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きっとどこかに  作者:
13/20

ちゃんと見てたよ、ずっと

祭囃子の音と屋台から漂う香ばしい匂い。

いつもならば勇生がなんか食わせろと騒ぐところだが、今日は静かなものだ。

「・・・二人きりだな」

「えっ?あ、うん、そうだね・・・」

由佳が真っ赤になって俯いた。俺もなんだか照れくさくて目を逸らす。

お互いに何も話さないまま歩く。

不意に手が触れたのに驚いて見やると、由佳は慌てたように右手の屋台を指差した。

「な、何か食べるもの買ってこようか」

「あ、ああ」

「たこ焼きでいい?」

「俺が行くよ。ここで待ってて」

「うん、ありがとう」

パックを片手に戻ってくると、由佳の姿はなかった。

「・・・あれ」

まずい、はぐれたか。早く探さないと・・・。

「由佳ー?」

名前を呼んでみるが返事はない。どうやら近くには居ないらしい。

「まいったな・・・」

「―お、京の字じゃんか」

ヨーヨーをぱしぱしやる音に振り返ると、そこに居たのは紫陽花柄の紺の浴衣を着た森咲だった。

「森咲か。浴衣なんて珍しいな」

「え?ああ、これはおばあちゃんが無理やり・・・」

おばあちゃん子なのは相変わらずのようだ。頼まれると断れないらしい、と思いかけて、そういえばこんな話をしている場合じゃなかったと気付く。

「あ、そういや由佳見なかったか?」

「ユカ?見てないけど・・・はぐれたのか?っていうかユーキもいないじゃん」

「勇は元々一緒じゃないからな。由佳とはさっきはぐれたみたいで」

そう言うと森咲はヨーヨーを目の前でぶん回し、声を荒げた。

「なんでちゃんと手ェ握っとかないんだバカ!ユカは軽いんだからすぐ人ごみにのまれるだろうが!」

「いやそう言われても・・・」

っていうかいつまでやってんだ。避けるのも一苦労なんだが。

「避けんなよ!・・・ああもういい、とにかく探すぞ。7時に境内集合な」

「・・・分かった」


「―居たか!?」

「・・・いや」

約束通りに境内で落ち合ったが、俺も森咲も収穫はゼロだった。目撃した人さえ居ない。

「帰ったんじゃないのかよ?」

「由佳はそんなことしないだろ」

森咲は石段に腰掛けながら言う。

「熱が出たとか腹壊したとか、そういう緊急事態ならありえるだろ」

「まあ・・・そうか。―とにかく一度休もう」

ラムネを買ってきて手渡してやると、森咲は袂に手をやる。

「いくらだ、これ?」

「いいよ、そのくらいおごる。探すの手伝ってくれたしな」

「そか、サンキュ」

からん、とビー玉の涼しい音が響いた。

榊と一緒じゃなかったんだな、とふとそう思った。

―“少しでも・・・そういう可能性があるなら、付き合ったほうがいいと思うぞ”

何も分かっていないくせに、無責任にそんなアドバイスをしてみせて。

分からないなら分からないと素直にそう言えばよかったのに、どうして要らぬ見栄を張ってそんなことを言ってしまったのだろう。

こくこくと動く意外なほどに白い森咲の喉元に目を走らせる。少しはだけた浴衣の胸元から汗の玉が鎖骨の方へ流れ落ちるのが見えて、慌てて視線を逸らした。

「―総体、出たかったな」

「え?」

森咲はラムネのビンを下ろした。石段へ雫が落ちる。

「あ・・・いやさ、今更だってのは分かってるつもりだけど・・・でも、あたしが出てたらどうなってただろうって、考えずにはいられなくて」

全国大会へ進んで、そこまでは良かった。だが二試合目突然真江が風邪を引いて休み、補欠を入れなくてはならなくなった。

実力で言えば真江の穴を埋められるのは森咲しかいない。だがやっぱり奴は試合に出られなかった。

「・・・あたしが出たところで、何も変わんなかったかもしれないけどな」

呟く台詞は弱々しくて、なんだか奴らしくなかった。

そんな顔するなよ、元気出せよ、そう言えない自分がもどかしいけれど、でもそれはきっと俺の役目じゃないから。

「・・・お前が出てたら、もっと上へ行けたよ」

「いーよ、そんな気とか遣わなくても」

「そんなんじゃねえよ。優勝だって出来たかもしれない」

「・・・んなわけねーだろ」

俯く森咲の前に立って、短い黒髪に手を乗せる。

「んなことあるよ。お前は誰よりも一生懸命やってきたんだから」

「そんなもん、誰も認めてなんか・・・!」

「俺が見てた。ちゃんと見てたよ、ずっと」

森咲は何も言わなかった。ラムネがだんだん温くなって、雫が石段へ落ちる間隔が早くなる。

俺は背を向けてラムネを煽った。炭酸が喉に染みる。

「―由佳、探しに行くか」

「・・・うん」

森咲が立ち上がった気配がした。

「ひと回りしても見つからなかったら、もう帰ろう」

頷いた森咲の右手を握って、驚いたように見上げてくるのに気付かない振りをして歩き出す。

「・・・またはぐれたら、帰るタイミング失うだろ」

「・・・そうだな」

祭囃子の音は遠く、総体のことも榊のことも頭から消えて。

俺はただ、ラムネで冷えた森咲の指先が少しずつ熱を取り戻していくのを左手に感じていた。


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