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4月のはじめ

 ガクちゃんが最初に問題を起こしたのは、入学式のすぐ後のロングホーム。自己紹介タイムのときだ。


「出身小学校と、名前と一言お願いね」


 あたしたち1年2組の担任は、増永っていうおばちゃん先生。担当教科は数学。でも、あたしは早くもこの人に好感を持てずにいた。なんだか、喋り方がねちっこくて嫌味ったらしくてさ。

 あたしにも順番が回ってきて、あまり人前でしゃべるのは得意じゃないけれど、なんとか無難に言い終えた。そしてそのまま順番は、あたしの後ろの席へ。

 けれどその席の人は、なかなか自己紹介を言おうとしなかった。後ろを見ると、机に貼ってある名札は「学」。

 がく、でいいのかな。こんな珍しい苗字の人、初めて見た。

 どうして黙っているんだろう、と学さんという人をちらりと覗き見てみる。背が低くて、髪はボサボサの女子。女子だ、とわかるのはかろうじてセーラー服を着ているからであって、そのつり目と髪型だけでは男の子と間違えそうなくらいボーイッシュだ。

 その子がギロリとあたしを睨むもんだから、慌てて前を向いた。


「学さ~ん?」


 定規で机の端をぺちぺち叩きながら、増永先生は余計ねちっこく言った。

 そこで初めて、ガクちゃんは口を開く。


「ガク。」


 小柄で、やせっぽちで、そんな女の子。ざくざくの髪は、もしかして自分で切ってるのかな。


「だからフルネームって言ってるでしょ!」


 ばんっとおたよりで教卓を叩く先生。嫌な空気が流れる。先生はちょっと気が短すぎるし、この学って人も何照れてるのか機嫌悪いのかわかんないけどさっさと言っちゃえばいいのに……とあたしはぼんやり考えていた。

 すると、ガクちゃんの後ろから声がした。


「こいつ、華子って言うんだぜ! ハ・ナ・コ! だっせーだろ!」


 後に気づいたけど、この騒いでる男子が筧祐都かけい ゆうとこと、ユートくん。身長はあたしより低いけど、サッカー部のリーグチャンピオンに輝いたすごいフォワードらしい。入学前、ハヅキから聞いた。親友で幼馴染のハヅキは、とても情報通だ。

 珍しい苗字なのに平凡すぎる名前、だとは正直思ったけど。だからってからかうなんて、男子は本当に子供だよね。

 ガクちゃんはどんな反応するんだろ? と興味でもう一度振り返る。

 びっくりした。般若みたいな顔してる。こんな怖い顔してる人、初めて見た。

 さらに驚いたのは、そのまま拳を作ったかと思うと、すごい勢いでユートくんに殴りかかったのだ。人の顔に拳がめり込むのも、初めて見た。ユートくんは漫画みたいにボタボタ鼻血を噴出したが、「何すんだよ!」とガクちゃんにつかみかかる。

 自分の真後ろで乱闘が繰り広げられることも、初めて。


「やめなさい! やめなさーい!」


 定規を武器とばかりに振り回しながら、増永先生は二人を引き離したけど、ガクちゃんはそれでも暴れる暴れる。すごい。

 その日、ガクちゃんとユートくんは指導部に連れていかれた。入学式の日に指導部のお世話になる生徒は、創立以来初めてなんだって。どんなヤンキーも顔負けだって学年主任の吉川先生は嘆いてた。

 問題はそれだけじゃ終わらなくてさ。休み時間のたび、ユートくんや他の男子はガクちゃんをからかって、ガクちゃんはそれを追いかけて、そして時には流血事件になった。といっても鼻血程度なんだけど、流血は流血だ。誰に怒られても、ガクちゃんの乱暴な部分は直らなかった。


 何故だろう。一言もしゃべったことがないのに、気づいたらあたしは彼女を「ガクちゃん」と呼ぶようになっていた。もちろん会話なんて交わしたことがないから、心の中で。暴君に近づく者は誰もいない。誰だって鼻血を出したくはない。けれど、どうしてかわからないけど、ガクちゃんのことが気になるんだ。絶対なれないだろうけど、友達になってみたかった。

 もちろん、今日も、誰もガクちゃんに話しかけないよ。馬鹿な男の子たち以外はね。

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