拝啓 森咲綾菜様
『拝啓、森咲綾菜様』
その書き出しを十回ほど繰り返し読んだところで、俺はようやく叫んだ。
「お前宛じゃねえか!!」
「当たり前だろ!!何でそんな初っ端で躓いてんだよお前は!?」
「俺宛だと思ってたんだよ!!その・・・お前が、俺に渡したんだとばっかり」
そうぼやくと森咲ははあ?と声を荒げる。
「なんであたしが京に告白なんかしなくちゃなんねえんだよ!?しかも例えそうだったとして目の前で手紙読ませるとかどんな羞恥プレイだそれは!!」
「あの雰囲気でそう思わないほうがおかしいだろうが!!思いっきりピンク色のオーラ出てたぞ!」
「出してねーよお前の妄想だそんなもん!!」
しばらく二人で荒い息をついて、しばらくして森咲は心底困ったような口調で言った。
「い、いいから・・・早く読んでくれよ、京一」
「お、おう・・・」
改めて便箋に目を通す。
『―返事が欲しいなんて言いません。ただ、この気持ちを知ってもらえただけで充分です。
あなたが辛いときに僕のことを思い出して、そして少しでも頼ってもらえるような存在になれたら嬉しいです。
榊徹』
手紙は、そう結ばれていた。
そうか、あいつが今まで女子を振り続けてきたのは・・・
「・・・どうしたら、いいんだろうな」
こいつの、為だったのか。
「どうしたら・・・って、そんなのお前が決めることじゃないか」
「決められてたらそもそもこんなことしてないだろ」
森咲は白けた視線を送ってきた。
「・・・そりゃそうだ」
俺は手近なダンボールの上に腰掛ける。
「・・・返事、した方がいいと思うか?」
窓枠に腰掛けて、森咲はじっと遠くを見やった。
「・・・まあな。あんなことを書いても、やっぱり返事もらったら嬉しいと思うぞ。普通はな」
「だよな・・・」
森咲は窓ガラスに額を押し付ける。
「・・・どう返事をしたらいいか、分からないんだ」
「お前は・・・お前はどう思ってるんだよ、榊のこと」
「そんなに話したこととかあるわけじゃないし・・・正直、わからない」
まあ、そうだろうな。恋愛に興味がないのは本当だって由佳も言っていた。今まで誰かをそういう風に見たことはないだろうし、頻繁に話す方じゃないなら尚更だ。
「・・・榊の気持ちを考えたら、少しでも・・・そういう可能性があるなら、付き合ったほうがいいと思うぞ」
「そう・・・なのかな」
正直、俺もアドバイスが出来るほど経験があるわけじゃなかった。だからこれは一般論であって、俺の考えとは言えないんだろうけれど。
「そういえば、何で俺なんだよ。由佳にでも相談すれば良かったのに」
そう言うと森咲は窓枠から飛び降りた。
「それは・・・なんつーか、男の意見が聞きたかったんだよ。それに、ああそうだ、京と榊ってなんか雰囲気似てるし」
なんだそのとってつけたような理由は。
「ま、榊の方が静かっつーか穏やかだけどな」
「お前の口から“穏やか”なんて言葉が出たことが驚きだよ」
「馬鹿にしてんのか、お前は」
相変わらずムカつく口だな、と俺の唇をつまみ上げると、森咲はそのまま教室を出て行った。
「痛ってえなぁもう・・・」
ちょっとは加減しろよ、と俺は一人ごちた。