俺なんかよりずっと上手いのに
「原中ー!ファイ、」
「オー!!」
円陣を組んで一斉に右足を踏み鳴らす。
総体。泣いても笑ってもこれが中学最後の大会だ。
地区予選決勝のこの試合は、由佳が観に来ているだけでなくゲーム魔の真江も出場している。
もともと真江はサッカーがかなり上手い方で、活動もしないのにサッカー部に所属しているのも当時の部長に無理やり押し切られたからだ。
練習にもろくに出てこないこいつがスタメン出場ということをよく思わない連中も確かにいるが、その実力を目の当たりにすると何も言えなくなる。段違いなのだ。
「頼んだぞ、俊」
「ああ」
それとは反対に、誰よりも努力していたのに試合に出られない奴もいた。
「サポートは任せろ。勝てよ、絶対」
「・・・森咲」
「何してんだ絢南!さっさと出ろ」
「すみません!・・・行ってくる」
「・・・おう、行って来い」
森咲は公式試合には出られない。それは奴が女子だから、というあまりにも理不尽な理由で。
女子クラブチームに参加するには隣町まで行かなければならず、あまり高い頻度では通えない。だから試合に出られなくてもいい、ここで練習させてくれと顧問に土下座したのは森咲自身だ。
だがどんなに頑張っても報われない奴を見ているのはとても辛い。本人はなんでもないような顔をしているが、俺はどうしてもそんな風に割り切れなかった。
「・・・俺なんかより、ずっと上手いのにな」
「何か言ったか、絢南?」
「・・・いや」
集中しなくては。俺は頭を切り替えてホイッスルの音を待った。
前半戦が終わった。
ドリンクを渡してきたのは森咲ではなく林だった。
「あの、森咲は?」
「ああ、あいつは・・・いや、今取り込み中だ」
「・・・そうですか」
林はすぐに敦史の方へ視線を移す。
「梅原、後半からお前を出す。篠田と交替だ」
「はいっ!」
「敬礼は要らん」
「はいっ!」
「いやだから敬礼は・・・もういい」
こんなときにまで普段と同じ調子の敦史に少し気持ちが緩む。周りの面々も緊張が解けたようだ。
「―さあ後半戦、締まって行け!」
「オー!!」
試合は2-0で勝利した。
挨拶を終えてベンチへ戻ると、林が俺と敦史に耳打ちする。
「反省は後でいい。お前らは医務室行って来い」
「え、オレら別に怪我とかしてないっすよ?」
「城夜が熱中症で倒れたらしい。森咲が付いてやってるから、お前らも早く行ってやれ」
「ユカちゃんが!?」
「すぐ行って来ます」
「―ユカちゃん!」
「敦史、試合終わったのか!?悪い、すっぽかして・・・」
「気にするな。それより由佳は」
「いや、もう大分落ち着いてきたけど・・・びっくりした、結構重症だったから」
森咲が眉根を寄せてベッドの方を見やると、敦史が一目散に駆け寄るところだった。
「ユカちゃん、大丈夫!?」
「あ、梅原くん・・・?」
「けいれんは?」
「え?いや、別に・・・」
「肌の色変わったりしなかった?ものすごく熱いとかは」
「あ・・・肌が赤かったから日射病だって言われたけど・・・もう、大丈夫」
「・・・よかったぁ~」
敦史はその場に崩れ落ちた。由佳が目を丸くする。もちろん俺や森咲もだ。
こんなに真剣な敦史は初めて見た。
「でもしばらくは安静にしてて。熱中症は一度やると再発しやすいっていうし、免疫も落ちるから」
「うん・・・ありがとう」
「全く・・・ちゃんと水分補給しないからだぞ」
昨日あれほど言ったのに、と森咲はベッドに歩み寄る。
「そんなに体力ある方じゃないんだから、無理するなよ」
俺が言うと、由佳は少しやつれた目で苦笑した。
「ごめんね京一くん・・・見入っちゃってたから」
その瞬間敦史が立ち上がり由佳に詰め寄った。
「あ、ユカちゃんユカちゃん!オレの活躍見てくれた!?」
「え?ええと・・・」
「ばーか、ユカが倒れたのは前半だろ。敦が出たのは後半だから見てねーよ」
「ご、ごめんね梅原君・・・」
「そ、そんなぁ~・・・!」
敦史は今度こそ崩れ落ちるのだった。