可愛い奴
「―っていうことがあったんだよ」
「そっか・・・残念だったね。コロちゃんのこと、すごく可愛がってたから」
その日の帰り道、また一緒になった由佳がそういってうつむいた。
「そうだな・・・。まあ、それにしてもあいつが告白とか、俺もよく勘違いできたもんだよな」
「どうして?」
「どうしてって・・・だって全然そういうことに興味がないっていうか、縁がないだろう、森咲は」
あんなサッカー脳の一体どこに恋愛をする容量があるっていうんだ、と言うと由佳も苦笑する。
「まあ、興味がないっていうのは分かるけどね。でも縁がないわけじゃないんだよ?」
「いやいや、ないだろ」
「綾ちゃんは結構モテるんだから」
「女子にだけだろ?」
「男の子にも、だよ。京一くんが知らないだけで」
―“京一が鈍感なだ・け!”
由佳までそんなことを言う。そんなに俺は鈍感なのだろうか?
いやいや、森咲が男受けするようなタイプじゃないってことくらい男の俺には分かる。
どんなに気をつけても男扱いしてしまって、しかもそれを気にもしないようなやつなんて。友達以上になんかなれないに違いない。・・・そう思うんだが。
「―じゃあな、由佳」
「あ、うん・・・」
由佳に背を向けてドアノブに手を掛けた時、
「き、京一くん!」
振り返ると、由佳が顔を真っ赤にしながら一生懸命に舌を出しているのが見えた。
―“由佳はそんな風に怒らないよな、多分”
なんて、さっきそんな感想も彼女に漏らしたのだが。もちろん可愛い云々の話は伏せて。
俺が何か言うのを待たずに、由佳は慌てたように家に飛び込んでしまった。
「ああ・・・くそ」
・・・やっぱり悶絶級に可愛かった。
一週間が過ぎて、そろそろ期末テストが気になり出すころ。
部活動停止にはまだ早いが偶然今日は休みで、俺はまた由佳と一緒に登校していた。
「―あっ、やっと来たか遅いぞ京の字!」
下駄箱についた途端腕を掴まれる。
「あ?っておいちょっと森咲!どこ連れてくんだよ!?」
「いいから来い!ちょっとこいつ借りるぞユカ!」
「あっ、綾ちゃん!?」
「おー、ぐっもーにんぐユカちゃん!今日も一段とキュートだね!」
由佳が独り取り残されたが、あのアホが声を掛けるのが聞こえたからまあ大丈夫か。
俺は訳が分からないながらもおとなしく引きずられていった。
「・・・で、なんなんだよ?」
人気のない空き教室で、森咲は俺に背を向けて立っている。
「森咲?」
「・・・お、おう」
視線を床へやったまま森咲はゆっくりと振り向く。後ろで手を組んで、何やらもじもじとして―
・・・いや、ちょっと待て。
この雰囲気はもしかして・・・もしかして、俗に言うアレなんじゃないだろうか?
「き、京一・・・」
「あ、ああ」
でもそんな気配は微塵も・・・いや鈍感ってもしかしてそういう意味だったのか?い、いつから、いつからだ?全然気付かなかったが・・・っていうか返事はどうしたらいいんだ!?俺には由佳が・・・って違う違う、由佳とはそんなんじゃない。いやいや、でも―
「こ、これ!」
真っ直ぐ差し出してきたのは、淡いピンクの封筒。
「お、俺に・・・?」
「お前以外に誰が居るんだよ・・・何のために、こんなとこ呼んだと思ってんだ」
「あ、そ、そうだな・・・」
震える手でそれを受け取りポケットにしまおうとすると、その腕を掴まれる。
「い、今ここで、読んで・・・」
「・・・わかった、わかったからその、放せ」
「あ、悪い・・・」
女特有の華奢な手首を今日は妙に意識してしまって、俺は慌てて目を逸らした。
森咲の視線を感じながら便箋を取り出す。一つ深呼吸をして、勢いに任せてそれを開いた。