎるってもんだよ」
妄想を始めるカカリに周囲は呆れずにはいられなかったが、誰も否定をするものはいなかった。
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