転入生以上、英雄未満
アルカンシエル学園。
東京から東に500㎞に位置する【青の世界】最大の人工島にして異界文化交流都市アルカンシエルに唯一存在する教育機関だ。その入学方法は願書を提出するだけで試験も面接も存在しない変わった方式を採用しているため毎年日本全国から異界に夢見る少年少女が頭の良し悪し関係なくやって来る。
学園の敷地はアルカンシエルの5分の1の広さを誇っているものの広大なイメージはない。小学校から大学までの校舎や運動場だけでなく、異界交流に関する時間割りに使われる特別な施設が増設されていき、その全体像は小学生が図工でつくった『おもしろい学校』のような外観をしているのだ。
「木造校舎に黒板とチョーク…ここは20世紀初頭か。」
9月1日。新学期初日。クラスの賑わいの中心から外れた窓際最後尾で、改造した藍色のチェックのミニスカートに白の半袖ブラウスに黒のベストを着た薄桃色ストレートロングの髪の少女、アルシェイラ・春夏・ガラガディンは『待機』と書かれた黒板を眺めなつつ、疲れた口調で呟いた。
校舎は古き良き時代のような木造だが、最新の建築技術や材木に【緑の世界】で発見された珍樹がつかわれている。黒板は書いた文字が読んだ者の第1言語に訳す【紫の世界】の魔術が施されている。
最新技術と異界の品の塊である床をトン、トン、パッと跳ねながらアルシェイラと黒板の間に1人のクラスメイトが割り込んできた。
「いっえーい‼︎アルちゃん、春ちゃん、ガーちゃん、お久しブリリアント‼︎見た目は委員長!中身はお節介!あなたの心を土足で踏み抜くでお馴染み‼︎委員長型お世話焼きお姉さん‼︎整断満だよ‼︎」
アルシェイラはうんざりしたように声の主を見る。
学校指定の膝上の藍色のチェックのスカートに白の長袖ブラウスを纏っている、衣服の上からでもわかるスタイルの良さや膝の下まであろうかというひと束の三つ編みや丸眼鏡を掛けた母性と可愛らしさを併せ持つ顔立ちが特徴的な少女は、整断満だ。
この少女は一学期からクラスメイトに壁を作るアルシェイラに何かあってもなくても話しかけてきた。
執拗に関わってくる少女にアルシェイラが怒鳴り散らしたとき、『友達と仲良くするのはあたしの権利だよ。友達程度が何を言おうと仲良くなってやるんだから!ベェ〜だ。』と、アルシェイラに友達宣言したのだ。
それから今日まで欠かすことなくアルシェイラに笑顔ではなしかけてくる。
「…私を変なあだ名で呼ぶなと言っただろ。呼ぶにしてもどれか一つにしろ。」
言いながら、アルシェイラはぷいっと顔を逸らす。
「やったー‼︎アルシェイラちゃんが遠回しにあだ名とちゃん付けの許可をくれたよ!時にアルカちゃん、今日来る転入生のことだけど、…って、無視!アルカちゃん、私を見てくれなきゃペシペシするよ?」
さり気なくあだ名を付け、三つ編みで頭を叩いてくる整断にアルシェイラは嫌々視線を送る。整断は気を良くして三つ編みの先を手で弄りながら、
「話を戻すけど、今日このクラスに転入生が来るんだよ。」
「…私には関係ない。大体、教室に誰が来ようと興味ない。」
「いやいや、アルカちゃんの興味ありそうな話だよ。その転入生、アルカちゃんと同じ調停士候補みたいなんだ。」
はぁ、とアルシェイラは眉をひそめた。
調停士。
世界中で続く異界間の確執を無くすことを使命とする国際機関【異界中央調停機構】に所属する異界の関わる事件なら迷子探しからテロの鎮圧までこなすプロフェッショナルのことである。
「転入生で調停士候補はありえないだろ…」
「それがあるんだよ。だってその転入生は【730の英雄】なんだから‼︎」
丸眼鏡の少女は童話の王子様に憧れる童女のように目をキラキラさせているが、アルシェイラは小首を傾げながら、
「ななさんまるのえいゆう…?」
「あれぇ〜アルカちゃんはネットとか見ない人?」
「インターネットはあまり利用しない。回覧板と新聞だけで十分だろ。」
整断は携帯端末でとあるサイトを彼女に見せる。
「730の奇跡まとめ。7月末に起きた主義者どものテロ事件のことか?確かスカイツリーが倒壊したのに誰1人死傷者がでなかったんだったか。」
「新聞やニュースだとだとそう報道されてるね。だけどこのサイトの管理人さんはその時スカイツリーに居たみたいなんだ。」
と丸眼鏡を胡散臭く輝かせながら、
曰く、建物内に居た人々はテロリストに拘束されていた。
曰く、テロリストは捕らえた人々を何らか儀式の材料にしようとした。
曰く、捕まった人々は1人の少年の手によって救い出された。
曰く、テロリストは少年を殺すために建物を爆破した。
曰く、青い髪の少女と黒髪の少年が建物を倒壊を遅らせた。
曰く、2人の手の甲に何かの紋様が描かれていた。
曰く、2人を某組織から守るために異界中央調停機構が報道規制をかけた。
「曰く、その2人を保護するためにアルカンシエル学園に転校させたらしい。」
嘘八百のゴシップを熱弁する少女は、『現実と幻想を区別できない可哀想な子』と言うアルシェイラの視線には気づいてはいなかった。
「まぁ、その転入生が英雄君かはわからないけど、調停士候補だってのは本当らしいよ。さっき先生たちが話しているのを聞いたから間違いない。」
「それでお前は私に何が言いたいんだ?」
とアルシェイラは退屈そうに話しの核心を整断にうながした。
整断は三つ編みを波打たせながら、忠告でも嫌味でも心配でも点数稼ぎでもなく好意込めて言葉を送ったのだろう。
「同じ目標を持った人と同じクラスになるわけだからその人と友達になるのも良いかもねって、お姉さんからのお節介だよ。」
☀︎
「お前ら人生の先輩である俺を差し置いて長期休暇を楽しんだ気分はどうだ?楽しかった者、良い経験をした者、何もなかった者などいろいろいるだろうが、夏休み中仕事だけしてた俺からしたらどいつもこいつも妬ましい!」
新学期の出鼻から教卓の後ろで体育座りでをする男の嘆きを聞きアルシェイラは面倒臭い奴だと思った。
1年5組担任、藍川珠妃は180㎝以上の長身で俳優並みの男前、現役の調停士てありながらアルカンシエル学園で教鞭を振るっている。そして調停士候補であるアルシェイラの担当教官である。
だが不安があれば部屋の隅で体育座り、不満があればSNSは炎上、逆境にはかなり弱い。藍川は外見と肩書きが霞む程ヘタレだ。
1分程愚痴り終えると教卓から顔を出し、
「えー、出席を取る前にお前らにニュースがある。今日からクラスに転入生が追加だ。」
クラスがざわめき注目が藍川先生に向く。
「ちなみにそいつは男だ。仲良くしてやれよ。」
おおおお‼︎とクラスはいろめき立つ。
珍しくアルシェイラも顔には出していないが、少しだけ期待に胸を躍らせていた。
(友達などはいらないが、競争相手とかならいても困らないな。別に整断にとやかく言われたからでなく、私にメリットがあるからだ。)
自分の心の高揚に理由を付け、期待を顔に出さないようにいつもの澄まし顔で教室の引き戸に注目する。
「とりあえず顔見せだけやるぞ。自己紹介とかは始業式が終わった後にするぞ。入ってこい。」
藍川先生が指示を出す。教室の入り口をガラガラと音を立てて開かれた。
一体どんな奴かと、アルシェイラが視線を向ける。
そこには、昨日の変態男が立っていた。
「貴様はっ…‼︎」
バンッと机を叩いて立ち上がり、目の前の理解不能な出来事にアルシェイラは頭が真っ白になる。
クラスメイト達が奇声の発信源に目を向け、その視線に気づき顔を赤くしながら席に着き直す。
再度教室に入ってきた少年を見る。
アルカンシエル学園の夏服を校則に忠実に着用しているがネクタイはネクタイ止めを使っている。背は低くも高くもなく、顔は少し目つきが悪いだけで良いとも悪いとも言えない。特徴がないこと特徴だと言う見た目をしている少年だ。
この特徴のない少年は昨日の夕方アルシェイラがソフトクリームを食べていると急に体当たりかまして、ソフトクリーム塗れにした挙句、下着を観賞していたのだった。
アルシェイラを見て驚きながらも少年は自己紹介を始めた。
「いろいろあって2学期からクラスの仲間に入れさせてもらうことになりました。赤晶要です。」
アルシェイラは昨日の羞恥と怒りを押さえ込むために拳を固く握り締めた。
☀︎
自己紹介を終え馬鹿広い講堂で偉い人の話をBGMに『はじめまシリウス‼︎あらやる悩みも事件もサクサク解決!あなたの心を土足で踏み抜くでお馴染み、三つ編みと眼鏡は伊達じゃない!整断満だよ‼︎』と小声で自己紹介してきた少女と赤晶要はお喋りしていた。
「それにしても思っていたよりも、この世界の人間が多いんだな。」
赤晶は講堂に集まる生徒達を見渡すと、そのほとんどが黒髪であるが青や橙色の髪や猫耳やパイプなど【青の世界】ではありえない特徴を持つ生徒達が所々で見て取れる。
「好みの異界女子がいなくてガッカリした?」
「してねぇーよ。こんな真剣な顔で好みの女子探したりしないわ」
「そんなこと言って女子ばっかみてるよね、要君」
「否定はしないが、しっかり真面目な理由があるんだよ」
「あの英語女教師風の淫魔さんは何点?」
「女性に点数をつけるなんて最低なこと俺はしないね、85点」
「減点の要因は何でしょうか?」
「人の外見にとやかく言うのは良くないと思うな、ブラウスの前を開けて谷間を晒すより、ノースリーブで横乳を見せて欲しいかな」
アハハ、と赤晶と整断は互いに顔を会わせて十数分とは思えない程に楽しそうに談笑する。
決して話し上手ではない赤晶に緊張を感じることなく会話が弾むのはこの委員長風の少女のコミュ力のお陰なのだろう。
ギュッ
唐突に整断の柔らかい手が赤晶の手を掴み、甲に刻まれた幾何学模様を白い指がなぞっていた。
少女の行動への驚き二割と手を包む少女の温かさと柔らかさへの驚き八割で赤晶の心臓が高鳴った。
「にゃ、にゃんれすか⁉︎」
「この模様って【契約印】だよね」
「ああ、そうだよ。俺と相棒との絆の証みたいなもんだ。」
そっと手の拘束を解くと、整断は少し残念そうなかおをする。
「要君があたしとのお喋り中にも異界人を探してたのはその相棒さんが関係してのかな?」
「」
「要君は思ってたより、楽しい人で良かったよ。」
「俺も整断が話しかけてきてくれて嬉しかったよ。」
「整断って呼ばれるより、」