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きっとどこかに  作者:
2/20

それぞれの友達

「あ、おはよう京一くん」

ドアを閉めると、向かいの家から声を掛けられた。

「おはよう、由佳」

彼女も今出るところだったらしい。朝練のない時には、こうして出くわすことも多い。

なんとなく並んで歩き出して、そういえばこんな風に歩くのは久しぶりだな、と思い出す。最後の大会に向けて部活も忙しくなってきていて、朝練の回数は増えるばかりだった。文化部で朝練のない由佳と登校出来ることは滅多にない。おまけに昨日までは春休みだったわけだし。

「今日は部活ないの?」

「ああ、始業式だから顧問も忙しいんだろ、今年は一年の担当らしいし」

「そっか。久しぶりにのんびり出来るんだね」

十年前と何も変わらない優しい微笑みを浮かべて、由佳は栗色の髪を揺らした。

傍から見れば羨ましい状況なんだろうなあ、これ。

こんな風に並んで歩いていると、同級生にからかわれることも少なくない。しかし一時期に比べれば大分おとなしくなってきていた。一時期、というのは小学校中学年の頃だ。

お互いに異性を意識し始める頃で、好きな子にちょっかいを出す男子とそれを糾弾する女子との間には当然のように亀裂が生じた。毎日二人で登校していた俺と由佳は当然のようにそれをからかわれ、非難された。俺は別にそんなこと気にならなかったけれど、その所為で由佳に友達が出来なくなるのは辛くて距離を置くようになった。

男女の亀裂がやっと修復されてきたのは中学に入ってからで、その頃にはもう俺は部活に入って忙しい毎日を送っており、一緒に登校できる機会は変わらず少なかった。

「あ、京一くん」

由佳が不意に立ち止まって鞄の中を探り始めた。

「これ、クラブの子達に試食してもらう分なんだけど、良かったら京一くんも食べて」

綺麗にラッピングされたクッキーを差し出す。由佳はお菓子作りが趣味で、家庭科クラブに入っているのだ。

「いいのか?」

「うん、まだいっぱいあるから」

ありがたく頂戴して袋を開け、一つ口に放り込む。

「・・・どう?」

「うん、うまいよ。甘すぎなくて好きだな」

しかしこれ、クラブの女の子に食べさせるならもっと甘い方がいいんじゃないだろうか?俺好みの味ではあるが女の子向けかどうかは微妙なところだった。

「よかった」

けれど嬉しそうに微笑んでいる由佳を見たら、そんな言葉は自然と呑み込まれた。

「―ユ~カ~ちゃんっ!」

「どわっ!?」

「き、京一くん!?」

突然誰かに突き飛ばされてよろめく。犯人など分かりきっているが。

「おはよーユカちゃん!今日もカワイイね!」

「あ、ありがとう・・・梅原くん」

「・・・俺は無視か、敦史」

「お、そんなところで何してんのキョーイチ?」

「お前に突き飛ばされたんだッ!!」

敦史はすっとぼけたような顔で口笛を吹いた。

やたらと由佳にちょっかいを出したがるこの男は、一応俺の親友に近い存在にあたる。

「なんのことかしらん?オレはユカちゃんに挨拶しただけだしー」

「そのついでに俺を突き飛ばすなよ!」

「なんだよもう、今日のキョーイチ機嫌悪・・・ん?きょうの、キョーイチ・・・?」

敦史は首を捻ると両手を打った。

「おお、“きょうのキョーイチ”!無意識のうちにギャグ作っちゃったよオレってば天才!?」

「どこが面白いんだそれ・・・」

というかギャグにすらなっていない。呆れる俺の声を無視して敦史は由佳に迫る。

「ねーねーユカちゃん!どうよオレのギャグ?」

「お、面白いんじゃないかなあ・・・?」

「まじでー?やった!」

「・・・引いてんだよ、気付けよ」

溜息をつくと、後ろから今一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。

「おっす、(あつ)!あとユカと京も!」

「あ、おはよう(アヤ)ちゃん」

こんな口調だが一応女である。

「おお、いいところに来たなモリ!オレの新ギャグ、聞きたい?」

「お、まじで?聞きたい聞きたい!」

森咲は身を乗り出す。ほら、こうなるから嫌だったんだ。

「森咲、真面目にくだらないからやめておいたほうがいいぞ」

「えー、敦のギャグで面白くなかった奴なんかないだろ?」

それはお前のギャグセンスがおかしいからだ、とは言わずにおく。

男女の間で戦争状態が続いている間、俺と由佳にはそれぞれ別の友達が出来た。それが敦史であり、森咲である。敦史と同じく長い付き合いになる森咲だが、一人だけ苗字呼びなのには一応理由がある。俺の苗字と森咲の名前が被っているからだ。

俺の苗字は絢南(あやな)で、森咲の下の名前は綾菜(あやな)。紛らわしいので互いにその名では呼ばない。俺は森咲を苗字呼びし、森咲は俺を名前呼び、というか略して呼ぶ。敦史の名前もたった一文字のために敦と略して呼んでいるくらいの不精な奴だから。

森咲にはモリ、という渾名もあり大半の奴がそう呼んでいるが、その由来が由来なのであまり気が進まず、俺は使っていない。

「いいか~、よ~く聞けよ!“きょうのキョーイチ機嫌悪ぅ~い”!!」

森咲は沈黙した。お、珍しくツボに入らなかったのか?

「・・・だーっはっはっはっはっはっはっはッ!!きょうの?キョーイチ?なんだそれー!!」

俺が馬鹿だった。やはりこいつらは完全に笑いのツボが一致しているらしい。さすがの由佳も苦笑気味だ。

「お、面白いんだよね・・・きっと」

「・・・どうだかな」

白けた視線の先で、バカ笑いしている森咲に背中をばしばしと叩かれ敦史が悲鳴を上げていた。


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