第93話「盗賊」
「そんな、盗賊が出るなんて情報なかったぞ!」
ホークさんが悲痛な声を上げる。
俺だって同じ気持ちだった。
気配察知に反応がなかったのだ。
機械と違って故障なんてあるはずないから、相手が全員、気配を隠すスキルを持っているということだろう。
今だって気配のなかった場所に突然人の気配が現れた。
俺の気配察知はレベル3だ。まだ上に4と5が残っているのだ。
看破出来ない相手がいないと思う方がおかしい。
「すまない、油断をしていた!」
「いや、油断も何も、分からないのは当然です。この辺りは中程度の魔物が出るエリアですから相手も手練れのはず。荷物はいいので妻と娘を連れて逃げて下さい!」
いや、そういうわけにもいくまい。
父親がいなくなればルーは泣くだろう。
ロリコンたるもの少女を泣かせてはいけない。
積荷がなくなれば商売が出来ず、ルーが生活に苦しむだろう。
ロリコンたるもの少女の生活は守らなくてはならない。
逃げるわけにはいかないのだ。
「とにかく自分の力がどこまで通用するかだな」
俺は空中に結界魔法で足場を作り、幌の上に乗った。
扇型になって馬車を囲うようにして陣取っている盗賊どもを俯瞰するためだ。
「な、あいつ今どうやって……」
盗賊たちは驚いているようだった。
後ろの馬車のパドラさんと、何事かと荷台から顔を出していたルーたちも幌の上の俺に気づいて唖然としている。
俺は五つの水球を同時に展開し水の密度を高めていく。
地球では、水は圧力を掛けても体積はほぼ変わらないが、この世界は魔力を込めれば無理やり密度を上げることができる。
そして、鉛玉と同じくらいの重さになった水球を、相手が少し呆然としている今がチャンスとばかりに撃ち込んだ。
「ヘヴィウォーター!」
即興でつけた名前を叫びながら、照準を盗賊一人一人に合わせ、水球にありったけの初速度を叩き込む。
あれ、水球が消え——
「ごふっ⁉︎」
「ぐあっ⁉︎」
「かはっ⁉︎」
「なんだ⁉︎」
「ぐっ……」
俺が思わぬ速度に驚いている間に盗賊の三人が水球を食らって吹き飛ばされていた。
しかし一人は巨大な剣で受け、もう一人は咄嗟に横に飛んで交わしている。
「っぶねぇ……」
「今の重さ……貴様並大抵の魔法使いではないな!」
ええ、そもそも魔法使いではなくロリコンです。
まあ、ここでの「魔法使い」は、職業ではなく単に魔法を使える人という意味だろうが。
一気に三人を撃沈させることができて、そんな無駄なことを考えられるくらいには余裕ができた。
できた余裕で、残った二人を観察する。
水球を躱した奴は、かなり身軽な格好をしていて、瞬発力が高そうだ。恐らく今みたいに水球を撃ってもまた躱されるだろう。
もう一人は筋骨隆々とした髭面で、牛をも真っ二つに切れそうなでかい剣を持っている。
こっちも、耐久力がありそうだ。
だが、
(負ける気はしないな)
普通の水球を数十個作り出し、身軽そうな奴に向けて同時に放つ。
「いぎ⁉︎」
交わされることを予想して多く放ったが、あまりの多さに驚いてすぐに対応できなかったようで、一歩も動かずに無数の水球に四肢を撃たれて倒れた。
ちなみに普通の水球でも、一撃でコボルトを屠れる威力はある、
「くそー、なんだお前はー!」
残った筋肉男が叫んでいるが、そこにも同じように水球の群(今度は少なめ)を降らせると静かになった。
思ったよりも簡単に片付いてしまった。
倒せないかもと思っていた自分がバカみたいだ。
「うわー! ハヤトさん強ーい!」
「マスター! マスター! マスター!」
「お兄ちゃん、やっぱりかっこいいです」
「かっこいいの……」
俺は後ろの馬車から顔を覗かせる幼女達に向けてガッツポーズをした。
するとなぜか幼女達は拍手を返してくれた。
「ハヤトさん、守っていただいてありがとうございます」
幌から飛び降りると、ホークさんが凄く嬉しそうな顔でお礼を言ってきた。
「護衛として当然のことをしたまでだ」
と、鷹揚に返事を返しておく。
「ところで盗賊はどうすればいい?」
ふと疑問に思ったので聞いた。
どこかの町の兵士に引き渡すにしてもここからだとかなりある。
「運ぶのは無理ですから、殺しましょうか」
「こ、殺す?」
人の良さそうなホークさんから物騒な言葉が聞こえ、一瞬耳を疑った。
「ええ、盗賊ですから殺しても問題はないです。殺人の罪に問われることもないですしね」
そうか、殺すのか……
痛めつけるのはまだしもさすがに殺すのは躊躇われるな。
いや、しかし盗賊や魔物が跋扈しているこの世界で生きていく以上、害をなすものを殺すことに躊躇ってはいられない。
今殺せないと、きっと後にも殺せない。
「分かった」
「あ、ハヤトさんはカンタンに倒してしまいましたがこのエリアにいる以上ある程度の強さはあったはずです。もしかしたら懸賞金が掛かっているのがいるもしれないですし、首だけとってはいかがですか?」
うへぇ、首を切るのか、それは一段とハードルが高いな。
「いや、子供の教育的にもよくないから今回は止めておこう」
そう言って逃げ、盗賊達のところに行くと、腰に下げたロングナイフで一人一人止めを刺していった。
あえて殺す感触の伝わるロングナイフを選んだのは、よりハードルが高い方を選ぶことでいざという時に躊躇わないようにするためだ。
しかし、手に残る感触がコボルトのそれとあまり変わらなかった事が逆にショックだった。
せめてもの、いや最大の救いは、馬車に戻るとクロネ達が飛びついて来てくれたことだ。
怖がられるかも知れない、と内心ビクビクしていたが杞憂に終わって良かった。ミズクやククラやルーに至っては、むしろ距離が縮まっている気がする。
クロネはもともと近すぎて、もはや縮まっているのかも分からない。
幼女達と戯れているとペドラさんが柔和な笑みを浮かべて振り向いた。
「ハヤトさん、大人気ですね。しばらく行ったところに見晴らしのいい丘がありますからそこで一旦休憩しましょう」
そう言えばちょうど3時(午前10時ごろ)くらいだな。
出発してから案外時間が経っていたことに驚いた。
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