【戦女神サクラ】異世界トリップしました!
己のための理想郷、『もふもふニャンニャン帝国』を作るために、彼女はとある創造神との異世界契約を行ない、その身を戦場に投じる。これは後に戦女神サクラとして歴史に名を残す、1人の女性の物語の始まりの話である。
「ここは……」
突然に目の前で起こった状況に困惑する。
明日の決戦に備え、いつものように筋トレをしながら携帯でネット小説を読んでたら妙なことが起きました。
意識が飛んだかと思えばさっきまでいた自分の部屋ではなく、知らない部屋に移動していた。
「話は聞かせてもらったよ!」
ふすまが勢いよく開かれ、黒猫の姿をした何かが部屋に入ってきた。
「だったら僕にまかせてもらえば、万事解決だよ! だから……」
黒猫と断定できないのは、いきなり人間の言葉を流暢に喋りだしたからだ。
「僕と契約して魔法しょう……あべしっ!」
「その台詞は禁則事項です」
私は目の前に来た、黒猫の姿をした何かを蹴り上げた。
「ひ、ひどいであります! 決め台詞を言い終わる前に、いきなり足を出すとか!」
「家にいたらいきなり妙な所に誘拐されて、キモイ猫もどきに悪魔契約をされようとしたら、蹴るのが普通でしょ?」
私の言葉に黒猫の姿をした何かは、視線をさまよわせてオロオロと狼狽し始める。
「そ、そんな。この前、居酒屋でお会いした白猫兎を名乗る方に、教えてもらった営業トークがまったく効かないとは!」
「たぶん、それ騙されてるわよ」
「そ、そんなことはないじゃろー!」
ないじゃろー?
「すごく親切なお方で、僕が就職難でようやく見つけた、時給100円で異世界を作るお仕事に苦労してる話を親身に聞いてくれた上に、いろいろアドバイスをしてくれかたでおじゃるよ! 僕が初めて作った異世界が、荒れていて収拾がつかなくなってるから、誰か助っ人を呼ぶために良い方法がないかと聞いたら、誰でも一発で笑顔で契約してくれる台詞だと聞いてるでありんすよ!」
「いっぱいツッコミたい所はあるけれど、とりあえず語尾を統一しなさい。 後、やっぱりあなた騙されてるわよ?」
そもそも、時給100円で異世界を作るという胡散臭い仕事を、よくやる気になったわね。
違う意味で尊敬するわ。
「たぶん予想だけど、『白い悪魔』とかで調べれば、似たような口のうまい悪徳業者が見つかるわよ」
「そんなはずはないですたい! あんなつぶらな瞳をしたおかたが、悪人なわけがないです! 待っていて下さい、すぐに調べますから!」
そう言って、部屋の中にポツンと置いてあるパソコンに走っていて、何やらカチャカチャと猫足で器用にキーボードを叩きながら、何かを調べだす黒猫もどき。
おそらくインターネットを使って、目的の悪徳業者の情報を探しているのだろう。
「な、なん……ですと……」
画面を覗くと、悪徳業者の詳細な情報、もとい被害報告が載っている。
ものの見事にWANTEDという指名手配写真の中に顔が収められている。
『言葉巧みに人の心の隙につけこんで、魔法少女契約をせまる悪質な詐欺師です。注意!』と、でかでかと警告文字が書いてある。
冗談で言ったつもりなんだけど、本当にいたみたいね。
びっくりね。
「そ、そんなことはないんじゃい! だ、だって、その時だって、『これを買えば次の宝くじで必ず1億円が当たる水晶』を売ってくれたのですよ! 50万円で買えば、1億円が手に入るんですよ! すごい親切なお方だと思ったのに、それは全部嘘だったと言うのですか!?」
猫もどきは、フルフルと猫足を震わせながら宝くじの束を私に見せる。
軽く100枚以上はあるわね。
この厚みだと、下手すれば1000枚は超えてるんじゃないの?
「どうすれば良いんですか! わずかばかりの全財産を使って買ったのに! 僕は、明日からどうやって生きていけば良いんですか? 霞を食べて、生きていけばいいのですか? 時給100円だと、モヤシのみご飯を食べるので、精一杯なのですよ!」
宝くじの束を床に勢いよく叩きつけた後、泣きながら肉球のある猫足で私にしがみついてくる黒猫もどき。
しらんがな。
お米すら買えないとは、かなり悲惨な生活をしてるみたいね。
「1000枚くらいあったら、1万円くらいは当たるんじゃない?」
「それじゃあ、もとが全然とれないであります! ひどいニャァアアア!」
地面に寝転がって、猫足をジタバタとさせて暴れだす猫もどき。
これが普通の猫だったら可愛いんだけど、無駄に流暢に喋るから、いくら生来の猫好きの私でもキモイと思ってしまう。
やっぱり、猫はニャーニャー鳴くのが一番可愛いというのを再認識させられるわね。
目の前で「ねこまんまー! かつおぶしー!」とむせび泣く駄目猫を、私は叩き起こす。
「あべしっ!」
「私を呼んだのは、あなたの愚痴を聞くためじゃないんでしょ? さっさと用件を言いなさい。特に用が無いんだったら、帰らせてもらうわよ?」
「ま、待つでござる! 聞いて欲しい話が、あるでござる!」
今度はござる口調ですが。
無駄な方向に、レパートリーが多いわね。
* * *
ようやく本題に入りましたね。
異世界トリップ!
ついに私のところにきましたか。
しかも夢にまで見た、念願のファンタジー世界へのトリップ。
ネット小説を読み漁りながら、一心不乱に身体を鍛え続けたかいがありました。
しかし前置きが長すぎます。
ていうか、これからの展開が読めますが、コレにまかせて良いのかがすごく不安になります。
今回は断りましょうか。
でも、このような機会は二度と来ない可能性もあります。
悩みますね。
「別に僕も、無作為に選んだわけじゃないぞい! 君が密かに異世界に行くことを夢見てたのも知ってるし。わざわざ異世界に行くことを想定して、お見合いや合コンの誘いを断り続けながら、いろんな道場を渡り歩いて……ぶべらぁあああ!」
「お口チャック」
余計なことを言う駄目猫に、張り手をかました。
「ぬぐぉおお……死ぬかと思った。お口チャックって可愛らしく言ってましたけど、ぜんぜん可愛くないですよ。今、宙を飛びましたよ! 殺す気ですか!」
「もう一回、お口チャックする?」
私は笑顔で手を振り上げる。
そうすると駄目猫は、首を大きく横に振って両手を上げ、降参の合図をする。
「さっきの話だけだと、まだ分からないことがいろいろあるわ」
「何が聞きたいのでしょうか?」
私にまた張り手をされるのを恐れてか、低姿勢で聞いてくる猫もどき。
「向こうには、どんな住人がいるの? もちろん猫はいるんでしょうね?」
「猫どころか、猫耳と尻尾をつけた、猫族と言う人の姿をした生き物が住んでますよ」
猫もどきはパソコンのマウスを猫足で器用にクリックしながら、とある画面を見せる。
「せっかくなので、私が作った異世界に招待するための資料をお見せしましょう! これを見たら誰だって、私の作った世界に行きたくなるはずです!」
そう言って見せられた画面には、いろんな獣耳や尻尾を付けた人やカラフルな髪や瞳を持つ人が、写真つきで載せられていた。
異世界の説明文なのだろうか、地名やそこに住む人の事などいろいろな異世界情報が載せられている。
「今回のゴタゴタが終息した暁には、ファンタジー世界に憧れる人達に、この添付資料つきのメールを送って招待をする予定です」
「そんなのを勝手に送られた方は迷惑じゃない?」
「もちろん、事前調査はしっかりしますよ。そして、本当に心の底から異世界に行きたいと思う人にしか、この異世界転移用のプログラムが仕込まれたURLが表示できない機能にする予定です!」
ドヤ顔で、私に説明をする猫もどき。
「プログラムって言うのがよく分からないけど、あなたって意外といろいろできる猫もどきなのね。少し感心したわ」
「これでも、猫SE界のデスマーチ将軍と言われた僕です。これくらいのことは問題無いのですよ! 数々の祭りと言う名の修羅場を乗り越え……ウッ、あれは本当につらかったです」
なにやら泣き出した猫もどきだが、とりあえず「生きろ」と適当なことを言って肩に手を当ててやる。
「あ、ありがとうございます! こんなに誰かに優しくされたのは初めてです!」
「何だかよくわからないけど、話を続けて頂戴。いつまでもあなたと漫才をしてる程、私は暇じゃないの」
私の言葉に「ガーン!」と言ってショックを受けた様子だが、しぶしぶと説明を続ける猫もどき。
「とりあえず、あなたが作った異世界に行けば良いのよね? しかも、今その世界は荒れていて、各国が戦争を繰り返す動乱の時代になっていると……」
「はい。上司から渡された異世界生成キットを使って適当に異世界を作った後、ネット小説を読み漁るのに夢中になってたら、まさかあんなことになるとは……」
猫足を顔の前に出してワナワナと震える仕草をするが、どう考えても自業自得なように聞こえるのは、気のせいかしら?
「いや別に、さ、サボッてたわけじゃないんだよ? これから作る異世界の参考にするために、無料のネット小説を読んでただけだからね? 素人なりにも発想が独創的で、とても参考になる物ばかりだったので時が経つのも忘れてしまって、特にハーレムものなんて……う、うらやまけしからん!」
ジト目で見つめると、慌てて言い訳を始める猫もどき。
目がキョロキョロと忙しなく右往左往してる様子からして、やましい気持ちがある表れですね。
ハーレムって、あなた雄だったのね。
「しかも無料ですか。参考にするなら、有料のファンタジー小説も読んだほうが良いわよ?」
「今までド貧乏暮らしをして、三食モヤシのみご飯のモヤシっ子の僕に、そんな金があると思ってんのかい! だてに血の色までモヤシ色と言われ、筋金入りのモヤシ猫と呼ばれ続けた僕じゃないんだからね! うわぁあああああん!」
「不憫ね……」
しまいには泣き出した猫もどき。
「はいはい、泣かないのよ。あなたはモヤシ猫ではないわ。私が保証するわ。あなたは、立派な猫もどきよ」
「あ、ありがとうございます! 女性にこんなに優しくされたのは、初めてであります! ちょっと勘違いをしてしまいそうであります」
急にモジモジとした仕草を始めると、頬を染めて目を潤ませ私を見つめる猫もどき。
キモイ。
「うん、勘違いだから。もういい加減このやりとりは飽きたから、早く次に進めて頂戴。じゃないと挽き肉にするわよ?」
私が笑顔でそう言うと、目から滝のような涙を流す猫もどき。
しばらく放置した後、猫もどきが復活したのを見計らって話を続ける。
「それで? 私があなたに協力した場合の報酬は何? まさか、タダ働きをさせるつもりじゃないでしょうね?」
「フフフ。聞いて驚け、見て笑え……」
「プププ」
「早い早い! まだ台詞を最後まで言ってないから!」
うるさいわね。
せっかく合いの手を入れてあげたのに。
「もし僕に協力してくれたら、君に国をひとつ治める権利をあげるよ!」
「却下ね。国を作るくらいなら、私でもできるわよ」
「いやいやいや、その自信がどっから出てくるのかは分からないけど、力で支配し続けることには限界があるから! 己の肉体を鍛えるための戦続きの毎日も良いけど、たまには身の安全が守れてゆっくり休める保養所みたいなところも必要でしょ? 猫族だけが住むことを許された、強力な結界で守られた島国。君にとっても彼らにとっても理想郷な、もふもふニャンニャン帝国! 一家に一国どうですか、お客さん!」
うさんくさい営業トークに眉をしかめるが、馬鹿猫もどきにしてはなかなか魅力的な言葉じゃない。
「更に今なら異世界トリップでは定番のチート能力を、創造神である僕から3つまでおつけします! いかがでしょうか?」
ズザザザーッと滑り込むように土下座をしながら、私の足元にひれふす馬鹿猫もどき。
「チートねぇ……何でも良いの?」
「僕に実現可能な範囲であれば。とりあえず、欲しい能力を頭の中にイメージをしてみて下さい」
「うーん、それじゃあ……」
「あっ! それ無理です」
私は無言で猫もどきの尻尾を掴もうとする。
「ちょっ!? 回すのは勘弁して下さい! 僕にだってできることと、できないことがあるのです!」
「本当に使えない創造神ね」
私は馬鹿猫にいくつか質問をしながら、チート能力とやらをもらった。
「ていうか今更だけど、君は結構強そうだから。チート能力とかはいらないんじゃないのかい?」
「いるわよ。身体を鍛えることはできても、さすがにこの若さを維持したままで生き続けることはできないわ。私が目指すものには、莫大な時間がかかるのよ」
「それ以上の鳩む……ごめんなさい、胸のことは何も言ってません! 究極の美しい肉体美を作るのですね! 分かります!」
お馬鹿を睨んだ後、私はこれからの事に思いをはせる。
私にとっての輝かしい未来。
猫耳に尻尾を生やした可愛らしい猫族達を侍らかして、玉座にふんぞりかえる私。
グフフフ、夢が膨らむわね。
「ちょっ!? 何て怖い笑顔をしてるのさ! 勇者を送るつもりなのに、魔王を送るような心境になってきたよ! 今更ながら、僕は人選を間違えた気がしてきたよ!?」
「心配ないわ。向こうに行って、世界を滅ぼしてくれば良いのでしょ?」
「違うよ! 平和にして欲しいんだよ! 破壊神は、お呼びでないよ!」
「うるさいわね。冗談よ」
不安そうに「この人で良かったのか? やっぱり、考え直したほうが良いのかな?」とブツブツ言う猫もどき。
パソコンの裏側から何やら怪しげな物体を取り出し、私に渡そうとする。
「とりあえず、向こうに行って僕の指示に従ってもらうための連絡手段を渡しておくから、有効的に使ってくれたまえ」
これってどう見ても、紙コップで出来た『糸電話』じゃない。
「使い方は、こっちの紙コップが受信する側だからこうやって耳を当てて、それとこっちの紙コップは送信する側だから、こうやって口を当てる。ね、簡単でしょ? これで僕との業務連絡ができるよ!」
胸を張って誇らしげに説明をする猫もどき。
「アナログなのか、デジタルなのか判断に迷うところね。これで私の声しか聞こえないってオチだったら、モヤシ肉にするからね?」
念のためにと、見た目『糸電話』の通信機を使ってみる。
私の言葉に青ざめた表情をしてたが、うまく使えることを確認できたことで、安堵したような表情を見せる猫もどき。
自信なかったのね。
「とりあえず、これは借りとくわ」
私は糸部分を首にさげるか、身体に巻きつけるかで悩む。
「こう言うのって、普通は携帯電話とかを流用するもんじゃないの?」
「そないな高い物を、僕みたいな新人バイト扱いに買えると思ってるのかい? 冗談は君の胸だけにして、アイニャァアアア!」
猫もどきの尻尾を素早く掴み、勢いよく振り回す。
さすがに肉体を極限まで鍛え上げた代償は、大きかったですね。
胸を柔らかく大きくしたままで、自分の求む身体を作り上げたいところでしたが、今は現状の体型が限界ですね。
見た目は女性らしい身体で、超人と呼ばれる者になるのが私の目標ですが、まだまだ時間がかかりそうです。
私の母は胸の大きな人でしたから、理論的には不可能ではないはず。
それに関する書物を読み漁ってるので、時間さえあればいづれ自分の目指す究極の肉体美を作り上げる予定だから、別に問題無いんですけどね。
別に気にしてないもん……。
「目が回るニャァアアア!」
おっと、いけないわ。
ちょっとした思考に耽ってたら、お馬鹿猫を振りまわしてる途中だったのに気付きましたわ。
「ひ、ひどい目にあったニャ……」
「いまさら語尾にニャをつけても全然可愛くないわよ。また胸の事に触れたら、その尻尾を割って二股猫にするわよ?」
「や、やめて下さい! おかしいなー。君は確か大の猫好きだったよね? なんで僕に、こんなひどい事をするんだい?」
「表面的な部分のみが猫の姿になってるような奴は、私の中では猫に該当しないわ」
とりあえず、自分の身なりをチェックする。
暗器くらいしか持ち合わせがないが、まあ何とかなるでしょう。
転送先がどのような場所かは分からないけど、いきなりジャングルのようなところに放り出されても別段問題無い。
山篭りの経験はあるから、サバイバル的な所からスタートしても余裕で生きてはいける。
「明日ようやく念願の達人との死合をできる日だったのに、それを欠席してまであなたの頼みを聞いてあげてるのよ? 感謝して欲しいくらいだわ。それとも、自分の力で解決しに行くの?」
「それは無理です。さっきも言ったように、創造神である私は世界に干渉できません。見守るのが本来の私の役目ですから。でも、私が作った世界で生まれた同族達が、争い合うだけの血生臭い世界を見守り続けるのも……ううう」
「泣かないのよ。ちゃんと何とかしてあげるから」
不真面目なのか真面目なのか、馬鹿なのかお人好しなのか、いろいろ考えさせられる創造神ね。
「あっ、そうだ忘れてたわ。明日会う彼に、メール入れといてくれない? これから異世界に行くので、明日の死合は欠席するって」
「了解したよ。メールしとけば良いんだね?」
快く返事をすると、最初の頃に比べてなんだかお疲れな表情を見せながら、パソコンに向かってメールを打ち始める黒猫もどき。
「ちょっと待って! 何で、あなたが彼のメアドを知ってるの? まさか、私の携帯の中味を見たんじゃないでしょうね?」
私の言葉に猫もどきがビクリと身を震わす。
「て、転そぉおおおおおい!」
「チッ!」
自分に何かが纏わりつく感覚と共に馬鹿猫もどきを見失って、思わず舌打ちをしてしまう。
一瞬の浮遊感と共に、とある場所に降り立つ。
「いきなり飛ばされた先が戦場とか。か弱い乙女一人を送る場所としては、どう考えても選択を間違ってない? 後であの馬鹿には説教ね」
目の前で、武器をもって何やら争いあう人々。
流血して倒れている人もいることから、喧嘩というよりは戦争に近い雰囲気を感じる。
「お、お前、どこから現れた? チッ、人間か! おのれ野蛮な人間共め、死ねぇえええ!」
戦場のど真ん中で、状況を見極めようと傍観していたら、突然近くにいた者に斬り付けられる。
「何? 消えた!?」
死角に回り込んで剣を振り下ろしたつもりかもしれないけど、そんな剥き出しの殺気だと見なくても避けられるわ。
「今のは良い殺気だったわよ。ちょっとゾクッっと来たわ」
切りつけようした相手がなぜか後ろに周りこんでるように見えたのか、若い青年が驚いたような表情をする。
見た目はかなり若そうだけど、平和なのが当たり前な向こうじゃ、なかなか見れない気迫ね。
その後も果敢に私へ一太刀を浴びせようとするが、かすることもできない。
動きはなかなか早いわね。
でも残念ながら、剣筋が天地空斬流の師範に比べるとまだまだね。
彼とも日本刀を使って死合をしたかったのに、それがもうできなくなってしまったというのが今更ながら悔やまわれるわね。
「なぜ当たない!」
あら?
異世界に来てから初めての戦闘に夢中になってたせいで、彼の容姿を見落としていたわ。
人のようで、人じゃない生き物。
顔はなかなか良い男だけど、そんなものはどうでも良い。
「……ッ!」
「動かないで」
じっくりと観察をするために素早く背後に回り、関節技を極めて拘束する。
あれ?
この子もしかして……女性?
思わず男性と勘違いする原因になった、短く刈り上げた深緑の髪から生えた三角の2つ耳。
それと腰から生えた、左右に激しく振れる尻尾。
さすがファンタジー世界ね……。
興奮のあまり、思わず鼻から熱い何かが零れ落ちるところだったわ。
本物かどうかを確かめるために、とりあえず右耳を甘噛みしてみる。
「な、何をする!?」
「獣の味がする。本物ね」
この見て良し、触って良し、舐めて良し、の素晴らしい生き物は後でじっくり愛でるとして。
まずはこんな素晴らしい生き物が、なぜ血生臭いことをしてるのかを問い詰めないと。
「人の命を奪うということは、自分の命を懸けるということ。それは分かってる?」
「我らの同族を戦争の道具に利用するために、奴隷にするような野蛮な人間の話など、聞けるものか! 奴隷になるくらいなら、死んだほうがマシだ! 殺せ!」
血走った目で私を見つめる猫族の女性。
奴隷? どういうこと?
「ガハハハハ! よくやったぞ、お前! ん? 女か? まあ、どっちでも良い。それはワシが狙ってた獲物だ、そいつを寄越せ! 金はいくらでも払うぞ! それ程にいきの良い奴を戦奴隷として使えたなら、戦場に行っても……」
「黙れ、豚野郎」
「ッ!」
目の前でゲラゲラと笑う目障りな男の顎を拳で砕き、勢いよく蹴り飛ばす。
宙を高く舞って豚野郎が地面をバウンドしたのを確認した後、放置する。
たぶん、死んではないだろう。
別に死んでも良かったのだが。
自分の中で湧き上がった怒りを静めるために、一度ゆっくりと深呼吸をする。
後ろを振り返ると、地べたに座りこんで私を見上げる彼女に視線を合わす。
彼女との目線に合わせるために、腰を下ろしてなるべく優しげな笑みを浮かべて、もう1度問い掛ける。
「ちょっと、教えてくれないかしら? 私、ここに来たばかりで、状況がよく分かってないの。あなたの話す内容次第では、助けてあげることもできるわ」
私の拘束から解放された彼女が驚いたように眼を見開いて、深緑の瞳で私を見つめる。
既に彼女からの敵意は感じない。
むしろ、さっきとは違って怯えているようにも見える。
猫耳を上下にピコピコと忙しなく動かせながら、上目遣いで私を見る表情もなかなか可愛いじゃない。
……じゅるり。
「これは……お持ち帰り決定ね」
「え?」
思わず本音がボソリと出てしまった事をごまかすように、慌てて周りを見渡す。
戦場を注意深く見ていると、鎧を着て剣を振り回す人間達と、猫耳と尻尾をつけた人達が争っているように見える。
「お前……本当に知らないのか?」
「言ったでしょ。私は、さっきここに来たばかりなの? なぜ、貴方達は争ってるの?」
「お前たち人間共は、戦争のための兵を増やすために、私達の村を襲い、戦奴隷にしようとしてるんじゃないか! 私の兄弟も彼らに、無理矢理連れていかれて……ひどい時には、同族との戦争に使われて……」
そう言って、涙を流す猫族の女性。
なるほど、奴隷ね。
私が愛でるために存在する猫族を奴隷にして虐げるとは、良い度胸じゃない。
自分の中で、再び怒りがふつふつと湧き上がるのを感じる。
何よりも女性ですら戦場に駆り出さないといけない状況を作った目の前の連中に、もはや抑えきれないまでの怒りの感情が己の中で渦巻く。
どうやら、当面の私の目標は決まったようね。
「お、おい……」
「サクラよ」
「え?」
「私の名前よ。覚えておきなさい。貴方達とは、これから長い付き合いになるんだから。ていうか、私が今そうすると決めたわ」
戦場を見て暗い笑みを浮かべる私に、不安そうな表情をする猫族。
「フフフ、安心しなさい。とって食ったりはしないわよ。むしろ、私は貴方達の味方よ。この場合は人間のほうが、敵になるかもしれないわね。とりあえず、あなたの同族達を解放するために、彼らとOHANASHIをしたいところだけど、その前にこの目の前で暴れてる馬鹿共を黙らす必要があるわね」
目に見える範囲で考えると、だいたい100人くらいかしら。
私から見れば小規模な小競り合いみたいだし、この乱戦を利用すれば私1人でもなんとかなるでしょう。
問題があるとすれば、可愛い猫族から見れば人間である私も敵と認識してるようだから、私の可愛い猫族達に怪我をさせないように、すべての人間を無力化させる。
いきなり重労働ね……。
まあ、仕方ないか。
「さて、シバちゃんも私に協力しなさい」
「シバちゃん? ……まさか、私のことを言ってるのか!?」
何となく髪型と色的なイメージからあだ名をつけてみたが、駄目だったかしら?
「他に誰がいるの? これから、この馬鹿共を沈黙させるから協力しなさいと言ってるのよ。このままだと、無駄に死傷者がでるわよ。人間のほうを優先的に潰すから、シバちゃんは仲間が私に攻撃しないように言いなさい」
「ちょっ!? 待て、サクラ! お前、武器も無しにあいつ等とそんな簡単に戦えるわけが……ていうか、お前どんだけ怪力なんだよ! お前は牛人か!」
困惑する私の愛玩用猫族第一号の腕を掴み、引き摺りながら無理矢理連れて行く。
さあ、始めましょう。
やる以上は、歴史に私の名を残すような大きなことをしてやりましょう。
私の願いを叶える為に!
私の猫族だけが住む、私のための理想郷、もふもふニャンニャン帝国を作るために。
そして、作る国の名は……そうね。
せっかくなのだから、自分を神と崇めて宗教の1つができるくらいの影響力があるのが良いわよね。
猫族が参拝しにくる島国、『サクラ聖教国』。
今、思いついたにしては良い名じゃない。
フフフ、楽しみね。
来たるべき未来に夢を馳せ、怒号と血の海に染まる戦場に、私はその身を投じた。
『サクラ聖教国』というキーワードだけで、その国ができた時代背景を考えてたら、なぜか異世界トリップ物語が1つできあがっていた。
本当に、どうしてこうなった!?