可愛くない奴
「・・・森咲!」
「んー?」
立ち去ろうとした森咲を思わず呼び止めて、しまったどうしようと内心頭を抱える。
「京?」
「・・・その、元気出せよ?」
「ああ、うん。さっさと治して復帰するよ」
「そうじゃなくて!・・・辛いことがあったなら吐き出したほうが、ってああいやなんでもない、忘れてくれ―」
「―なんだ、知ってたのか」
へ?と自分でもびっくりするくらい拍子抜けした声が漏れた。
「お前も気にしてくれてたんだな。サンキュ、京一」
「お、おう・・・」
「・・・そっか。お前とも遊んだことがあったっけな」
しみじみと話す森咲だったが、俺は首を捻った。
「・・・遊んだって何の話だ?」
「いや、小学生の頃さあ、よく家へ来て遊んだじゃんか。ユカとかも一緒に」
「俺が?いや、あいつとは中学からの付き合いなんだが・・・」
森咲は再び近付いてきて俺に詰め寄る。
「そんなわけねーだろ?よく思い出してみろよ」
「いや、俺はサカキのことは最近知ったんだけど」
「はあ?うちの犬はコロだろ、コ・ロ!サカキなんて変な名前じゃない・・・ん、サカキ?そういやなんか聞いたことある名前だな・・・ってうちの委員長じゃんか」
「・・・・・・なあ、森咲」
「なんだよ?」
「ちょっと聞くが・・・お前サカキに振られたんだよな?この前」
「なんだそりゃ、新手のギャグか?全くウケねーぞ」
・・・どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。
「すまん森咲、少し確認させてくれ。お前、昨日は風邪で休んでたんだよな?」
「おう。・・・まあ、コロのことも関係ないわけじゃないけど」
「コロのことっていうのは?」
「・・・お前分かりもしないで励ましてたのかよ、感謝して損したな。まあいい・・・死んだんだよ、一昨日な。もう・・・年齢だったから」
そこでやっと合点がいった。コロというのは森咲家の飼い犬だ。まだ仔犬のころ茶色くて丸っこい身体で庭をぴょんぴょん跳ね回っていたのをよく覚えている。
「そっか・・・。あいつ、死んじゃったのか」
「ああ・・・って誤魔化すなよ。そのサカキがどうとかっていうのは、何なんだよ?」
「いや・・・真江が『森咲が振られた』って言ってたから。それにお前、一昨日泣いてたじゃないか」
さっと赤くなったのがマスク越しにも分かった。
「なっ、お前見てたのかよ!悪趣味な奴!」
「う、うるさいなグラウンドの真ん中なんて丸見えなとこ選ぶのが悪いんだろ!」
「どこで泣こうとあたしの勝手だろうが!」
そこまで言って森咲は溜息をつく。
「・・・まあ、いい。でも俊のやつ何でそんなこと言ったんだろうな?嘘吐くようなやつじゃないし」
「まあそうだな。何かの勘違いか?」
「そんなことあたしが知るかよ。同姓とかじゃねーの」
「・・・ああ、そうかもな」
ということは何か、勘違いしていたのは俺ってことか?
そういえば、真江は森咲のことをあだ名で呼んでいた。苗字で呼んだということは、つまり別の奴ということだ。
森咲は白けたような目で俺を見やった。
「―で、お前はなに、あたしがサカキに振られて、雨の中わんわん泣いて喚いて、そんでショックのあまり学校休んだとでも思ったわけ」
「・・・まあ、そりゃあな」
「そんでもって、『ああ、アイツも女だったんだなぁ』とかしみじみと思ったりしたわけ」
「なっ・・・」
「うわ、図星かよ!?失礼な奴!」
「なんで分かるんだよ!?」
「何年の付き合いだと思ってんだよバーカ。思考パターンなんかお見通しだっつの。お前が鈍感なだ・け!」
そう言って俺をきっと睨みつけると、額に強烈なデコピンをかます。
「痛ってええ!!何すんだよ!?」
「うっせ」
森咲はマスクをずり下ろして舌をべえっと突き出すと、そのまま何も言わずに立ち去ってしまった。言っておくがこれっぽっちも可愛くない。誰だ、こいつもやっぱり女だとか言ったやつは。
「・・・でもまあ」
由佳あたりがやったら可愛いんだろうな、と少し想像してみたりして、けれど由佳がそんな風に怒るところを全然想像できなくて笑えた。
本当に、どうしてあれで親友やれてるんだろうな、あいつらは。全然似ていないのに。
そんなことをつらつらと考えながら、俺はようやく朝練へ向かった。