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4月下旬

 幼馴染のハヅキの話をするね。ハヅキは、幼稚園、小学校とずーっと一緒。クラスが離れたのは4年生のときだけ。それ以外はほんとにずーっと一緒。小さい頃は「ミズキとハヅキ!」なんてユニット名みたいなものばっか唱えて、ポーズまで作ったっけ。とにかく飽きずに一緒にいる。夜中に親友の儀式をしたこともある仲だから。

 中学校も同じクラスになれて本当によかった。出席順に座るから、あ行の「岡崎」のあたしと、ま行の「眞鍋」のハヅキはめちゃくちゃ席離れてるけど。それでも一緒になれてよかった。やっぱり最初は同じ小学校出身でグループが固まるものなので、ここでもあたしたちは仲良しってわけ。

 しかし、ここ最近のハヅキは、すっごく機嫌が悪い。


「あっちいってよ」


 トゲが見えすぎる口調で、ハヅキは言う。元々大人っぽい顔立ちの彼女が睨みつけると、ガクちゃんほどじゃないけどかなり怖い。 そう、これも全部花谷さんのことで。

 花谷さんというのは、同じクラスの女子。そして何故かあたしたちのグループ――といえるほどの人数じゃないけど――に、ついてくる。

 あたしは別にいいんじゃない、って思うんだけど、ハヅキは我慢の限界らしい。

 花谷さんも花谷さんだ。いつもにこにこしているだけで、ほとんどしゃべらないし。確かに無言でついてこられるとプレッシャーみたいなものがある。


「ねえ、だからあっちいってよ」


 ハヅキはもう遠慮なしで、花谷さんに強く当たる。花谷さんはそれでも困ったように笑うだけ。あたしはこういうときどうしていいかわからなくて、結局曖昧に微笑むしかない。

 そしてハヅキはあたしを引っ張ってトイレへ向かった。「ついてこないでよ!」と釘を刺すのも忘れずに。花谷さんは余計戸惑ったように笑うだけだった。


「ったくもー。なんであの人ついてくるんだろ。ほんと限界!」


 ハヅキはため息をついて、一つにまとめていた髪をほどく。おそろいのシャンプーとリンスを使っているというのに、ハヅキは結ってもあまりあとが残らない髪質なのがすごくうらやましい。やっぱりこういうのって、生まれつきなのかなあ。


「気にしなくていいよ」


 当たり障りのないことをあたしは言う。だって、この気まずい空気の中、他に言うことなんて見つからない。

 ハヅキは「まあいいけどさ」と髪を結び直した。


「ところでさ、今週末のお泊りなんだけど、弟が風邪ひいちゃったんだよね。だから今回はミズキの家お邪魔していい?」


 もちろんオッケーした。あたしとハヅキは、毎週末互いの家でお泊まり会をする。あたしたちの親が仲いいのもあるけど、もうこれが習慣になっちゃってるっていうか。くだらないことを朝までしゃべって、昼まで眠る。小さい頃からずっと繰り返してきたんだ。



「ユートくんって、かっこいいよねぇ」


 隣に寝転がるハヅキは言った。あたしたちは裸足をからめて、別に誰にも聞こえやしないのにナイショ話のようにささやいて会話をする。今日はもちろん、新しいクラスのこと。

 ハヅキは、親友の立場からぶっちゃけさせてもらえば、いわゆるミーハーなのだ。

 あたしは自分より背が低い男の子なんて却下なんだけど。


「ユートくんってスマホ持ってるのかな? LINE聞いてみたいなあ」


 ハヅキは中学に入ってすぐにスマートフォンを買ってもらった。一番新しい機種のやつ。あたしは、ケータイの類は高校生になってからって言われてるから、めちゃくちゃうらやましい。あーあ、うちの親もハヅキの両親と仲いいんだから、少しは教育方針を真似すればいいのに! 

 ハヅキと話しながらも、あたしはガクちゃんのことを考えていた。

 今日、新入生テストが返された。ハヅキは86点、あたしはそれよりちょっと低い75点。


「こんな点数じゃ、パパに塾に行かされちゃう!」

 

 と、ハヅキは真剣に嘆いていたが、あたしからすれば自慢の延長にしか聞こえなかった。やっぱりそういう教育方針はいいや。

 そして、また後ろの席から大声が聞こえた。


「ハナコ0点だー! ダッセー!!」


 わざとらしいユートくんの声。どうやらガクちゃんのテストをこっそり覗いたようだ。もちろんその声で、みんなはガクちゃんに注目する。

 いくら中学はテストが難しくなると言っても、0点はやばい。だって第一問の「3+2」も解けなかったってわけでしょ。それはやばい。

 ガクちゃんはもちろんいつものように真っ赤になった。


「ハナコって言うな!」


 すると、口を開いたのは増永先生だ。


「学さん、問題起こすわ、テストは散々だわ、何しに学校来ているの?」


 みんなは、笑いをこらえるように唇を噛み締めた。中にはクスクス言ってる人も、咳払いしてる人までいる。もちろん大声で笑うとガクちゃんに殴られると思ったからだ。

 だけど、ガクちゃんはユートくんでも先生でもなく、悔しそうに机を睨みつけて座った。テスト用紙を強く握り締めて。

 確かにガクちゃんは暴力的だし、0点なんて前代未聞な点数を取ることも問題だ。だけどなんだか先生の言い方に、あたしはすごく腹が立った。みんなの前でイヤミを言うこと、ないじゃないか。先生の数学の教え方、あたしもわかりにくいって思ったし、先生がそんな態度だから、もしかしたらガクちゃんも質問しに行きにくいかもしれないし……。とにかく、あたしは笑わない。何もできないけど、あたしは笑ってないってガクちゃんに知ってほしかった。

 もちろん、それは何もしないのと同じことだけど。


「ミズキってば」


 慌ててハヅキの呼びかけに我に返った。考え事にふけりすぎたみたい。


「眠いの?」

「全然。まだ10時だもん」

「でもぼーっとしてたじゃん。私が今何言ったか聞いてた?」


 ごめんなさい。全然聞いてなかったです。そう素直に白状する。

 ハヅキは呆れながら、


「もー。もうすぐ遠足だねって言ったんだよ」


 とあたしのおでこに軽いチョップを喰らわせた。それはちょっぴり痛かった。

 5月に入ると校外経験学習という厳かな名前の、ようするに遠足がある。まあ内容はベタに、町探検って感じ。自分たちでテーマを決めて、地元の名産を調べるんだ。歴史上の人物とか、魚とか鳥とか、食べ物とか植物とかさ。

 クラスではすでにグループ分けがはっきりしている。元々新しいクラスの交流を深めるのが目的みたいだけど、結局同じ小学校出身同士で固まって行動になるんだろうな。まあ最初はそんなものだ。


「花谷さんも私たちのグループかなあ」


 ハヅキが憂鬱そうに呟いた。


「どうしてハヅキはそんなに花谷さんを嫌うの?」

「だっていつも黙ってついてきて気持ち悪くない? 遠足が台無しになっちゃうよ!」


 そしてハヅキはぎゅうっとあたしに抱きついてくる。同じシャンプーなのに、やっぱりハヅキの髪の方が良い香りがする。あたしとクラスが離れた四年生のときから、ずっと伸ばし続けた髪は長くてとてもキレイ。


「ミズキ、私たち親友でしょ」


 人差し指を立てた。あたしもそれに従って、指をクロスさせる。これがあたしたちの、親友の儀式。小さいけど、大事な儀式。か弱くて信用にならない小指ではなく、普段の生活に一番よく使う人差し指を交わすのだ。お互いが親友であると、すぐに指させるように。


「私たち、二人でやってけばいいでしょ。ほかの人なんていらないよ」

「うーん……」


 肯定も否定も出来なかったので、曖昧にうなずいた。


「でも、もしあたしたちの間にユートくんが入ったら……」


 あたしが茶化して言うと、ハヅキは予想以上に赤くなって「ばか!」ともう一度チョップしてきた。今度はさっきより痛かった。あたしも仕返しにチョップしようとしたら防がれた。お互いそうやって転げまわって、思いっきりベッドから落ちた。やばい、下の部屋のお父さん達に聞かれたかも。この間も隣の部屋のお姉ちゃんに「うるさい!」って怒られたし。受験生ってカリカリしててマジ怖いんだよね。そうしてハヅキと息を潜めていたら、なんだかおかしくなっちゃって、お腹抱えて笑っちゃった。そしたら今度こそお姉ちゃんが怒鳴りに来た。ひゅー、おっかない。

 笑っているうちに、気づいたらハヅキは寝息を立てていた。あたしもうとうとしながら、ガクちゃんと、花谷さんのことを考えていた。二人共、ひとりだ。けれど全然違うひとりだ。

 女子のほとんどは、……いや男子のほとんどもか。ガクちゃんのことを決して良く思っていない。っていうか、近づいたらヤバい奴だとほかのクラスでも有名だ。みんなのユートくんを平気で殴るしね。この間の体力テストで、ガクちゃんの握力が女子最高43kgとわかって余計に誰もガクちゃんに関わらなくなった。

 けれど、ガクちゃんは落ち込んでいるようには見えない。休み時間も平気そうだ。黙って机を睨むか、ユートくんを追いかけるか。 一方花谷さんはひとりになるのが苦手らしい。だからあたしたちについてくるんだもんね。実はあたし、花谷さんのことは別に嫌いじゃないよ。でも、ハヅキは怒るし、花谷さんだって何も言わないからどうすればいいかわかんないんだもん。……あたしも、ずるいって思うけどさ。

 強いひとりと、弱いひとりだと思った。弱いひとりは、もしかしてあたしがどうかすれば、ひとりじゃなくなるのかも。ハヅキが毛嫌いしてるだけだもんね。でも強いひとりの方は――自分でひとりになることを選んでいるのだから、あたしに出来ることはない。悲しいけど。



 その次の週の月曜日。2時間目が終わった後の休み時間、ハヅキがあたしの席にきて言った。


「ミズキって、ゴーゴーなんとか好きだったよね?」

「……GO!GO!7188?」


 確かに、あたしはGO!GO!7188というロックグループのファンだ。お姉ちゃんと一緒に何度かライブにも行っていて、解散したと聞いたときはめちゃくちゃ落ち込んでご飯も食べれなかった。それでもボーカルは別のバンドで活躍してるのを少し複雑な気持ちながらも応援してるし、とにかく一ファンとして名乗れるほどではある。

 解散してるだけあって今はそれほどメジャーなバンドじゃないし、ハヅキも全然興味がなかった。ミーハーなハヅキは音楽番組で上位を取るような有名曲しか聴かない。なのにどうしてだろう。


「朝比奈さんがCD貸してって言ってるんだけど」


 あ、朝比奈? 誰?

 ぽかんとするあたしを見て、「もうクラスメイトの名前くらい覚えなよ!」とハヅキに小突かれた。

 教室の隅で手招きする人がいるので、それが朝比奈さんだと気づいた。


「やっほー岡崎さん」


 あっちはどうやらあたしの名前を知っているらしい。

 なるほど、この人朝比奈さんって言うんだ。

 先輩や先生の目も気にしない明るい茶髪。アクセサリーも腕、首、足首、もうとにかくいっぱい。歩くアクセサリーショップみたい。ガクちゃんとは違うタイプの問題児。卒業まで絶対しゃべらないタイプだろうと思ったのに、まさか呼び出されるとは。


「あのね、朝比奈さんと、こっちがミヤビ、それにトモ、アイっち」


 ハヅキが取り巻きの紹介をしてくれた。この人たちは朝比奈さんほど派手な容姿ではない。いわゆる「びびり染め」という、地毛かどうか微妙なラインのヘアカラーで染めてるくらい。やっぱりみんな先輩の目が怖いんだろう。

……で、どうしてハヅキはこの人たちと親しくなってるわけ?


「あたしさあ、こいのうた聴いてから、まじでゴーゴー758にハマっちゃってんだよねえ」

「7188」


 朝比奈さんのミスを、静かに訂正した。怒らせたら怖いけど、やっぱりファンとしてそこは譲れなかった。

 朝比奈さんは何が面白いのか手を叩いて笑い出す。


「すごいウケる! で、アルバム借りていい?」


 アルバムは三ヶ月お小遣いを貯めて頑張って買ったから、思い入れがある。ハヅキならともかく、全然知らない人に貸すのは抵抗があったけど、ここはオッケー出さないと後が怖い。


「うん、いいよ」

「ありがとう! あたしのことレイカって呼んでいいからね! まじサンキュ、ミズキ!」


 いつの間にかミズキ呼ばわり。レイカが笑うたび、アクセサリーショップが下品な鈴みたいにチャリチャリ鳴る。

 と、突然レイカの視線が鋭くなった。その先には、困ったように笑う花谷さんがいた。どうやらいつものように、あたし達についてきたみたいだ。


「なんだよ」


 レイカがドスの効いた声で言う。この人はギャルなのか、ヤンキーなのか。てかこれ、やばくない? 花谷さんも! いい加減何かしゃべりなよ! ほら! ほら!

 花谷さんは相変わらず何も言わない。でも今までで一番困った顔を見せた。


「何、って、聞いてんだけど」


 花谷さんは、逃げた。今にも泣きそうな顔で。

 なんだかそれに、何故かあたしの胸が痛んだ。


「まじ意味わかんねえ! ウケるわ!」


 とレイカが中学生の表情に戻って大声でバカ笑いをする。ハヅキたちも合わせて爆笑した。ハヅキの顔は、どこか悦に入った感じ。いくらなんでも、ひどい。けれど傍観してるあたしが一番、タチが悪い。

 居心地の悪いままチャイムが鳴って、みんなバラバラと席に戻っていく。

 花谷さんの席をちらりと見ると、背中を丸め落ち込んでいるように見えた。

 あたしは意を決して、隣の列のハヅキに手紙を投げつけた。


『なんでレイカたちとなかよくなったの?』


 器用なハヅキは、真面目にノートをとりながら丁寧な字で返事を書き、投げてきた。


『ずっと二人でいるわけにいかないじゃん?(>_<)

 花谷さんも退治できたし!』


『でも、あたしら二人でいいって言ったじゃん』


『遠足のグループ三人以上って決まりでしょ?

 人数かせがないと!』


『レイカたちがハデだからでしょ』


 あたしの気持ち同様、字もトゲトゲしくなってしまったかもしれない。ハヅキもムッとしたのか、黒板に視線を戻したきり、返事を投げて来なかった。

 特になんの脈絡もないのに、消しゴムを落としたふりをして後ろのガクちゃんを覗き見てしまう。成績は下の下。だけど授業はちゃんと集中して受けてるみたい。だったらあんな点数取るわけないんだけどなあ……。

 ねえ、ガクちゃん。友だちがいるってさ、けっこう面倒だよね。その点、ガクちゃんがうらやましいかも、なんて失礼なことを考えてしまった。



 それから何日かの間、あたしはレイカたちと過ごす時間が増えた。レイカも、その周りの子もめちゃくちゃ悪い子ではないんだろうけど、とにかく合わない。毎日学校に歳の離れたおねえちゃんからくすねたファッション誌を持ってきては、エッチ特集を大声で言うし、男子の批評も(ユートくんを除いて)厳しいし、話題もアイドルやドラマの話ばかり。あたしは血眼でテレビ番組をチェックしないと話についていけない。レイカたち、テレビ依存じゃないかってくらいいろんな番組を把握してるんだもん。

 表向き、ハヅキは楽しそうだった。けれど、無理して過激な下ネタに笑う必要なんてないのに、と思う。いくら美人なハヅキでも、あからさまに歯茎をむき出しにして作り笑いをしてると、ちょっと引く。

 レイカたちの尊敬できる部分は、ごく自然にいい感じの男子を会話に引き込む技術があるところだ。でもあたしにとって、結局男子は男子だ。子供っぽくて仕方がない。ガクちゃんが怒るのわかってて、わざとハナコハナコ騒いで、殴られて。これってレイカたちの言葉で言う「マゾ」って奴じゃないだろうか。

 ああ、またガクちゃんのこと考えちゃってる。プリントを回すときだってろくにしゃべったことがないのに。


「学ってさ~、まじ男好きだよね」


 急にレイカが吐いた毒に、思わず過剰反応してしまった。

 アイっちも話に乗る。


「あーわかる! 男子にしゃべりかけられると喜んでついてくし!」


 男好き? しゃべりかけられると? 喜んで?

 おそらく誰が見ても、嬉しそうではないと思う。むしろ憎しみが込もっている。男好きというよりは、絶対男嫌いだと思う。

 そっとハヅキの方を見るけど、ハヅキも「うんうん」とうなずいている。


「あいつ超非常識! 2年は違うクラスだと良いなあ」


 レイカ、そんな大声出さないでよ! あたしまで悪口言ってるみたいになるじゃん! あたしはそんなこと思ってないのに!

 思わず、言葉が出てしまった。


「男好きとは、ちがうんじゃないかなあ……」


 沈黙。

 何、この嫌な空気。冷や汗がたらりと流れる。

 そんなにやばいこと言った?

 沈黙を破ったのは、親友のハヅキだった。しかしその言葉は、この状況のあたしを助けるものではなかった。


「あー。ミズキ、学さんのこと好きだもんね」


 は!? 


「最近いっつもガクちゃんガクちゃんってさあ」


 いや! それはちがうよ! ちょっと!!


「ガクちゃんって誰だよ」


 訝しげにレイカが尋ねる。あたしは、顔が熱くなって、魚みたいにパクパク口を動かすことしかできない。

 ハヅキはあたしをよりピンチに追い詰めてることに気づかず平気で続ける。


「学さんのことそう呼んでるんだよね、ミズキ!」


 ミヤビが笑った。


「ミズキってレズなの? きっもーい」

「ちがうよ!!」


 なんであたしが同じ女子のガクちゃんにそんな気持ち抱かないといけないの! ありえないから!!


「何熱くなってんの」


 からかってると思った途端、突然冷ややかな視線が突き刺される。痛い。恥ずかしくて死んじゃいそう。ひどいよ、こんなのって、ないよ。


「おーい、学ー」


 レイカが声を張り上げた。

 信じらんない。

 机に座っていたガクちゃんは、こっちを見た。あたしの、方を。なにこれ、大丈夫かな? 殴られないかな!?


「ミズキの奴、あんたのこと大好きなんだって。お友だちになっちゃえば?」


 それちょーうけるーと鳴き声のような言葉で取り巻きは爆笑した。前から思ったけど、この人たちはレイカの発言一つですぐ笑う。くしゃみ一つでもしたら腹筋が割れるんじゃないだろうか。

 ガクちゃんはからかわれてると気づいたのだろう、すぐに視線を机に戻した。

 心臓が口から出るかと思うくらい、緊張した。殴られなくてよかった。


「ミズキ、まさか本気とかじゃないよね? きもいよ?」


 レイカの質問に、あたしは本気で「違うってば!」怒鳴ってしまった。だけれどみんな爆笑するだけで、謝るなんてことしない。

 ちょっと、思う。今ここでガクちゃんと友だちになれてたらどうだっただろう?

……今より、テレビ見る時間はずっと減るんだろう。



 その週末は、ハヅキの家に泊まった。ハヅキの家って、いつもすごくいい香りがするんだ。玄関のお花は見るたび違う種類が生けられていたし、ハヅキの部屋だって綺麗に整頓されてる。漫画ばかり投げ出されてるあたしの部屋とは大違い。

 けれど整った部屋にいても、あたしの心は大嵐だ。


「ミズキ、なんか怒ってる?」

「別に」


 口では否定しても、そりゃあたくさん怒ってるよ。いきなりレイカたちのグループに入れられたこととか。ガクちゃんのこととか。


「わかった、妬いてるんだね」

「はぁ?」

「私がいつもレイカたちと仲良くしてるからだよね……でも、親友はちゃんとミズキだよ?」


 そんな的外れなこと言いながら抱きしめられても、ちっとも嬉しくない。だけれどあたしはこの親友にとことん弱い。


「ねぇミズキ、同じ部活に入ろう? そしたら一緒にいる時間ももっと増えるよ。どうせまだ入りたいとこ見つかってないんでしょ」


 確かに5月になれば、どこか部活に入部届けを出さなくてはいけない。よっぽどの事情がない限り、1年生の部活は強制ということになっている。


「ハヅキ、何部入りたいんだっけ」

「吹奏楽」

「あー……。」

 

 確かに、小学校からフルートをやっているハヅキにはぴったりだけど。あたしは生まれてからフルートどころか音楽の授業で扱うピアニカとリコーダーしか触ったことがないし、ロック以外の音楽に興味ないし、厳しい上下関係もうんざりしそう。


「あたしはとりあえず、考え中ってことで……」

「え~、一緒にやろうよ~」

「それより、レイカたちもどこか部活入るの?」

「みんなで軽音部作ろうって話になってるみたい」


 もはややりたい放題だなあ。

 ガクちゃんは何部に入るんだろう……考えようとして、慌ててそれをかき消した。これだから、あんなひどい勘違いをされるんだ。

 ヘドバンのように頭をぶんぶん振り回すあたしに、ハヅキはため息をついた。


「大丈夫? 最近おかしいよ」

「ぜんっぜん! 大丈夫! 思春期だし!」

「何言ってんの!」


 ハヅキに自然な笑みがこぼれる。そうだよ、こうやって笑ってるハヅキが一番だよ。歯茎も見えないし。

 そして仲直りに親友の儀式をして、眠った。

 だけど、ハヅキはあたしを本当に親友だと思ってるのかな。もしかして、レイカ達といるのも結構楽しんでるんじゃないかな。今でさえ辛いのに、あたしはこれから先あの人たちとグループでいる自信がない。でも、そしたら、ハヅキとは……。

 何度も何度も親友の儀式をしても、かき消せないほどの不安があたしの心を包んだ。

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