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きっとどこかに  作者:
4/20

振られたらしいぞ

五月になった。

部費について森咲と相談する予定があったので、俺は放課後2組の教室に向かった。

「あいつ忘れてなきゃいいけど・・・」

教室の中を窺うと、日直清掃中の由佳の姿が見えた。

「由・・・」

いや、もう一人居る。楽しそうに談笑しながら机を運んでいた。

いかにも文学少年と言わんばかりのその男子は何となく見覚えがある。確か(さかき)とかいったか。

二人で机を運んでいるように見えたが、そうでもなさそうだ。往復回数が多いのは圧倒的に榊の方で、由佳の運ぼうとしている机をさりげなく持ってやったりしている。そしてそれに気付かない由佳ではなく、しきりに申し訳なさそうな顔を向けていた。

気にしないで、と爽やかに微笑む榊。同じ男ながら格好いい奴だと思った。

・・・なんとなく、見てはいけないものを見たような気になった。

教室内から目を逸らすと、廊下の向こうで森咲が大きく手を振っているのが見えた。


梅雨に入って校舎内での筋トレが増えてきた。今日も途中から雨に降られて中練に変更になった。大会も近付いてきているというのにもどかしい限りだ。

そして部活だけで忙しくしているわけにもいかなかった。先月から通い始めた塾にも行かなくてはならない。

「敦史、林に塾で帰るって言っといてくれ」

「あいよ。あとでアイス奢れよ~?」

「気が向いたらな」

林、というのはサッカー部の顧問だ。新任だが厳しい男だった。だが奴の指導は的確だ。

筋トレを抜け出して雨の降るグラウンドへ出る。塾にはこちらの門の方が近い。

「ん・・・?」

この雨の中傘も差さずに立っている生徒が居た。

「あのユニフォーム・・・森咲?」

サッカー部のユニフォームを着ている女子なんて奴しか居ないけれど。でもなんでまだあんなところに?グラウンドから引き上げるとき傍にちゃんといたはずだが。

その横顔を、涙が伝ったような気がした。

「・・・あいつ」

雨かもしれない。けれど泣いているようにも見える。

塾の時間が迫ってきていた。

「・・・仕方ない、行くか」

後ろ髪を引かれながらも、俺はそのまま門を出た。


翌日朝錬が終わって部室に入ると、真江(さなえ)がゲーム機をいじっていた。

「お前またゲームか?」

「・・・ああ。まあな」

「今日は何だ?」

真江は無言で机の上のパッケージに目線をやった。

「シューティングか。これ前もやってなかったか?」

「これは2だ」

「・・・へえ」

真江俊輔。サッカー部に属してはいるが真面目に練習に出てきたことはない。ただ部室に入り浸ってひたすらゲームをし、部活が終わると教室でゲームをする。こいつはそういう男だ。

彼の渾名は“歩く攻略本”。ゲームのことなら何でもござれのオールラウンダーだ。オーソドックスなRPGからいわゆるギャルゲーと呼ばれるものにすら精通しており、知らないゲームはきっとない。

授業中すらその手を止めることはないので教師からも目の敵にされているが、当人はしれっとした顔をしている。最初の内はあからさまに激怒する教師も多く、その中の一人がいつだったか、「どうしてお前は学校に来てまで携帯ゲームをするんだ」と怒鳴ったところ、彼はこう答えた。

「家に帰ったらTVゲームをしなくてはならないので」と。つまりTVゲームをする時間を作るために学校で携帯ゲームをすると、そういうことらしい。これには教師も頭を抱えた。

どんなに言ったところで意味がないと悟った教師陣は、この件を黙認し始めた。もともと真江は放っておいても成績がいいタイプであった所為もある。教育委員会にいつ知れるかと冷や汗ものらしいが。

かくして堂々とゲームが出来るようになり、いやもともと堂々とやってはいたのだが、ともかく真江はこうしてゲームをしていてもそれを咎められなくなったわけである。

「モリ」

「うん?」

「今日は来てないみたいだな」

「そうなのか?そういえば見ないな」

沈黙。

正直真江は頼れる奴だとは思っているけれど、あまり得意なタイプではない。なんだか全てを見透かされているような気になるからだ。

「榊」

「え?」

「榊が、また女子を振ったって」

「ああ・・・あいつか」

以前由佳と一緒に居た男は、どうやら物凄くモテるやつらしい。注意して聞いてみると結構な数の噂が流れていた。誰と付き合っている、ではなく、誰を振った、という噂がだ。

選り好みが激しいのか本命が居るのかは定かでないが、まあとっかえひっかえ手当たり次第に付き合う奴よりは好感が持てる。

確か、由佳のクラスの委員長は森咲ではなくあいつになったはずだ。

「で、今度は誰だって?」

それは本当に偶然だった。そんなに興味があったわけじゃない。ただ話題の繋ぎとして訊いただけだ。

だが次の瞬間、俺は真江の返答に耳を疑った。

「―森咲」

「・・・何だって?」

「森咲だ」

「森咲って、あの森咲?」

「他に誰か居るか?」

液晶から全く目を離さずに言う真江に、俺は黙り込む。

いや・・・まさか。“モリ”なんて渾名のあいつが?

“モリ”という渾名の由来には実は諸説ある。

まずは苗字の“モリサキ”からとったこと。一番一般的で、初対面の人にも説明しやすい理由だろう。

二つ目以降は彼女の人柄というか、行動が理由だ。

森咲には自分が女だという意識があまりない。昔はそれがより顕著で、男さえ度肝を抜くほどの勢いで給食を食べ、男に混じってグラウンドを駆け回り、男のように短い髪を揺らしてがははと笑うやつだった。

つまり、“モリモリ(食べる)”“(元気)モリモリ”から来ているわけだ。

モリ、という渾名は奴の男らしさ、ガサツさの象徴であり、だからこそ俺はその渾名を使うのに少し気が引けているわけだ。だって仮にも女の子にそんな無神経な渾名は失礼じゃないか?・・・なんて、気にしているのは俺だけなんだろうが。本人さえ気にしていないだろうし。

まあともかくそんな森咲が男に告白だなんて、にわかには信じがたい話ではある。

でも。

昨日の光景が脳裏をよぎる。雨の中でぽつんと立っていた森咲。あれが本当に泣いていたのだとしたら?それが失恋の所為で、そのショックを引きずって休んでいるのだとしたら?

「いや、でもただ朝錬を休んでるだけかもしれないし・・・」

寝坊なんてこともあり得る。でもあのサッカー馬鹿の森咲に限ってそれはないか。

「なあ、絢南」

「ん、ああ、なんだ真江」

「予鈴鳴ったぞ」

「え」

壁の時計を見ると始業まであと三分といったところだった。

「俺は先に行くからな」

真江はやはりゲーム画面を見つめたまま部室を出て行った。

「まずい、俺も早く行かなくちゃな・・・」

俺は急いで着替え始めた。


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