第122話「貴族の従者と奴隷」
パズル説明会が終わった後も子供達の相手をしていると、緑のブローチをつけた正装の男が近づいてきた。
「こんにちはハヤトさん。少しお時間よろしいですか?」
本当なら幼女と遊んでいて忙しいと跳ね除けたいところだが、貴族関係者だからあまり失礼なことはしないほうがいいだろうと考え、男の方を向く。
「もちろんと言いたいところだが、少し待ってくれないか? もう少しでこの子のパズルが終わるんだ」
「ええ、それくらいなら待ちましょう」
頼みを切り捨てられることも考えていたが意外と寛容なようだ。
パズルを解き終えた女の子を褒めて、頭を撫でたあと男に向き直る。
「話は長引くのか?」
「ええ」
「それなら場所を移そうか。みんな! 今日はもうお開きにする! 明日もこの広場にいるからパズルをやりたい人は来てくれ!」
「はーい」×多数
名残惜しそうにしながらも素直に帰っていく子供たちを見送る。
ふぅ、今日はいろんな幼女少女と触れ合えたな。
「それで何のようだ?」
「単刀直入に言いますと、あなたに私たちの主に会って頂きたいのです」
「それはまた急な話だな」
「それだけあなたに価値を見出しているのです。他の貴族の従者も、自身の主にあなたを紹介したいと息巻いていましたよ」
「それにしては、あんた一人しか俺のところに来ていないが?」
「ははは、実を言いますと、普通は自分の主人に情報を持ち帰ってから指示を仰ぐものなのですが、それをやっていると他の貴族に取られてしまいそうなのでね」
結構型破りなことをしているみたいだな。
そういうのは嫌いじゃないし、問答無用で連れて行こうというわけでもない。
ぶっちゃけた話をする所にも親しみが持てたハヤトは、その男の話を承諾することにした。
「貴族と話したことなんてないんだが、大丈夫か?」
「心配ありませんよ。冒険者と交流するときにいちいち無礼をとやかく言っているようでは話が進まないので」
ほう、なら安心だな。
小説の影響で貴族は高慢で融通が利かないと思っていたが以外とそうでもないのかもしれない。
まあ、従者の話だから会うまでは分からないが。
「あんたの主人はどんな人なんだ?」
「話すのが好きな方ですね、少々自慢しいなところがありますが、できれば鬱陶しがらずに聞いて差し上げてください」
主人の欠点をさらりと言う従者って大丈夫なんだろうか。
でも従者が主人を盲信しているわけではなく仕えているというのは、親しげな感じがしていいよな。
そういう貴族なら逆に色々話してみたいと思えた。
◇◇◇
従者に連れられてやってきたのは大きなお屋敷だった。
カオーカスト高地にあったホーンデットマンションの五倍はある。
敷地の入り口にある鉄格子の門から屋敷の玄関まで百メートルはあった。
庭もきちんと整備されていて、ウサギや鳥の形に剪定された植木などもあり、見上げるほどの噴水や、遠目でよく見えなかったが石像も幾つかあった。
『すごいのです!』
『貴族の屋敷ってこんな感じなの……』
「水がぶわぁってなってる!」
「噴水っていうんだぞ」
長い道のりだったが退屈することなく玄関までたどり着く。
「扉を開けろ」
男が声をかけると玄関にいた二人の従者――首輪をつけているところから見ると二人とも奴隷――が両開きの扉を静かに開けた。
もしかしてこの奴隷たちは扉の開け閉めをさせるためだけに使われているのだろうか。
そう思っていると大理石の玄関に入ったところに少年奴隷がいた。
この奴隷はどんな役割だろうと思っていると、布を取り出して従者の男の前に跪いた。
そして少年奴隷は男の靴を拭き始める。
「ハヤトさん、絨毯が汚れないように靴の汚れを落として下さい。ご自分の奴隷にさせますか?」
え……靴を拭かせる?
絨毯を汚さないようにというのは理解できるが、クロネたちにそれをさせるのはちょっと、と思った矢先。
『ご主人様、わたしがやります!』
『え、クロネ? でもな……』
『やりたいんです! たまにはご主人様の奴隷として働きたいです!』
うーん俺は奴隷として扱うつもりは無いと言っているんだが……
複雑な気持ちだが、まあ仕方がないな。
「それじゃあ、クロネ」
「はい!」
クロネは少年奴隷から新しい布を受け取ると俺の靴の裏を拭き始める。
秒単位で良心に負荷が掛るから早く終えて欲しいのだが、クロネは嬉しそうにしながら非常に丁寧に靴を拭いてくれる。
『は、ハヤトにぃミズクもするの』
『いや、クロネだけで十分だ。ありがとう』
『……わかったの』
ククラの靴は貴族の奴隷に拭いてもらい、クロネたち奴隷は自分で拭いた後、絨毯の上に上がる。
「ハヤトさんの奴隷は随分ハヤトさんを慕っているようですね」
「突然どうした?」
「いや、とても嬉しそうに主人の靴を拭いているので」
「まあ、そうかもな」
懐かれているのは充分理解しているが、それでどうして靴を拭くのが嬉しいのかは不明だが。
「ですが、一つ奴隷に言っていいですか?」
どうしたのだろうか。
「俺の奴隷に何か不備があったのか?」
素直で可愛いクロネに不備なんてあるはずないんだが……
すると、男はクロネを見下ろして、
「時間を掛け過ぎなんです。主人が足を上げている時間は短くしないといけませんから」
そういえば片足を微妙な高さに上げた状態のまま左右合わせて十分ほど立っていたな。
レベルアップや加護による筋力アップの効果でまったく疲れを感じなかった。
だがクロネを靴拭きを上達してもらう気はないしな……
「はいっ、わかりました!」
いやクロネ、分からなくていいって。
まあ、男の言葉は俺も心に留めておこう。もし幼女の従者になったときのためにな。
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