男二人
「―なあ、京一・・・」
「何だよ、敦史?」
顔を上げると、そこにはいつになく真剣な敦史の顔があった。
背中を冷たい汗が伝うのを感じながら、俺はごくりと唾を飲み込む。
「“へーほーこん”って、何だ・・・?」
「お前は一度人生をやり直せ」
「ちょっ、今遠回しに死ねって言った!親友に向かって死ねとか言ったよこの人!?」
「言ってない」
「言ったよ!だって新しく人生始めるにはこの人生終わらせなきゃいけねーじゃん!それってつまり死ねってことじゃん!」
「・・・それだけ頭が回るならそれを勉強に費やせよ」
人差し指を突きつけてくる敦史に、俺は深い溜息をついた。
期末テストを三日後にひかえ、俺たちは放課後教室に居残って勉強会を開いていた。といっても敦史が一方的に泣きついてきているだけだが。
「なあなあキョーイチ~」
「うるさいな、黙って勉強出来ないのか?」
「分かんないとこ解決できなきゃ勉強会の意味ねえじゃんかよ」
「返す言葉もないのが逆にムカつくな。ただ言っておくがお前には事前の努力が圧倒的に足りない」
敦史はあーとかうーとか唸って、頭を抱えた。
「だってさー、二週間前つったらまだ部活あるじゃん?んで一週間前になってもなくなるのは朝練だけじゃん。そしたら勉強始められるのは三日前ということに」
「ならねえよ」
「俺にとってはそうなの!ガリ勉のキョーイチと一緒にすんな!」
「ガリっ・・・!?お前そういうことばっか言ってると帰るぞ!」
「あー待って、帰らないでキョーイチ!お前だけが頼りなんだー!!」
「・・・現金な奴だな」
まあいい、と俺はノートの端に3と9を書いた。
「3を2乗すると9になるっていうのは分かるよな」
「・・・うん」
「おい、何だ今の間は!?」
「いや何でもねーよ?続けて続けて」
「嘘付けよお前絶対“2乗”の意味すら分かってないだろ!!」
「分かってるよそれくらい!」
「じゃあ説明してみろ」
沈黙。
「・・・すいません分かりません」
「お前は本当に中学生なのか」
「自分でも自信がなくなってきました」
「そんなんじゃどこの高校も受けられないぞ、まったく・・・」
俺が溜息をつくと、敦史は唐突に話題を変えた。
「高校っていえばさ、キョーイチはどこ見学に行く?やっぱ帝高?」
「そんなに上は狙えないよ。まあ近所の学校で偏差値が近いところを適当に回るかな」
「ふーん」
敦史は再び数学のワークと格闘し始める。
「お前は?狙える範囲とか分かってるのか?」
「オレ?オレはね~・・・へへっ、ユカちゃんと同じとこ」
どこまで本気なのか分からない台詞を吐いて、敦史は頬杖をつく。こいつに夢見る乙女のポーズをされても気色悪いだけなんだが。
「ユカはもう決めてるみたいだぞ」
「へえ、どんなとこ?」
「聖陽。カトリック系のミッション校だな」
「みっしょん・・・」
敦史が目を点にするので一応説明しておく。
「キリスト教団体が建てた学校ってことだ。宗教的な校則や行事があったりするところも多い」
「へえ、なんか面白そうだな」
「ちなみに、偏差値は58だ」
「・・・・・・」
中の上、といったところか。由佳の成績でも今からやれば狙えるが、敦史にとっては・・・。
「そして女子高だ」
「それを先に言えよ!!」
俺は敦史の肩に手を置いた。
「・・・諦めろ」
「いや諦めるよ!?そんな渋々みたいな言い方しなくても物理的に無理だから諦めるよ!?」
「お前なら女装してでも行きかねないかと」
「しねえよ!!・・・あ、いや待ってそれいいかも」
真剣に考え始める敦史を見て、俺はまた勉強の手が止まっていることに溜息をついた。
やっぱりこいつに勉強は向いていないらしい。